第三話 タンホイザーウンコ
「おまえたちエルフには信じられないようなものをあたしは見てきた。オリオン座の近くで燃える宇宙戦艦。タンホイザーゲートの近くで暗闇に瞬くCビーム。そんな思い出も、時間とともにやがて消える。雨の中の涙のように。死ぬ時が来た」
竜の粘膜は空間に線を引くようにしっとり纏わり付く。あたしは魔法研究官の制服の上にさらに一枚の薄衣を羽織るように竜の腸内分泌物(ウンコ含む)に包まれた。
あたしが食事のなれの果て(ウンコ)を纏っているのか。体内で生まれて死んだ残骸(ウンコ)があたしを纏っているのか。知る由もなし。
「タンホイザーゲートってケツアルコアトルゾのケツか?」
「
たとえ魔法研究に関して王宮随一であり、尊敬すべき我が師であっても、この類い稀な経験と忘れ難き記憶を以って修羅と化すあたしを止めることはできない。
「これこそ貴様が望んだ竜の排泄物、生命活動の残滓、命の落とし子だ。思う存分に噛み締めるがいい」
「アーリアちゃん。語尾がかわいいギャル魔法使いだったのに、キャラ変わった?」
「あたしが変わったのではない。変わったのはあたし以外の世界だ」
「そうか。よく頑張ったな」
尖った耳がてろんと垂れたエルフはスルーを決め込んだようだ。
一つの世界の終焉を体験したあたしからすれば、生きることなどそれだけで生温い。すべてはウンコに帰依するのだ。
「そのウンコ、逃すなよ」
ずるり。あたしが掴んでいなければ空を往く命を燃やした因果応報(ウンコ)。宙に浮く竜のタンホイザーからの贈り物(ウンコ)。
「其れは逃げない。逃げるのはいつも己だ」
「もういいって」
「ハーイ。じゃあ解説するっす。これが竜のウンコっす。ツルツルのホカホカなりよ」
それは真なる球体。回転しない玉。灰色に近い茶褐色の、あるいは鏡面仕上げかと錯覚するほど表面はつるりとして油膜が虹色の世界を映し出しているっす。
「手触りは?」
師匠が陳腐な現代アートを観るような目でウンコを崇める。
「自分で触れやクソエ◯フ(柔らかくて、でも弾力があって押し返される感じっす)」
「心の声が漏れてるぞ」
「気のせいっす」
「伏せ字の位置もずれてるぞ」
「気のせいっす」
「そういえば」
ヴァルヴァレッタ様は何かに気が付いたようにハッと息を呑んだ。
「わたしら、ウンコを伏せ字にするの忘れてた! ウ◯コって表記するつもりだったのに!」
「今更何言ってんすか! あたしらの両手はすでにウンコで塗れてるんすよ!」
「おまえは全身ウ◯コ塗れだな」
「これは違うっす! 分泌物! 腸壁を保護するための粘膜っす!」
念のために言っておくっす。あたしはヴァルヴァレッタ様のバフのおかげで完全無傷っす。ウンコひとかけらも体内には入っていないっす。
被験者であるケツアルコアトルゾ先輩も異物が挿入されても悦んでいたようで、無論彼女(彼?)のタンホイザーゲートもノーダメージっす。クソ◯匠の高度な魔法技術の賜物っす。はい。
「だから伏せ字の位置ずれてるって。まあいい。このウ◯コから推測するに、竜がその巨体と大質量でも空を飛べるのにはやはりウ◯コに理由があるな」
「今更ウンコに伏せ字を打っていい子気取りっすか。すでにカクヨムはウンコに汚染されてんすよ」
「わたしの仮説が正しいのなら、竜が超生命体なのではなく、ウ◯コこそ竜の本体なのだ」
「完全スルー決め込んだっすね」
ヴァルヴァレッタ様は自説に陶酔するバッドでマッドなサイエンティストみたいに宙に浮かぶ球体ウンコを見つめていた。あたしは頭を掻きながら球体ウンコを空間に固定した。ポリポリ。
「ゴリラは草食だが、腸内細菌の特殊効果で植物の栄養素からタンパク質を作りマッチョに仕上がっている」
「聞いたことあるっす。セルロースを分解できる酵素を持ってるんすよね」
球体ウンコはまるで重力を感じさせない挙動で空間に留まっている。重量はないが質量があるようだ。それにしても痒い。ポリポリ。
「竜の腸内に棲むバクテリアはアミノ酸を分解してエネルギーを生み出し、エネルギー保存の法則に従って獲得したエネルギー分のマイナス質量を作っているのだ!」
痒い痒い。なんだ、これ。かゆ……、うま……。
「宙に浮くウンコが何よりの物的証拠! 完全球体なのはウンコに他の力が作用していないから! 量子力学の観点でマイナス質量が存在すれば竜の巨大な質量も反転して空を飛ぶことができる!」
「バフが切れたー! あたし、消化されるっす!」
ヴァルヴァレッタ様の魔法のバフ効果が終了した。ということは、あたしの身体中に付着しているウンコが、ヴァルヴァレッタ様の仮説によれば腸内細菌だか特殊バクテリアだかが活動を活発化させて、つまり、あたしを喰ってる!
「イヤだー! ウンコになるのは勘弁っす!」
「アーリア! チャンスだ! 生きたままマイナス質量になれるぞ! 反物質生成の生き証人となれ!」
「ウンコはイヤだー!」
つづく
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