妖怪とはかくありき

朱雪

第1話

 俺は狼族の妖怪、名はみろくだ。

 つい最近世話になり始めた幼馴染みは九尾の一族で名はマノ。

 幼馴染みとは言ってもマノの方が妖怪としては先輩だ。

「みろく、聴こえんのかみろく! お前に手紙が来ておるぞ」

「あぁ、どうせ弟の未符路だろ」

 手紙を手に、岩の上で昼寝をしていた俺の所へ軽やかに跳んできたマノは7つある尾を揺らめかせた。

「この私に手紙を持って来させるなんぞ、100年早いわ小童が」

 見下ろす目は据わっていたが、揺れている尻尾は逆に愉快そうだ。

「ならその場で燃やせば良かっただろ。どうせ読まねぇし」

 ふいっとそっぽを向いた俺の視界に回り込み、今度は隠しもせずニヤニヤと笑っていた。

「ふふ〜ん。そうか、お前好きな奴を弄るタイプじゃな。ホンに可愛らしい。私は遠慮したいが」

 マノは鼻歌交じりに、手紙の封を勝手に開けて中の便箋を取り出す。

 こいつは楽しんでいるだけだ。

「え〜と、敬愛する兄様。こちらは今年も雪が積もり母と僕の2人きりです。また昔のように仲良く暮らしてはもらえませんか。兄様が帰られる日を指折り数えてお待ち致しております。とな。泣かせるの」

 わざとらしく声に出して、最後は泣き真似までする。本当に面倒くさい奴だ。

「マノ、前にも言ったが勝手に手紙の内容を改竄するのはやめろ。あいつがそんな殊勝なことを書くかよ。仮にも俺の弟だぞ」

 未符路は雪童や雪ん子と呼ばれる雪の妖怪、母親が雪女だからその遺伝だろう。

 対する俺は狼族の妖怪、西洋での狼男や一部の山犬が当てはまる。父親は狼男だが、俺は雪童の血が混じったせいか人型と犬の2種類の姿を持つようになった。

 そのせいで、外国で暮らす父親達とは何年も前に別れて暮らすこととなった。

 それを心配した母親と未符路が何度も手紙を寄越すものだから、マノが面白がって大袈裟に騒ぐことが増えた。

 母親はもう諦めているみたいだが、未符路は誰に似たのか今でも手紙を送ってくる。

「本当に迷惑なら、一度会って直接話せば良かろう。さすがに可哀想だと思うぞ」

 読んだ手紙を今度はひらひらと指で遊び始めるマノは、飽きてきただけだろうな。

 俺がそっけない反応しか返さないから。

「それともこの山を雪山にする気か? この恩知らずが」

 肩を怒らせて吐き捨てるように言ってくるマノにむしろ俺が、言ってやりたい。寒いのが苦手ならせめて、その露出の高い服を着るな。俺はともかくこの山に入る猟師どもが可哀想だ。

 誘惑して身包み剥がされて山の入り口に、ポイッと放り出される哀れな猟師どもを俺は何度も見てきた。

 懲りずにまた来る猛者もいるが、あまりおすすめはしない。

「マノに放り出されるくらいなら、俺の母さんに喰われた方がマシだと思うがな」

「みろくの母は雪女ではないか! こんな山一瞬で雪山に変えられてしまう」

 想像したのか、顔色が真っ青だ。

 そういえば母さん言ってたな。若い頃は山々を吹雪にしてよく近所の妖怪たちから隠れていたって。

「一度や二度ではない。山の神から何度も仕置きをされたはずだが、一度も懲りなんだ」

「未符路の諦めの悪さは母さん譲りだったか」

 なるほど、と納得している俺を妖術で持ち上げたマノは完全に据わった目で俺を睨む。

「お前がここに居ると私がとばっちりを受ける。早くなにか手を打て」

「なにかって、俺は2人に会うつもりはない」

「ほぅ。なら、私の頼みを聞いてくれるのか?」

「頼み?」

 珍しい。あのプライドの高いマノが俺に頼むことなんてあるのか。

「私が先日人の子に助けられたことは知っているな? 何度も話して聞かせた筈だが」

 あ、内容を察してしまった。

 これは、面倒くさい。未符路に会うのと同じくらい面倒くさい。

「お前、犬の姿でちょいと調べてこい。好きなタイプとか好きな食べ物とかを特にな」

「あのさ、もし断ったら」

「私の術で、雪山に強制送還じゃ!」

 満面の笑顔で恐ろしいことを言ってくれる奴だ。

 しかもただの脅しじゃないから、余計にタチが悪い。

「はぁあ、俺に拒否権ないだろ」

「ふっふ〜ん、分かっておるならそれで構わん」

 上機嫌に俺から離れたマノは、早速写し絵を俺に見せてきた。

「名前は、律。心優しい人の子で、お前ならすぐ見つけられるだろ」

「へいへい。その間、手紙から逃げられるならマシか」

「そういうことじゃな」

 母さんが今更出てくることはないだろうし、マノなら未符路の相手くらい楽勝だろう。

 あいつが暴走さえしなければ、だけどな。

「んじゃ、行ってくる」

「頼んだぞ、みろく」

「ちなみに俺の正体がバレた場合、手にかけてもいいよな」

「そこは仕方なしと目を瞑るから安心するが良い」

 こういう時俺は、マノを恐ろしく思う。例え惹かれた相手であっても必要となれば容赦なく切り捨てることのできる長寿の一族。

「有難くて涙が出てくるぜ」

 上機嫌に見送るマノを背に、俺は長年過ごした山から去った。

 これは、俺が人の子である律と出逢う前の話だ。

 

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