距離感 その2
私が生徒会に入って、一週間くらいは経っただろうか。
毎日、毎日、来る日も来る日もパソコンと向き合って、カタカタと文字を打ち込んでいるけれど、全く持って終わる気配がしない。
私と向かい合っている三島は、既に死んだ魚のような目つきをして「ウゥーー」と、唸声を上げ始めていた。
「先輩、三島が壊れそうです」
「みっしー。みっしーが頑張んないと、はるが楽できないぞぉー」
一之瀬先輩はそう言って、物差しの先で三島のつむじをツンツンと突く。
「これ、まんま去年のコピペでいいじゃないすか……」
「部活動の規模も予算も、毎年変わってくるからそうもいかないのよね。人数とか大会の結果とか」
「んな面倒な……」
三島はそう言って机に伏しながらも、指だけは動かしてパソコンの入力を続けていた。
先輩は三島にちょっかいを出すのに飽きたのか、今度は私の方にやってきて「はるの方はどう?」と、私の画面をスッと覗いてくる。
キーボードから手を離し「これが終わりそうに見えますか?」と言って、一歩引いた。
「み、見えないね」
「だったら先輩も口より手、動かしてくださいよ」
「なんかはる、 真面目になった?」
「先輩が全然仕事しないからでしょ!?」
限界に達した私の怒号が生徒会室に響き渡ると、先輩は身構えるように顔を引き攣らせ、それを見た三島はクスクスと笑っていた。
その後も作業は続き、予鈴がなってから教室に戻ると、帰り際の日向とたまたま会った。
「あ、ひな――」
「おっ、ひなじゃん!」
私の声を上塗りするように、日向は別の友達に声をかけられてそそくさと帰っていく。
私が入ってきた黒板に近い出入口ではなく、後の席の方にある出入口から日向は出ていった。
一瞬、お互いを認識したかのように目が合った気がしたけれど、気のせいだろうか。
ここ数日、こういう事が頻繁に起こっている気がする。
例えばこの間なんか、お昼休みに話しかけようと思い席を立つと、明らかに視線が合ったのに日向は私を避けるように教室の外に出て行ってしまった。
後で『怒ってる?』と、メッセージを送ろうと思ったけれど、私自身、身に覚えがないがために火に油を注いでしまうみたいで中々踏み出せないでいる。
確かに、生徒会に入ってからというもの、顔見知りがほんの少し増えたので、日向以外の誰かと休み時間に一緒にいることも珍しくなくなった。
それを踏まえれば、タイミングが合わないと言えばそれまでなんだろうけれど、私の中で日向の反応は、そんな言葉では片付けられる範疇を超えてしまっていた。
授業中、時々日向が振り向いて私の方を見ると、やっぱり視線が重なり合う。
それに気づいた日向はすぐに視線を前に戻し、何事も無かったかのように振る舞い続ける。
日向はかまってほしいのか、それとも何かに気付いてほしいのか。
まるで私は、餌をつけていない釣り糸を垂らす釣り人のように、空回りしてしまっている。
「それ、一回ちゃんと話したほうが良いんじゃない?ねー?みっしー」
生徒会の書類整理が落ち着いてきた頃に、日向の事をつい口から溢すと、先輩は少し考えてからそう言ってくれた。
「え、おれっすか?」
先輩は三島の方を向くと、袖をめくって二の腕の可愛らしい筋肉を見せながら「はるの悩みだよ?男気、見せるとこだよっ」と微笑む。
「いや、見せなくていいから」
私はそう言ってパタンとパソコンを閉じ、三島を一蹴すると「いや、何も言ってないから!」と、三島は勢いよく両手を机に突き、面白おかしく焦っていた。
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灰色の青春に君が彩を焚れた ひのき @Hinoki0114
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