後編


 1年後、王都では暴動が多発した。

 ラッテとジャスが引退した後、残っていた平民聖者もいなくなり……平民は神殿に多額の寄付をした場合だけ癒しを受けることができた。

 以前は少しの寄付で癒してもらえた病や怪我に大金を払わなければならない上、やっと寄付金を集めてもみてもらうのに時間がかかる。

 貴族は飛び入りでも優先されたいした怪我でもないのに癒されていく。

 そんな現状を目の当たりにし家族を失った平民たちの不満は溜まりつづけそれはやがて怒りや憎しみとなり、暴動へと繋がったのだ。


 王太子が指揮を取り神殿に任せていた運営を平民、貴族が参加する議会制となる。今まで手を出せなかった神殿に介入できるようになった。


 それにより、聖者のほとんどが王都周辺に集中していることも問題視され、王都周辺に固まっていた聖人を派遣し滞在させたり癒しの旅をして回ったりするようになる。

 そして癒しを受けるための金額が定められた。一回につき平民が少し贅沢な外食をするくらいの額だ。それらは神殿の運営や聖者の慰労金として支払われるがそれらもしっかりと監査される。

 ただし、旅の聖者に限り無償で癒しを受けられるらしい。どうやら、彼らは神殿の寄付金を着服していたとか。彼らに限り懲罰として力が失われるまで引退できないらしい。


 それを聞いたとき、おもわず「あのひとたちにできるのかなー?」と半信半疑になってしまったのも仕方ないと思う……


 神殿には年齢も性別も様々な聖者たちがいて、そのほとんどは血筋がいいとか目を見張るような美貌だとかを持ち合わせていた。


 同じ制服でも宝石やレース、フリルをつけた彼らと着古されたものを着ていた私たちが同じ立場には見えなかったはず。

 中にはパッと見勘違いしそうなほど似た服をきた世話係もいて……

 あたかも自身が聖者かのように振る舞うのもタチが悪く……絶対勘違いしてるひともいた。

 でも、私が思うに高貴な聖者は平民など眼中になくて周囲が勝手に忖度してることの方が多いかな。

 中には意地悪なひともいるけど、深窓のご令嬢って方が多かった。その権力をいいように使ってた世話係が悪い。純粋にたまに奉仕していればあとは好きにしてよいのが聖者だと信じていた令嬢も多かったらしい。

 神殿が変わって聖者含め世話係もかなり苦労するだろうけど、彼らの苦労は私たちが聖者だったときに比べれば生ぬるい。

 ジャスは「こっちは命削ってたんだ。やれるもんならやってみろよ。せいぜい苦労すればいい」って辛辣だった。


 あれから数年経ち……少しずつ、聖者へのあたりも柔らかくなってきた。神殿改革後に誕生した聖者たちはしっかり教育されているみたいで『1人前として認められるには聖者巡業を』なんて風潮になりつつある。そして、去年久しぶりに平民出身の聖者が誕生したことも大きく、神殿がまた腐敗しなければ平穏な王都が戻ってくるはず。



□ ■ □



 いつも笑顔で過ごすナリーンさんにラッテは憧れ姉のように慕っていた。ジャスはきっと……好きだったと思う。初恋ってやつ。

 だってジャスはナリーンさんの前ではいつもニコニコ笑っていたから……私には見せてくれない笑顔で。


 だから、私の初恋は失恋に終わっちゃった。


 私もいい加減気持ちの整理をしなくちゃ。

 そう思いつつも、ジャスの口から見合いの話を聞きたくなくて避け続けてしまった。


 時にはジャスを避けるため兄が近隣の町へ行くと知りついて行き、雑用に励むも知らぬうちに周囲に「どうした!」「火傷かっ?」と心配されてしまうほど日に焼け肌が赤くなっていて……


 「そんな真っ赤な肌のやつ、商談より気になっちゃうから治まるまで裏方な?」

 「……はい」


 帰ってからも家族に治るまで外出禁止を言い渡された。当然、次の商談も置いていかれてしまった……


 「うぅ……ヒリヒリする」


 軟膏を塗り大人しくしているもののふとした瞬間に熱を持った肌が痛む。こんなにひどくなったのははじめてだ……


 「そっか……そういえばいつもこっそり癒してくれたのはジャスだったっけ」


 ふたりとも一時は完全に失われたと思われた癒しの力だが心身が健康に成長すると共にわずかに戻ってきたのだ。

 力が戻ったとわかったのはジャスの年の離れた妹が病気になったから……もう危ないかもしれないと知らされ駆けつけたが私にできることなんて何もなくて……衰弱していくジャネットの側で「癒しが使えていればっ!」って悔やんでいたらうっすらと体が光ったのだ。

 以前よりずっと小さな光だったが癒しに違いなかった。

 診てくれる薬師を探し回っていたジャスもその話を聞いて試すと私より小さな光が発せられた。


 「くそっ、もっと早く気づけば……」

 「ジャスの連れてきた薬師さんもかなり優秀だって言うじゃない!多分わたしたちの癒しだけでは足りなかったよ。両方あって効果倍増したんだよ!」

 「……あぁ」


 昼も夜もジャネットに付き添った。ふたりで交代しながら癒し続けること数日……ジャネットは無事に回復した。薬師も驚いていたけど、癒しのことを知られると厄介だと口のうまい兄が丸め込んでくれた。

 そして、ジャスとラッテの癒しがほんのり使えることは家族だけの秘密となった。

 ナリーンさんのように自分には使えないがこっそりと身近な人に使っているのだ。


 日焼けから無事回復し、数日ぶりの外出……今度は日焼け対策バッチリだ。珍しく母に頼まれたおつかいを済ませた帰り……


 「おいっ!」

 「あ、ジャス……」


 あーあ、ついに会ってしまった……


 「ラッテ……なんで、俺のこと避けるわけ?」

 「だって……お見合い……」

 「はぁ?見合い相手のために避けてるってこと?」


 なんで、そんなに怒るんだろう……見合いの話やっぱり本当だったんだ。胸が軋む。


 「……んで……見合い……」

 「ん?なに?」


 私、ちゃんと笑顔作れてるかな……瞳が潤んできた気がする。


 「なんで、見合いなんかすんだよ!」

 「ん?」

 「俺じゃダメだってことかよ!」

 「んん?お見合いするのはジャスでしょう?」

 「は?」


 いったい何をいっているのかわからずラッテは「え?」と言葉を返した。


 「……見合いすんのはラッテだろ?」

 「えぇ?」

 「……くそっ、はめられたか」

 「はめられた?」


 忌々しげに頭をかいたジャスは


 「だから、うちとラッテの家族が仕組んだんだよ」

 「なんで、わざわざそんなことするの?」

 「そりぁ……いつまで経っても進展ないから焦れたんだよ、きっと」


 進展?焦れたってなんだろう……と考えていると意を決した様子のジャスが


 「……っ、ラッテが好きだ」


 耳まで赤く染めラッテから目を離さぬままそう告げた。


 ラッテはその言葉を理解するとじわじわと顔が赤くなり思わずしゃがみこんだ。


 「……ゎたしも、ジャスがすき」

 「お、おう」

 


 この後、家族たちに冷やかされることになるのだが……長年両想いなのが丸わかりなくせに告白もせず、焦れた周囲の計画だった。

 これでどうにかならないなら、もうダメだろうと思っていたらしいと真相を知ったラッテは感謝すればいいのか怒ればいいのか微妙な気持ちになった。


 そして、ジャスの初恋がナリーンさんだというのは勘違いだと知るのは少し後の事。

 ジャスがナリーンさんの前ではいつもニコニコ笑っていたのはナリーンさんを見習ったのと同時に心配かけないようにしていたんだって……


 「ラッテは泣き虫だったろ?俺ぐらいは笑ってないとな?ま、あれは外用笑顔だけど」


 そう言ったジャスはいつもの屈託のない笑顔だった。

 

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失恋のその先は…… 瑞多美音 @mizuta_mion

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