雨降る庭にも天使が来たる

@akihazuki71

第1話

 老夫婦と暮らすサバトラ猫のコテツは、ご近所で有名な猫になってしまった。

 向こう三軒両隣りなどと言うが、十軒先まで知らない人はいなかった。最近はさらに遠くからもコテツに会いに来る人がいた程だった。

 それは少し前のことだった。コテツの家の向かい側に建つ家の一軒に、女の子が両親と三人で暮らしていた。彼女は大切なネックレスをなくしてしまい、とても気落ちしていた。それをコテツが見つけて返しに来たのだった。

 次の日、女の子が母親と一緒にたくさんのおみやげを持ってお礼に来た。

 事情を聞いた老夫婦はとても驚いたが、すぐにとても喜んで、コテツのことを何度も褒めてくれた。コテツはなんだか誇らしい気分だった。

 その後、両家からその話があちこちへと広まっていったが、それと同時にいくつもの尾ひれも付いてしまった。

 そのためコテツに会いに来る人もいて、老夫婦はその度に応待に追われた。コテツもその度に呼ばれては、話に付き合って、そして、頭を撫でられてを繰り返した。そんなことが続いたので、老夫婦もコテツもすこし疲れてしまった。

 そのうえコテツは、女の子から貰った水色の首輪が目印となり、外へ出かけた時も大勢の人に囲まれ、何か四角い物を向けられた。

 しかし、女の子からお礼に貰ったカゴ一杯の猫用おやつが、コテツを元気付けてくれた。

 そんなわけでコテツはしばらく家の中にいたが、久し振りに隣の家の柴犬・サクラに会った。いつものように生け垣越しに顔を合わせると、サクラは笑いながら言った。

「このところ、たいへんだったみたいね。」

「そうなんだよ、サクラ姉ちゃん。」

コテツは少し疲れた様子で答えた。

 それはコテツが雪だるまに声を掛けられたのが始まりだった。雪だるまにある忠告をされたのだが、結局少し怖い思いをすることになってしまった。この話はサクラも知っていたが、その続きがあった。

 それから晴れの日が続いて、雪だるま達は溶けてしまったかと思われたが、意外な姿でコテツと再会した。それが女の子がなくしたペンダントだったのだが、なぜそうなったのかはコテツにもわからなかった。そして、雪だるまに頼まれて、ペンダントを届けに行ったのだった。それがこんな騒動になるとは思わなかった。

「でも、いいことをしたじゃない。」

黙ってコテツの話を聞いていたサクラはそう言った。

「へへ、そうかなぁ・・・」

コテツは少し照れくさそうに横を向いて言った。サクラはそんなコテツを見て微笑み、そして思い出したようにこう言った。

「そうだ、こっちもコテツに話すことがあったわ。」

「オイラに話、なに?」

キョトンとしているコテツに、サクラはいたずらっぽく笑った。

「そうね、そろそろ来る頃かしらね・・・」

サクラはそう言って、庭の花壇の方に視線を向けた。するとその向こうにある裏の家の方から甲高い声が聞こえてきた。

「サクラ!サクラ!コユキ、きたよ!」

花壇の隙間から小さな白い猫が顔を出した。サクラを見つけると、おぼつかない足取りで近づいて来た。よく見ると尻尾の先だけが黒かった。

「コテツ、この子はコユキよ。コユキ、こっちはコテツよ。」

サクラがそう言って紹介すると、二匹はしばらくお互いを眺めていた。

「おまえ、小さいなあ。」

最初にコテツがそう言った。

「おまえ、おおきい!」

コユキも負けてはいなかった。

「ああ、オイラはおまえより大きいぜ。」

「サクラ、もっとおおきい!」

コテツに対して強気な態度のコユキに、ムカッとしたコテツは、立ち上がって背中を丸めると威嚇した。

「なんだとっ!」

コユキはさすがに驚いて飛び上がり、サクラの後ろに隠れた。

「コテツ、コユキはまだ小さいんだからいじめたらダメでしょう!」

サクラが珍しく声を荒げた。

「オイラ、いじめてなんかいないだろ・・・」

コテツは、猫の世界ではこれくらいは当たり前だと思ったが、サクラには文句を言えなかった。小さくなるコテツを見て、コユキはサクラの口調を真似した。

「コテツ、ダメ、ダメよ!」

コテツがまた立ち上がろうとするのを、サクラが止めに入った。すると、またコユキがサクラの口調を真似て挑発する。そんなやり取りがしばらく続いた。

 何とかその場を治めたサクラはコユキのことを話し始めた。裏の家にコユキがやって来たのは、まだ冬になる前のようだった。ずっと家の中にいたが、二、三日前に少しだけ庭に出してもらえるようになり、サクラと仲良くなったのだった。

 ちょうど、コテツが家に閉じこもっていた時のことだった。

 コテツとサクラ、そしてコユキは一緒に過ごすうちに、打ち解けていった。そして、コユキが家の人に呼ばれて帰って行く時には、ふざけるように言った。

「コテツ、またね。もう、いじめちゃダメよ!」

サクラの口調が気に入ったコユキは笑いながら帰って行った。

「コラッ、もう遊んでやらないぞ!」

コユキの後ろ姿にそう言ったコテツも笑っていた。サクラはため息をついたが、コテツが元気そうになったので安心した。


 翌日は朝から雨だった。コテツは縁側の窓から空を見上げていたが、すぐに炬燵まで戻って来るとそのまま横になった。

 夕方近くになって雨が止むと、コテツは外へ出かけて行った。

 コテツは昨日のことを少し気にしていた。雪だるまとペンダントの話には、サクラには話していない続きがあった。サクラには話さない方がいいと思ったのだが、それで本当に良かったのかと考えながら歩いていると、不意に声がした。

「コテツ、コテツ。」

コテツは驚いて顔を上げて、辺りを見回した。しかし、誰もいなかった。考え事をしながら歩いていたので、気のせいかなと思っているとまた声がした。

「コテツ、こっち、こっちだって。」

コテツが再び辺りを見回すと、そこが雪だるまに出会った家の前であることに気がついた。もうずいぶん前のことだったが、コテツははっきりと覚えていた。

「コテツ、ほらこっち、こっちに来いよ。」

コテツは声のする方へ恐る恐る歩いて行った。

 すると、赤い小さなバケツと青い少し大きなバケツが並んで置かれていた。それは、そこにいた雪だるまの頭に載せられていたものだった。

「久し振りだな、コテツ。」

「久し振りだね。元気だった?」

確かに目の前にあるバケツから聞き覚えのある声がした。コテツが首をかしげて二つのバケツを眺めていると、また声がした。

「まあ、そりゃ驚くよな。オレ達、あの時の雪だるまなんだ。」

「うん、そうなんだよ。」

そう言われてもコテツにはよくわからなかった。

「あの時は雪だったけどな、雨になって戻って来たんだ。」

 そこに置かれた二つのバケツの中には、今日降った雨が溜まっていた。その雨水には、以前雪だるまだった時の記憶が残っているというのだ。よくよく話を聞いてみると、確かにコテツの記憶と合致していた。

 なんだか不思議な話だったが、とりあえずコテツは納得した。この間、雪だるまが空へ還って行くのを見ていたので、その逆もあるのかなと思ったのだ。

「でも、なんでオイラの名前を知っているんだ?」

「ああ、名前な。この間、あのニット帽の雪だるまにそう言ったんだろう?」

「ボク達、空の上でその話を聞いたんだ。」

 コテツがペンダントを預かった夜、空へと還って行った雪だるまと再開して、話を聞いたようだった。そして、早く還って行った彼らの方が、先に雨になって戻って来たのだった。

「それでな、コテツ。ちょっと頼みがあるんだ。」

「頼み?」

雪だるまからの頼みでたいへんなことになったので、コテツは少し身構えた。

「ちょっとバケツの中を見てくれるか?」

意外な言葉に戸惑ったコテツだったが、身を乗り出してそっと青いバケツの中を覗き込んだ。すると、一枚の小さな白い羽根が浮かんでいた。

「その羽、取ってくれないか。なんだかくすぐったいんだよ。」

コテツは少しホッとした。そして、前足を器用に使って羽をたぐり寄せると、バケツの縁から慎重に取り出した。

「ありがとよ、助かったぜ。」

雪だるまにお礼を言われてコテツは少し嬉しくなった。すると、赤いバケツの方からも声がした。

「ねえ、ボクも。ボクのも取って、コテツ!」

コテツが赤いバケツを覗くと、同じような白い羽根が二枚浮かんでいた。同じようにして羽根を取り出すと、お礼を言われ、さっきよりも嬉しくなった。

 コテツは取り出した三枚の羽根を持って、家に帰って来た。

「この羽根、サクラ姉ちゃんとコユキにあげたら喜ぶかな。」

コテツは明日は晴れるかなあと思いながら、窓から夜空を見上げていた。


おわり

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