ritsuca

第1話

 その日、常のごとく先に目覚めた宮城が湯を沸かして戻ると、珍しく福島が起き上がって手に持った何かを眺めていた。

 夢の中にいる福島を眺めて白湯を飲む時間も好きだが、起きているならばそれはそれ。もう一本、福島用にいつも用意している水筒を枕元に置いてやる。ほとんどの場合には飲んでいるところを見る機会もなく置いていくだけになるのだが、今日のような朝も、ごくごくたまにあるのだった。こんな朝も、嫌いではない。

 嫌いではないが、また仕事を持ち込んでいるのではないかと思うと、それはそれで嫌な心地もする。ここに持ってくる場合というのは自分の手に余っていることが多くて、でも昨夜のうちに何も言わなかったということは、恐らくパズルのピースが一つだけ見つからないような落ち着かなさが残っているのだろう。

 定位置に腰を下ろすと、書類に目を落としたままの福島の横顔が視界の中央にくる。出会った頃より小皺が増えたんじゃないのか。あ、白髪。などと口に出さずに見ていると、横顔がそっぽを向く。

「……おはよう。何かついてる?」

「おはよう、福島。うん、目と鼻と口」

「そういうことじゃなくてな……」

 渋々、と言った風情でかけられた声に返してやれば、いやいやいやいや、と額を押さえて頭痛を訴えられる。

 このような戯れの時間も好きだが、残念ながら今日は平日。いつも通りの時間に支度を済ませておかなければ陸奥が困るだろう。ねえ、それ、と手元を指さして訊ねた。

「仕事?」

「うーん? 一応」

「『読む』?」

「あー」

「すっきりしないところがあるんでしょう」

 ほら、こっちに寄越して、と宮城が出した手に、福島は己の手を預けた。

 宮城の『認識者』としての能力は、生きた人間を直接『読む』のではなく、生きた人間の残滓を『読む』ことを得意としている。なのでいつも手伝う時には書類をそのまま預かることが多いのだが、これはいったいどういうことか。

 眉を跳ね上げてみせれば、いいからいいから、と目で促される。碌に『読』めなくても知らないぞ。そう思いながら意識を集中してみれば、比喩表現としてはよく目にする、羽の生えたお札がたくさん宙を舞っている――絶滅危惧種と言われて久しい二千円札はないように見えたが――様子が脳裏に広がる。お札に隠れるように立っている影は、福島の悩みの種だろうか。色鮮やかな糸から朽ちた色の糸まで、さまざまな糸が絡みついている。

 だから苦手なんだよなぁ、と宮城は手を離しながら、頭を振ってゆっくり息を吐いた。楽園がくえん時代も何度も練習はしてみたが、生きた人間を『読』んだときには、見えたものに対して絵解きが必要になるのだった。

 残滓を『読』んだときとであまりにも見える物が異なるので、早々にこの能力を生かして身を立てるという選択肢は捨てたというのに、結局自分から首を突っ込んでしまっている。突っ込んだからには、解いて、二人ともすっきりした気持ちで朝食を食べるに限る。

「あのさ、何がしっくりこなくて悩んでるの? 今回」

「金」

「お金?」

「そう。まるで足が生えて去ってったみたいで」

 別に、そんなに使い込むようには見えなかったんだけど、と福島は書類に目を落とす。

 水筒の白湯を一口含んで、宮城は先ほど見たものを思い出す。羽の生えたお札、絡みついた様々な糸。さて、それらが示すものは。

「羽は生えてたけど……あのさ、交友関係は? 色々な縁がありそうだけど」

「わかった、ありがとう。……あー、腹減ったな。台所借りていい?」

「もちろん」

 よっしゃ、と書類を置いて立ち上がった福島を見送って、水筒を2本集めがてら、立ち上がる。この絵解きが正解だったのかどうかを知ることはないだろう。でも、それでいい。『読』んだものを抱え込んではいけない。それが、『認識者』としての鉄則だったのだから。

 一人で階下と行き来した時とは打って変わって、羽の生えたような足取りで宮城は福島の後を追った。

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