せんせーに相談だ3
うたた寝
第1話
夜景の見える高級レストラン。そんなおとぎ話のようなシチュエーションで食事を終えた男女が二人。会計を済ませようと二人はレジへと向かうと、女性は当たり前のようにレジから3歩ほど下がった。『私は財布を出す気はありません』という明確な意思表示であった。
この姿勢に賛否はあるだろうが、男性は気にしなかった。彼としてもこういう食事の時は男性が払うもの、という認識があったからだ。会計時に出したクレジットカ―ドを返してもらい、レシートを受け取ってから彼は店員さんに向かって微笑んだ。
『ご馳走様でした。美味しかったです』
『………………』
彼は気付かなかっただろう。店員に向かって頭を下げた彼のことを、女性が信じられないものを見るかのような目で見つめていたことを。
今日の思い出にジュエリーが欲しいと女性が言うため下のフロアにある宝飾店へと移動する。好きな物を選ぶように女性に促すと、女性は少し考えた後、当たり前のように2つ要求してきた。1つでもかなり値が張るものを2つ要求されたわけだが、彼は構わず会計を済ます。
図々しい、という意見もあるだろうが、彼としては一緒に食事をするために時間を割いてくれた女性に対する感謝の姿勢であった。食事の時にも使用したクレジットカードを返してもらい、商品を受け取った後、
『ありがとうございます』
彼は再度お礼を言って店員さんに頭を下げた。二度目、ということもあり、女性は我慢ができなかったようで、露骨に嫌そうな顔を浮かべ、
『止めなよそれ、みっともない』
女性にそう言われた。一瞬、何を言われたのか分からなかった。何を言われたかは理解した後、何を指して言われたのかも分からなかった。店員さんにお礼を言ったことを指して言われたのだろう、と何となく察しはした。何となく、というのは、それ以外に心当たりのある部分が無かったからだ。
だが、何故それを『みっともない』と言われたのかは理解ができなかった。お礼を言うなんて当たり前のことではないだろうか? 何故それが彼女の気に触れたのか、よく分からなかった。
呆然となっている彼の手から商品をひったくるようにして、女性は足早に去って行った。どうやら女性の機嫌を損ねたらしい。
「ふむ」
怒るでもなく、彼は小さく呟いた。女心とはやはり難しいものらしい。
「……ということがありまして」
「待て待て待て待てちょっと待て」
「? 何か?」
「『何か?』じゃない。『話の腰を折ってきて何コイツ?』じゃない」
「そこまでは言っていません。『話の分からない奴だなコイツ』と思いはしましたが」
「間違っても思うな。そして思ったことをそのまま言うな」
「素直なので」
「違う、バカ正直って言うんだ、そういうの」
「正直はいいことでは?」
「『正直者』と『言わなくていいことをいちいち口に出す奴』では天と地の違いがあるんだ」
「なるほどなるほど。では口に出すのは止めましょう」
「……顔にも出すな。『目は口程に物を言う』ってことわざを知らんのか」
「面倒くさいですね」
「お前に言われたくないわっ! 24時間ライブ配信している水族館の定点カメラの映像見てほんわかくつろいでいた私の脳内に急に得体の知れない回想シーン流されてそれがやっと終わったと思ったら急に目の前に現れるっていうテロリストみたいなことしやがったくせに」
「定点カメラの映像? 疲れてるんですか?」
「論点そこじゃない」
「ああ、なるほど。冒頭シーンはやはり『かくかくしかじか』で説明した風で始まった方が良かった、ということですね? では撮り直しましょうか」
「何の話っ? 何っ? 何でこの部屋に来る奴って軒並みこっちの話聞かないのっ? 『せんせーに相談だ』ってタイトルだよね? せんせーに話聞きに来てんだよねっ? 何でそのせんせーの言うこと聞かないわけっ? 何っ? 学級崩壊っ?」
「まぁ先生、落ち着いて」
「取り乱させてる張本人に言われたくないわっ! もう帰れお前っ! 何かシリーズ内で一番やばい奴の気配するっ!」
「光栄です」
「1ミリ足りとて褒めてない」
「ですが先生、ご自身でもおっしゃっていたように『せんせーに相談だ』ってタイトルなんですから話聞いてもらわないと話が進みません」
「コイツ揚げ足取ってきやがった! やっぱやばい奴だわコイツ!」
今までの相談者とは一線を画す異質な相談者である。『ダメだコイツ……、早く何とかしないと』状態である。冒頭からここまで好き勝手に流れを握られるとは……。もう力づくでもいいからコイツ早く部屋から追い出さないとやばいことになるんじゃないかと彼女が考えていると、彼はこっちの心情なんて知ってか知らずかすんごい腹が立つくらいにこやかな笑みを浮かべて、
「喜んでいただけたようで何よりです」
「どこをどう見れば喜んでいるように見えるんですかね? 見えてます? 私今体中から冷汗が飛び出して止まらないですけど? 聞こえません? 私の胸さっきから得体の知れない動悸でどっくんどっくん脈打ってますけど」
「頑張って回想シーン作ったかいありました」
「話を聞け。そして回想シーンを作ったって何だ。サラッと何だ。何だそれは。あれか? お前の脳内から記憶を抽出してそれを私の脳内に流したとでも言うのか」
「いえ、そこまでは。私の記憶を元に再現VTRをキャスト陣とともに作成し、それを先生の脳内へと直接流しました」
「その私の脳内に直接流したが凄く気になるところではあるが、あれわざわざ再現しているのか。話すのが面倒だからって回想シーン作るとか横着したんだか気が利いてるんだかよく分からんことしやがって。……あ、ひょっとしてあの人か? さっき演じていた女性は。どうもー」
彼女が小さく手を振ると、最後のシーンで見せたあの蔑んだ顔から一転、照れくさそうな笑みを浮かべて頭を下げる女性。おお、演じている時とはまったく印象違うな。これが女優か。
「ちなみにお店は実在するお店で演じてくれている人も実際の店員さんです」
「知らんがな。行く機会も無いがな」
「大人の嗜みとして行っておいた方がいいのでは?」
「年下に大人の嗜みについて問われる覚えは無い」
「比較的リーズナブルなお店ですし」
「自分の収入が平均だと思うなよ富裕層。我々庶民は肉を食べたければCOCOSに行くし、アクセサリー欲しければGU行くんだ」
「なるほど、それはどのようなお店で?」
「アンタは一生行く機会無いだろうから気にしなくていい」
「なるほど、私にはまだ早いと。深いですね」
「感想浅くて草生えるわ」
「く、草生えるってw草なんてwどうやってw生やすっていうんですかwww面白いこと言うなぁwww」
「貴様がたった今やっていることだ」
ひとしきり草生やして森作って満足したのか、彼はふぅーっと息をつくと、
「というわけでですね」
「おい。何勝手に話進めようとしてるんだ。金持ちの自慢なんて聞く気無いぞ。帰れ帰れ」
「まったく。回想シーンの何を見ていたんですか。あれのどこをどう見れば自慢に見えるんです」
「高いレストランで飯食って、高いジュエリー買っての収入マウントに見えたが?」
「…………高い?」
「……ああ、そういえば『リーズナブル』って感覚なんだっけか? キミの金銭感覚では。あーやだやだ。あー感じわる。あー帰れ帰れ」
「まぁ、平均年収より多めに貰っていることは否定しませんが」
「うぜー。すっげうぜー。預金通帳燃やしてやりたいくらいうぜー」
「私WEB通帳ですので」
「マジレスうぜー」
「事実ですので」
「そうかいそうかい。高収入マウント取れて満足したかい? 満足したな? よーし、では曲がれ右して帰るんだ」
「そういう風に受け取られてしまったのであれば、回想シーンの制作意図とは異なってきますね。別に私の収入を自慢したかったわけではないのですが」
「そうか。意図が伝わらなくて残念だったな。意図が伝わってないんだからこれ以上の会話は不毛だ。よし、さぁ、帰りなさい」
「仕方ない。では意図が理解していただけるまでエンドレスで先ほどの回想シーンを流すとしましょう」
「おい止めろ。何の拷問だ。ドラクエのループする会話より悪質だぞ。『はい』って答えるまでさっきのムービーずっと流れるんだろ? 何の遅延行為だ。エンドレスエイトの再来でも狙っているのか?」
「製作品の意図が伝わらないほど製作者として悲しいことはありませんから。ね、そうでしょ? 貴方もそう思いますよね? ね? あれ? 聞いてます? ねー? もしもーし」
「おいお前どこ見て話し掛けてんだよ、止めろよホントもう、画面の向こう側の人間に話かけるなよ、色々カオスだよ、怖いよホントもうお前」
先生、もう泣きそうである。未だかつてない未知との遭遇に心が折れそうである。しかしもう分かった。これ、話していると一方的にこちらの体力だけ毒の沼のように消耗させられる仕様である。割に合わないことこの上無いが、さっさと話を終わらせないとこちらの体力が持たない。彼女は嫌々渋々嫌そうに、
「もう話聞いてあげるから用件言ってさっさと帰ってくんない……」
「えーでもせっかく作ったんですよ。作ったものって何度でも見てほしいものじゃありません? 減るもんじゃなしもう一回くらい回想シーン見ません?」
「減る。私の体力と時間が圧倒的に減る」
「回想シーンに対する感想や評価も頂きたいのですが」
「勝手に流してきた回想シーンで図々しいこと言ってるんじゃない」
「でも回想シーン作らなかったら、ずっとここでかくかくしかじかって言ってましたよ?」
「二択だったわけ? こわ。おーこわ。もーこわ。怖いから用件話してとっとと帰れお前。夢に出てきそうだわお前」
「じゃあお願いしてください」
「………………はい?」
「話してほしいんですよね? であればちゃんとお願いしてください。ほら、早く」
「な~にコイツす~ごい感じ悪いんですけど~。出会って数秒だけどコイツもうきら~い」
「そうやってすぐ人を嫌うのはどうかと思いますよ?」
「すぐ人に嫌われるような行動をしているのもどうかと思いますけどね!」
疲れた。とにかく疲れた。未だかつて無いほどに疲れた。何で『店員さんにお礼を言う人のことをどう思いますか?』という質問を聞き出すのにこれほど疲れなくてはならんのか。帰り絶対ケーキ屋によってケーキ3つ買って帰ろう。食べすぎ? 太る? バカを言え。これほど疲れて大量のカロリー消費してるんだからチャラだチャラ。ゼロキロカロリーだ。
つーか、
「お付きの人に聞けばいいんじゃないの? いっぱい居るんだろ? 何で私の所に来るわけ? 嫌がらせ? 嫌がらせなの? 嫌がらせなら帰ってくんない? 嫌がらせじゃなくても帰ってくれない?」
「何でそんな帰らせたくてたまらないのですか?」
「お得意の回想シーンで振り返ってみろ。得意なんだろ? 回想シーン作るの」
「スタッフー」
「全力で悪かったって謝るから止めてくれ。何回見させられたと思うんだ、さっきの回想シーン。リアルに精神崩壊するかと思ったわ。ちょっと嫌味言ってみたかっただけなんだよー」
「いえいえ、回想シーン気に入っていただけたようで何よりです。クリエーター冥利に尽きますね。次回作へのインスピレーションがこうふつふつと」
「他所で活かしてそれ。ここでは絶対活かさないで」
「なるほど、『絶対』ですね?」
「フリじゃないからな? お前言っとくけど世の中には本当に押してはいけない時ってあるからな。よーく覚えとけ。ついでに警告しておくがお前」
「はい?」
「ノリにしろ真面目にしろ悪ふざけにしろ、もう一度さっきの回想シーンなんか流してみろ。一生なんてケチ臭いことは言わない。永遠に流したこと後悔させてやるからな」
「………………」
「………………」
「…………な、何でお付きのメンバーに聞かないのか、という質問でございましたっけ?」
ほう。めちゃくちゃやっているように見せかけて、踏み込んではいけないラインを嗅ぎ分ける程度の本能は残っているらしい。彼は話を戻すと、
「彼らは私に対して否定的な意見を言いませんので。意見を聞きたい時、に関してはあまり参考にならないのですよ」
「なるほど。注意してくれる人が周りに居ないとこう育つんだな。お前たちが生み出した悲しきモンスターだぞ。ちゃんと責任もって面倒見ろ」
「ええ、おかげでのびのび育ちました」
「言っとくけど私は今嫌味を言ったからな? 何でお前誇らしげに胸逸らしてんだよ。その突き出している胸にパンチするぞお前」
「嫌味、ですか? すみません、ちょっと勉強不足で分からなかったので、どの辺りが嫌味だったのかご説明頂いても?」
「めんどくさいんだけどーコイツー」
何でこんな強マインドの奴が相談なんかに来るのだろうか? 何の冗談だよ。相談事も悩み事も無いだろう。あれか? 嫌がらせか? 金持ちの道楽か? 暇つぶしなのか?
「人生は死ぬまでの暇つぶしです」
「やかましいわ」
勝手に心を読むな。そして地味に世の心理を突いてそうなことを言うな。
「私の意見を聞いてどうしたいんだよ」
「いえ、マナー違反など失礼なところがあったなら直したいな、と。何やら女性のことを怒らせてしまったようなので」
「今現在進行形で目の前の一人の女性を怒らせているのだがお前」
「それは気にしません」
コイツ………、デスノート拾ったら絶対名前書き込んでやるからな。ただ書き込むだけじゃないからな。ChatGPTに一番惨い死に方を聞いてそれを書き込んでやるからな。覚えとけよお前。
「先生、何か怖いこと考えてませんか?」
「気のせいだ」
「絶対気のせいではないと思うのですが。見てください、これ。何か今静かな殺気を感じて鳥肌が凄い立っています」
「良かったな。ここに来てようやく私の気持ちを理解できて。人がお互いを完全に理解する時。それはお互いの痛みを理解した時だ」
「な、なるほど……、ふ、深い……?」
「相変わらず浅い感想だなお前」
コイツさてはよく分からないこと言われた時に『深い』って言っておけば場が収まると思ってやがるな。何ていい加減な野郎だ。
まぁそれは置いておいて、マナー違反してたかどうかだったか。ふむふむ、では一言、
「別にマナー違反はしてない。気にしなくてOK。以上。帰れ」
「……え?」
「以上。帰れ」
「え、えっと、その?」
「か~え~れ、か~え~れ」
「いやそんな手拍子しながら帰れコールしないでください。え、お、終わりですか?」
「マナー違反かどうか聞きたいんだろう。話終わりだよ」
「いやでも女性は怒って」
「知らないよそんなの」
「えー……」
「『ご馳走様』も『ありがとうございました』も挨拶だ。言って何ら問題のある言葉じゃない。まぁキミがよっぽど近所迷惑になるレベルで叫んだのなら話は別だが」
「いえ、そんなことは……」
「じゃあ気にするな」
「いやでもだから、女性は怒って」
「さっきも言ったよ。知らないよそんなの。私からするとその女性が何に怒っているのか全く分からない」
「えー……、私と同じ状態じゃないですか……」
「挨拶にしろお礼にしろ、言わないより言った方が絶対いい、っていうのが私の考えだからな。それがみっともないって感覚は私には分からん」
「ふむ……」
「そこで論じ合っても結局は価値観の話だ。どうせどっちかは納得いかないさ。キミは挨拶した方がいいと思っている、その女性はそう思ってはいない」
「はい」
「だったら後は決めるだけだ」
「決める?」
「その価値観の違いを感じていても、キミはその人と付き合い続けたいのかどうか、だ。もっと言うと、その価値観の違いや分かり合えない部分に目を瞑り合えるのかどうか、さ。100%通じ合える相手もまた居ないだろう。だからキミにとってその価値観の違いは許容できる範囲内なのか、または多少無理して許容してでもその人と付き合いを続けたいのかどうか」
「………………」
「まぁ、怒って帰って行ったようだし、その女性の方がキミと関係を続けたいのかは知らんがな」
「なるほど……」
彼は椅子に深く座り直し、足を組んで何かを考え始める。何かこの場に来てからコイツの真面目な顔初めて見たな、と思いつつ、
「と、言うか、気になるところそこなのか? 私からすればさっきの回想シーンの女性に気になるところなんて腐るほどあったが」
「ん? ああ、回想シーンを演じた女優さんが実際の人物より美人ということですかね?」
「実際の人物を私は知らん。女優さんが美人だというのは認めよう」
美人と言われて照れ笑いをしている女優さんは放っておいて、
「奢ってもらっておいて店員さんにご馳走様って言ったら文句言うわ、高いのたかっておいて店員さんにお礼言ったら文句言うわ、私なら秒で切るがね」
「ふむ。ですが私の方が収入ありますし」
「だから何だ?」
「え……?」
「収入が多かろうがその収入はキミが頑張って稼いだ金だろう? 何で当たり前のように奢らなくてはいけない」
「………………」
「そしてその女性はお礼を言っていなかった。少なくとも回想シーンを見た限りではね。やってもらって当たり前と思いお礼さえ言えない上に、人がお礼を言ったら文句を言う。私ならそんなことされたら落とし穴に落とした上で糞尿を穴が埋まるまで放り込むがね」
「凄いことしますね……」
「私のことなんてどうだっていい。キミがどうしたいかだ」
「………………」
「好きにしたまえよ。キミの言ってた通り、人生は結局暇つぶしの連続だ。暇つぶしに間違いなんてないさ」
「……なるほどですね。深い」
さっきまでと似たような返事。だけどどこかさっきまでよりは理解していそうな彼を見て、
「……今度は浅く言ってないことを祈ってるぜ?」
せんせーに相談だ3 うたた寝 @utatanenap
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