『仮面舞踏会の密室』 豪華客船×新米探偵の2億円ミステリー

ソコニ

第1話仮面の告白 - 豪華客船密室殺人事件



「捜査一課の花形になるはずだったのに」


御堂美咲は、豪華客船「クイーン・エリザベス」の舷窓に映る自分の姿を見つめながら、独り言を呟いた。波が荒れ始めた日本海で、船は不気味に軋んでいる。


半年前、警察庁の全国模試でトップを取った彼女は、警視庁捜査一課のエースになることを夢見ていた。しかし、重度の船酔いという弱点が発覚し、水上警察署への異動を命じられたのだ。


「まだ気分は悪いですか?」


声をかけてきたのは、山田誠司刑事。水上警察署のベテランで、美咲の良き理解者だ。優しい眼差しの奥に、鋭い観察眼を備えた男性だった。


「ええ、でも...任務は任務です」


今夜、世界的な宝飾デザイナー・白石麗子の最新作「海の涙」お披露目パーティが開かれる。2億円の価値を持つサファイアのネックレスは、既に美術雑誌で「世紀の傑作」と絶賛されていた。


そして、このパーティは仮面舞踏会形式。招待客たちは、動物をモチーフにした仮面を着けることになっている。


「御堂さん」山田が真剣な表情で告げた。「実は、麗子さんに脅迫状が届いているんです」


差し出された封筒には、新聞の切り抜きで作られた文字。


『盗まれた魂の報復を』


美咲は眉を寄せた。「誰かに恨まれているんでしょうか?」


「それが...」山田は言葉を選びながら続けた。「麗子さん、若手デザイナーのデザインを盗用しているという噂があるんです。特に最近の作品は」


その時、船内放送が鳴り響いた。


「お客様にお知らせいたします。悪天候のため、予定を早めて仮面舞踏会を開始いたします」


展示室に集まった招待客たち。美咲は、五つの仮面に注目していた。


狐の仮面―フランス料理のシェフ、ジャン・ピエール。麗子の最新レストランプロジェクトの責任者。

蝶の仮面―麗子の助手、園田真琴。新進気鋭のデザイナーだが、最近は姿を見せない。

狼の仮面―競合デザイナー、村上智子。麗子とは20年来のライバル。

烏の仮面―美術評論家、黒川雅人。麗子の作品を酷評し続けている。

猫の仮面―麗子の元夫、白石健一。離婚の真相は業界の謎とされていた。


「さあ、お待たせいたしました」


麗子が満面の笑みで登場。首元には「海の涙」が青く輝いていた。


だが、その瞬間だった。


突如、船が大きく揺れ、展示室の照明が消える。数秒後、非常灯が点灯した時、そこには―


麗子が倒れていた。胸から「海の涙」が消え、壁には血文字で『償い』の文字。


救命医の診断は、青酸カリによる毒殺。完全監視下の展示室で、誰も毒を盛る現場を目撃していない。


「これは...密室殺人?」美咲が呟く。


「いいえ」山田が静かに告げた。「これは、魂を賭けた芸術家の決闘です」


捜査が始まった。


各容疑者との面談で、意外な事実が次々と明らかになる。


ジャン・ピエールは、麗子のレストラン計画に反対していた。「あの計画は、料理人の魂を否定するものです。全てを見た目だけで判断する...私には耐えられない」


園田真琴の表情は、仮面の下でさえ硬かった。「確かに私は、コンペに出品したデザインを盗用されました。でも、それを証明する術もなく...」


村上智子は、憎悪を隠そうともしない。「20年前、彼女は私の夫を奪った。そして今度は、私のブランドまでも」


黒川雅人は、意外な告白をする。「実は私...麗子さんの最初の作品のモデルなんです。若き日の、儚い恋。でも彼女は...」


そして白石健一。「離婚の真相?それは、彼女の最後の作品を見れば分かるはずです」


船は揺れ続け、美咲の胃も波のように騒ぐ。しかし、彼女の頭の中で、ピースが揃い始めていた。


「山田さん」美咲は決意を固めて言った。「犯人が分かりました。でも証拠を掴むには、もう一度あの展示室に...」


暴風雨が激しさを増す中、美咲は真相へと近づいていく。それは、芸術と欲望、そして償いが織りなす、想像を超えた物語だった。



第二章


展示室に戻った美咲は、「海の涙」が置かれていたケースを注意深く観察する。光の加減で、微かな傷が見える。


「見つけましたか?」山田が後ろから声をかけた。


その時、船が大きく揺れ、美咲は思わず山田に寄りかかってしまう。「す、すみません...」


「大丈夫です」山田は優しく微笑んだ。「でも、この揺れの中でよく観察できますね」


「ええ。船酔いも忘れるくらい、没頭してしまって...」


突然、背後でドアが開く音。振り向くと、そこには烏の仮面、黒川雅人が立っていた。


「やはり、ここにいましたか」


その声には、どこか切迫したものが感じられた。


「黒川さん」美咲は慎重に尋ねた。「なぜ展示室に?」


「麗子の最後の作品を...確かめたかったのです」


黒川は仮面を外した。その瞬間、美咲は息を飲んだ。彼の左頬に残る古い傷痕。そこに、全ての真相が隠されていた。


「あなたは...」


「そう、私は麗子の最初の作品のモデルであり、そして最後の作品の証人でもある」


黒川は続けた。「20年前、私は若手の彫刻家でした。麗子とは芸術学校の同期生。私たちは恋に落ち、そして...彼女は私の作品をヒントに、初めてのジュエリーをデザインした」


「それが問題だったんですか?」


「いいえ。問題は、その後です」黒川は苦い表情を浮かべた。「彼女は次第に商業的な成功に魅了されていった。芸術性より、市場価値を重視するように」


その時、もう一つの影が現れた。蝶の仮面、園田真琴。


「私にも聞かせていただけませんか?」真琴は仮面を外しながら言った。「私のデザインを盗用した理由を」


場の空気が凍りつく。


黒川は深いため息をつき、話し始めた。「麗子は、才能ある若手の作品を『洗練』させることで、商業的な価値を高めていった。それが彼女のやり方でした。しかし...」


「しかし?」


「その代償として、彼女は自身の芸術的魂を失っていった。そして『海の涙』は、その集大成だった」


美咲は、全てを理解し始めていた。


「園田さん」美咲は静かに言った。「あなたは、自分のデザインが盗用されたと気付いた。そして、この仮面舞踏会を利用して...」


真琴は突然、嗚咽を漏らした。「違います!確かに私は憎んでいた。でも、殺してはいない!」


「分かっています」美咲は頷いた。「なぜなら犯人は...」


その時、甲板から悲鳴が聞こえた。


三人は急いで甲板へ。暴風雨の中、一つの仮面が風に舞っていた。


狼の仮面。そして、手すりにしがみつく村上智子の姿。


「もう、終わりにしましょう」智子は虚ろな目で告げた。「全ては、あの日から始まった。麗子が私の夫を奪い、そして今度は私のデザインまで...」


「村上さん!」美咲は叫ぶ。「あなたは『海の涙』の本当の意味を知っていたんですね?」


「ええ」智子は苦笑いを浮かべた。「あのネックレスは、麗子の懺悔の作品だった。彼女は、自分の罪を知っていた。だから私は...彼女の最期を、芸術として完成させてあげたの」


その瞬間、智子は手すりから身を乗り出した。


「待って!」美咲は智子に飛びつく。山田も駆け寄り、二人で智子を引き戻した。


波が荒れ狂う中、全ての真実が明かされていく。


麗子は死の直前、智子に告白していた。「海の涙」は、彼女が犯した全ての罪の象徴。そして、それを智子の手で完成させることを望んでいたのだ。


「芸術は、時として残酷です」智子は涙を流しながら言った。「でも、それは決して人の命より重くはない。それを...私は遅すぎることに気付いた」


夜明けが近づいていた。嵐は去り、波は静かになっていく。


船上で手錠をかけられる智子。その表情は、どこか救われたようにも見えた。


「美咲」山田が優しく声をかけた。「立派な推理でしたよ」


「ありがとうございます」美咲は微笑んだ。「でも、これは推理だけの事件じゃなかった。芸術家の魂の叫びを、私たちは目の当たりにしたんです」


船は静かに港へと向かっていた。美咲は、もう船酔いを感じていなかった。


これが、彼女の探偵としての第一歩。そして、新たな人生の始まりでもあった。


おわり

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