第二話 ウンコ永久機関


 生き様がデラックスな竜は言う。

「いいこと? エルフも竜も寿命のない生き物じゃない? お互い事故でも起きない限り死なないでしょ」

 そうっす。大抵のエルフは事故で傷付き、戦争で死ぬ。引きこもってさえいれば霞を食って永遠に死なないバケモノだ。

 対して竜も寿命がない生き物である。竜が死ぬ場合は、人間やオークなどの好戦的な生き物に群れで襲われた時くらいだ。普通に生きてれば永遠に生き続けるバケモノだ。

「それはそうだが、それとウンコしないのとどう関係する?」

 垂れ耳のバケモノが納得いかないって顔でブツブツ言う。デラックスなバケモノは機嫌を損ねたクソガキをなだめるみたいに優しく答えてくれた。

「エルフの無限寿命は、細胞が劣化しても順次再生される循環式リング型テロメアを持っているからでしょ」

 急に話がめんどくさい方向に走り出した。テロメアってのは、細胞分裂の回数を限定するリミッターみたいなものっす。テロメアが限界まで劣化すれば、もう細胞は分裂増殖できない。つまり老いて死ぬ。エルフはそのテロメアが無限に再生されるから細胞分裂が際限なく繰り返されて、結論、死なない。

「テロメアとウンコとどう関係するのさ」

 クソ師匠はまだひねくれたまま。

「竜の不死性はエルフのそれとちょっと違うのよ。竜はどんなものでもエネルギーに変換できる腸を持っているのよ。それが石っころでも、ニンゲンでも、そして自分自身のウンコでも。腸内細菌がものすごい効率の良いエネルギー交換をするから、ウンコからでもエネルギーを作って無限に湧いてきて生き続けるのよ」

 すなわち竜は腸内に永久機関が備わっているようなものっすね。食べ物をエネルギーに変えて、結果生み出されたウンコもエネルギー化して、役目を終えた腸内細菌の死骸すらもエネルギーに転換する。たしかに、ウンコする暇もないって感じっす。

「エルフと竜の不死性の違いに、何か気付かないかしら?」

 ケツアルコアトルゾはニンマリ笑った。それは確信めいた笑みだ。ヴァルヴァレッタ様とケツアルコアトルゾの違い。それは……。

「竜はエネルギー効率が良くってウンコすら分解するけど、エルフは普通に生命活動を続けるっすね」

「そうよ。やるじゃない、ニンゲンの魔女っ子。ということは?」

 ヴァルヴァレッタ様も答えにたどり着いていそうな顔してる。でも何も答えない。答えられない。だから、代わりにあたしが答えてやるっす。

「竜はウンコしないけど、エルフはウンコする!」

「その通りよ!」

 ケツアルコアトルゾ先輩は満面の笑みであたしに喝采をくれた。へえ、師匠もウンコするんすか。そうすか。それだけでエルフの神秘性が失われるもんなんすね。

「……もん」

 ヴァルヴァレッタ様がなんか言ってる。

「エルフはウンコしないもん!」

「出来損ないのアイドルみたいなこと言ってんじゃないわよ! ウンコ製造機としての誇りを持ちなさい!」

「論点ずらしだ! わたしたちは竜のウンコから竜が空を飛ぶ仕組みを解明するために竜のウンコを求めている! さあ、ケツアルコアトルゾよ! ウンコを差し出せ!」

「ないものはないのよ」

 勝ち誇ったようにケツアルコアトルゾ先輩は言った。でも、ヴァルヴァレッタ様は後退りしなかった。世界最高峰の生物に対してうんこ製造機の矜持を示した。

「さっきおまえは言った。ウンコすらエネルギーへ転換すると。すなわちそれは、転換前のウンコが腸内に存在することを意味する!」

「まあ、そうなるわねえ。でもどうするのよ。出ないものは出ないのよ」

 竜はせせら笑った。

「ケツアルコアトルゾにもケツはあるのだ。つまり、竜にも穴があるんだよなあ」

 今度はヴァルヴァレッタ様のターンだ。ケツアルコアトルゾにもケツはある。竜の顔色が変わる。さすがはデラックスな竜。ほのかに桃色が頬に差す。つまり、どういうことだってばよ。

「アーリア。潜って採ってこい」

「ちょっとおっしゃってることわかりかねます」

「さっきわたしを嗤ったろ。あれは赦す。だから、ケツアルコアトルゾの腸内からウンコもいでこい」

 さすがに無理っす。

「さっきこいつ石っころでもニンゲンでも消化するって言ったじゃないすか! やばいっす! 無理っす! 無茶っす! 無謀っす!」

 ヴァルヴァレッタ様はにこやかに愛用の魔法の小杖を振りかざした。あたしの肩へ、ひょいと背伸びしてコツン。

 あたしのステータスオープン。と同時に修正が書き換えられていく。

 対魔法防御修正値上昇。

 対物理攻撃防御修正値上昇。

 摩擦魔力係数減少。

 裸眼暗視効果付与。

 対酸性コーティング完了。

 胸部酸素供給膜展開。

「これでよし。三十分は潜っていられるぞ」

「……」

 好奇心は猫を殺す、か。あたしは竜のデラックスな部位がどうなっているのか。中身がどんな按配なのか。湧き上がる好奇心を抑えることができなかった。


「おうふっ」


 これが、ヴァルヴァレッタ様の悲鳴か、あたしの断末魔か、ケツアルコアトルゾ先輩の喘ぎ声か、あたしには判別できなかったっす。


 つづく

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