妖精絵付け工房 テ・フェリーク ~欠けた想い出と祝福のティーカップ~(第25回書き出し祭り参加作)

妖精絵付け工房 テ・フェリーク ~欠けた想い出と祝福のティーカップ~


連載時期未定


ジャンル:ファンタジー


~メモ~

・「第25回書き出し祭り」参加作

会場順位:9位

全体順位:27位(同率2作)

1位票:2

2位票:9

3位票:12

総計:36

いいね:10

※会場合計:121票


本文は参加時のものです。


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 今日は小さな男の子と女の子のふたりが楽しみにしていた、秘密のお茶会。

 季節の花が咲き乱れる庭園を臨むテーブルの上には、上品な装飾が施されたティーポットと彼らが作ったお菓子。そしてふたつの真っ白なティーカップが置かれている。

 いつもなら甘いお菓子へと夢中になる二人だけれども、今日は緊張した面持ちでティーカップを見つめていた。

「始めるわね」

「う、うん」

「妖精さん妖精さん、甘いお菓子はいかが?」

 少女の掛け声を合図に、庭園の影から妖精たちが姿を現してテーブルの周りを漂い始めた。興味深そうにお菓子やティーカップを覗き込む彼らの様子を見ると、彼女が満足そうに頷く。

「私たちと一緒にお茶にしましょ!」

 少女が妖精たちに誘いをかけると、彼らは嬉しそうにお菓子を頬張り始めた。

 宙に浮かぶティーポットからカップへと、ハーブティーが注がれていく。

 妖精たちが宙を踊るたびに色とりどりの花びらが舞い、それらはカップの側面へと鮮やかに模様を描いていく。

 ……はず、だった。

 けれども、幻想的な光景を目の当たりにする彼の眼には、どうしてもそれらが色をなくした光景にしか見えなかった。

(どうして、色が見えないんだ……?)

 妖精の姿やティーカップを彩る美しい模様もうまく見えず、世界のすべてがぼやけた白と黒の濃淡でだけ描かれている。

「見て、グレン! 出来たわ! これが私たちだけのティーカップよ!」

 聞くだけで胸が躍る声は水底から聞いたときのようにくぐもっており、カップを手にする彼女の顔は輪郭ですら霞んで見える。

「ねえ、君は……」

 彼は思わず手を伸ばし、彼女の手に触れようとして……。


 ……ガシャン! と言う何かが砕けた音が響いた瞬間、彼の意識は秘密のお茶会から切り離された。


「っ!?」

 舟をこいでいたグレン・バーンが物音によって意識を取り戻すと、目の前には白いティーカップの割れた姿があった。

「す、すみません、グレン様! 割ってしまいました……」

 ゆめうつつから抜け出したばかりのグレンは、必死に謝るメイドの姿に苦笑するしかない。

 彼は商会を営む親の次男。もう間もなく跡を継ぐ兄の手伝いをしている、ごく一般的だが冴えない十九歳の青年……というのが、彼の自己評価だ。

「良いよ。それより怪我はしてない?」

「は、はい」

「そっか、それなら良かった」

(……俺が壊したんじゃなくて)

 想い出が詰まった大事なティーカップだと言うのに、ヒビを入れただけでは飽き足らずに自らの手で粉々にしてしまったとしたら、彼は後悔で立ち直れなかっただろう。

 他人の手によって壊されたことで、しかたがなかったんだと言い聞かせることが出来る。

 不幸中の幸いと言うべきか、ティーカップは粉々にならず、綺麗に四つの欠片に分かたれていた。

(ヒビが入ってからはいつか壊れてしまうと思って、最近は飾るだけにしていたけど……。それでも壊れてしまうなんてな)

 ティーカップを飾っていた棚は、ぽっかりと空間が出来ている。まるで空虚な自分の心の内を映し出しているようで、グレンは目を背けるようにしゃがみこみ、破片のひとつを手に取った。

「グレン様、素手で触ると怪我しますよ」

「あ、ああ」

 それは夢で見たティーカップの片割れのように見える。けれども、夢はあくまでも夢。それでもじっとカップを眺めていると、何故か違和感が拭えなかった。

(何かが、足りない?)

 割れてしまったのだから当然ではあるが、バラバラになったティーカップが本来の姿を模していない気がして、グレンは破片を裏返した。

「あれ? どうして、模様がないんだ……?」

 壊れたティーカップは、色が抜け落ちたように真っ白だった。

 形状や手触りも、大切なティーカップそのもの。

 ただ、ティーカップを彩る模様だけが、なくなっていた。

(本当はもっと、鮮やかな色をしていたはずなのに……)

 グレンはティーカップの表面をなぞりながら考えこんだ。

「模様なんて、ありましたっけ? どんな模様でしたか?」

 箒とちりとりを持ってきたメイドが、グレンの呟きに首を傾げる。

「え……っと……」

(どんな模様だった……? どうして、思い出せないんだ?)

 何故か記憶までもが欠けたように感じたグレンは、ティーカップの欠片を拾い集めて布に包むことで、不安を誤魔化そうとした。


 カップは綺麗に割れたため、接着剤で繋げればティーカップとしての外観だけはそれなりに取り戻せるだろう。それか、腕の良い職人なら綺麗に直せるかもしれない。

 しかし、グレンが求めている姿からかけ離れてしまいそうな気がして、彼はどちらも実行する気になれないでいた。

 布に包んだままポーチにしまい、どうにも出来ずに俯いてトボトボと歩いていると、ふと耳元で子どもの声が聞こえてきた。

『あっ、グレンだ』

『泣きそうな顔してる。お兄ちゃんにいじめられたのかな?』

 小さな子に酷い言われようだと思って振り向けば、キャッキャと楽しそうにグレンを取り囲んでいたのは、蝶やうさぎや鳥……の姿を模した妖精たちだった。

「えっ? も、もしかして……妖精?」

 妖精はふつうのひとには見えない。妖精に祝福された人間なら見ることは出来るが、グレンは妖精を意識しないで暮らしていた。

 それなのに、妖精たちはグレンの名前だけでなく、兄がいることまで知っている。グレンが気付いていなかっただけで今まで彼を見守っていたのかもしれないが、それにしてはどこか親しげな印象を受けた。

『あっ、グレンがこっち見た! 逃げろ〜!』

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」

 何かが心に引っかかったような気がして、グレンは妖精たちを追いかけた。


 気付けばグレンは見知らぬ路地に入り込んでしまった。いや、妖精たちの声が聞こえた時点で、迷い込んでいたのだろう。

 妖精たちが逃げ込んだのは、いかにも彼らが住み着いていそうなメルヘンチックな外観の店。洒落た看板にはこう書かれている。

テ・フェリーク妖精の喫茶店……?」

 先ほどの妖精の言動が気になるグレンは、戸惑いつつも思い切って店に入ることにした。

 おそるおそるドアを開くと、カランという爽やかなベルの音がグレンを出迎える。

「ごめんくだ……」

 店内に声をかけようとした瞬間、華やかな声が店内に響く。

「妖精さん。一緒にお茶にしましょう? お客さんが手作りゼリーを持って来てくれたのよ」

 声の先にいたのは、丸テーブルのそばに立って空へと手を掲げる銀髪の少女の姿。エプロンを着ていることから、店員だろう。消えてしまいそうで儚い印象とは裏腹に、声ははつらつとしていた。

 テーブルの席には客と思しき二人の少女が、眼差しを輝かせて店員の手の先へと向けている。

 グレンもつられて彼らの視線を追ってみると、青や紫、薄桃色などの涼し気な色をしたゼリーを魚の姿をした妖精たちがつついていた。

「おいしくできたかな?」

『おいしいよ!』

「よかったあ! お姉ちゃんと一緒に作ったんだよ!」

『二人は仲良しなんだね』

「そうなの! わたしとお姉ちゃんは仲良しで、ずーっと一緒なんだよ!」

 少しあどけなさを残す大人びた少女と、彼女を姉と呼ぶ幼い少女。彼女たちは、手を合わせて嬉しそうに笑っている。

 けれども姉と思しき少女は、切なげに目尻に涙をためていた。

「……私たちも食べよう?」

「あーんしてあげる!」

「自分で食べれるよ?」

「お姉ちゃん、泣きそうなんだもん。今日はゼリーもおいしく作れたし、わたしがお姉ちゃんのお姉ちゃんになってお世話してあげるからね!」

「ふふっ。リアったら。……ありがとう」

 楽しくもどこか切なげなお茶会を繰り広げる少女たちのそばで妖精たちが空を泳ぐと、ゼリーと同じ色をした輝きが彼女たちを優しく取り囲む。

 そばで見守っていた店員の少女が指で輝きを掬い取ると、空に光の軌跡が描かれた。

 空に浮かんでいた二つの純白のティーカップを指でなぞると、指先で触れた光の色彩がカップの側面に花開くように広がる。

 そうして彼女は踊るようにティーカップに彩りを添えていく。

 妖精姫とは彼女のような人を指すのではないか。そう思わせられるほど美しく幻想的な光景に、グレンは目を奪われた。

「妖精絵付師……?」

 妖精絵付師。妖精の力を借りて絵付けを行う職人のことだが、作り話の存在だと言われている。

 お茶会が終わった頃、店員は二つのティーカップを姉妹に差し出した。

「今日のお土産よ」

「きれいなティーカップ! さっきのゼリーみたいな色だね!」

「このティーカップは、妖精さんが今日の想い出を彩ったの。大事にしていれば、お姉さんと離れてしまっても、今日の想い出が励みになってくれるわ」

「大丈夫! お姉ちゃんがどっか行っちゃうなんてことないもん!」

「……っ。ルフナさん、ありがうございます!」

 微笑む妹と、真逆に感極まって涙ぐむ姉。二人はカップを受け取り、仲良く手を繋いで帰って行く。

「……一緒にいたいと願う相手ほど、どうして離れなくちゃいけないのかしら」


 二人を見送った店員ルフナが振り返ると、首を傾げた。彼女はようやくグレンに気付いたようだ。

「あら、お客さん?」

(彼女なら、直せるかもしれない!)

 絵付師であろう彼女に、ティーカップを修復出来るはずがない。それなのに何故か、彼女なら出来ると感じたグレンの口から、自然と言葉が零れていた。

「あ、あの! このお店では、ティーカップを復元出来ますか!?」

 そう言ってポーチから取り出したティーカップの欠片は、布に包まれて仄かに光っていた。

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江東乃かりんの冒頭作品集 江東乃かりん @koutounokarin

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