赤ずきんですが黒狼騎士に食べられちゃいました!?

宮永レン

赤ずきんですが黒狼騎士に食べられちゃいました!?

 むかしむかし、ヴァルムの森には赤いずきんをかぶった少女が住んでいた。

 名はルビー。


 彼女は幼い頃に森の奥で拾われ、村の賢者である祖母に育てられた……と言われている。

 村人たちは「森には魔物がいる」と言って近づかなかったが、ルビーだけは恐れなかった。


 それは、彼女には『千の羽を持つ』という秘密があったからだ。


 赤いずきんの下に隠された背中には、白く透き通る千の羽が折り重なって生えている。普段は見えないようにしているが、彼女が念ずればそれは虹色に輝く。


 その羽は、風を操る力を持ち、彼女が森を自由に駆け抜けることを可能にしていた。


 そんなある日、ルビーは森で一人の騎士と出会う。


 彼の名はクラウス。

 黒銀の甲冑を纏い、「黒狼騎士」と恐れられる男だった。


「名は何という。なぜ、おまえのようなかよわき少女がこんな森の奥に? 危険だぞ」


「私はルビーよ。おばあさまの家へ行くの。あなたは?」

 ルビーは人懐こく尋ねたが、クラウスの瞳は冷たいまま。。


「俺は、クラウス。『あかき魔女』を探している」


 その言葉を聞いた瞬間、ルビーの背中がざわりと震えた。


 『赤き魔女』――それは、ルビーの本当の名。

 彼女の羽はと恐れられ、王国から狙われる存在だった。


「そう。頑張ってね。それじゃあ」

 ルビーはそう言って歩き出す。だが、クラウスもなぜか後ろをついてくるので、羽を使って飛ぶことができない。


 その途中、ルビーは森の異変に気づいた。空気がざわつき、黒い霧が広がっている――まるで、何かが目覚める前触れのように。


「……森が、襲われる」

 ここが破壊されれば、森の動物たちはもちろん、村の人にも危害が及ぶ。ここで食い止めなければいけない。


 クラウスがいることさえ忘れていた。ルビーの虹色の羽がふわりと舞い、風の囁きが彼女に力を与えた。


 その時、背後で鋭い声を放たれる。


「やはりおまえか。千の羽を持つ『紅き魔女』……」


「だったら、どうするの?」

 ルビーはため息をついて振り返った。


「俺は王の命で、おまえを討つために来た。だが……」

 クラウスは剣を振りかざすが、その瞳が迷いに揺れる。


「おまえの羽の力は、本当に災厄を招くものなのか?」

 彼はルビーの羽が生み出す風を浴び、温かいものを感じたかのように目を細めた。


「さあ、どうかしら。ただ、私はこの森を守っているだけ」

 ルビーは困ったように微笑む。


 その時、黒い霧の中から巨大な影が現れた。

 それは巨大な漆黒の鴉だった。無数の黒い羽を纏い、鋭い嘴と赤く光る瞳を持つ、『終焉の鴉』と呼ばれる存在だった。


「貴様の羽がほしい……千の羽をよこせば、我が力は完全となる……!」

 鴉の翼が広がると、空が黒く染まり、冷たい風が森を包んだ。


「私の羽を……?」

 ルビーは息を呑む。


「貴様の羽には、『風の加護』だけでなく『再生の力』が宿っているのだ」

 終焉の鴉は、千の羽を奪い取り、世界を闇で満たすつもりなのだ。


「羽をよこせ……!」

 魔獣の咆哮とともに、森が揺れた。


 ルビーは羽を広げ、クラウスを庇うように立ちはだかった。


「この森も、この人も、私が守る!」

 彼女の羽が光を帯び、千の羽が嵐のように舞い上がる。


 クラウスはその光景を見て確信した。

 ――彼女は災厄ではない。守護者なのだ。


「ならば俺も、お前を守ろう」

 彼の剣が閃き、ルビーの羽が輝きを増した。


 千の羽が風を巻き起こし、疾風の剣技とともに黒き鴉の力を打ち砕いていく。


 そして、ついに魔獣は消え去り、森に再び光が戻った。だが、次の瞬間、ルビーの羽がふわりと舞い、数枚が地に落ちた。


「ルビー、おまえ……」

 クラウスが抱き留めると、彼女は微笑んだ。


「ちょっと、力を使いすぎちゃった」


「バカ……無理をするな」

 クラウスの手が優しくルビーの頬を撫でる。


 その指先が、驚くほど優しくて、ルビーの胸がどきりと跳ねた。


「あのね、お願いがあるの。この森の奥に私のおばあちゃんがいるの。そこまで連れて行ってくれない?」


「わかった」

 クラウスは彼女をそっと抱き上げ、歩き出した。


 ルビーたちが向かったのは、祖母の家……ではなく、『黒薔薇の塔』と呼ばれる隠れ家だった。


 そこに住んでいるのは、王国で恐れられる伝説の魔女――ローザ。

 だが、彼女は本当は恐ろしい存在ではなく、ルビーを拾い育ててくれた養い親だった。


「おやおや、ずいぶんと派手に暴れたようだねぇ」

 ローザは妖艶な笑みを浮かべながら、塔の窓辺でワインを傾けていた。漆黒のドレスに包まれ、黒薔薇を編み込んだ銀髪が美しく揺れる。


「ローザ、私、また羽を落としちゃった……」


「まったく、あんたはいつも無茶ばかり」

 ローザはため息をつきながら、ルビーを抱き寄せた。まるで本当の母親のように。するとルビーの羽が再び元に戻った。


「……そっちの騎士は、何のつもりかね?」

 魔法での治癒が終わると、ローザは鋭い目でクラウスを捉える。


「俺はルビーのことを誤解していた。これからは彼女を守りたい。それだけだ」

 クラウスは冷静にローザを見返した。


「ふぅん? 王国の犬が、簡単に寝返るとはねぇ」


「俺は最初から王の犬ではない。たしかに王命はあったが、自分の意思でここまで来た」

 クラウスの凛々しい目元がきらりと光る。


「なら、ここで好きにすればいい。あんたたちのには、ちょうどいいだろう?」

 ローザは彼の言葉に満足そうに微笑んだ。


「ちょっ……ローザ!」

 ルビーの頬が真っ赤になった。


「なんだ、私に気を遣う必要はないよ。ほら、部屋は好きに使いな」


「そ、そんな……!」

 慌てるルビーを横目に、ローザは悠然とした足取りで部屋を出ていく。


「ルビー……」

 クラウスは微笑みながら彼女の手を取った。


「俺におまえを守らせてほしい」


「でも……私は、『紅き魔女』よ。一緒にいたら、あなたまで狙われるかもしれないのに」



「それでもいい。おまえがどんな存在でも、俺にとってはルビーだ」

 クラウスはそっとルビーの頬に触れた。


「……っ!」

 ルビーの瞳が揺れる。


「魔女の騎士になるには、契約して誓いを立てなきゃならないのよ?」


「わかっている。俺のすべてをお前に捧げる」


 クラウスのまっすぐな言葉に、ルビーは小さく息を呑み、おずおずと手を差し出した。


「俺はおまえと生きたい。だから、ここで誓おう」

 クラウスはルビーの手を取り、そっと口づけた。


「あ、あの、私、まだ誰とも契約をしたことがなくて、その……でも、あなたとならずっと一緒にいても、いいかなって……」

 顔を真っ赤にして言葉を紡ぐと、クラウスの喉がかすかに鳴る。


「俺も同じだ」

 彼はそっとルビーをベッドに押し倒し、その豊かな髪に指を絡める。


「契約を果たそう」


「うん……」

 ルビーはそっと目を閉じ、クラウスの口づけを受け入れた。熱を帯びた唇が何度も重なる。


 黒狼騎士の手が、紅き魔女の羽を撫で、やがてそれは甘く震えながら薔薇色に散っていった。


「ルビー、おまえは俺のものだ」


「……それって、契約じゃなくてプロポーズじゃない?」


「聞き返すな」


「もうっ……クラウスのバカ」

 ルビーは顔を真っ赤にして、拳で彼の胸を軽く叩いた。


「バカでもいい、もう離さない」

 クラウスはルビーを抱き寄せ、その額に優しく口づける。


 その瞬間、ルビーの羽がふわりと舞い、甘い風が部屋を満たした。


 こうして、赤ずきんと黒狼騎士は、黒薔薇の塔で新たな運命を歩み始めたのだった。

 

 そして、塔の窓辺では――。


「ふふ、甘いねぇ」

 ローザがワインを片手に、夜空を眺めながら微笑んでいた。


―了―

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

赤ずきんですが黒狼騎士に食べられちゃいました!? 宮永レン @miyanagaren

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ