汝、贖い求む事勿れ

@sakamune

第1話

「はっ、はっ、はぁっ……!」


 ――――復讐は最も正しい悪の法である。

 がいす者は害されるべきであり、殺す者は殺されなければならない。


「ちっ、畜生! なんでオレが!」


 しかし害を為す悪を害する事は善なのか?

 否、懲罰は必要であっても倫理的に肯定されるべきでは無い。

 死刑執行人が正義だと持てはやされた時代など在ったか? それが答えである。


「……鬼ごっこは終わり?」

「ひ、ヒィ! ままま待ってくれ! オレを見逃してくれたら三百万やる! オ、オレの部屋の押入れに隠してあるんだ!!」

「……それは依頼? 申し訳無いけど既に先約が有るの、他所を当たって頂戴」


 だがそれでも復讐は為されなければならない。

 復讐は死者の物ではない。復讐は生者の権利だ。


「く、糞がぁっ! このアマッぶっ殺……!」

「遅いわ」


 悪因悪果、それが道理であり、それが業であり、それが法だ。

 正しき悪を振りかざすは魔の道。

 『』の『』にて復讐代行を生業とする『』、人は彼女達を『魔法少女ウィッチメイデン』と呼ぶ。


「……依頼完了。帰りましょう、ガヴナン」


        §――――――――§


 ――――この世界には何時の頃からなのか、魔法少女と呼ばれる物が当たり前のように存在していた。


 中世の魔女狩りで命を落とした者達の祟りだ、世界大戦で生まれた大量の死者の霊魂が原因だ、いや、軍事力増強を求めた先進国に暴かれた『秘』の最期の足掻きが悪魔を喚び寄せたのだ、……等々。

 依然として理由は明らかとなっていない。だが、事実として彼女達は存在する。


 戦争被害者の一斉覚醒により大戦は一気に泥沼化し、瞬く間に停戦。喜ばしい事に、長く続いていた戦争は魔法少女達によって終わらせられた。

 その被害がどれ程の物だったかを除けば、だが。


 皮肉な事に国家は自国民であった魔法少女達に出血を強いられ、軍隊は自分達が守る筈だった者との戦闘で規模を圧倒的に縮小した。

 多くの戦死者と多くのPTSD患者を生み出すも、政府を力技で奪い取った魔法少女達同士の会談により『魔法による第三次世界大戦』は避けられる事となる。


 閑話休題かんわきゅうだい

 戦災復興に世界が尽力する中、悪化する治安は魔法少女達に守られている。それは既存の法律と殆ど変わりはしない、異なるのはただ一点のみ。


 【魔法少女が復讐を代行する場合に限り、魔法少女に断罪権を与える】

 人を殺して良いのは彼女達だけなのだ。


       §――――――――§


《詰まらん仕事だったな、硝子ショウコ


  声を発したのは少女と共に居た玩具のように小さな黒い牛である。

 彼は魔法少女がその力を得るに当たって交わした『契約』が具象化した存在であり、俗に契約獣マスコットと呼ばれる物の一つだ。


「仕事に詰まるも詰まらないも無いでしょう」


 マスコットの言葉に冷たく返事を返したのはその相方であり主である魔法少女。寡婦かふの如き黒い衣装に身を包み、寂れた道を歩いて拠点へと帰ろうとしていた。


《そうは言うが、ちんけな強盗など警邏けいらに任せれば良いではないか。態々わざわざお前が殺す価値もない》

「……あの男が強盗の際に殺人を犯した事は確かにあった、だから私が。それだけよ」


 魔法少女は金品と引き換えに人を殺す。但しそれはターゲットに殺人の経験がある事と、その被害者に依頼された時と言う条件の上でだ。


《本当にそれだけか、『光輝のルーグ』? 『』を殺してからのお前は復讐の輝きを失ってしまったように見えるぞ》

「……下らないわね」


 硝子と呼ばれた魔法少女は吐き捨てるように呟いた。


《何がだ?》

「全部よ。『』を殺してもう5年になるのかしら? 目的の復讐を達したのにこれ以上生き長らえる意味も無いし、他人の復讐を代行するなんてのも無為だわ」


 魔法少女は老いず、成長しない。成人した女性が魔法少女となった場合は魔法を行使するのに適した年齢まで若返り、現在迄に寿命の存在も確認されていない。


《しかし他の魔法少女はお前と同じように復讐後も仕事を続けているが?》

「死にたくなければ働くしかないわ。死んだ後には『悪魔』に魂をくれてやる、だから私達は死にたくないのよ」

《そうは言うが、二十数年の歳月の中でお前が溜め込んだ財は相当の期間を働かずに暮らす事が可能な筈だろう? 死にたくないだけなら、仕事をする必要も無いではないか》

「……貴方少しうるさいわ」


 問答をいとうように黒い少女の歩調が早くなる。付き従うマスコットは宙に浮いているので苦もなくそれに追い付くが、唐突に少女が立ち止まった。


《? どうかしたのか、硝子》

「……来るわよ」


 契約獣のガヴナンが周囲を警戒し始めるも、視界には敵影は映らない。しかし次の瞬間、少女の居た場所に巨大な炎球が落ちて来た。

 直径二メートルにも及ぶ炎球は地面に衝突する寸前で爆裂し、周囲へその熱量をばら撒く。度重なる空襲によって出来た瓦礫の山を吹き飛ばし、爆炎が辺りを舐め尽くした。


 そして、その場に一人の少女が轟音と共に降り立つ。相当な速度での着地にも関わらず、彼女には傷一つなかった。


「あは、あはははははッ!!!」


 舗装された石畳みの表面が融かされ、雑草一本残っていない光景を見て少女は狂気染みた哄笑を上げる。

 随所にフリルや赤い宝石が施されたその服装は魔法少女の戦闘服バトルドレスそれその物である。


「こんなあっさり!? 何が光輝よ! 何が魔法少女殺しよ!! これで――」

《待って、アカネ。敵はまだ死んでいないみたい》


 一足遅れて空から降りて来たのは炎を織って羽にしたような美しい鳥だった。


「なんですって……?」

《――飛行魔法や空間転移ではなく航空機からの自由落下、察知されても逃げられないように広範囲高威力の攻撃、対魔法少女として良く練られた暗殺方法だ》

「ッ『炎よ』!」


 幽霊の如く現れたガヴナンに赤い少女が炎で攻撃するが何ら堪えた様子は無く、魔法は素通りするのみ。


《おっと、誰かを問うより先に魔法を放つとは相当訓練されているらしい。……が、我らマスコットは攻撃するだけ無駄だぞ》


 契約獣に実体は無く、空間に投影される虚像に過ぎない為に物理的な干渉は不可能である。


「あの女のマスコット!? 契約が切れていないと言う事は、……仕留められなかった!?」

《その答えはYESだ。既に硝子は転移して此処から離れている、私が残っているのは君達が何故此方を狙ったかを訊く為――》


《騙されないで、茜。転移魔法は距離に応じて発動にラグが発生する。あんな短時間では遠くまで移動出来る筈が無い、つまりあのマスコットは私たちの足止めが目的よ》

《……お見事、フェニックスの姿をしているだけはある。見た所そこまでの経験を積んでいる訳でも無いのに中々の慧眼けいがんだな》


 牛の姿をしたマスコットはそう言い残して陽炎のようにゆらりと消え失せる。


「~~ッ! フェニ! あの女を追うわよ!!」

《分かっているわ、茜》


 歯噛みする赤い少女の背中から炎の翼が生え、彼女は空へと飛び立った。


       §――――――――§


「硝子、相手は乗って来なかった。経験は少なさそうだが、暗殺任務ウェットミッション用の訓練は割りと積んでいるようだ」

「チッ! ちゃんと足止めしなさいよね……!」


 黒い少女は舌打ちをしつつ、豹の如く走り続ける。

 何時の間にかその姿は戦闘用のドレスへと変わっていた。

 ぴったりと肌に貼り付くようなブラックシルクの上に黒玉ジェット黒真珠(ブラックパールが飾られ、ヘッドドレスには無色透明の水晶が曇らぬ輝きを放つ。

 闇を鋳融いとかして造ったかのような美しさだった。


《敵の探知魔法を感知、五秒後に初弾が来るぞ》

「早過ぎる、本当に新人ルーキーなの?」

《マスコットの補助が良い、まるで私達のようにな》

「冗談抜かしてる暇があったら構築補助準備しておきなさい。残弾が少な過ぎる、空間跳躍ぶわよ」


 少女がそう言って右手に握っている拳銃の形をした魔法行使用媒体を構えるも、マスコットはその考えを否定する。


《無理だ。直接戦闘は一人だが、支援している奴が居るらしい。先程から空間干渉阻害が張られていて、長距離転移は失敗する可能性が高過ぎる》

「支援? 転移阻害のみで支援砲撃も無し?」


 会話をしている間に小型の火球が放たれた。当たれば腕の一本や二本吹き飛びそうなそれが連続して襲い掛かって来ているにも関わらず、少女は会話をしながら素早く回避する。


《どうやら積極的に関わる気は無いようだ。金で雇われた傭兵か何かだろう、コンビでは無いな》

「そう、それは今日一番良い知らせね。……で、つまり応戦するか、飛行する敵を撒かなくちゃいけないと」


 少女は構えていた拳銃を巧みに分解し、瞬時にバレルを別の物に取り換えた。


《ああ、だが……》

「だが、何よ?」

《……以前のお前なら危険な状況だろうと間違い無く生き残れた。だが、今のお前では死ぬように思われる。だから……》

「逃げろって? 危険大好きの貴方がそんな事言うなんて明日は炎の雨が降るわね」

《私は面白いのが好きなだけだ。主が自殺しようとするのは流石に止める》


 少女は無言でスライドを引き、セーフティーを外す。手慣れた動作はもう何年間続けて来たのか、一切の淀みが無い。


「……そんな事を言われても私にはもう――」

《ッ! 避けろ硝子!!》


 瞬間、炎に身を包んだ赤い少女が流星の如く襲い掛かって来た。

 効果の薄い砲撃魔法を止めて飛行魔法に魔力を傾注した結果生まれたスピード、それは黒豹と見紛う速度で地上を駆けていた少女と比べても尚はやい。

 その運動エネルギーをそのまま攻撃に転化した攻城弓バリスタのような鋭さと重さを兼ね備えた一撃は、如何な魔法少女でも当たれば必殺の飛び蹴りだった。


「クッ!」


 黒い少女は寸前で横へと身を投げ出し、魔力で編まれたバトルドレスを土埃で汚しつつも命を長らえる。

 辛うじて避ける事に成功したのは相棒のガヴナンの叫び声と長年培って来た戦闘経験のお蔭だろう。


「あああ! 逃げるなクソ女!! 素直に死になさいよねぇ!!」


 轟音と共に廃墟へ突っ込んだ赤い少女は何事も無かったかのように立ち上がり、再び炎を身体から噴出させた。


「……悪いけど、生き残る術が身体に染み付いちゃっているのよ」

「ふざけるな! だとしても殺す! お兄ちゃんの仇は絶対に殺す!! 『満ちし赤を喰らいてしかばね照らすはいかずちの娘』!」


 肉体と言う物質界のくさびを介して、少女の魔力がこの世ならざる炎を作り出す。

 摂氏五千度を超す白い火焔球が殺意をたぎらす少女の頭上に現れ、その輻射熱が銃を握る少女の冷や汗を蒸発させた。


「……現象特化型の炎系だとは判っていたけど、だとしても相当な魔力容量キャパシティね」

「死、ねぇッ!!!」


 小型の太陽が撃ち出されると同時にバックステップし、火焔球の直撃を防ぐ。それを予想していた赤い少女が空中で爆発させると、すかさず黒い少女は地面に向かって引鉄を引いた。

 銃口から放たれたのは氷の魔法。『不凍』の概念を付与された強固な氷の盾で爆風を防ぐも、フライパンの上のバターの如く融かされて行く。


《まずいな、逃走ルートが断たれた。どうする硝子?》

「どうするも何も正面戦闘しかないでしょ」


 黒い少女は弾倉内の17ミリ硝子球の数を確認し。銃に戻す。

 今日は対魔法少女戦闘を想定した準備はしておらず、不利な状況だ。

 勝機と言えるのは魔法の連続使用による息切れを狙う一瞬のみ。


《……やれるのか?》

るわ」


 魔法少女の簡潔極まる返事に契約獣はハァ、と溜息を吐いた。


《……分かった。私は敵のマスコットに対して物質界干渉阻害を仕掛けて来る。補佐が居なければ新人なら隙も生まれ易くなるだろう。……健闘を祈る》


 ガヴナンはそう言い残し、物質界に投影された虚像を崩して姿を消す。

 そして、氷の盾が溶け切って黒い少女は赤い少女の前に姿を現した。


「アハハ!! もう逃げられないからぁ!」

「追撃せずにわざわざ待ってくれて感謝するわ。随分と余裕なのね」

「不様に焼け死ぬのをこの目で見ないと勿体ないでしょ? 『炉に従えられしはつるぎくろがねより産みし赫々かっかくたる輝き!』」


 赤い少女は幾つもの火球を作り出し、指揮棒を振るうように魔法行使用媒体である華美な装飾が施された杖を振り下ろす。

 先程のように熱量を集中させた訳ではないので一撃で勝負が決まる事は無い、しかし先程から全てを回避していた黒い少女にとっては最悪の手である。


 魔法少女は魔力障壁と呼ばれるエネルギーフィールドを体表面に備えており、これは非魔法攻撃の威力をほぼ通さない。

 しかし、同じ魔法少女の攻撃……と言うより魔法は魔力障壁を打ち破り易い。透過する訳ではないが、魔力を帯びていない物質攻撃と比べれば雲泥の差であり、実質的に魔法少女を殺せるのは魔法少女だけなのだ。


 故に魔法少女同士の戦闘では如何に避けるかが重要であり、熟練の者程回避技術を高めている。

 そして、肉体にダメージを食らえば十全のパフォーマンスは難しい。一度当たれば避ける事は加速度的に難しくなる。


「死ねェ!」


 赤い少女は怒りを糧に魔法を発動させながら、敵へと慎重に狙い澄まして一発ずつ炎の砲撃を行った。

 一撃目。周囲を瓦礫に囲まれた状態では走って逃げる事が出来ない。飛行魔法を持たぬ代わりに地上を走行する速度を高めたが故の弱点である。


「ッ!」


 黒い少女は火球の狙う場所を瞬時に見定め、火勢の薄い場所へ先程と同じく氷の盾を作った。


 二撃目。火球は速やかに作られ一撃目よりも詰めて放たれるも、一度盾を張ってしまえば移動は叶わない。残っていた盾に重ねて氷の盾を撃ち出すが、削られる量は尚増えた。


 三撃目。最初の砲撃とは違い、赤い少女は地形を変えるような爆発は起こさない。その炎を無駄に散らす事無く、一撃毎に密度を増して盾を溶かす勢いを増していた。


「燃えろ燃えろ燃えろッ!! お前なんか灰になってしまえェェェ!!!」


 四撃目。最早一枚張るだけでは守り切れなくなる。魔法を撃ち出す度に弾倉マガジンから17ミリの小型石英硝子球が薬室チャンバーへと装填され、硝子球は魔力抽出機構によって急速魔力減圧を起こして破砕しマガジン後部へ排出される。

 抽出された魔力は薬室内を充填たし、少女が引鉄トリガーを引いた瞬間に簡易魔法陣が励起して魔力を射出、銃身バレル内を詠唱代替刻印に沿って駆け巡り、銃口マズルから発動光と共に魔法が発顕する。


 五撃目。回避不能、残弾僅少。赤い少女が息切れするまで黒い少女は耐えなければならない。火球は既に一つ一つが火焔球と呼べるレベルまで膨れ上がっていた。


 六撃目。

 七撃目。

 八撃目。


 そして終に火球は降り注ぐ事を止める。

 一体どれ程の熱量が与えられたのか、瓦礫の山は最早原型を留めておらず、眩暈がする位に陽炎を漂わせていた。


「ハァ……、ハァ……」


 氷が融け、水が蒸発し、残ったのは濃密な蒸気の雲。水で出来た曇り硝子が完全に蒸発し切ると、其処にはボロボロではあるがあの猛攻を防ぎきった黒い少女が立っていた。


「ッなんで!」


 赤い少女が驚愕に顔を歪めながらも杖を構えようとするも、銃を構え続けていた少女の方が速い。

 黒い少女がその引鉄を引く事で決着が――――


       §――――――――§


 バキリ、と余りにも無慈悲な音と共に銃身は砕けた。


「え……?」

「は……?」


 短期間での酷使と炎と氷の温度差。それらは長く使われて来た銃の寿命を縮める物であり、畳み掛ける最後の魔法に銃身は耐え切る事が出来なかったのである。


「そんな……」

「は、ははははッ!! ざまあみろ! あなたみたいな人殺しには相応しい末路よ! 天罰よ! 天罰が下ったんだわ!!」


 黒い少女は敗北に膝を落とし、赤い少女は勝利に咆哮する。


「人、殺し……?」

「そうよ、あなた沢山殺してるんでしょ? そうじゃなかったとしても、私の大切な……大好きだったお兄ちゃんを殺したんだから罰が当たるのは当たり前よね!」

「そう、なの……」


 正気を失った眼で幼稚な決め付けをするが、それに反論する者は居なかった。最早、黒い少女も抵抗する気を失っている。

 この時、彼女は死を受け入れていた。

 ようやく死ねるのだと安堵すら……。


「そうよ! これで、これでやっとお兄ちゃんが帰って来る! あなたを殺して『』様に生き返らせて貰える!!」

「――……?」


 ぴくり、と黒い少女はその言葉に反応した。


「そうよ! あの方は奇跡を起こせる! だからお兄ちゃんは生き返れる! そしたらそしたら! 私はお兄ちゃんとキスしてぇ、たっくさん褒めて貰ってぇ、それで結婚するの!!」


 キラキラと目を輝かせて赤い少女はまだ見ぬ幸せな未来を思い描き、ぎゅっと自分を抱き締める。


「まさか……、有り得ない。そんな……」


 黒い少女はぶつぶつと呟き、自問自答した。

 有り得ない。ちゃんと筈だ、と。


「嘘なんかじゃない! あの人はだって皆言ってた! 奇跡は起きるんだって!」

「――――」


 むきになって叫ぶ赤い少女の言葉に、黒い少女は目を見開く。

 そして……。


「ふ、フフフ……。ハハ、ハァハハハハハっ!!!」


 哄笑わらった。


「そう、貴女は生きているのね! 良いわ、だったら殺すだけ、何度だって殺してみせる! アハハハハハ!!」

「な、何よこの女……? イカれてる、早く燃やさなきゃ……」


 赤い少女が杖を構えると、天を仰いでいた黒い少女がギョロリとその視線を向けた。


「ヒッ……!?」


 無垢な少女の純粋な眼の如く、黒い瞳は硝子のように透き通り、憎悪や狂気の濁りを持たずに深淵を湛える。

 それは狂人の類からも恐ろしく見える異貌いぼうだ。


「そう言えば貴女、『お兄ちゃんとやらの仇を討つ』為に私を殺そうとしていたのよね」

「あ、当たり前でしょ!? 大好きな人の為だもん! 当然じゃない!」

「生き返らせることを第一の目的にしていなかったのは何故? 私を殺す対価として蘇生して貰えるのなら、復讐は二の次でしょ?」

「え……?」


 自分では気付いていなかった矛盾を突かれ、赤い少女は呆然とした。

 本当は兄が生き返ることを信じていない、と言外に指摘し、黒い少女は続ける。


「貴女は自分の為に行動しているの。死んだ人の為なんかじゃない。死んだ人間は復讐を望まないし、望めない。憎いと思うのは遺された者で、復讐したいと願うのは只のエゴ。人を殺すのは殺意じゃなくて自分自身よ」


 黒の紙を下に敷いた硝子は鏡面反射が強調されて、姿を映し出す鏡となる。

 透明な黒い瞳は正しくそれ

 深淵を覗き込む者は、等しく深淵に覗き込まれる事となる。


「だけどッ……!」

「殺人は許されるべきじゃない。貴女がさっき言ったように私は大量殺戮者だし、私を殺そうとする貴女も殺人者になろうとしている」

「あ、あぁ……」


 深淵を覗き込んでしまった赤い少女は、殺意に染まった自身の影に人を殺す道理を説かれる。

 魔法少女として二十五年の歳月を経た黒い少女は、その過程で多くの罪人を殺して来た化け物は、そして多くの魔法少女を殺して来た怪物は、その怪物と戦う者を覗き返した。


「罪には罰を。殺した者は殺されなければならない。それが魔法少女わたしたちの居る理由であり、魔法少女あなた殺人者わたしを殺して良い理由」

「うる、さい」

「天は人を罰しない。絶対報復の理は魔法少女わたしたちによって成され、魔法少女わたしを殺せば貴女も殺人者わたしとなる」

「五月蝿いって……、言ってるでしょ!! 『炎よ』!」


 問答は終わった。

 だがしかし、それでも決着は着いていない。


 現象特化型は発顕出来る魔法の種類が少ないが、代わりに自分を魔力が大量に保存出来る容れ物とする。媒介特化型は自分から直接魔力を魔法へとする事が出来ず、特定の物質を魔力の容れ物として使わなくてはならないが様々な魔法を使う事が出来る。

 そして、赤い少女は炎の現象特化、黒い少女は硝子の媒介特化であった。


「悪いけど、貴女に殺されてあげられなくなってしまったの」


 破砕された硝子球が詰まったマガジンを抜き去り、黒い少女は瞬間的に魔力を籠めて火球に投げ付ける。

 硝子片は炎によって励起させられ、空中で炸裂弾へと変化した。


「チッ! つまんない真似を! 無駄な足掻きだって分からないかなぁ!!」


 目隠しと散弾を避ける為に赤い少女は空中へと逃れる。

 そして、空から狙おうと空間を俯瞰ふかんする事で、黒い少女が地面に膝を突いて何かしている事に気が付いた。


「……何なの? まぁ動かないって言うならじっくり痛ぶってあげるけど」


 嗜虐的な笑みを浮かべる少女の隣に再び炎の鳥が現れる。


《駄目よ茜、敵は何か考えているみたい。早く止めを刺すべきだわ》

「あらフェニ、あなたが出て来たって事は牛のマスコットに勝ったって事でしょ? もうあの女に出来る事は無いじゃない」

《違うわ、あのマスコットは主に呼ばれてジャミングを止めたの。何かしら策が有る筈》

「……ふーん。どうせ残ってるのは銃身の1発だけだけど。良いわ、それじゃさっさと決着を着けましょう。『炉に従えられしはつるぎくろがねより産みし赫々かっかくたる輝き』!」


 赤い少女は杖を構えると、幾つもの蒼い火焔球を生み出した。


「これで、終わり――」

「――『これ、神を穿うがちし魔槍也』」


 一筋の光が空を貫いた。


「……え」


 赤い少女の胸にはぽっかりと空洞が出来て、残った肺臓と血管からダラダラと血液が流れ出る。


「ぁ……」


 心臓が無くなった事で脳に血液が送られなくなり、明確に言葉を発する間も無く赤い少女は地に堕ちた。


「……私は硝子に宿った魔力を使える。例えそれが、によって作られた物であってもね」


 黒い少女は簡易魔法陣が露出した銃を地面から離して立ち上がる。

 周囲の瓦礫だった物は度重なる炎の魔法によって融かされており、その表面にはガラス質が露呈していた。


       §――――――――§


《やれやれ、残有魔力だけで17ミリ石英硝子球マガジン1つ分とは……。恐ろしい相手だったのは間違い無さそうだ》


 黒い少女の隣に浮かんでいた牛のマスコットが周りを見回し、その惨状に呆れを見せる。時間の経過と共に冷えてきたとは言え、少女の周囲は未だにサウナ染みた熱気を見せていた。


「これだから現象特化は嫌なのよ。でもまぁ……、同じ炎系で練習位にはなったかしら」

《あぁ、『アマテラス』か……。真逆、あの状態から生き返って来るとはな》

「でも次は殺し切るわ。次が駄目だとしてもその次に。何度だって殺す」


 黒い少女はそう言って、赤い少女の死体へと近付いて行く。魔法少女のドレスは解除され、酸化して赤黒くなった血で染められたワンピースを身に纏っていた。


「……生きてはいないようね」

《マスコットがフェニックスだからもしかしたら、と思ったがアマテラスだけが特別らしい。良かったな》

「ええ全く。もしこれで生きていたらどうにかしてマスコットを交換しようと考えていた所よ」


 赤い少女の瞼を下ろし、両の手を胸の前で組ませておく。襲い掛かられて戦いこそしたが、その原因は自身に有り、相手へ憎しみを覚える理由は無いと黒い少女は考えていた。

 相方の皮肉に人間臭い溜息を吐いて、ガヴナンは呟く。


《……こう言っては何だが、生き残れたのは本当に奇跡だな。過去に存在した魔法少女の名を継いだとすれば、『炎砲のウルカヌス』辺りが妥当なレベルの魔力保持者だろう》


 黒い少女は如何にして空を飛ぶ魔法少女を撃ち落したか。その答えは圧搾魔力砲撃である。

 赤い少女の炎によって温度がガラス転移点を超えた事で周囲の瓦礫はガラス質化し、更に強力な魔法が何度も使われた事で大量の魔力が沈着していた。


 媒介特化型の黒い少女はこの魔力を利用し、燃費が非常に悪い代わりに強力な魔法を撃つ事で勝負を決めたのだ。

 無論、薄氷の勝利である事は疑う余地が無い。


「私がこの子に語っていたの聞いたんでしょ? 魔法少女としての在り方が不完全だった、それが敗因よ」


 黒い少女は黙祷を捧げ、立ち上がった。


《たとえ肯定されようとも復讐はエゴで、単なる殺人。そう言えば魔法少女の格言にそんな事を言っている物が在ったか。確か……》

「『なんじあがない求む事なかれ』。復讐は殺人より上等な物などでは無いから償わせる為に殺すのは間違っている、と言う内容ね」

《そうそう、其れだ。……しかしその文言では他の意味にも捉えられるとは思わんか? 例えば、『殺人者が、殺して貰う事で自分の罪を償おうとするのを戒める』とか、な》

「全く……、随分と意地の悪いマスコットだこと。やっぱり交換する方法を探そうかしら?」


 黒い牛の姿でニヤリと笑うガヴナンに対して、少女は肩を竦めて応酬する。

 皮肉屋な黒い少女とそのマスコットは、これまで通りの在り方へ戻っていた。


《ところで、この少女の協力者らしき魔法少女は追わなくて良いのか?》

「多分アマテラスの配下だろうけど、どうせとっくに逃げているわよ。その内に招待状が来るから私からする事は無いわ」

《成る程、確かにな》

「それじゃあ帰りましょう、ルー。予定より随分と遅れてしまったけどね」


 ざりざりと軋む地面を踏みしめて、黒い少女とそのマスコットは帰還する。


 熱せられた空気が上昇して気圧が下がった為に吹いた涼風が少女から余分な熱を奪って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

汝、贖い求む事勿れ @sakamune

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ