あなたが心臓になったから
秋桜
あなたが心臓になったから
「ねぇ知ってる?カモミールって「あなたを癒す」って意味もあるらしいよ。ハーブティーにぴったりだね」
「へぇ、そうなんだ。逆境や苦難って意味は有名だから知ってたけど、それは初めて聞いたなぁ」
爽やかな風が吹き、白、赤、青、黄、ピンク、様々な色の花を揺らしていく。そんな幻想的な花畑の中央に私たちは座っている。ここはあの日を境に見るようになった夢の世界。そこで出会った一人の少女と、夢が覚めるまで共に過ごしている。
「でさ〜、その時友達がね___」
「あの店はかなり良かったよ___」
話の内容は色々。友人の話だったり、テレビで見たことだったり。私が話すときもあれば、彼女が話すときもある。半々ってところかな。私は話すことが仕事だし、彼女からはなんだかこう、話したいって思いが強く伝わるから、夢の世界で何時間だって話続けられる。現実で会ったら、もしかしたら親友になれたかもしれない。うん、絶対そう。
「あ、そろそろ時間だね。いや~、今日もいっぱい話せて楽しかったなぁ。ねぇ、明日は何がいい?紅茶にしてみようか、それとも……お酒とか!」
「未成年だよね、君も、私も」
そう注意すると、学生服を着た彼女は口を膨らませてふてくされる。
「ふふっ」
「なにその顔!いいじゃん夢の世界くらい僕の好きにしたって」
その姿が可愛らしくて、思わず笑みを浮かべてしまう。
この世界はどうやら彼女の夢の世界のようで、いつも私が来た時にはすでに飲み物を用意して、椅子に座っている。
「んん、ただ、可愛いと思ってね」
「んなっ」
「おーよしよし、可愛いねぇ」
「ちょ、ちょっと子供扱いはやめてよ!」
手を伸ばし、彼女の頭をなでる。茶色がかった髪はさらさらしていて、私のくせ毛気味の髪とは大違い。2か月、毎日夢の中で過ごす彼女との時間は荒れていた私の心を癒してくれる。
「もう、やめてよ~」
温かい風が、私を包むように吹いている。そのぬくもりに身を任せ、意識をなくしていく。
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「体調はいかがですか?」
「特に問題はないです」
「それはよかったです。術後の経過も良さそうなので、このままいけば来週には退院できると思いますよ」
私は入院をしている。あの日、鉄パイプを乗せたトラックが横転し、私と近くにいた学生が巻き込まれ重症に。その後、病院に運び込まれた私は何とか一命をとりとめたが、もう一人の方は助からなかったらしい。
「……どうして私じゃなかったんだろう」
いつもの診察を終え、病室のベットに背中を預ける。意識を取り戻して以来、暇があればずっとそのことを考えてしまう。私なんかよりも、あの子の方がずっと生きていた。顔は思い出せないけど、事故にあう前に見た少女の笑顔は生きる希望に満ち溢れていた気がしてた。
「
「こんにちは、詩ちゃん」
「夏奈、遊華……」
ベットの上でぼーっとしていると、知っている声が聞こえてきた。
「お母様から聞いたわよ、来週で退院だってね。よかったじゃない」
「うん…」
「ちょっとどうしたのよ。もしかして、どこか痛いの⁉先生呼ぶ⁉」
「へっ、いや違うよ!ちょっと考え事をしてただけ」
慌てた夏奈がナースコールを押そうとしたのを慌てて止める。
「何ともないならいいわ。でも、何かあったら言いなさいよ。私たちは同期以前に友達なんだから」
「何でも相談してくださいね」
「うん、ありがとう」
夏奈の言葉にうなずく遊華。二人の言葉は温かい。でも、その言葉は本当に私に向けてなのだろうか。二人を見ても、その答えは分からなかった。
「そうだ、詩ちゃんが読みたがってた本持ってきましたよ」
「ほんと?ありがとう」
遊華が鞄から一冊の本を取り出し、渡してくれる。
「それにしても、あの詩が本を読むとはね、びっくりしたわ」
「ずっとベットの上にいて暇だからかな、本が読みたくなっちゃって」
「ふーん。ていうか詩、ちょっと落ち着いた?体調が悪いわけではなさそうだけど、前みたいにエネルギッシュじゃないわね」
「確かに!前まではピカーって感じでしたが、今はサラーって感じです」
「アハハ、遊華なによその例え方、もっといい言葉なかったの?」
遊華の言葉に夏奈が笑う。私も同じように笑ったけど、心の奥では震えている。二人が、今の私を否定するんじゃないかと恐怖を覚えている。
「前の元気な詩もいいけれど、今の方が詩って感じがするわね」
「確かに、なんといいますか、こう、自然体?です」
二人の言葉に思わず驚愕する。認めてくれるだけじゃなく、まるでこっちが私であると言ってくれた……そっか、近くにいたじゃん。ほんと、何考えてたんだろう私。
「夏奈、遊華、その、ありがとね」
「き、急にどうしたのよ」
「別に~、お見舞いのこととか、私がいない間のこととか色々してくれてありがとね」
それに……私を認めてくれてありがとう。
_________________________________________
「あと、もう少しだね」
「うん……」
そっと頬をなでるような風を感じ、目を開ける。夢の世界。訪れてからすぐに聞こえた少女の言葉に何がとは返さない。心のどこかでは察していたから。きっと、この世界は私が退院したら消えてしまう。もう二度と彼女とは会えなくなる。
「ねぇ、ちょっと歩かない?」
「いいけど、急にどうしたの?」
私の問いかけに彼女が答えることはなく、私に背を向けて花畑へと歩き始めた。
「僕ね、歌手になるのが夢だったの」
私が遅れて歩き始めると、彼女がポツリと話し出した。
「昔、テレビで見たんだ。ステージの上で輝いている歌手やアイドル。彼女達の声やダンスにとっても感動して、憧れた。それからは頑張ったんだ。お母さんやお父さんのおかげで有名なボイトレの先生に教えてもらって、劇団にも入れた。夢を叶えるために必死で努力して…………でも、ある日突然、僕は声を失った。最初はストレスによる失声症や声帯の使い過ぎによる音声衰弱症かもしれないって言われた。でも、何か月、何年経っても、声は取り戻せなかった」
うつむく彼女の表情は見えない。でも、風は吹かなかった。
「ふざけるなと思った。荒れに荒れたよ。夢だけじゃなく、生きがい、人生そのものを失ったんだ。それから僕は引きこもったよ。もう、折れてしまったんだ。周りのみんなはきっと治るって言ってくれてたけど、だめだった。生きる希望を持てなくなったんだ」
彼女の独白を、少し後ろを歩きながら聴く。同情かもしれないけど、彼女の気持ちを理解したい気がした。ちょっと前まで、私も苦しいことがあったから。
「でもね、そんな時、出会ったんだ。偶然だったけど、今考えてみたら運命かもしれない」
「何に出会ったの?」
風が吹き始めた。
「
突風が髪を揺らす。彼女が、とびっきりの笑顔で振り向いた。
「詩のんの明るい声が、笑顔が、私に希望を与えてくれた!声が出なくても、過去を失っても、未来を見る決意ができた!」
風によって、花びらが舞い上がる。彼女の笑顔につられて、私も笑ってしまいそうになるのを押しとどめる。それは違うと、彼女自身の力だと、そう言おうと口を開く。
「違わないよ。僕は君に救われた。それは絶対に間違いなんかじゃない」
笑顔を変えて、真剣な表情でこちらを見る彼女の声に、言葉が詰まる。
「僕を救ってくれた君は本当の君じゃないのかもしれない。でも、あの声は、あの言葉は、君のものだ。演技だとしても、偽物だとしても、それらは全部君なんだ」
「それでも、私はそうは思えない」
彼女と目を合わすことができず、俯いてしまう。
「そもそもさ、本当の自分なんて見せない方がいいんだよ。それこそ自分を大切に思ってくれる何人かに知ってもらえていればそれでいいんだ。君はいるでしょ、ちゃんと」
「うん、そうだね」
「だからさ、あんまり悩まないで。君が苦しいと、僕も苦しくなっちゃうからさ」
優しい風に導かれ、顔を上げると、微笑む彼女と目が合う。なんだか気恥ずかしさを感じ、目線を逸らして言う
「私の方がお姉ちゃんなのに……でも、ありがと」
「プッ、アハハ!」
「ちょっと何笑ってるのよ!」
「だって、可愛くて、アハハ!」
「ちょっと、も~!」
風が花々を揺らす中、私達は追いかけあう。笑顔を抑えていた私の顔は、いつの間にか笑っていた。
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退院から数か月後、私はいつもの生活に戻っていた。彼女の秘密を知った後の一週間は飽きるほど夢の中で会話をした。夏奈と遊華には悪いけど正直二人よりも話が弾んでいたと思う。
「よし、準備完了」
配信画面やアバターの動作などを確認し、配信の準備を終える。今はもう、配信が辛いと思うことが少なくなった。完全になくなったわけじゃないけど、それでも配信にやりがいと楽しみを見出すことができた。
「例え演技でも、私は私。皆が私を望んでいて、私は皆を楽しませることができる。そうだよね」
返事はない。けれど、心臓が一度大きく跳ねた。これからも、辛く、苦しいことがあるかもしれない。でも、皆がいてくれるから、あなたがそばで支えてくれるから、私はきっと大丈夫。
「あー、あー、あー、んん」
声のトーンを少し上げ、明るく、楽しそうに聞こえるように調整する。
そういえば、あなたの夢は歌手になることだったね。なら、二人で目指してみよう!。二人なら、武道館だって夢じゃない!
心臓に手を当てて、深呼吸をする。うん、いけるよ!
配信開始のボタンを押す。画面に映るのは、もう一人の自分。明るく元気なVtuber!
「ハロハロ~!今日も元気に、秋花詩羽の時間だよ~!」
あなたが心臓になったから 秋桜 @hayato6174
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