第2話 妖怪の王はうごく

 私は、貴翁きおう はじめ、副職で政治家をしている者だ。

 本職は妖怪の王、真の名はうめつ。正体は変化へんげを得意とする鬼。この能力を活かして私は永年に渡りこの国を裏から支えてきた。

 ある時は旅人に、またある時は童や芸者、動物に化けたこともある。

 そんな私だが最近友人やその周囲で、きな臭い噂を耳にした。

 内容は、昔から共にこの国を支えてきた友人の一族に裏切り者が出たという。実に嘆かわしい話だ。

 私が人の世で生きるようになる前は、そんなおこがましいことを考える者はいなかったというのに。


「八咫の烏に動いてもらうことも提案したが、あの頑固者め。あっさりと断るとは……私の厚意をなんだと」


 ぶつぶつとここで文句を言っていても事態は好転しない。

 八咫の烏とは、今となっては私と配下の妖怪達とを繋ぐ唯一の連絡手段だ。

 私の命令一つで動く忠実な一族であり、友人の一族を除けばもう彼らしかいない。


「九尾の一族も古狸こりの一族も既に私の下から去ったと考えていいだろうな。雪の一族は……考えたくもない」


 雪の一族は、東北地方の山の奥深くに隠れ住んで最早生き残りがいるかどうかも怪しい状況だと聴く。


「地球温暖化を防ぐこともできない王に嫌気が差したのだろうな」


 最後に会った時、外国へ移り住むと一言でも言ってくれれば、そのくらいの手配してやれたのに気高き雪の一族は、決してこの国から離れるとは口にしなかった。

 外国の気候が合わないなんてことではないだろうが、もしかすると……。


「彼らは彼らでこの国を愛していたのかもしれないな」


 雪の一族は、身体こそ冷たいが愛国心はどの妖怪にも負けないくらいあったのだろうか。


「ならばこれ以上、妖怪の数を減らす事態は避けるべきであろうな」


 私は執務机の上に置かれたスマホへ手を伸ばした。

 既に何度も連絡を入れたことがあるから、通話履歴は常に一番上の相手だ。


「……私だ。すまないが、やはり動いてもらえないか。裏切り者の動向を探り、必要とあれば、消せ」


 妖怪の数が減ることは避けたいと言った口で、こんな命令を出すのは矛盾だと友人に文句を言われるだろうが、私は私の理想とする妖怪の社会を守る義務がある。


「手段は問わない。晴明殿との盟約を破るわけにはいかないのでな」


 かつての、人とも妖怪とも付かぬ食えない男と交わした内容は、同席した八咫の烏も知っている。

 だからこそ、しばしの無言の後に電話に出た八咫の烏は了解の意を示して通話を切った。


「私は、妖怪と人が共存の道を歩む未来を願ったのだ。邪魔はさせん……!」


 ギリッと手にしたスマホが軋む音は室内に響いたが、私の怒りは治らなかった。

 裏切り者が考えを改めない限り、この怒りは鎮まらないだろう。

 

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妖怪とはかくありき 朱雪 @sawaki_yuka

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