十年坂の呪い

御剣ひかる

こっちがパクリではないぞ

 怖い話をしてほしい、か。

 よし、とっておきの話をしてやろう。


 昔々、あるところに「十年坂」と呼ばれる坂があった。

 そこで転ぶと十年しか生きられないという急勾配の坂だ。


 なに? 「三年とうげ」のパクリだと? そういえば最近の小学校の教科書に載っているそうだね。


 まぁ最後まで聞け、ふふふ。


 ある冬の日、太吉という男がその坂で転んでしまった。

 太吉は噂話や古くからの言い伝えの類なんかも信じないヤツだったから、当然十年坂の噂など鼻にもかけなかった。

 ところが、太吉はそれからちょうど十年後、なんと転んだ時間とまったく同じ時間になくなってしまったのだ!


 おいおい、そこは笑うところではないぞ。

 まぁいい。まだこの話の怖さが伝わらないのは判っている。


 太吉がきっちり十年後に死んでしまったと気づいていたのは友人の次郎だった。次郎は太吉が転んでしまった時に一緒にいて、太吉に「十年後には気をつけろ」と忠告したんだ。

 だが太吉はそういう話は全く信じない男だったから次郎の忠告も笑って流した。


 次郎は何度か太吉に忠告したが、太吉が本気で煩わしそうにしたのでそれ以上は言わなかった。

 なので十年後の太吉が転んだ日に次郎は友人と一緒にいて、事故なんかに遭わないようにとひそかに気を遣っておったんだ。


 そう、太吉はとても元気だったから、本当に十年後のその日に死ぬとしたら事故しか考えられなかったんだ。


 そしてそれは起きた。

 畑のそばを歩いていた時だ。遠くで叫び声が上がった。そちらを見ると牛が太吉と次郎めがけて一直線に走って来るではないか。


 次郎は太吉をかばって牛の進路から外れるように突き飛ばした。

 太吉を守れたとほっとしたのもつかの間。そのままでは次郎がはね飛ばされる、あるいは踏みつけられる。次郎は恐怖し、死を覚悟した。


 なのに牛はまるで太吉の命を狙うがごとく、急カーブを描いて太吉めがけて突っ込んでいったんだ。

 そう、太吉はそれで死んでしまった。

 まさか牛がまるでドリフトでもするかのように進路を変えるなど誰が予想できるか。


 太吉をはねた牛はそれまでの暴走が嘘のようにおとなしくなった。

 飼い主の話だと、普段からおとなしい牛だったそうだ。


 牛の暴走と飼い主の話を聞いて次郎は確信したんだ。これは十年坂の呪いである、と。

 次郎は十年坂を通るのをやめたかったがどうしても通らねばならない。


 ……そうだな。三年とうげの話のように、何度か転べばその分、寿命が延びると次郎も考えた。

 いつ転ぶか判らない恐怖におびえて暮らすより、いっそ何度か転べばいいのではないかと次郎は実行した。

 次郎は坂の中腹辺りでころんころんと数度転がり、これで数十年は大丈夫と安心した。


 だが二十年ほど経った雪の日、次郎は坂の上で足を滑らせた。

 あぁ。そりゃもう転がりまくった。なにせ急な坂だ。坂の下までごろんごろんだ。


 次郎が奇跡的に怪我もほぼなく無事だと見て取ると、その場に居合わせて坂の噂を知っている人は笑ったよ。おまえ、数百年は生きるだろうな、と。


 そして、その通りになったんだ。

 今思えばあれだけ転がったのに怪我もほぼなかったのは、先に数度転んでいて寿命が延びていたからだろう。


 そう、次郎はわしだ。

 おぉ、期待通りの反応だな。信じられんならそれでいい。年寄の与太話と笑い飛ばすがいい。


 転んでからか? 二百ぐらいまでは数えておったがそこからは面倒になってやめたな。

 転んだのは? そうだな、三代将軍の頃だな。

 もう友人が死んでいくのは見たくないんだがなぁ。


 十年坂の場所か。今はもうないぞ。先の戦争で爆撃されてそこら一帯まっ平になってしまった。

 だがもしそういう場所があってもやめておけ、これは呪いだ。わしは寿命を延ばそうと欲張ったから罰が当たったんだ。


 人は元々の寿命で死ぬのが幸福なんだとわしゃ思うぞ。



(了)

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