第2話 天動説から地動説への転換
「そもそも40歳の男が婚活を始める難しさをよく理解しろ。なぜ40歳になるまで独身を謳歌してきた男が、急に結婚したくなった?」
ファミレスで対面に座る滝沢隼人は、ギラリと目を光らせて僕を見た。
「笑われるかもしれないけど・・・SNSや周りの人から、40歳になったら狂うと言われて、実際最近は寂しくて。それから、年末に実家に変える予定を立てていたんだけど、母親に孫の顔を見せてあげられずに、一生を過ごすのかなと思うと、生んでもらったのに申し訳なくて」
「いや、笑えねえよ・・・。めちゃくちゃいい奴じゃねえか
この男・滝沢隼人は成人向けの漫画で主人公の恋人を奪っていく悪い先輩のような見た目をしているくせに、親身に僕の話を聞いてくれた。
「僕はイケメンじゃないし、お金を稼がないと結婚なんて無理だって思い込んで。いや、実際そうだったと思うんだけど。仕事をして、投資をして、ようやく配当金が月数万円もらえる状態になったんだけど、そうしたらもう40歳になってた」
「バブル後に生まれた、キミらの世代にあるあるだな。女性の社会進出が本格化して、女性の自立、女性の自由が叫ばれて、真の自由恋愛社会の中で生きてきた世代だ。社会がどんどん奇麗化して、ブサイクには人権がなかったもんな」
「だからお金を稼いだ!お金があれば幸せになれると信じて。けど、お金だけじゃ足りなかった。貯金を趣味にしたから、いまはお金をつかってやりたいこともない。かといって100万円お金が減ったら、たぶん辛い。結婚式とかあげたくない」
「話が少し混在しているけど、つまり美有、キミはお金で女を買う発想だったわけだ。そのくせ今はお金を使いたくない。だとしたら女を買えるわけないよね」
確かに滝沢の言葉は一理ある。僕はお金を使いたくないのに、お金を見せるだけで誰かから認めてもらいたいと考えている。そんなことが可能なのか?
「美有。自分の価値を外部に依存するのはやめよう。キミの価値は、ここにいる実体であるキミと、外部の資産・・・つまりお金や人脈や肩書の2種類でできている。外部の資産をいくら積み上げても、それらはキミの思いとは関係なく無くなっていくかもしれないし、価値を失っていくかもしれない。それに俺や女の子から見て、キミの外部の資産がどれほどあるかなんて、わからないし、聞いても嘘かもしれないとうっすら疑うことの方が多いよ」
「だから実態であるキミ自身を磨けって?何度も聞いてきたよその話。僕はそういうの嘘だと思ってる。自分を磨いて会社で認められてきたけど、女の子は僕のことなんて見向きもしなかったよ」
滝沢隼人は、突然僕の口元を指さした。
「3Sやろう。歯科矯正、洗顔、散髪。ついでにヒゲ脱毛。いい店紹介してあげるよ」
「はあ? 紹介料ビジネスやろうって? 僕がお金持ってるっていったからカモにしようと思ってる?」
「違う違う。実体であるキミを磨くんだよ。美有はさ、少し勘違いしているんだよ。キミ自身の人柄や頭の良さ、知識を磨くことというのは、実は外部の資産を積み上げていることになるんだ。実際さ、どうして人柄を磨いたかって人脈をつくるためでしょう。知識を磨いたのは会社で成功して肩書を得たり、お金を得るためでしょう。キミの内面がどんな風なんて、俺や女の子から見て、わからない。つまり、内面磨きは外部の資産を積み上げることとイコールなんだ。どっちもわからない」
ええっ!と僕は目を丸くした。いまはまさに天動説が地動説に侵略されている気分だ。
確かに自分の内面を磨いて、例えばプレゼンテーションを上手くやったり、相手の話をよく聞くようにしたり、論理的思考力を身に着けたのは、会社で出世するためだった。
内面を磨くことは実体を磨くことだと考えていたけど、確かに外部の資産も内面も、周りの人から見て、それが如何なるものかを見ただけで理解できるものではない。
「で、でもお金があれば、良いスーツや腕時計が買える!それを見たら外部の資産を見ただけで理解することができる。じゃあ内面の良さってどうやったら見ただけで理解させられるんだろう」
「やっぱ頭いいね、美有。そう、そこ。見ただけで理解させることが大事なんだ」
滝沢隼人は自分のスマホを取り出して、中の写真を僕に見せてくれた。友達とバーベキューに行った写真、海を見に行って夕日をバックに後姿を撮った写真、女の子と楽しそうに飲んでいる写真、スーツを着て他の社長らしき大人たちと笑顔で笑っている写真。
風景や食事を撮っただけの写真は一枚もなく、すべて誰かと一緒に写真を撮っている。
「この写真を見て、キミは俺にどんな印象を感じた?」
「コミュニケーション能力が高くて、友達が多くて、仕事の人脈も大事にしていて、なんというか・・・写真の真ん中に写っていることが多いから、リーダーなんじゃないかって感じたりした」
「美有、キミ、洞察力すごいねえ。言語化能力高すぎ。そうそう、写真からわかるでしょ。何となく俺がどんな人間かって。そういうことなんだよ。人は目に見えているものからしか判断できない」
僕の頭は急速に回転し始めていた。今までは実体の外にあるものを動かそうとしてきたけど、今は実体自身を動かさなきゃならないと感じ始めていた。本当に天動説から地動説に変わってきてるの笑うんだけど。
「滝沢さん、おススメのお店紹介してください!3Sやってみたいです!」
「じゃあ紹介料1万円もらうわあ、まいどあり」
騙されてない・・・よね!? 僕は不安になりながら滝沢さんにお金を支払った。
金色の闇 杞優 橙佳 @prorevo128
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。金色の闇の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます