親友の彼女から告白された

春風秋雄

喪中はがきには、あの人が亡くなったと書いてあった

俺は昨年の暮れに来た喪中はがきを何度も取り出して見ていた。どうしてこんなに早く逝ってしまったのだ。まだ41歳だというのに。亡くなったのは昨年の4月ということだ。もっと早く教えてくれれば、葬儀にも行ったのに、これだけ間が開いてしまうと、行くきっかけがつかめない。どうしたものかと考えているうちに年も明け、2月になってしまった。亡くなったのは大学の同級生だった谷村の奥さん喜美香さんだ。俺は大学時代、密かに喜美香さんに惚れていた。そして、喜美香さんに関しては、谷村には言えない隠し事もあった。


俺の名前は影山真司。43歳の独身だ。谷村とは大学時代同じゼミだった。それまで話をしたことがなかったが、ゼミが一緒になってからよく話すようになり、週に1回は安い店に一緒に飲みに行くようになった。谷村と飲みに行くようになり、3か月ほどした頃に、谷村が彼女を連れてきていいかと言うので、どんな女性か見たいから連れてこいと言うと、次の飲み会に連れてきたのが喜美香さんだった。驚いた。これほど綺麗な女性だとは思わなかった。はっきり言って俺は一目惚れをした。しかし、友人の彼女なので、いくら惚れたとしても手出しできない。それほど俺は谷村との友情を大切にしていた。喜美香さんは違う大学の学生で、俺たちより2つ年下だった。共通の友達を通じて知り合ったらしい。

それから俺たちは度々3人で会うようになった。谷村が俺に気を使って、喜美香さんの友達を連れて来てくれたこともあったが、俺は半年後に大学を卒業したら実家がある宮崎県に帰ることになっていたので、彼女を作るつもりはないから気を使わなくても良いと言っておいた。本当は喜美香さんに会ってから、他の女性を見てもまったく魅力を感じなくなってしまったからだった。

谷村と喜美香さんは恋人同士としてうまくいっているようだったが、谷村が席を外しているときに、喜美香さんがポツリと言った。

「谷村君は、私との将来のことを考えているみたいなんだけど、私は学生時代だけの付き合いだと思っているんだ」

「そうなのか?谷村は喜美香さんが卒業したら、すぐにでも結婚したいと言っていたよ」

「そうなのよ。あの人、私の気持ちも聞かないで、一人でどんどん話を進めようとするの」

「それだけ喜美香さんに夢中だということじゃないの?」

「それは嬉しいけど、はっきり言って、谷村君は結婚相手というタイプじゃないんだけどな」

「そうなのか?俺から見たら、お似合いの二人に見えるけど」

「学生時代に付き合うのはいいの。でも結婚となると別だよ。結婚すれば二人で家庭を作っていくわけでしょ?私は結婚しても働きたいし、そうすると家事とかは分担してやってほしい。子供が生まれたら、私にまかせっきりではなくて、二人で一緒に子育てをしてほしい。何より、私が仕事で悩んでいるときとか、ちゃんと私の話を聞いて相談にのってほしい。でも谷村君は、そういうタイプではないと思うの」

確かに、谷村が赤ちゃんのオムツを替えている姿は想像できない。そして、他人の悩みなどの相談は面倒くさがって、一切聞かないタイプだ。

「だから、谷村君は私の理想の結婚相手とはちょっと違うの」

なるほど。そんなこと谷村が聞いたら落ち込むだろうな。

「私は、影山君みたいなタイプの人が結婚相手としては理想なの」

俺はドキッとした。顔を見る限り冗談ではなく、真剣に言っている。しかし、喜美香さんは谷村の恋人だ。ここは冗談にしてしまうしかないと俺は思った。

「ありがとう。でも俺は結婚相手としては理想でも、恋人としては対象外なんでしょ?残念だったね」

「そんなことはないよ。谷村君より先に影山君と出会っていたら影山君と付き合っていたかもしれない」

俺は息苦しくなってきた。どうやってこの場を乗り切ろうかと思っていたところに、谷村が帰ってきた。

「何話していたの?」

「私の進路の相談にのってもらっていたの」

喜美香さんが何もなかったように答えた。


それ以来、喜美香さんは谷村がいない時に、谷村と別れるから私と付き合ってほしいと言ってきた。俺の心は揺れた。喜美香さんと付き合えたら、どんなに幸せだろう。谷村とは大学を卒業すれば別々の人生を歩むことになる。谷村はこのまま東京に残るが、俺は宮崎に帰る。ひょっとしたら卒業後は二度と会わないかもしれない。ここで喜美香さんを谷村から奪い取っても、何年かすれば谷村は、そんなこと気にしないのではないか?俺の心の中でそんな悪魔の囁きが聞こえる。しかし、中学・高校時代に夏目漱石の『こころ』や武者小路実篤の『友情』を読んで育った俺には、どうしても友達を裏切ることは出来なかった。

卒業まであと1ヶ月というある日、喜美香さんから連絡があった。ホテルのラウンジで谷村と飲んでいるので来ないかということだった。俺は場所を聞いて出向いた。すると、そこに谷村はいなかった。

「あれ?谷村は?」

「ごめん。今日は私ひとり」

俺はそれを聞いて帰ろうとした。

「ごめん。どうしても話したいことがあって」

喜美香さんに引き留められて、俺は座った。

「いままで色々言ったこと、影山君は冗談だと思っているかもしれないけど、私真剣なの。私、本当に影山君のことが好きになっちゃったの。谷村君が大学を卒業したら、別れるつもりだから、そのあと、私と付き合ってくれない?私は遠距離恋愛でも全然平気。卒業したら宮崎へ行ってもいい。本当に真剣に考えて」

「ごめん。真剣に考えるも何も、答えは出ているから。二人が別れるかどうかは二人の問題だから俺は何も言わない。でも二人が別れたとしても、俺は喜美香さんとは付き合えない。そして、できることなら谷村と別れないでやってほしい」

「どうしても無理?」

「そうだね」

喜美香さんは下を向いて、しばらく黙っていたが、おもむろに顔をあげ言った。

「わかった。だったら、せめて私に思い出をくれない?」

「思い出?」

「このホテルに部屋をとってあるの。そこで、一度だけ…」

「ごめん。それは無理だ。以前から言っているように、俺は谷村を裏切ることはできない。だから勘弁してくれ。じゃあ、俺は帰るから」

「ねえ、ひとつだけ聞いていい?」

俺は振り向いた。

「もうこんな話はしないと約束するから、本当のことを言って。私のことは何とも思ってなかったの?」

俺は言うべきかどうか迷った。言うべきではないと頭ではわかっている。しかし、俺自身、自分の気持ちを吐き出したいという気持ちがあった。

「好きだよ。谷村より先に出会いたかったと、何度も思った。でもこればっかりはどうしようもないことだから」

俺はそれだけ言ってホテルを出た。

結局喜美香さんと会ったのは、それが最後になった。

数年後に谷村から電話をもらって喜美香さんと結婚することになったので、結婚式に来てくれないかと頼まれたが、仕事を理由に断った。

俺はこの年になるまで独身を通した。喜美香さんを忘れられなかったということではなく、そういう対象の女性と出会わなかったからだ。しかしそれは、出会う女性を喜美香さんと比べてしまっていたからかもしれない。


俺が谷村のところへ訪れたのは、喜美香さんの一周忌の時だった。事前に谷村に連絡をとり、一周忌に線香をあげさせてくれと言うと、日程を教えてくれた。自宅で法要を行うものと思っていたが、小さな会場を借りて法要は行われた。谷村夫婦には二人の男の子がいる。数年前までは年賀状に子供の写真を載せていたが、近年はそれもなかったので、俺の中では小さいお子さんというイメージしかなかったが、上の子はもう高校生らしい。祭壇に飾られた遺影を見た。喜美香さんはそれなりに年を重ね、少しふっくらした顔で笑っていた。その写真を見る限り、俺なんかと一緒にならなくても、ちゃんと幸せになったんだなと思った。

法要が終わり、谷村からお斎(とき)に誘われたが、知らない面々と会食するのは気を遣うので遠慮した。俺が帰りかけると、後ろから女性に声をかけられた。

「影山さんですよね?」

振り向くと、そこに喜美香さんがいた。俺が驚いて立ちすくんでいると、その女性が笑いかけながら言った。

「姉から影山さんのことは聞いています。私、妹の結香です」

「妹さんですか。喜美香さんにそっくりですね」

「よく言われます」

妹さんはそう言って笑った。笑顔もそっくりだった。

「影山さんは食事会には参加されないのですか?」

「ええ、早めのお昼を食べてきましたので、このまま失礼しようと思います」

「羽田空港へ行かれるのですよね?私も食事会はパスしますので、浜松町まで車で送りますよ」

浜松町まで送ってもらえれば、そこから羽田空港まではモノレールで1本だ。わざわざ申し訳ないと思ったが、喜美香さんにそっくりな妹さんに興味を持ち、俺はその誘いに応じることにした。


車を発車させるなり、妹さんは気さくに話しかけてきた。

「学生時代は姉夫婦と三人で、よく飲みに行ったりしていたと聞きました」

「そうですね。教えてくれれば葬儀にも来たかったのですが」

「宮崎からだと遠いですから、義兄も遠慮したのでしょう」

「そうかもしれませんが、もっと早く教えてほしかったです。私が知ったのは喪中ハガキでしたから」

結香さんは喜美香さんより3つ年下だということだ。一度結婚したが離婚して、今は実家に戻ってきているらしい。

「影山さん、何時の飛行機ですか?」

「16時35分発の飛行機です」

「じゃあ、まだ時間ありますよね?ちょっとうちに寄っていきませんか?見せたいものがあるのです」

「あなたの家にですか?」

「ええ。家から浜松町までなら30分程度で行けますから、飛行機に乗り遅れることはないですから」


結香さんの家は高井戸インターの近くに建った、古い一軒家だった。喜美香さんもここで育ったのだろう。

家にあがり、結香さんは2階の部屋に俺を案内した。

「ここは姉の部屋なんです」

部屋の中は、定期的に掃除がなされているようで、まるで今も誰かが使っているような感じがした。

「両親は、私たちが嫁いで家を出た後も、部屋はそのままにしてくれていて、何かあったら帰ってくればいいと言ってくれていました。姉は向こうの家で何か嫌なことがあったときは、ふらっと帰ってきてこの部屋を使っていたようです」

谷村の家で実家に帰りたくなるような嫌なことがどれくらいの頻度であったのだろうか。

ふと机の上に置いてあった写真立てに目が行った。懐かしい。喜美香さんを真ん中にして谷村と俺の三人で写っている写真だ。

「姉はこの写真を大切にしていました。ただ、姉はこうやって置くのではなく、時計でここを隠すようにして見ていました」

結香さんはそう言ってデジタルの置時計を写真の前に置き、谷村の姿を隠した。すると、まるで俺と喜美香さんのツーショット写真のようになった。俺が何も言えずにいると、結香さんは押入れを開け、一冊のアルバムを出した。

「これを見てください」

渡されたアルバムを開いて、俺は言葉を失った。薄いアルバムだったが、そこには俺の写真ばかり並んでいた。こんな写真、いつの間に。

「姉は、本当に影山さんのことが好きだったみたいです」

俺は薄いアルバムを何度も捲りながら写真を見た。記憶にある場所もある。あの時の写真だ。確か谷村と並んで撮ってもらったと思ったが、俺だけを撮っていたのか。そんな写真ばかりだった。

「どうして影山さんは姉の気持ちに応えてあげなかったのですか?」

え?と思って結香さんを見た。

「姉は私に話してくれました。影山さんも姉のことを思っていてくれたそうじゃないですか?なのに、姉が何度言っても影山さんは姉と付き合おうとしなかったと聞きました」

「喜美香さんは谷村の彼女だったから。俺と谷村は友達だ。俺は友達を裏切って喜美香さんとは付き合えなかった」

「それで姉が不幸になってでもですか?」

不幸?遺影を見る限り幸せそうな顔をしていたし、子供も二人いて、幸せな家庭を築いていたのではないのか?

「姉は結婚しても仕事を続けたかった。でもお義兄さんは何も手伝ってくれない。朝出勤前に保育園に送って行って、夕方迎えに行って、帰ったら夕飯の支度をして、子供を風呂に入れ寝かしつける。それから会社で出来なかった仕事をして、夜遅くに寝る。まるでシングルマザーのような生活をしていたんです。何度もお義兄さんに助けを求めたそうです。でも家のことはお前に任せるとしか言ってくれなかったと言っていました。さすがに二人目の子供が出来た時は、仕事は無理だと泣く泣く仕事を辞めて、家事に専念しましたけど、それからの姉は、まるで生気を失ったようでした。私にポツリと言っていました。結婚なんかしなければ良かったって。本当に好きな人ならどんな苦労も我慢するけど、私の本当に好きだった人は別の人だったからって」

俺はただただ聞いているしかなかった。

「姉は、自分の病気が治らないと悟って、最後に私に言ったんです。これですべてから解放されるって」

ふと時計を見ると14時半を過ぎていた。そろそろ出ないと間に合わなくなる。

「ごめんなさい。色々言って」

「いや、いいんだ。喜美香さんがその後どうしていたのか気になっていたから、教えてくれてありがとう」

浜松町へ向かう車の中で結香さんが聞いてきた。

「どうして友達の彼女とは付き合えなかったのですか?いまどきそんなケース、いくらでもあるじゃないですか」

「俺は中学生・高校生のときに夏目漱石の『こころ』や武者小路実篤の『友情』を読んで育ったから、潜在意識の中にそういうことはしてはいけないと植え付けられたんだと思う」

「私、両方とも読んだことがないです。一度読んでみます。読んだら感想をお伝えしますね」

浜松町で降ろしてもらうとき、俺たちは連絡先を交換した。


東京から帰って、1ヶ月ほどした頃に結香さんから手紙が届いた。手書きの手紙を久しぶりに見た気がする。綺麗な字だった。

結香さんは『こころ』と『友情』を読んだということだ。その感想が書いてあった。結香さんは俺が影響を受けたことに共感しつつも、女性の視点で俺に問題提起をしてきた。


“影山さんが友情をとって、姉を選ばなかったのは、これらの本の影響だということがよくわかりました。確かにこの本を読めば尻込みしてしまいますね。しかし、女の私から言わせると、それは「俺はあいつのために友情をとった」という男の自己満足ではないかと思います。その結論に、肝心な、間に挟まれた女性のことは何も考えていないと思えて仕方ありません。あの二つの小説は、どちらも友情をとらず愛する女性を選びました。裏切られた男性は、確かに可哀そうでした。しかし、女性は幸せだったと思います。『こころ』で、先生と呼ばれた方がお嬢さんとの結婚を諦めて友情をとったとして、果たしてお嬢さんは幸せになったでしょうか?おそらく先生がお嬢さんを諦めても、お嬢さんは親友とは結婚しなかったと思います。仮にその親友と結婚したとして、果たして幸せになったでしょうか?『友情』にしても然りです。杉子は大宮さんの親友である野島さんを嫌っていました。絶対に野島さんとは結婚しないと言い切っています。杉子が好きなのは大宮さんです。大宮さんがそれを拒んだ場合、杉子は野島さん以外の好きでもない男と結婚することになります。それは杉子にとって幸せな結婚なのでしょうか?

『こころ』は1914年、『友情』は1920年の作品です。その当時はまだ女性の幸せに関しては重要視されていない時代でした。今の時代においては、男の友情と同等レベルで女性の幸せについても熟考して結論を出すべきだと、私は思います。”


なるほどと思わずにはいられなかった。確かに俺は、谷村との友情のことだけを考えて、いや、谷村を裏切る罪悪感だけに縛られて結論を出し、喜美香さんの本当の幸せについては何も考えなかった。俺は、早速結香さんへ手紙を書いた。

結香さんへ出した手紙には、お姉さんの気持ちに応えられなかったことを今さらながら悔いていると書いた。あの時、勇気をもって谷村にすべてを打ち明けるという方法もあったのではないかとも書いた。

すると、結香さんからは、あくまでも『こころ』と『友情』を読んで思ったことを書いたまでで、俺を責めているわけではないと返事が来た。ただ、どうしてお姉さんの気持ちに俺が応えなかったのかを知りたかっただけで、すでに過去のことなので、気にしないでくれということだった。それから結香さんは自分のことを書いてきた。離婚の理由はやはり旦那さんが自分中心の人で、お姉さんの二の舞になりそうだったので早々に別れたらしい。ご両親は早く再婚しろと言っているが、また同じことになるのではないかと、結婚に関して尻込みしている自分がいると書いてきた。

俺は、それについて、自分なりの考え方を書いて手紙を出した。

そうやって、いつのまにか俺と結香さんは定期的に手紙をやり取りする仲になってきた。手紙の中で結香さんの人となりがわかってきた。


結香さんと文通を始めて半年ほど経ったころ、結香さんが宮崎に来たいと言ってきた。それまでに宮崎の良いところを色々手紙に書いていたので来たくなったのかもしれない。俺はいつでも来てくれと返事をすると、今度の連休に来ると手紙が来た。


宮崎空港まで迎えに行くと、結香さんがゲートから出てきた。久しぶりに会う結香さんの顔を見て、俺は喜美香さんの一周忌に会った時とは違う意味でドキッとした。確かに喜美香さんと似ているが、今は正真正銘の結香さんの美しさにドキッとしている。

「お久しぶりです」

結香さんが笑顔で挨拶してきた。

「久しぶりですけど、ずっと手紙でやりとりしていたので、久しぶりという感じがしませんね」

「本当ですね」

荷物を持ってあげ、車まで行く。先にホテルにチェックインをしてから、観光に行くことにした。


結香さんもそれなりに調べてきていたようで、高千穂挟に行きたいと言う。俺も高千穂峡には連れていきたいと思っていたので、まずは高千穂峡へ行くことにした。

遊歩道を歩きながら真名井の滝を眺める。

「影山さんと手紙のやり取りをしているうちに、姉が影山さんのことを好きになった理由がよくわかりました」

急に結香さんが言うので、俺は結香さんの顔を見た。結香さんは滝を見ながら話を続ける。

「影山さんは、本当に優しい人ですね。相手のことを自分のことのように考える人なんですね」

「そうですか?」

「影山さんと結婚していたら、姉は幸せになっていたと思います」

俺は何と答えれば良いのかわからなかった。

そのあと、山道を通って高千穂神社まで行った。結香さんは神妙に何か願い事をしている。そういえば高千穂神社は縁結びのご利益があると言われている。

お参りを済ませた帰り道、結香さんが唐突に言った。

「今、両親から谷村のお義兄さんと再婚しないかと言われているのです」

「谷村と?」

「あそこの甥二人は、小さい頃から私に懐いていたので、谷村の家から話があったそうなのです」

俺は言いようのない焦りを感じて、胸が苦しくなった。

「どう思いますか?私の幸せを考えて言ってください」

「結香さんの幸せを考えれば、その話は断った方が良いでしょう」

「どうしてですか?」

「あなたのお姉さんの話を聞いている限り、谷村はあなたを幸せには出来ないと思うからです」

俺がそう言うと、結香さんは何も言わず歩き出した。つられて俺も歩き出す。俺の答えは、結香さんが期待したものと違っていたのかもしれない。結香さんと並んで歩きながら、俺は思い切って言った。

「結香さん、私と結婚してくれませんか?」

結香さんは驚きもせず、歩きながら前を向いて言った。

「いいですよ。私と結婚してください」

「本当にいいのですか?」

「姉が、私に影山さんを引き合わせてくれたのだと思います。結香、あなたは私の二の舞にならないように、この人と再婚しなさいって」

「私は結香さんのことが好きになってしまいました。しかし、本当に結香さんを幸せにできるかどうかはわかりません。それでもいいですか?」

「普通そこは、必ず幸せにしますからって、言うところではないですか?」

「すみません。でも、喜美香さんの話や、あなたの離婚の話を聞いていると、不安になってしまうものですから」

「姉も言っていたじゃないですか。本当に好きな人ならどんな苦労も我慢するって。姉が持っていたあのアルバム。今は私が持っているのですよ」

そこまで言って結香さんは立ち止まって俺を見た。

「あのアルバム、毎日開いて見ています。私は、本当にあなたのことが好きです」

俺はたまらず、結香さんを抱きしめた。

空の上から喜美香さんが「やっと私の家族になってくれるのね」と言ったような気がした。

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