私たちは時として、最も近い存在との間に見えない壁を作ってしまう。
この作品は、現代の親子関係が抱える繊細な心模様を、動物園のゾウという温かな象徴を通して描き出している。
高校生の娘と母親という普遍的な関係性に、作者は新鮮な光を当てる。「ただいま」が言えなくなった理由を、互いの視点から丁寧に紡ぎ出していく手法は秀逸だ。
母の過剰な愛情と娘の複雑な心情が、まるで鏡に映し出されたように響き合う。
特筆すべきは、幼い日の思い出として描かれる動物園のシーンだ。毎日ゾウを見に来る娘に寄り添う母の姿。その記憶が、現在の親子の絆を照らし出す光となる。
素直になれない気持ちの奥に、実は深い愛情が潜んでいたという発見は、読む者の胸を温かく満たす。
最後の「ただいま」という言葉には、単なる挨拶以上の重みがある。それは失われていた何かを取り戻す瞬間であり、新たな関係性への一歩となる。
現代の家族の物語として、静かな感動を伝える作品である。