第一話 アイドルはウンコなんてしないもん


 あたしはアーリア。王宮の魔法使いアーリア・「ウンコ」シャローン。

 王宮付きの魔法研究官に師事して幾年月。月日が流れるのは早いもので、こんなあたしも立派な「ウンコ」研究官になれました。新たな魔導具の開発や魔法真理の追究に日夜「ウンコ」忙しくさせてもらってます。

 現在もクソ師匠であるヴァルヴァレッタ様に付き従い、竜の巣へ哲学的排泄物を探究しに潜入「ウンコ」している次第でございます。

 ヴァルヴァレッタ様は魔法研究の「ウンコ」第一人者にして魔法哲学を語らせたら右に出る者はいない「ウンコ」……。

「サブリミナル・ウンコかっ!」

 思わずつっこんでしまった。立ち位置的にはあたしがボケ担当なはずなのに。

「ウンコウンコ、ああっ、ウンコがない!」

「んなもんない方が世の中のためっす!」

「生物がウンコしなくなったら連鎖大絶滅が起こるぞ」

「そういう拡大解釈じゃなくって目の前のウンコの話っすよ!」

「目の前にウンコがないから困惑してるんだが」

 ヴァルヴァレッタ様は時折ガキみたいに癇癪を起こすダメ人間、もとい、ダメエルフ。クソガキみたいにダンジョン内で地団駄踏まれたら手に負えない。

「ヴァルヴァレッタ様、もう帰りましょう。そもそも竜の排泄物なんてSSランクレアアイテムっすよ。そう簡単にドロップしてませんって」

「そんなはずはない。あいつの巣であるこのダンジョンなら竜のトイレぐらいあるはずなのに」

 ヴァルヴァレッタ様はウンコを求めてダンジョンをぐいぐい進んでいく。もう勝手知ったる他人の家って具合に。

 ここは王国山間部に棲みついてる竜の巣。天然のダンジョンと化しており、希少生物の生息地でもあるので王宮が立入禁止区域に指定している。それにしてもなんてキレイなダンジョン。ヴァルヴァレッタ様の寝室とは大違い。

「仕方ない。本人に直接貰いに行くか」

「本人に貰うって、何をっすか?」

「ウンコ」

「ウンコ?」

「ウンコ!」

 ウンコ変則三段活用を食い気味にリピートしてくるヴァルヴァレッタ様。

「というわけで、ご本人登場だ」

 ダンジョン内がすうっと暗くなる。巨大な何者かが天井の光ゴケを遮っている。これは影だ。巨大生物の影だ。見上げれば、そこに竜。いつからそこにいたのか、巨大な竜があたしらを見下ろしていた。いきなり来たっすね、ラノベ的ご都合主義超展開。

「誰かと思ったらヴァルヴァルじゃないのさ。お元気してた?」

 竜が巨漢ニューハーフのような趣のあるデラックスな声で挨拶してきた。巨大生物さながらのしなやかな佇まいに、しっとりとした異形っぷりと上品な暴力的フォルムがないまぜになったまさしくデラックスな生物だ。

「よう。ケツアルコアトルゾ。久しいな。今日はお主に頼みがあって馳せ参じた次第だ」

「アンタがアタシに頼み事だなんて、砂漠に雪でも降るんじゃない?」

 ケツアルコアトルゾと呼ばれた竜は顎のお肉をタプタプ振るわせて笑った。

「ヴァルヴァレッタ様、こちらの竜とお知り合いっすか?」

 あたしはと言うと、歴戦のエルフと巨漢の竜とに挟まれてガクブル状態だ。まさに前門の虎、後門の狼だ。特に後門というワードの響きもウンコを彷彿とさせる。

「まあな。一千年も生きてると、他の顔馴染みもみんな死に絶えてしまう」

「腐れ縁って歳とともに粘り強くなるものなのよね」

「歴史の生き証人として長く観察していれば自然と親しくもなる」

「お互い数少ない友人同士、繋がりも濃くなるわよ」

 バケモノ同士、心が通じ合っているっすね。片や一千年の戦乱を生き抜いたエルフ。片や全高7メートル全長は尻尾まで含めると15メートルはありそうなデラックスっぷりだ。

「時にケツアルコアトルゾよ。おまえのウンコが欲しい」

 ヴァルヴァレッタ様は澱みなく言い放った。自分に非などあるものか。絶対的に自分が正しいって完璧な笑顔で。

「何言ってんのよ、アンタ。竜はウンコなんてしないわよ」

 衝撃的な竜の答えに、ヴァルヴァレッタ様の絶叫がウンコ一つないダンジョンに響き渡った。

「出来損ないのアイドルみたいなこと言ってんじゃねえ!」

 教訓:癇癪を起こしたエルフはウンコをしない竜よりも手に負えない。


 つづく

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