年上の妹

虫十無

姉かもしれなかったもの

 妹というものは後からできるものだ。血の繋がった妹なら当然自分より後に生まれるものだし、血の繋がらない妹だってそこはほとんど変わらないだろう。親の再婚や兄弟の結婚によってできる妹なら大きくなってから初めて会うなんてこともよくあるだろう。弟の結婚相手や妹や弟の結婚相手の妹のような存在であれば、そちらの方が自分より年上ということだってあり得ない話ではない。

 けれどそういったものではなく、生まれたときからこの家で俺の妹であったと俺以外の全員が認識している、どう見たって年上の妹なんておかしいだろう。背が高いだけなら血の繋がった妹でもあり得るだろう。けれどあの人が着てる制服は近くにある制服がかわいいことで有名な高校のものだ。俺はまだ中学生なのに高校生の妹ができるわけがない。年上の妹ができる可能性だってこの年齢だとまだ無理な方法しか思いつかない。もし俺に兄か姉がいてその結婚相手の妹がいたとしても、そちらが年上なら妹ではなく姉にしかならないだろう。


 俺の家は両親と俺の三人家族だった。両親は健康かつ円満で、血の繋がらない姉ですらできないだろうという状態。それでもまだ遠い親戚で親を亡くした未成年みたいなのを引き取る可能性ならゼロではない。けれどどんなに可能性を探っても年上の妹となるとおかしいのだけれど、両親はおかしいと思っていないらしい。何なら近所の人もそうらしい。「娘さんはいい子ねって褒められちゃった」と母さんが嬉しそうにしてたから。

 年上の妹は一週間ほど前から家にいる。別に俺の部屋に入ってくるわけじゃないから問題はそこまでないけれど、そもそもどこで寝起きしてるんだろう。ベッドは人数分しかない家なのに。小さい頃に使ってたらしい小さい敷布団なら物置にあるけれどそれを動かした形跡はないし、そもそもその敷布団の長い辺も俺の身長と同じくらいの長さしかないのに俺より身長の高いあの人が使ったらはみ出してしまうから寝られないだろう。


 今日もあの人は朝から母さんの手伝いをしている。母さんは「お兄ちゃんなんだからもっとちゃんとしなさい」って言うけれど、俺はお兄ちゃんになった記憶もなければ年上の人よりしっかりしなければいけないような状況でもない。まあ確かに将来的には自分で早起きして自分で朝ご飯も用意してというように自分の面倒を見られるようにしっかりしなければいけないとは思うけど、今はまだそこまでできなくてもいいだろうと思っている。甘えだと言われると確かに恥ずかしいけどまあこんなもんだろうと思っている。母さんは呆れているようだけどそもそも年上の妹が来る前はそんなことなかったはずだから、俺はそんなわけのわからない存在と比べられなければ問題なかったはずなんだ。

 できるだけあの人と一緒の空間にいたくないという理由で、できるだけ早く学校に行く準備を終わらせるようになったし、準備が終わったらすぐに家を出るようになった。気疲れもあって学校でぐったりしている俺を友だちは心配してくれるけど、何も話せない。年上の妹という存在を意味わからないと一緒に笑い飛ばしてくれるならまだいい、けれど俺に妹がずっといたかのような態度を取られたら俺の安息の地はなくなってしまう。それが怖くて友だちには話せない。せめて学校では平穏に暮らしたいんだ。

 用事のない人は学校に残っちゃいけないから、帰宅部の俺は授業が終わるとそのまま帰るしかない。もちろん寄り道も禁止されている。まあそれを破ってもいいだろうとは思うけれど、今までそんなことはしなかったし、母さんを心配させたいわけじゃないからあんまりしたくない。だからとりあえず一回家に帰る。ここ一週間ほど毎日帰ってきてすぐ友だちの家にって遊びに行くから多分もうそろそろ怒られるだろう。宿題はちゃんとやってるのかとかそういうことで。確かに宿題は半分くらいしかできてないけど、それはあの人がいることで夜は集中できないからであって、実は友だちの家では勉強会という名目で少しは宿題もできている。


 妹というには不自然すぎる。年上という点さえなければまだ受け入れられたかもしれない。一週間前からしかいない妹があんなに成長してたら変だけど、それは何か情報の行き違いがあって俺の知らない妹がいてどっかに預けられてたのを戻したとか、血の繋がりはないけど何かしらの理由で引き取ったとか、そういう説明はつけられる。ただ年上を妹と呼ぶにはさすがに条件が足りない。

 そういえば、あの人は何て名前なんだろうか。ここ一週間で名前を呼ばれているところを見ることなんていくらでもあった気がするのに、その名前を思い出せない。いや、聞いていないのかもしれない。母さんはあの人のことを名前で呼んでいなかったのかもしれない、少なくとも俺の前では。ずっと俺のことをお兄ちゃんと呼んでいただけだ。お兄ちゃんなんだから、って。

 怪異に名前を付けてはいけない。ふと思い出した。随分前に読んだホラー小説で言われていたことだと思う。あの年上の妹も怪異だろうか。じゃあ母さんが名前を呼んでいたら、そういうものとしてこの家に憑いたのだろうか。いや、今この家にいることが、母さんがあの人に名前を付けて呼んだということなんじゃないだろうか。

 コンコン、ドアがノックされる。俺の部屋のドアをノックするのなんて一人だろう。コンコンコン、まだ叩いてくる。母さんも父さんも、部屋にこもってるときの俺に用があるなら声をかけるのと同時に勝手にドアを開けてくる。だからドアをノックするなんてあの人しかやらない。どうして急に来たんだろう。今まで台所とかリビングで母さんの手伝いをしているところばかり見ていたから、こっちに用があることなんて初めてだ。コンコンコン、まだ叩いている。ずっと返事をしないのもどうかと思うけどこの部屋に入られたくはない。だから出て行こう。いくらこの妹が変だとしても母さんもいる家で何か俺に危害を加えて来るなんてことはないだろう。

 ドアを開ける。「何」と言いながら部屋の外に出る。「お兄ちゃんに相談があって」とあの人は言う。「相談?」俺はぶっきらぼうな返事しかできない。「あたし、お兄ちゃんの場所が欲しいの」意味がわからないことを言う。「あたし、ちゃんと生まれてきたかったの。ちゃんと生きてみたかったの」そう言われてもわからない。ただ困惑した表情しか返せない。「だからそこ、ちょうだい」あの人の目を見る。真っ黒な目が、深い。『お母さん、あの子も産んであげたかったな』母さんが昔言っていたことが頭の中で再生される。そういえば俺には姉さんがいたかもしれないって聞いたことがある。あの人の黒い目から目が離せない。吸い込まれるみたいだ、と思ったところで意識が途切れた。

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年上の妹 虫十無 @musitomu

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