勇者パーティーの魔女は失恋して引きこもって……いたはずだった
秋色mai
勇者パーティーの魔女は失恋して引きこもって……いたはずだった
「色々なことがあったなぁ。ルート、お前はこれからどうするんだ?」
「そうだなー、俺は故郷に帰って幼馴染と結婚するかな」
ついに魔王を倒し、いざ王都に戻ろうと荷馬車に揺られていたその時、私の失恋は確定した。戦士様と僧侶様の驚く声や笑う声が酷く遠く聞こえる。
勇者パーティーの魔女、ソフィア・クラウゼ、百四十歳の春のことだった。
*
そんな苦い思い出から二十二年、私は絶賛引きこもっていた。勇者様の故郷から一番離れた村の森の奥深くで。
「……今日もいい天気」
最初の頃は夜更けまで泣いて昼近くに起きていたけれど、もう涙も枯れて早寝早起きの生活になった。少しずつ、立ち直れてきているのかもしれない。
そんなこんなで顔を洗うための水を井戸から汲み上げていた時……茂みの方から音がした。
まさか……人? いやいや、そんなわけはない。きっと野生動物ね。だって……。
「ぎゃあああああああああああ!!!」
そこに立てかけておいた箒でつついてみると、満身創痍の勇者様が匍匐前進していた。
「すみません、ここら辺に魔女の家は……」
思わず後ずさり目を隠す。
な、なんでここに。どうして。
……いや、おかしい。記憶の中の勇者様は二十代で止まっているはずなのに、なんで同じ顔? というかちょっと若いような。
「ソフィアさん! やっと会えました! お久しぶりです!」
声も少し違う……もしや……。
「覚えてませんか? ルートの息子のノアです!」
やっと恋心を忘れられてきたのに、そっくりな息子がやってきた。
「嘘でしょぉ……」
「そんな! ほら、よく見てくださいよ。父さんにそっくりらしいですよ」
ええ、そっくりよ。その、日に透けてキラキラ光るブロンドも、湖みたいなエメラルドグリーンの瞳も。だからこそ、嫌なのよ。見たくないの!
「ど、どうやって来たのよ」
「馬車を乗り継いで、川を泳いで、山を登って……この森に辿り着きました!」
「そうじゃなくて! この森には私が仕掛けた無数のトラップがあるはずよ?」
それこそ、ねずみ取りから、落とし穴や迷いの魔法。隠遁の術に喋る木、幻術の猪に、踏むと矢を放つやつとか。私は臆病だから、誰も私を害さないように仕掛けた安全装置。
「ああ、あれソフィアさんのだったんですか。さすがです! 大変でした!」
「大変でしたじゃないのよ!」
「あっ、起点っぽいやつ壊しちゃってごめんなさい」
「全部フィジカルで乗り越えたってこと!?」
天才魔女である私が作ったトラップを?
久々に大きな声を出して咽せる。息子君が背中をさすってくれた。……満身創痍の人に寝起きの百歳越えが介護される図って何?
「何しに来たのよ……」
「告白しに来ました! ……あ、これ告白前に言っちゃダメじゃん。今のなしで」
「はぁ???」
はっきりと答えた後に、口元をバッと抑えて、赤くなって、慌てている息子君。自己完結しないでちょうだい。
というかコクハクって何? 私はシスターじゃなくてウィッチなのだけど。一方的に罪を暴露されてもしょうがない……。
「好きです、結婚してください!」
咽せたせいで前のめりになっていたのもあって、そのまま地面に頭をぶつける。ゴンっと鈍い音がした。痛い。
「……ぇって」
「はい?」
「帰って!!!!!」
物理的な痛み半分、古傷半分でそう叫んだ。ちょっと涙まで出てくる。少しの静寂の後、ここまでみっともない姿を見せれば帰ってくれたかとそっと顔をあげると……。
「帰りません!!」
まだいた。顔についた土を払ってくれる。やめて触らないで。思い出しちゃうから、勇者様が助けてくれた時の記憶とかいう特急呪物を!!
「そもそもなんで私なのよ、あなたが小さい頃に一回しか会ってないわよ!?」
「はい! その時に一目惚れしました!」
「なんでよ!!!」
流石に結婚式には出なきゃと思って出て、大ダメージ受けて、子供が生まれたって風の噂で聞いたからまた懲りずにちょっと顔を出しただけだったのに。そしてまた傷ついて、「魔法の研究があるから、しばらくは忙しい予定よ」なんてカッコつけて去っただけなのに。
「いやー、顔が好みでした!」
「しかも理由が最悪!」
「あ、それだけじゃなくてですね……」
何か言っているけど聞こえない。
失恋して大人しく落ち込んで、それでもバレないように頑張って。ひっそりと引きこもって。やっと立ち直ってきたと思ったら、その原因と同じ顔をした息子がやってくるって何? こんなの私が失恋した証みたいなもんじゃない。私が何をしたっていうのよ……。
ああ、なんか頭がぐるぐるしてきた。もう、何も知るもんですか。
「だから父さんから聞いて……」
「っ私は、その父さんが、好きだったのよ!」
明日喉が枯れそうなほどの声量に森の鳥たちが一斉に飛び去った。木々がざわめく。
「ほんっとうに、ほんっとうに、大好きだったの」
もう息子君の顔がまともに見れない。我慢していた涙がぼとぼと落ちて、土に丸い染みができる。
「っだって、旅の間あんなに優しくしてくれて、褒めてくれて、守ってくれて、守らせてくれて。喧嘩だって、仲直りだってして」
忘れようとしていた思い出が次々に蘇る。柔らかい笑顔も、頭を撫でてくれた感触も、守ってくれた時の土埃の匂いも全部。
胸がじんわりと温かくなって、同時にチクチクと痛み出す。
……どうして、好きじゃないなら優しくしたのよ。
「ううん、本当は、薄々感じてたわ。あの人はみんなに優しくて、それに、だって、耳にタコができそうなくらい、幼馴染さんの話を聞かせてくるんだもの。私には、絶対に、向けない顔で」
とろりと溶けそうな、くすぐったそうな、そんな顔だった。愛おしげな声に、寂しさと切なさが隠れていて。早く魔王を倒して、帰してあげなきゃと思うほどだった。
「でも、好きだったのよ。っ愛おしかったの。そんなあの人が好きだったの」
幸せになって欲しかった。勝手に幸せになるのを、邪魔したくなかった。だからといって、素直に祝福もできなかった。タキシードを着た勇者様に、また惚れた。ウェディングドレスを着たお嫁さんに嫉妬した。そんな、どうしようもなく醜い魔女だった。醜い私に気づいてほしくなくて、逃げた。
「あなたに会った時、時間の違いを、思い知ったわ。私にとってはほんの少しが、あの人にとっては子供が話し始めるほど長かったのよ゛」
会いに行った時、「久しぶり」と言われた。勇者様はすっかり大人になっていた。あの人によく似た男の子に「はじめまして、ぼく、ノア。おねえさんは?」とスカートの裾を引っ張られた。
「あの人が、人間と結ばれてよかったって、初めて思った。っ置いて、逝かれたら、私、生きていられないもの。……馬鹿よね、思いも伝えられずに、勝手に失恋したくせに」
苦しさに吐きそうになる。
ああ、気持ち悪い。勝手に想像して、勝手に悲しんで。
「こんなこと、誰にも言うつもりがなかったのに。ましてや、息子君にだなんて」
力を振り絞って立ち上がる。まだ顔は見れなくて、スカートの裾を握ったまま俯いて。
「い、くら顔が好みでも、幻滅したでしょ。帰って」
森を出たら、記憶を消す魔法をかけましょう。代償があろうと関係ない。ずっと守ってきた秘密が守れるなら、安いものだわ。
「え、帰りませんけど」
不思議そうに言い切った息子君に驚いて、顔をバッとあげてしまう。息子君は、顔が真っ赤になっていた。
「むしろ好きなところが増えました。ソフィアさん可愛すぎませんか?」
……ちょっと何を言っているのかわからない。話聞いてた?
「あっ、それよりもソフィアさんの涙拭かなきゃ。赤くなってるし……とりあえず家の中に入りましょう」
パンパンな腰元のバッグからハンカチを取り出して、丁寧なのにどこか雑に感じる手つきで拭いてくれる。そのまま押されるように家の中へ。
……ここ私の家なのだけれど。
「わぁ…………、素敵な家ですね」
「お世辞は結構よ。素直に散らかってるって言えば? グズッ」
立ち直れてきたとはいえ、こまめに掃除できるほど情緒は安定してなかった。なんなら思い出すたびに魔法を失敗しているから場所によっては酷いことになっている。
「ソフィアさんの新しい一面が見れて嬉しいです。ほら、座ってください」
言われるがままに差し出された椅子に座った。
……だから、ここは私の家なのだけれど。
「はい、お水」
「ん……」
もはや勝手にキッチンまで使われている。危ない薬品とか貴重な素材があるからあまり触って欲しくない……。まあ、もういいわ。
ちびちびと水を飲んでいると、勝手に片付けを始めた。蜘蛛の巣が張っている棚や埃の溜まったベッド下が綺麗になっていく。どこからともなく木材を持ってきて、床の爆発跡まで直していた。手際がいい。息子君は部屋を隅々まで綺麗にしてこっちに振り向く。
「朝ごはんは食べましたか?」
「……さっき起きたばっかりだったの」
「じゃあ何か適当に作り……たいんですけど、何も食材がないのは一体どういう……」
ちょっと引いているような顔の息子君。暴露した時よりもそれらしい顔ってどういうことなの?
そもそも魔力をエネルギーに変換させればいいし、私はあんまりご飯を食べない。大抵の魔女は基礎魔力が低いし、変換させる魔法を発動させる時点でお腹が空いてしまうから、食べているだけで。
「私天才だから」
そう、天才だから、最小限の魔力で魔法を発動させていれば、一ヶ月に一度くらい森でベリーを摘んで食べれば生きていける。
「理由になってませんよ……しょうがない、着替えて村まで行きましょう」
「え……」
「あ、このローブとかちょうど良さそうですね。はい、バンザイ」
ここ十五年間くらいしていなかった、外の世界に出る話をされて、頭が真っ白になる。言われたままに両手をあげてしまえば、ローブをすっぽり羽織らされた。子供扱いしないでちょうだい、確かに魔女の中ではティーンのようなものだけれど。
「ちょっと待ってちょうだい、なんで、そんな。そもそも私はあなたのお父さんが好きで……」
「え、でも父さんは母さんとラブラブですし……関係なくないですか?」
「普通気持ち悪く感じるでしょ!?」
理解できないというふうに首をかしげる息子君。理解できないのはこっちよ。
「別に……一途なソフィアさんも可愛らしいなぁって。むしろそこまで想ってもらえてる父さんにちょっと嫉妬してます」
「あなた狂ってるわ……、そんなに私の顔が好きなの?」
「顔も好きです。声も、表情も、行動も」
「どうしてそこまで……」
そもそも、あんな小さい頃一度会った魔女なんかどうでもいいでしょう。勇者様みたいに故郷で恋人とか……。
「そりゃ、初恋の相手ですよ? 父さんの昔話で可愛い話もかっこいい話もたくさん聞きましたけど、やっぱり本物は違うなぁ」
はつ、こい。
私も、勇者様が初恋だったわ。
*
『おねえさんは?』
『私はソフィア。あなたのお父さんの……仲間よ』
夕焼けみたいな色のふわふわした髪が風に揺れて、日に当たってキラキラ光った。僕を撫でながらお父さんを見る青空みたいな色の目は、宝石みたいで綺麗だった。
『ねえ、ぼくと結婚してくれる?』
思わずそう言った時の、くしゃりと歪んで、消えちゃいそうな笑顔が、忘れられなかった。
*
「さ、行きましょう」
「えぇ……、ちょ、ちょっと待ってちょうだい息子君」
記憶の中の勇者様と少し違う横顔にほんの少し驚く。
勇者様に失恋して早二十二年、その子供に手を引かれ、引きこもれなくなるなんて。
「あ、名前で呼んでください。ノアって」
「いいからもう帰ってちょうだいよぉ……」
情緒的には、泣いて喚いていた頃の方がよっぽどマシなのだけれど……。
「頑張って惚れさせてみせます!」
ちょっと気持ちがわかるから、邪険にもできない。
勇者パーティーの魔女は失恋して引きこもって……いたはずだった 秋色mai @akiiromai
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