パンが食べたい

dede

モチはトースターで


「直ったの?」

「んー、たぶん。試しに焼いてみよう」

「パン、あったかな」

「なぬー!?パンもないのに直させてたの!!」

「なかったら、モチ焼こう」

「とーすたーなのにー!!」

「正月だし」


 私の故郷の離島でバカンスだと意気込んでいたサオリだけど、なぜかトースターの修理を頼まれて悪戦苦闘して貴重な休暇の半日を過ごした。さて今どんな心境だろう。黒い油が鼻の頭についている顔を解読したところで不満以外は読み取れなかった。

 麦茶の入ったグラスを二つお盆に乗せ、先ほどまでサオリが作業していたテラスに私も出る。潮風が気持ちいい。外に目を向けると、庭の先には白い砂浜、寄せては返す波打ち際、そして白く波立つ海。昔から変わりない見慣れた光景だ。テラスに手を乗せる。朽ちた材木の感触。所々剥げた白いペンキ。軋んで音を立てる足元。枯れた雑草が風で波立つ庭。それ以外は昔からの見慣れた光景。


「何年ぶりなの?」

「あー……何年だろ、サオリと出会う前だから」


 家を出てから滅多に帰らなかった。都会から訪れるには交通の便が悪いしお金も掛かるしで自然と足が遠のいた。両親が亡くなってからは一度も帰ってきてない。


「冬なのに暑いね。汗かいてきちゃったよ」

「ホントにね」


 着ていた上着は随分前からフローリングに脱ぎ捨てられていた。サオリは麦茶をごくごくと飲み干して手の甲で口の端を拭う。私も一口含んで記憶を手繰り寄せる。昔はどうだったろう。ここまで暑くはなかったと思うのだけど。昔の事過ぎて思い出せない。気軽に確認できる相手もいなくなってしまった。確認するにはお隣さんは遠い。


「壊れてた原因は分かったの?」

「サビとコゲ」


 なるほど。私はテラスに放置された汚れたボロ布と、半日前と比べて見違えたトースターを交互に見やる。薄汚れていたトースターはサオリの手に掛かってみるみる解体されていき、分析され、磨かれ、また組み立て直された。こういう時のサオリの手並みは鮮やかだ。私には真似できない事だけに尚更惚れ直してしまう。実に頼りになる。


「この島に来てから、掃除やら修理やらばっかり」

「里帰りだからね。そんなもんだよ。ごめんね? 私はイイから一人で出かけても」

「あーごめんごめん。不満なんじゃないんだよ」


 ウチに着いたらまず掃除。隣りの人に管理をお願いしているけれど、住んでいない家だ。掃除しないと過ごせそうになかった。


「次は何する?」

「その、お墓も掃除したくて」

「おーけー。行こうよ。挨拶してもいい?」

「もちろん」


 この家に、誰かを連れてくる事なんて一生ないと思っていた。誰かを、両親に紹介するなんて絶対ないと思っていた。

私はサオリの肩に頭を埋める。


「ありがとう」

「私こそ。ご両親に挨拶できて嬉しいよ」


 私は丁寧に拭き清めると、お線香を焚いて墓前に手を合わせた。横でサオリも手を合わせて目を瞑っていた。


「お別れ、済んだ?」

「うん」


 「今年実家に帰ろうと思うんだ」と言った私の顔から、一体サオリは何を読み解いたのだろう。ともかく一緒に行くと言い出した。そのおかげで私は故郷でも独りで過ごさずに済んでいる。

 誰も住んでいない家なんて、老朽化する一方だ。隣りの人もいつまでも面倒をみてくれるとも限らない。いずれはお別れしなくてはいけないのだ。早かれ遅かれ。

 私が掃除道具やら線香やライターを片づけていると、背後で砂利を踏みしめる音がした。


「あのトースターさ、どうするの?」

「どうも、しないかな。今日、お餅を焼いたら一緒に処分だよ」

「パンは!?」

「さっきのお店でなかったでしょ?この島にパンはないの。諦めて」


 あのトースターは我が家で昔から使っていたモノだ。パンも焼いたしモチも焼いた。でももう、これでお終い。サオリには申し訳ないことをしたと思ってる。どのみち処分するのに、面倒に付き合わせてしまった。でも最後はきれいな姿でと思ってしまった私の我儘。

 私は振り返るとサオリの顔へ目を向けた。すると私の背中越しに一陣の風が吹きあげた。サオリは靡く髪を手で抑えている。その顔は微笑んでいるけど、何を考えているかは私には読み解けない。けれどもきっといつだって、彼女は私の事を考えているのだ。


「持って帰ろうよ」

「え」

「あのサイズなら島からでも持ち出せるよ。持って帰ろうよ。そしてパンを焼く。これで焼けるね」


ほら。


「バカね。私たちの部屋にはもうあるじゃない」

「大丈夫。使い分ければいい。こっちはモチ専用」

「バカね。パン、焼いてないじゃない」

「あ。1回だけ。1回だけは、パン焼いてもイイ?」

「バカね。何回でもイイよ。うん。持って帰ろうね」


 どれだけ私の事を考えたら、これほど私の事を解読できるのだろう。私はまだまだサオリについて考えてる時間が足りないのだろうか。どうすれば同じぐらい理解できるようになれるのだろう。私だって、あなたが私を想うのと同じぐらいあなたの気持ちに寄り添いたいのに。


「妬けるなぁ」

「うん、きっと美味しく焼けるよ」


 ココは伝わらなかった。それでも。


「ありがとう」

「ううん。私も食べたかったし」


 私の気持ちを温かくした。

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パンが食べたい dede @dede2

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