幕間 消えない

 私は、はっと目を覚ます。

 そこはいつも通りのきれいな天蓋付きのベッド。

 ぽろり、としずくが頬から落ちた。

「ずっと、あの日から消えない。」

 私はそう呟いて顔を覆った。

 そのつぶやきは思ったよりも低く、小さな声だった。

「女王様、どうされましたか?」

 メイドが不思議そうに私の顔をのぞき込んでそう言った。

「いいえ。なんでもないわ」

 私はメイドに微笑んでそう言った。そして、そのメイドの顔が急にネフィリスの顔と重なって見えて、恐怖と殺意があふれてくる。

「早く殺さなきゃ」

 わたしはそうつぶやくと、ベットから降りて棚から短剣を取り出し、メイドを刺した。一瞬でメイドの顔は恐怖の表情に染まって、つめたくなった。

 そこで、私は正気に戻った。

「あ。また、やってしまった」

 私はそう静かに呟いて、メイドの横に膝をついて祈った。

 少し、申しわけなくなって。

「ごめんね。君はネフィリスじゃないのに」

 私はそう言った。

 あの日から、ずっとネフィリスの表情が頭から離れない。

 仲間に裏切られた憎しみと、炎に焼かれた痛みと、苦しみが入り混ざったあの表情。あれから二十年以上たって今では私も35歳になったというのに、ずっとあの時のネフィリスの表情が頭から離れないのだ。どんなに忘れたくても、消えない。

 私だって、あんなことしたくなかったんだ、と何度言い訳したことか。

 言い訳は、言い訳にしかならない。

 どんなに私が私に言い訳したところで、きっとネフィリスは私を許さないし、ネフィリスはもう死んだんだ。きっと死んだ人間に言い訳をするほどみじめなことはないだろう。ああ、もう考えるのも嫌だ。私はぼさぼさの髪の毛をかきむしり、棚から取り出した薬を水でのどに流し込んだ。

「げほっ、ごほっ」

 むせてしまった。

 きっと、みんな私のことを恨んでいる。

 今は、私が権力を握っているから誰も何も言えないけれど、きっと私が権力を失ったらすぐに私のことを殺すだろう。

 ネフィリスはみんなから慕われていて、英雄だったから。

 そこまで考えて、またいろんな感情が混ざった、自分でもよくわからないものが心の底から這いあがってきた。

「もう、嫌だよ」

 私は頭をかかえた。

 そして私はふらり、と倒れた。

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裏切り者の涙 藍無 @270

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