50話 プールで遊ぶとまさかのアクシデント

 プールのあるレジャー施設に着いた僕たちは、入口前で一旦別れて、それぞれ更衣室へと向かった。


 男子更衣室は思いのほか混んでいたけど、俺はさっさと着替えを済ませて先に出てきた。軽くストレッチをしながら、あたりを見渡す。


「……さて、綾乃はどんな水着を選んだんだろうな」


 白、か、それともネイビー系か。いやいや、まさかフリル付きだったり?ま、まさかの背伸びしてビキニだったり!?いやいやあの愛らしい綾乃がビキニなんて……。いやどうだろう?あるかもしれない……。


 うーん……待ち遠しい!!


「玲司くーん、お待たせしましたぁっ!」


 振り返ると、そこにいたのは。


「えッ」


 思わず、間の抜けた声が口をついた。


 綾乃は、淡いピンク色のビキニに、軽く透けた白いパレオを巻いていた。髪はゆるく結ばれていて、頬はほんのりと染まり、こちらを見て微笑んでいる。


「ど、どう……ですか……? ちょっと派手すぎた、かも……?」

「……反則……いや、あの……ごめん、ちょっと今、何も考えられない」

「えっ!? ええっ!? な、なにか変ですか!? サイズ間違えたとか……!?」

「いや逆……いやちがう、なんでもない! 大丈夫! 世界一似合ってる! っていうか、もう、なんか、もう!」


 内心、爆発寸前だった。理性という名のダムが決壊する三秒前。


 まさかのビキニなんて、あぁ神様ありがとう……・。綾乃のビキニ姿を拝ませてくれて……。


「もしかして……玲司君、照れてるんですか?」


 綾乃は両手を軽く胸の前で組みながら、いたずらっぽく微笑む。


「ちょ、ちょっと、近い……っ」

「だって、玲司君、顔赤いですよ? 鼻血とか出したら責任とりませんからね?」

「出ないし! 」


 パレオの裾がふわりと揺れて、ピンクの布地がちらっと目に入るたび、また心拍数が跳ね上がった。


 これ、プール入る前に体力全部持ってかれるのでは?


「ふふっ、でもよかった。玲司君に見てもらうの、ちょっとドキドキしてたんですから」


 彼女はそう言って、小さく笑った。


 こんなの、ご褒美でしかないじゃないか。この夏は、波よりも心が揺れる気がしていた。







 ウォータースライダーを滑り終えて、流れるプールでくるくる漂流し、最終的には二人乗りの巨大な浮き輪に身を委ねて──。


 気づけば、僕と綾乃はゆっくりとした水の流れに身を預けながら、並んで空を見上げていた。


「ねぇ、玲司君。これ……ちょっと、カップルっぽくないですか?」

「えっ!? そ、そうかな?」

「だって、ほら。こうやって大きな浮き輪で二人きりって、漫画だったら『運命かも……♡』とか言っちゃうやつですよ?」


 そういう乙女モードを急に発動するのやめて! 心臓の消耗が激しいんだから!


「う、うん……そうかも」

「ふふっ、玲司君、顔が真っ赤ですよ?」


 いや、それはこっちのセリフだって。


 でもまあ、こんなに近くで……あのビキニ姿で……。それを直視しないように努力しながら同じ浮き輪に乗るって、拷問というか、試練というか。


 っていうか、これ……やっぱデートじゃないか……。そんな甘酸っぱい気持ちのまま、時計の針は正午を指していた。


「玲司君、そろそろお腹空きませんか?」

「ちょっと空いて来たかも……」

「じゃあ、私、お昼買ってきますね!」

「え? いや、俺が行くよ?」

「大丈夫です。玲司君は待っててください!」

「えっ、ちょ……」


 あれよあれよという間に、綾乃は売店エリアへと駆けていった。


 僕は日陰のベンチでバスタオルをかけたまま、ぽつんとひとり、残された。


 あー……この流れ、何か嫌な予感が……そしてその予感は秒速で的中する。


「うぉいぃ、まさかとは思ったけどマジでお前じゃねぇか、玲司!」


 やっぱりかぁ……。


 こっちに笑いながら手を振ってきたのは、我らが成田。しかも、その後ろには見覚えのない男友達も連れている。


 成田、お前……よりによって今……!


「お前がプールとか、どの口で爽やかぶってんの? イメージ違いすぎるわ!」

「ま、まぁたまにはな……」


 くそおおおおお、早くどっか行ってくれええ……。


 僕の魂の叫びは、もちろん成田には届かない。


「つーか、誰と来たの? 一人で浮き輪で回ってたわけ? それとも──おおお?」


 成田の目が何かを察知したように見開かれる。


「れ、玲司君〜♪ 唐揚げとポテト買ってきましたぁ!」


 その瞬間、タイミング最悪のご登場。両手にトレイ、笑顔満開の綾乃が、こちらに小走りでやってくる。……やめて!今だけは、こっち来ないで!


「……えっ、ええええええ!? 篠宮さん!?」

「な、成田さん!? なんでここに!?」

「いやいや、なんでってのはこっちのセリフなんですけど!? ていうか、篠宮さんビキニやん! めっちゃ気合入ってるやん!」

「ち、ちがいますっ! これは、その……玲司君が見たら……って!」

「あああああああああああああっ!!!」


 僕は頭を抱えた。全方位に誤解を生みそうな発言が、よりにもよってリアル関係者に伝わってしまった。


 しかも、成田の顔が完全にニヤニヤモードに突入してる。


「へーへーへー。なーんか最近、妙に距離近いと思ったら、そういうことねぇ。体育祭でいろいろあったもんな〜。あ〜あ、あまずっぺぇ〜!」

「や、やめろ! やめろ成田! それ以上しゃべるな!」

「はいはい、お幸せに。オレら、あっちのスライダー並んでくるから、つづきはごゆっくり〜」


 成田は肩を組んだ男友達と笑いながら、こちらを指差してから去っていった。


 その後ろ姿を見送ったあと、綾乃と僕は唐揚げの乗ったトレイを見つめながら、しばし無言になった。


 


「……その、玲司君」

「うん」

「やっぱりバレちゃいましたね」

「まあ……うん」


 しばしの無言……。すごく気まずい空気が俺達の間に流れていた。


 ……うわあああああ、絶対言われる……週明けのHRで絶対いじられる……。


 俺は、その場にへたり込み、顔を両手で覆った。


「玲司くん、大丈夫ですか?」


 綾乃が隣にしゃがみ込み、心配そうに覗き込んできた。表情は、申し訳なさ半分、笑いをこらえてる半分。


「なんとか……」


「そ、そうですか。あ、ほらお昼、冷めないうちに食べましょう」


 そう言って、綾乃は俺の腕を引いて、近くのベンチへと誘導する。


 こうして、プールサイドでのランチタイムは、災難と幸福の両方を運んできた。……夏って、ほんと、イベント力が高すぎる。

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主人公の妹を寝取ろうとするエロゲーの悪役に転生した俺は破滅フラグを回避するため真っ当に生きようとしたが、なぜか妹は俺に好意を寄せている。 瓜生史郎 @runaruna00332244

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