欲情レイン

みかんの実

姉と弟


「姉ちゃん、キスした事ある?」

「はぁ?」


3つ離れた弟が性に目覚めたらしい。


バイト先から外へ出ると霧雨が降っていた。

傘を持っていなかった私は小走りで家に向かい、半分濡れながら帰ってきたところだった。

父親はまだ仕事から帰っていなくて、母親は多分ママバレーに出掛けているのだろう。リビングにはゲームをしている弟1人がソファに腰掛けていた。


「な、なんでもない」

「何?彼女でもできたの?」


私が眉を潜めれば、弟はバツ悪そうに視線をゲーム画面へと落として口を開く。


「い、いないけど」

「好きな子できたの?」


なんてニヤニヤしながら、弟の顔を下から覗き込んでやる。


「ち、違うから!!」


頬を赤らめらがら一生懸命 否定するあたり、本当に好きな女の子もまだいないのだろう。

弟は嘘をつくのがとても下手な奴だから。


小さな頃は、"お姉ちゃん、お姉ちゃん"って後ろを追いかけてきたのに。

まぁ、今年から中学生なのだから当たり前か。


「キス、した事あるかだっけ?」


わざとギシッと音を立てて、弟の隣に腰を掛けた。


「も、もう、いーよ!」

「でも、何で急に?」

「……」

「……」

「クラスの奴が、か、彼女と……キ、キスしたって」


ふーん。友達の話にこんなに反応して、姉の私に聞いちゃってる訳だ。

可愛い奴め。


「あるよ」

「えっ、マジで!??」


彼氏がいた事あるし、弟だって知ってる筈なのに。

別に今更 驚くことじゃないだろうに、まるで子供みたいに目を丸くしてみせた。


「まぁ」

「それって何回?」

「そんなの覚えてないよ」

「うわー、すげー!すげー!」


ここ、目を輝かせるところか?


「あんたとも子供の頃した事あるよ」

「はぁ?マジで??」

「あんたが幼稚園入る前の話だけど」

「嘘だろ?そんなの覚えてねーし!!くっそー」


だから、そこって嫌がるとこじゃないの?

子供の頃とはいえ、自分の姉ちゃんと初キス済ませてるなんて。



「……して、みる?」

「…………え?」

「キス。してみる?」

「…………」


目の前には、曇りの無い瞳をした弟が私に真っ直ぐと視線を向けている。そして、私も反らさなかった。

どっちが近づいたか分からない位に、自然な距離だったと思う。


唇の表面が軽く触れるだけの、弟の体温が伝わってくるだけのキス──。



「キスって……へ、変なの」

「あんたがしたいって言ったんでしょ?」

「でも姉ちゃんの唇、やーらかい」


なんてヘラヘラと口元を緩めるから、急に私の方が気恥ずかしくなってくる。


無言。私達の間に静かな空気が流れたのはどの位だろうか。


「じゃ、じゃぁさ……」


先に沈黙を破ったのは私では無く弟の方だった。

弟はチラチラと私に目を向けながら、落ち着かない様子で両手をもじもじとさせる。

窓の外から水の音が耳に入った。部屋の中には、雨独特の湿った匂いが広がっている。

そういえば、髪も制服も乾かしてない事を思い出した。


ただの性に対する好奇心──。

たまたま1番身近にいた異性という存在なのは十分に理解している。


「もしかして、セックス?」


そう言って口元を緩めたのは私。


「……な、に言って」

「セックス」

「……ッ」

「教えてあげよっか?」


なんて、すぐ隣に座る弟に目を細めれば、弟は慌てて私の透けた制服から視線を反らした。


「冗談、冗談。本気にしないでよ」

「そ、そうだよなー」

「ちゃんと好きな子とするんだよ」

「姉ちゃんの事、嫌いじゃないけどな」

「だから、"好き"な子だってば」

「なんだよケチー」


唇を尖らせて、顔を真っ赤させる私の可愛い弟よ。


いつも私の後ろについて歩いていた。

可愛い、可愛い弟から、雄の匂いがしたなんて誰に話せるだろうか。


「あー、期待して損した」

「あんたが勝手にしたんでしょ?」

「ふーんだ。俺、部屋戻る」


弟が立ち上がりドアを閉めれば、リビングには私1人。

残されたのは、弟のカサカサした薄い唇の感触だけ。


いつの間にか、降っていた筈の雨は止んでいた。




────欲情レイン────

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欲情レイン みかんの実 @mikatin73

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