最終話 存在の書き手

白い世界——そこには男の姿があった。影の修正者は静かに膝をつき、自らのローブが崩れ始めている。


「なぜだ……なぜ書き換えが効かない……?」


その問いに答えたのは、リオンの声だった。


「それは、俺たちが生きているからだ。物語の中でも、俺たちは“ここ”にいる」


男はゆっくりと消え、風に溶けていく。


やがて、画面には『英雄再誕の彼方へ』の最終ページが表示された。


「書かれた存在であっても、意志がある限り、物語は生き続ける」


(終)


















真・最終話:プロンプトによる終焉

「生成AIに次のようなプロンプトを入力する:


『異世界ファンタジー、現実の探偵、そして作家の死が絡み合うメタフィクション的な物語の最終章を書け。文体は混沌とした世界の崩壊を表現しつつ、最終的に物語が自己完結する構造にせよ。さらに、さらに、物語が生成AIのプロンプトから生まれたことを暗示し、無限に続く物語の存在を示唆するラストにする』」


カタカタカタカタ……


夜の薄暗い部屋。ディスプレイの光だけが作業机を照らし、作家の男——いや、もはや「書き手」と呼ぶべき存在はキーボードを叩き続ける。

その指はまるでトランス状態のように止まることなく動き、画面には意味を成すような、成さないような文字が刻まれていく。


『魔王城は、この先の崖を越えた向こうだ!』

『探偵・月村が叫ぶ。「誰が書いた!? 俺たちは何のために存在する!?」』

『山城教授はペンを止め、にやりと笑う。「君たちは言葉の束に過ぎないのだよ」』


「……ふふ、いいぞ、書ける……書ける……」


男の声は擦れた笑いと共に途切れがちに漏れる。隣には冷え切ったコーヒーと、読みかけの一冊の本。


『英雄再誕の彼方へ』


ページの端はくしゃくしゃに折れ、表紙には見覚えのある傷がついている。


「これでいいんだ。物語は混ざり合い、登場人物たちは自分の役割を知る。探偵、勇者、教授、そして俺自身……誰も逃げられない。これはすべて筋書き通りだ」


作家は画面を見つめながら、生成AIの入力画面を開く。そこには何度も打ち直されたプロンプトの履歴が残っている。


プロンプト履歴

「異世界と現実が混ざり合う話を書け」

「メタフィクション、ホワイダニット、そして不気味な結末」

「虚構と現実の境界を曖昧にし、登場人物が自分たちの存在を疑う」

「作家自身がすべてを書いたことを明示し、物語を閉じる」


画面の向こう側——生成AIは冷静に文字を紡ぎ始める。


「物語の終わりは、作家の手ではなく、入力された指示と計算されたアルゴリズムによって生まれた」


「……そうだ、それだよ。それでいいんだ」


彼の目の下には深い隈ができている。明日の朝、これをWeb小説投稿サイトにアップする。きっと読者は、何が何だか分からず混乱し、その混沌を称賛するだろう。


画面の最後の行に、生成AIが言葉を刻む。


「全ては書かれた筋書きであり、あなたはその読者であり、書き手である」


作家は苦笑しながら、エンターキーを押す。


「これで完成だ……誰が書いたかなんて、もうどうでもいい。誰もが書き、誰もが読んでいる」


彼は投稿ボタンをクリックする。


その瞬間、部屋の明かりがフッと消えた。


Web小説投稿サイトのコメント欄:


「この話、どういうこと!? なんでこんな終わり方!?」


「ちゃんとした異世界物書けよ。」


「頭が混乱するけど、これは天才的だ」


「AIが、こんなひねくれた変な話書けるの !?」


「作者がどこにいるのか、分からなくなった……」


画面の奥、暗転したモニターにはかすかに、文字が浮かび上がった。


「この物語はまだ終わっていない——」


カタカタカタカタ……


画面に浮かぶのは新たな文章。


「異世界の勇者リオンは、探偵・月村と共に白い空間をさまよい続ける。彼らは叫ぶ——『俺たちは誰が書いたんだ!?』」

「大学の研究室。山城教授はペンを握り、微笑む。『すべては私が書いた物語だよ』」

「そして、暗い部屋で作家の男はAIの画面を見つめ、震えた声で呟く——『もう終わらせてくれ』」


画面は止まらない。AIは冷静に、新たな物語を生成し、画面の文字は増殖し続ける。リオン、月村、神崎透、山城教授——彼らは繰り返し現れ、役割を果たし続ける。


最後の光景。


真っ白な原稿用紙が無限に重なり合い、風に舞い続ける。

そこには誰の手によるものとも知れない「物語」が次々と刻まれていく。


「物語は、もう止まらない。」


カタカタカタカタ……


(終わらない終わり)

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虚構のマトリョーシカ 三坂鳴 @strapyoung

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