第四話 量子ウンコ
シャワーは偉大だ。何もかもを洗い流してくれる。タンホイザーゲートから溢れる虹色の雫も、雨の中の涙も。
「アーリア。……生きてる、よな」
「まさかウンコエッセイでHPゲージが赤く染まるとは思わなかったっす」
あたしはクソ師匠の回復魔法で生き永らえた。それほどまでに竜の腸内細菌のエネルギー変換効率は高く、異常とも言える消化能力を示した。制服はボロボロに劣化して、ほぼ生まれたままの姿のあたしは生きながらウンコになりかけた。
「すまん。ここまでヤバいブツだとは思ってなかった」
珍しくヴァルヴァレッタ様が垂れた耳をさらに垂らして頭を下げる。それほどまで危険物質なのだ。竜のウンコは。
今もまた、完全球体ウンコは空間に浮いたままだ。って、ちょっと大きくなってるっすね。
「なんか、でかくなってないっすか?」
「ああ。でかくなってるな」
竜のウンコはその無重量さゆえに重力の影響も受けない。何の力も作用されないので完全球体を維持している。ただ、1.5倍くらい大きくなっている。
「腸内細菌が凄まじい勢いで増殖している」
ヴァルヴァレッタ様の仮説は正しかった。奴らはとにかく物体なら何でもエネルギーへ転換させる。際限はなしで。
「自分らの死骸も餌にしてるっすよね」
「文字通りの自給自足だ」
分裂増殖を繰り返し続けると腸内細菌はものすごい重量になる。それは寄生している宿主の命に関わる問題だ。
そこで腸内細菌は膨大なエネルギーを重量を減らす方向へ作用させた。それがマイナス質量だ。
「で、マイナス質量って何なんすか?」
ヴァルヴァレッタ様は垂れた耳をぴんと動かした。自論を聞いて欲しかったんすね。
「量子エネルギー収支を合わせるために腸内細菌は局地的進化をしたんだ」
ふわりふわり、竜のウンコは漂っている。
「爆発増殖する腸内細菌。その増殖の反作用がマイナス質量だ。一気に大量増殖するため量子キックバックが発生する。自然界のカウンターだな。量子エネルギー収支も帳尻が合うってものだ」
「何おっしゃってるかよくわかんないっす」
ヴァルヴァレッタ様の垂れ耳だけでなく小鼻もぷっくり膨らんだ。興奮している。
「竜が飛ぶために腸内細菌が重量を食ってるのではなく、腸内細菌が重量を食ってしまうから結果として竜が空を飛べるのだよ!」
と、いうことは、つまり。
「人間の腸内に竜のウンコを移植すれば、人間も飛べるってことっすね」
「ウ◯コそのものでは濃厚過ぎる。生理食塩水で希釈させたウンコスープでもいけるはずだ」
ウンコスープなる新種を誕生させたり、興奮を隠し切れないヴァルヴァレッタ様。あたしをじとっと見る。
「アーr「嫌っす。人類は竜のウンコには勝てないっす。さっきあたしがウンコになりかけたのがその証拠っす」
「ちゃんとバフってやる」
「あの惨劇から何も学んでねーんすか」
「せっかく空を舞うチャンスなのに。向上心のない奴だ」
くるり、迂闊にもあたしに背を向けて浮遊する竜のウンコをうっとりと見つめるヴァルヴァレッタ様。
人類は竜のウンコに勝てない。それは真理っす。ヒト細胞はあまりに弱いから。高エネルギーで生き続ける竜や再生し続けて死なないエルフとは違うのだ。そう。エルフは死なない。再生し続けるから。
「循環式リング型テロメアを持っていれば、話は別っすよね」
「……!」
あたしは背後からヴァルヴァレッタ様を抱きすくめた。華奢な身体の造りしてるエルフと高身長のあたし。身長差が30センチもあれば、もはや大人と子どもも同然っす。
「アーリア! おまえ、まさか!」
「エルフの腸壁なら、あるいは竜のウンコに負けないかもしれないっすね。なんせ無限テロメアがあるんすよ」
「ちょっ、まっ!」
無駄な抵抗っす。エルフが腕力でヒトに勝てるわけがないっす。
「さあ、師匠のタンホイザーゲートを開放するっす!」
「やめろー!」
ぺろん。
悪いコにおしりぺんぺんする要領でヴァルヴァレッタ様を抱え上げ、ローブをめくり、ドレススカートをたくし上げ、パンツをぺろん。そのタンホイザーゲートが露わになる、寸前。
「全員その場を動くな! SF警察だ!」
数名の武装警官が研究室に雪崩れ込んできた。
「マイナス質量の供述に異議を申し立てる! 全員、この場で逮捕する!」
つづく
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