10歳の軍神少女は羽を与えて命令する

一陽吉

復讐は果たしたが

「復讐は果たした。もう、なんの悔いもない……」


 そう呟きながら三十歳の時也ときやは背中をコンクリート壁にあずけ、そのままズルズルと滑るように座り込んだ。


 廃工場にある元倉庫は体育館ほどの広さをもつが、資材などが積まれているわけではなくガランとしており、いまは時也と人の形をした肉塊しかなかった。


 その肉塊は半人半魔だったものであり、快楽殺人と食人をおこなう、人としては最低で魔物としては当然の生きた方をしてきた。


 犠牲者は数えきれないほどだが、それには時也の両親と妹も含まれていた。


 復讐を誓った時也は裏の世界に身を投じ、犯人を特定し、討ち倒すための力を得て家族の無念を晴らしたが、無傷ではすまなかった。


 かたきの拳によって右側の腹を打ち抜かれ、黒い背広の下のワイシャツは赤く染まっていた。


「父さん、母さん、英里子、俺もそっちへいくからね……」


 身体に力が入らず、迫る死を感じていると、目の前に一人の少女が現れた。


 10歳ほどの見た目をした長い黒髪の少女は夜色の軍服を着ており、紅い瞳で時也をじっと見つめた。


「エルレージュか。はは……。ちょうどいい。共通の敵であるあいつはいま仕留めた。よかったな。これで仕事が一つ減った」


「ああ、たしかにな。そして時也はそのまま家族が待つ天国へ逝くと言うのか?」


「まあ、ね」


 不敵な顔をさせながら少女が問うと、時也は全身で息をしながら答えた。


 口もとに笑みをふくんだものだが、少女もまた同じようにして口を開いた。


「だが、それを私は許さない。時也、おまえに命令する。今後、私の許可なく死んではならん」


 そう言うと、少女は広げた右手の平を時也に向けた。


「っぐ……」


 心臓のような鼓動が一拍したかと思うと、時也は背中に羽がついた感覚を覚えた。


 その羽は非物理的なもので魔力を通さねば見ることはできず、触れることもできないものだと分かった。


 同時に、腹に負った傷も修復され完全に治ったのを感じた。


「その羽は私の従属者たる証。時也を天国まで飛ばす力はないが、地獄へ落ちることもない。私の手となり足となり兵器として生きろ」


「取り引きした協力者から、軍神様のしもべに格下げってわけか」


「だが、ある種、不老不死になる。悪くはあるまい?」


「そういう欲はないんだがな。まあいい。エルレージュの兵器ってんなら、人を傷つける魔物を倒すわけだしな」


「そのとおり。では早速いくぞ。時也」


「オーケー」


 少女が差し出す右手をつかんで立ち上がると、時也は新たに主となった神へ笑顔を向けた。

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