第2話 3001 葬儀屋と禁呪 02

店内に入り、暖かいお茶を飲んだ途端、それまで無言だった口を開き

「!、美味しい・・・こんなに美味しいお茶があったなんて・・・・」

そう呟くように言った彼女に

「でしょう!、フィルギア王国産の、しかも王室用に厳選されたものなんですって」

「フィルギア・・・・そんな遠い地域の・・・」

「昔の伝手があってね、普通じゃ手には入らないお茶だよ」

「それと、このお菓子もとても美味しいのよ」

そういって、フィレーネが差し出した器から、一つ摘んで口に運び

「!・・・美味しい・・・・」

「御免なさいね、寒い中、ずっと待たせてしまって」

申し訳なさそうに言うフィレーネに

「いえ、これも仕事ですし・・・・それにそのおかげで、こんなに美味しいお茶とお菓子が、食べられたのですから・・・」

笑顔を見せながら、そう言う彼女に

「よかった、クレアに喜んで貰えて・・・・」

「そうだな、もっと感謝してもいいぞ」

まるで、水を差すようにリュークに言われ

「なんで貴方に、そんな事を言われなければいけないの?」

「このお茶もお菓子も、俺の私物だからだ」

「えっ?、だってこれ・・・・というか、ここのお店の・・・・」

「正確には、お茶は私の伝手も使っててね、費用はリューク持ちだがね。 まぁこの店作るのにも手伝ってもらってるし、私物もいろいろ置かせてやってるのさ。 その代わりにこういうものは、勝手に使わせて貰ってるしね」

「貴方のものって・・・・なんとなくムカつくわね・・・・」

「だったら飲まなくても、食べなくてもいいぞ?」

「お茶やお菓子に罪はないわ、貴方に問題はあってもね・・・」

「・・・ところで、そちらの・・・クレアだったか、お嬢さんの紹介がまだなのだが?」

ムッとした表情で、フィレーネが警戒するように

「言っておきますけど・・・・クレアは、私のメイド兼護衛役ですからね、下手に手を出したら許しませんからね!

 

クレアと呼ばれている彼女は、かなり痩せた体つきで、フィレーネより10cm程高い身長の為か、フィレーネより更に華奢にも見えるが、少なくとも彼女より胸は豊かに見え、背筋を延ばしたその姿勢や物腰から、鍛え上げられた無駄の無い筋肉と分かる。

年齢は二十台半ばだろうか?、意志の強そうな真紅の瞳と、淡い褐色の肌をしており、艶やかな赤い髪は、前髪以外は太股まで届くほど長かった。


しかし、リュークはそれを無視して

「リューク・フロイトだ。 君のご主人様は、俺の依頼主という事になる。 君は、護衛も兼ねているという事は、護身術も使えるのかな?」

『ごまかしは・・・・意味がないだろうな・・・・』

そう感じた彼女は

「体術も多少は・・・でも得意なのは魔法の方でしょうか・・・・といっても、【鉄壁の魔操師】と言われるリューク様には到底及びませんが・・・・」

「?・・・何それ・・・此奴にそんな大層な・・・って魔操師?、此奴が?」

クレアの言葉に反応して、リュークを指さし、驚きながら言うフィレーネに

「様はやめてくれ、口の悪いお嬢様になら、口の聞き方を学ばせる為にも、言わせたいところだが・・・・何れにしても、有名だというのはな・・・・目立つことは避けたいのだがね・・・・」

「では、なんとお呼びしたら?」

「ご主人さ・・・・」

「リュークで良いわよ、こんな奴。 口が悪いのは貴方に対してだけよ・・・・此奴ってそんなに有名なの?」

その言葉を遮るように、そして嫌みを込めて言うフィレーネに、ちょぴりムスッとなったリュークだった。

そして、クレアがフィレーネの、その問いに

「魔術師の間では、鉄壁の魔操師と言えば、知らないものはいません。 控えめに見ても、パンドールで十指に入る魔術師でしょう」

「へぇーーーー・・・・リューク、貴方何しでかしたの?」

「まるで犯罪でも犯したような言い方を・・・魔術師がそんな事してたら、教会が黙ってないだろう?」

「チッ、それもそうね」

いかにも残念そうに言うフィレーネに

「チッっておまえな~・・・」

その会話に、お茶のお代わり入れながら、クロスが

「思ったより・・・と言うか、最初にここに来た時とは別人みたいですね」

「これが彼女の本性・・・・つまりは、暴れ牛といったところか・・・・」

「何よ、暴れ牛って?」

その、クロスとリュークの話に、文句がありそうな顔で問うフィレーネに

「そのままの意味だ、じゃじゃ馬より凶暴で、始末が悪いって事だよ」

その言葉に、再び顔を赤くすると・・・・

「ところで、デッドの居場所についてだが・・・・」

リュークの言葉に、八ッとなって

「そうよ、それっ・・・サッサと白状しなさいよ」

「俺は犯罪者か?」

「似たようなものでしょう?」

「人を失礼だなんだと言っているが、自分が一番失礼な奴だと、自覚した方がいいな」

ヤレヤレッ、といった感じで言うリュークに

「失礼が服を着て歩いてるうよな奴に、言われたくないわね・・・・」

リュークは、軽くその言葉をスルーして

「それはともかく・・・・続きの話はまた明日だ」

「!?・・・まっ・・・さか・・・本当に知らないとかじゃ・・・・」

「知らないから、これから調べる・・・・」

その言葉に、フィレーネは青ざめ・・・・

「・・・・と言って、慌てる顔をジックリ眺めるのもいいが・・・・要は連絡を取るための、時間がいるという事だ」

・・・・るどころか、また顔を赤くして

「あ・な・た・ね~・・・」

「済まない、君の怒った顔が素敵過ぎるのがいけない・・・ついそれを見たくなってね・・・君のその魅力がそうさせるとはいえ・・・・どうか、ゆるしてほしい・・・」

フィレーネの手を優しく取りながら、その眼をみつめて言うリューク・・・・

「なっ、なななななななななななななっ、何言ってるのよっ!。 あっ貴方なんかに、そんな事言われ・・・・」

明らかに同様するフィレーネ・・・・

そしてリュークが・・・

「特に、感情の乱れと共に、眉間や顔全体に皺が寄り、その皺が更に醜く歪んでいく姿が、実に滑稽で、見物だなと・・・・あまりに愉快なので・・・・悪気はまったく無いのだ、だから許せ・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・こ・ろ・す・・・・この・・・依頼が・・・終わったら・・・生きて・・・いられると・・・思わない・・・事ね・・・・」

顔をひきつらせ、体を振るわせながら言う彼女の瞳には、怒りの闘志が宿っていた。



馬車に揺られながら、機嫌の悪い顔で帰路についたフィレーナは、向かいの席に座るクレアに愚痴をこぼしていた。

「・・・・・・でね、最初は頭にきてたのは事実だけど、此方の素性を言い当てた鋭い洞察力や知識に関心もしてたのに、あの人を舐めきってからかう、人とした腐っている性格が気にいらないわ」

「・・・・それは確かに・・・・」

色々な意味で、同意するしかないクレアだったが

「しかし話を聞く限り、それは洞察力などがどうかと言うより、読心の魔法を使い、心を読まれたのではないでしょうか?」

「・・・・えっ、だって私そういった魔法抵抗用の護符付けてるわよ」

そう言ってフィレーナは、胸に輝く銀色の首飾りを見せた。

「魔術師が使う読心防御用の物ならともかく、おそらくその護符は、ある程度抵抗力を上げる程度の物で、それが有効なのは力量の近い魔術師に限られるでしょう。当然魔法の使えないお嬢様と屈指の魔操師では、比べる以前の問題です」

「・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・・フッ、フフフフフフフフッ・・・・」

「・・・・お嬢様?」

「・・・・ひ・き・か・え・す・わ・よ」

そう言った彼女の眼の、瞳の周りは、赤く輝く様に血走っていた。



フィレーネが帰ってから、遅い夕食を終えたクロスは、閉店の準備をしていた。

カウンターから、店先に行こうとしたその時、入り口の扉が開き、客の来店を告げる、妖精の声が聞こえた。

「ご来店ありがとうございます」

『前に来たことがあるお客さんか・・・』

妖精の言葉から、依然来店した事のある客だと分かったクロスは

「申し訳ありませんが、直ぐに閉店なので、お急ぎでなければ、また明日以降にでも・・・・って、あれ?なんでまた来たんですか?」

驚くクロスの視線の先には、異様な気に満ちあふれたフィレーナの姿と、それに付き従うクレアの姿があった。

「何でも何も、昨日言われた通りに明日、つまり今日来たって事よ・・・」

「・・・・それってもしかして、0時過ぎて次の日になったからとか、そういうオチですか?」

「良く分かってるじゃないの。 分かったらサッサと約束を果たしてもらいましょうか?。 まさかまだ連絡取れてないだの、グチグチ言わないわよね?、明日こいって言ったのはそっちなんだからね!」

「えっ・・と、ですね・・・」

クロスが色んな意味で、何と言ったら良いのか困惑していると

「リュークなら出かけていていないよ」

シーンのその言葉に、ムスッとしたフィレーネは

「既に連絡取りにいってたなんて・・・折角・・・」

「目的を達成する前に、言い返せないような、文句の一つも言ってやりたかったのに・・・か?」

いきなり、自分の真後ろから聞こえた声に、反射的に振り返ったが、そこには誰もいなくて・・・・

「お嬢様、魔法での腹話術です。 おそらく彼が・・・」

クレアの視線のの先には、カウンターの奥にある扉が開いており、そこに立っている、リュークの姿があった。

「同じような手に引っかかるとはな・・・・しかも、やる事が子供並だし・・・・」

「うっ・・・・こ・・・・・」

何か文句を言いたいが、興奮した状態で、旨く言葉にならずに、口をパクつかせている彼女を横目に

「早かったね、話はすんだのかい?」

クロスと一緒に、店の入り口付近に歩いて来ながら言うシーンに、リュークは気楽な物言いで

「昔から話の分かる奴だったしな、話はつけてきた」

「えっ・・・まさか・・・という事は、デッド・・・にあって・・・協力して貰えるって事なの?」

半信半疑で言うフィレーネだったが、その眼は先ほどとは違い、期待の色で満ちていた。

「それなんだが・・・・」

「からかうのは無しだよ」

リュークが言いだしかけた途端に、右手の袖口から、先端の太くなった棒を覗かせながら、釘を刺すシーンに、「チッ」と舌打ちして、残念そうに

「関係者全員を集めるには、どくらいかかる?」

「?・・・関係者って、例の四人や王室の審問官とか?」

「当然そうなるな」

フィレーネは、その細い少し首を傾け、緑に輝く瞳を動かしながら

「四人とも、まともに仕事なんてしてないはずだから、明日中に・・・というか今日だけど・・・」

今し方のやりとりを、思い浮かべた為か、少しムッとなりながらも

「・・・集めれると思うけれど、王室の立ち会い審問官なんかは・・・聞いてみないと分からないわね」

「どのみち他の身内もいた方がいいだろうから・・・そうだな三日後の正午に、できるだけ多くの親族も集めて・・・言われなくても、自然と集まってくるだろーが・・・」

それを聞いたフィレーネは、いかにも嫌そうに

「・・・ハイエナか蠅のように、一族の殆どが集まって来るでしょうね・・・」

「その言い方は、ハイエナや蠅に失礼ってものだろう?」

「・・・なんかムカつくわね・・・」

顔を逸らしながら、腕を組んだフィレーネにリュークが

「一族を悪く言われて怒ったか?」

「違うわよ、珍しく意見が一致した事に・・・あんたと同じだと思ったら、なんだか腹がたってきたからよ」

「それは・・・・」

「からかうのは無しって言ったのを覚えてるよね?」

言い掛けた途端、タイミング良く、それこそ何を話そうとしたかを熟知しているかのように、シーンに言われて、苦虫を噛みしめたようになったリュークだった。


それから少しの間、三日後の打ち合わせをしてから、フィレーネ達をクロスに送らせて、二人だけになった店内で

「まったく最近特に調子に載って・・・・不安なのかい?」

何か先ほどとは異なる、落ち着いた雰囲気で言う彼女に、リュークもまた、落ち着いた声で

「・・・・さぁな・・・・俺にもわからん・・・・準備はしてきたし、勝つ自信もある・・・・が、正直・・・多分怖いのだろうな・・・・だからやった方が良いと分かってはいても、彼処を調べる事事態、今までも最小限に留めている・・・」

「トラウマって奴かね、あんたにそんなものがあるなんて驚きだよ」

「人間なら当然だろう?・・・・まぁ、神だろうと人と変わらんがな・・・・」

「人も神も悪魔も、心や思考事態は変わらない、異なるのはその力のみ・・・・だったかね・・・・」

懐かしい言葉を、思い出したかのように言うシーン

「元闘神としては、納得できない理屈だろうがな・・・」

「昔は確かに・・・若かった頃はそうだったけどね、今ならあんたのその言葉は分かるよ。 神に使える身としては駄目なのだろうけどね」

「既に、表向きは闘神ではなくなっている訳だし、そもそも君の崇拝する神が、その位で臍を曲げる訳ないしな」

「あの方は、神の力を持つ者を・・・・」

言い掛けたその言葉を、否定するかのように

「俺は少なくとも、神なんかに・・・・人の信仰心を貪るだけの存在になる気はない」

神それ事態を、悪魔や害虫の如く言う言葉にも、穏やかな声で

「神族や悪魔神族は、それこそ唯のガキ大将に毛が生えた程度の者も多いが、中には真っ当な神もいるのは分かってるだろ?」

「それはつまり、神も人間と同じという事だ・・・そして、だから、嫌いな神も好きな悪魔もできるって事だ」

「この仕事が終わったら、彼と一緒に行くのかい?」

リュークを見つめて言う彼女の眼は、その見つめる先の瞳を捕らえて離そうとしなかった。

「今行っても肝心の奴は出てこない。 まだ少しだけなら時間はある。 それにこれは俺個人の問題だ。 直接的な行動に関しては、他の手を借りる気はない」

「・・・・だから今回の件は、彼に任せるんだね」

「彼には悪いが、結果的にはそうなるだろうな・・・」

「もっともその前に、やらなければならない事が増えそうだがな・・・・」



「なるほど、確かにそれは教会も動かない訳にはいかないから、こちらも無駄に人員を割かずに済むが・・・」

向かい合ったソファーに、ゆったりと腰掛けて話す二人。

「その捕縛した悪魔は、教会に渡すかい?」

短く整えた銀髪と銀色の瞳に、端正な顔立ちをした、20台中盤くらいの年齢に見える、その青年の問いに

「触媒か魔具の素材として使う予定だが、教会がどうしてもというのなら、相応の対価と交換なら渡してもいい」

『中級悪魔を物扱いか・・・・相変わらずだな・・・・』

溜め息を漏らしながらも、それが当然のように納得し

「教会に渡しても、おそらくもっと悲惨な末路になるのは確実だしね」

「俺は必要だからそうしているだけだ。 教会のイカレタ連中みたいなコジツケはせんよ」

「今更一体くらいの悪魔を使ったところで、君にとって大した物が作れるとは思えないが・・・」

「俺用とは限らんさ、いろいろとな・・・・」

手にしたティーカップのお茶をすすり、そのお茶を見ながら物憂げに、リュークが答えた。

「あの子達の為か・・・・」

だが、そのイースが言い終わるより先に

「そんな事より、この件は教会に丸投げしても問題はないだろうから、後はそっちに任せるぞ」

お茶を飲み干したカップをテーブルに置き、リュークはソファーから立ち上がった。

「実際には丸投げって訳にはいかないんだけどね・・・・」

苦笑混じりに溜め息をつくイースを見て

「そういう面倒な事を押しつけられるのが、ギルドマスターの役目ってものだ」

肩を竦めるように言うリュークに、冗談の如く

「ここのギルドマスターになってから、何度君に変わってほしいと思った事か・・・・」

「十年後にも、俺が此処にいたら考えてやるよ」

同じく、冗談のように言葉をかえす。

「ならば未来のギルドマスター殿に、頼まれていた例の件についてだが・・・」

リュークが「あくまで考えるだけだぞ」と言いながら、その件についての話が始まった・・・・



フィレーネが帰った次の日、正午を過ぎて、丁度一日の最高気温となる頃。

魔術師ギルドからの帰りに、いつものようにフラリと不知火に入ったリュークの眼に、カウンター近くのソファーで、お茶を優雅に飲みながらも、お菓子を貪る・・・・少なくともリュークにはそう見える少女と、その連れのメイドがいた。

「なんでこいつらに、とっておきのお茶とお菓子を出すかなー?」

悪戯をした子供を見るような眼を、カウンターにいるクロスに向けて言いながら、フィレーネ達の向かいのソファーに腰を下ろした。

「べ・・・モグ・・・別に・・・モグモグ・・・貴方に・・・・」

口に入れたお菓子を租借しながら、途切れ途切れに話すフィレーネを、溜め息混じりに

「話すか食べるかどっちかにしろよ、主人より彼女の方が余程行儀がいいぞ」

言って視線を向けたその先には、燃える様な赤い髪と瞳をした女性が、フィレーネの隣で、優雅にお茶を飲んでいた。

「それと、そのお菓子だが・・・」

「もう食べちゃった物は返せないわよ・・・」

などとリュークの言葉に過敏に反応して、これから食べるお菓子にも唾をつけそうな勢いで話す。

「・・・・保存食も兼ねているから、カロリーはかなり高いんだが・・・・太るぞ・・・・」

その言葉を聞いた途端、お菓子に手を伸ばし駆けていたフィレーネの手がピタリと止まった。

「だ・・・大丈夫よね・・・・ク、クレアだって食べてるし・・・・・」

「今までにお嬢様が食べた量は、私が食べた量の数倍は食べているかと・・・・」

機械的に言われた為か、その言葉はフィレーネの心にグサリ、と突き刺さった。

「それにクレアは、君より痩せているから、多少肉が付いても目立たないし、そもそも肉体的にも鍛えられているし、太らない体質だと思うぞ」

グサッ、と更に追い打ちをかけて、フィレーネに何かが突き刺さった。

「でるところもでてない幼児体型なんだから、尚更お腹とかでると目立つぞ」

リュークの追い打ちをかける言葉に、トドメの大きな一撃を食らい、船が撃沈したように沈み込んでしまった。

しかし、それも一瞬の事で、直ぐに顔をあげ、テーブルにある、お菓子が詰まったバスケットを膝までたぐりよせ、中身を一気に貪った。

「・・・あんた・・・モグムシャ・・・なんかに・・・ムシャモグ・・・何が・・・分かる・・・ていうの・・・モグ・・・よ・・・・大体・・・モグ・・・私の体・・・ムシャ・・・だって、・・・・モグモグ・・・見た事・・・ないくせに・・・・」

怒りを爆発させながらも、食べる事を止めずに話すせいで、よく聞き取れない声で話していた。

するとリュークは 右手の一指し指をたてて、まずフィレーネの胸元を差して「AA」、そして同じくクレアを差して「D」、と言った。

クレアは指を向けられた瞬間、体を強ばらせて警戒したが、フィレーネは何の事か分からずにキョトントした顔で、指が示した自分の胸とクレアの胸を、お菓子を頬張りながら暫く見た後・・・・瞬間湯沸かし器のように一瞬で顔を真っ赤にして

「ななななな・・・・・モグッグッ・・・なんで、胸の・・・・そんな事分かるのよっ」

口に入っていた物を飲み干しながらも慌てて怒鳴りつけ、恥ずかしさで頬を染めながら怒りの眼差しを向けた。

「前に言っただろう?、服の上からでもそのくらいの事は、分かる者には分かるものだよ」

フィレーネの真っ赤な顔を見ながら、苦笑混じりに言うリュークに

「だだだだだだ・・・・・大体私は成長途中なんだし、クレアとだって歳が離れてるんだから、当たり前でしょ。

いっ今時、私くらいの年齢なら、このくらいが普通なのよ!」

声が小さくなりながらも、必死にリュークに食い下がろうとしていた彼女ただったが

「クレアって君とそんなに歳変わらないだろ? 十代中盤から後半ってとこか?」

「? 何いってるのよ。 どうみても私よりかなり年上でしょ。 雇う時の経歴だって・・・・」

そんな分かり切った事を、とでも言いたげに言うフィレーネの隣で、クレアの鋭い視線がリュークに向けられた。

『チッ、余計な事を・・・これ以上何か言われるのは・・・・』

クレアは、心の中で舌打ちしながらも、フィレーネに対しては、申し訳なさそうに

「申し訳ありませんお嬢様・・・・メイドの募集の条件が、最低十八歳という事でしたし、何時も実年齢より年上に見られているので・・・・どうしても仕事が欲しくて・・・・」

そんなクレアの、縋るような眼差しで見つめられ

「・・・・えっ・・・・という事は、十八歳より下って事?・・・・」

「十七歳です」

「えーーーー!」

クロスとフィレーネが、仲良く同時に声をあげ

「二人とも仲いいな、相性ばっちりじゃないか」

リュークが二人を茶化した。

「というか、今の、えーっていうのは、結構失礼な気がするぞ。 人の事をどうこう言う前に、自分の言動を見直すべきだな」

「うっ、うるさいわね・・・・いちいち細かい事に拘るなんて、器が小さい証拠よ!」

そんなフィレーネの言葉を無視するように

「そう心配するな、無いものはどうにもならんが、それが好きだという、変わり者もいる・・・・というか、結構さかがせば、小さい方がいいという者は、いるものだ」

傷口を広げるかの如く、追い打ちをかけられ

「わっ私だって、あと二年もあれば、このくらいにははなるわよ!」

余程気になったのか、必死の狼狽ぶりで、クレアの胸を指し、涙まじりに言うフィレーネだったが

「フィレーネくらいの肉付きになったら、クレアは更に大きくなってると思うが、それでもそのくらいになれるのかな?」

「成長期なんだから、そのくらい大きくなるのよ!」

「一般的な女性の成長期は・・・・だがまぁ、フィレーネくらいの年齢から、二年くらいで5~6ランク程大きくなった者がいたのは確かだが、それは希な例だしな・・・・」

『5~6・・・・大きくって、仮に元が・・・・』

リュークのその言葉に、一瞬動きを止めたフィレーナは、バスケットを抱えたままで、平静を装いながらも、眼を輝かせて

「へ~~っ、因みにその子って、あんたの知り合いなの?」

「知り合いというか、弟子だが?」

「えっ?、クロス以外に女性の弟子とかいたんだ・・・・その子に同情するわ・・・・」

後半の言葉は、聞き取れない程の小さな声だった為か、その言葉を聞いていないように、リュークの言葉がそれに答えた。

「クロス以外にも確かに弟子はいるが、今言った大きくなったというのは、クロスの事だぞ」

「・・・・・」

その言葉を聞いた途端、クロスが、勘弁してくれと言わんばかりに、顔に手を当て、フィレーネはクロスの方を見て

「クロス・・・・貴方ってもしかして・・・・ホ・・・」

「違います!」

言い掛けたフィレーネの言葉を、クロスの叫び声が、全否定した。

「大体僕の胸が・・・・っていうか、見たら分かるでしょう!」

「見た目だけで、人の細かな体型を把握するには慣れがいるからな、そんなゆったりした服を着ていたら、大きく育った胸は分からんだろう」

真面目な顔で、一見まともそうな?、しかしとんでもない発言をした師匠に、絞め殺してやりたい気分になってはいたが・・・

『我慢、我慢、我慢・・・・・どうせこれも修行の一貫だ、とか言うに決まってる』

《良く我慢しているな・・・と言いたいところだが、あからさまに顔に出ているぞ。 少しはクレアを見習ってみる事だ》

《目の前にいるのに、遠話使ってまでお説教しないで下さいよ。 というか、微妙に紛らわしい発言しないで下さい。 あれじゃ僕が・・・・・あれ?・・・・》

『あれっ?・・・・彼女が嫌いなはずの師匠の言う事を真っ正直に・・・・いや、寧ろ何で、僕が○○だとか思ったんだ・・・・』


魔術師達の遠距離用連絡手段として使用されている、遠話と言われる魔法は、直接口に出して話す事無く、頭の中で考えた、伝えたい事のみを、相手に伝える事ができる。

会話と同じ感覚で、情報の伝達が可能なこの魔法は、魔術師ならば誰でも使用できる、低位の魔法であり、術者の力量差に関係なく、受信などの可否もできる、携帯電話のような魔法である。


《師匠・・・また言霊使いましたね・・・》

《その通りだが、使ったのは、彼女が素直に思った事を吐き出すように、だ・・・つまり、今の言動は彼女の性格や本心そのままという事だ》

《それって口で言っているより、師匠の事を信用してるって事ですか?》

《というより、藁をも掴む、といったところか? どちらにしても、下世話なネタや腐りきった話にも興味があるようだな》

《勘弁して下さいよ、変態扱いされる身にもなって下さい》

《ある意味間違ってはいない訳だから、今のうちに言われ慣れておくのもいいかもしれんぞ》

《・・・・殴っていいですか?》

《彼女に八つ当たりしても、なにもならんぞ?》

『あんたを殴るに決まってるだろうが!』

頬をひきつらせながら、心の中で叫ぶクロスが、フィレーネに視線を移すと、何故か興味津々といった感じで、自分とリュークを見比べていて・・・・ボソッと独り言のように

「どっちが受けかしら・・・」

などといった事を呟き、それを聞いたリュークが

「クロスには仲の良い男友達がいてな・・・・」

リュークは矛先を自分以外のものに向け

クロスには更なる追い打ちをかけられ・・・・・

フィレーネの眼は輝きを増し

リュークは丸投げして我関せず

クレアはお茶を飲み

クロスは頭を抱えた。


そんな午後のお茶の時間が、お菓子とお茶の消耗に比例して、終わりを告げる頃、そこには、元気なフィレーネ、変わらないリューク、無表情なクレア、疲れ果てたクロスの姿があった。

「さて、依頼主のストレス発散が終わったところで、後継者の集まる予定についてだが・・・・」

リュークが当たり前のようにその話を切り出すと、フィレーネは、最初にお菓子を貪っていた時のように、一瞬不機嫌になったが、直ぐに冷静な表情に戻り

「話はつけてきたわよ。 思い出しただけで、腸が煮えくり返るけどね」

「お菓子で腹を満たすのも良いが、発散するには声に出して言いたいことを言う方が効果的だぞ」

「・・・・あんた、もしかして今までの・・・・」

迂闊にも、リュークに感心してしまいそうになった自分を、無理矢理内心で叱咤否定した。

無意識に視線を逸らした事が、更に恥ずかしく思えて、それが彼女の頬を赤く染めていた。

『その為に僕は変態扱いされて・・・・なんだか納得できないよ・・・・・』

しかし、ある意味彼女以上に恥ずかしく、そして疲れ果てた思いをしたクロスは、フィレーネのストレス解消の捌け口にされ、しかも師匠の誘導で・・・・そう思うと、更に全身が重くなっていくのを感じていた。



「まさか生きていたとはな・・・」

宝石を散りばめた純金製の装飾品で全身を着飾った三十台後半の男が、スーツに蝶ネクタイを付けた執事と二人、暖炉の炎だけが明かりの薄暗い部屋で話しをしていた。

男の名はグリフ・シレイネス子爵。

シレイネス公爵であったフィフスの次男であり、前公爵であるグリットの弟である。

「あの領地が俺の物にならないのでは、破産するしかないではないか」

脂ぎった脂肪太りの体を揺らし、腰掛けた椅子の肘掛けを叩きながら言う彼に、相槌を打つように

「はい、確かに大変困った事になりますな」

『実際に困るのは貴様だけだが、こちらも大事な臨時収入が減るのは・・・・しかし、この辺が潮時かもしれんな、取れる物だけでも絞りとって、引き払うのが得策かもしれんな・・・・』

そんな執事の思惑など、気づくはずもなく、彼はその分厚い面の皮に皺を寄せながら、どうしたものかと思案していた。



「叔父のフィフスにも困ったものだったが、フィレーネもまた余計な事を・・・・そうは思わないかね」

整った口髭をなでながら、三十台中頃の年齢と思われるその男は、同年代と思われるその男に問うた。

問われた男は、痩せた口髭の男と異なり、大柄で肩幅も広い見事な体躯だった。

「後見人が生きていたなど、迷惑極まりない話なのは事実であるが、グリフやリンナがどうするかの方が気になるだろ」

丸太のような腕を組んでいたその男は、野太い声をだして、不機嫌な顔で答えた。

口髭の男は、フィリッツファ・シドネス男爵、大柄な体躯の男は、ガイト・エンゼルト準男爵。

何れも、フィフスの弟と妹の息子であった。

『あの二人を排除したら、次は此奴が邪魔になるが、それまではまだ此奴を利用せんとな。 グリフはともかく、リンナをなんとかするまでは・・・・・』

二人とも、内心まったく同じ事を思い、どうやってお互いを利用するかを思案しているのだった。



リンナ・シレイネス男爵婦人は迷っていた。

彼女はグリフの妹で、現在未亡人である彼女には、一人息子がおり、ゆくゆくは1人息子にあとを継がせるつもりでいた。

しかし、このまま侯爵領を獲得できなければ、亡き夫の残した莫大な借金で、破産は確実。

「タリス、貴方はどう思いますか?」

彼女の座っているソファーの側に、まるで空気ととけ込むように佇んでいたその男は、自分の名前を呼ばれると、閉じていた眼を開き

「失礼ながら、本音を申しますと、彼の魔操師が生きていたと言うのは、疑わしいかと。 

しかし、万一それが真実であるならば、男爵夫人が侯爵領を継がれる為の打つ手がないのが現実。 ならばここは、フィレーネ様に協力して、その見返りとして、跡を継がれた際に資金援助などの助力を要請する事が得策でしょう。 勿論、後見人の彼の者がいないという事であれば、必要に応じて相応の手段を取る事が望ましいかもしれませんが・・・・」

「グリフ・・・兄は何もせずとも自滅するだけであろうが、他の二人は何やら協定を結んだという事であったな」

「はい、しかし、所詮上辺だけのもので、しかもまともな策略を巡らる事ができる者達とも思えません。 旨く王室の監査をやり過ごせるならば・・・・」

魔術師らしい、ローブとフードに身を包んだその男の表情を伺い知る事は困難だったが、淡々と語るその物腰は、目の前の女主人に使える執事のようでもあった。

「問題はその魔操師が、本当に生きていた場合か・・・・」

「それと先に報告しました、例の件ですが・・・」

それを聞いた彼女は、艶のある、赤く真っ直ぐに伸びてた左の前髪をかきあげて

「不知火だったか?」

前髪で隠れていた、彼女の顔半分には、奇妙な形の入れ墨があったが、タリスと呼ばれた男はその顔を見ても、顔色一つ変えず、問いに答えるように

「偵察に出した悪魔からの情報で、問題なのは店ではなく、そこに関わっている魔術師です。 鉄壁の魔操師、この神陸でも屈指の魔術師にして、この地の教会ですら、おいそれと手を出せない程の存在です」

「御前でも持て余すという事か?」

「私など問題になりません。 彼を敵にする愚行は避ける事が賢明でしょう。 今回偵察に出した悪魔が帰還できたのは、奇跡といえます。 教会の闘士が、邪魔に入ってくれたのが幸いしました。 所詮使い捨ての駒ですので、帰還できなくても情報事態は入ったのですが・・・・」

僅かな時間、沈黙があり

「先に手は打っておいた方がよいという事だな・・・」

「はい、ここはフィレーネ様と協力した方が得策かと・・・・」

「交渉は、タリスに任せた方がよさそうだな・・・・どちらにしても、実質あの小娘ではなく、その魔操師との話会いになるのだろう。 ならば同じ魔術師同士の方がよかろう」

「確かに・・・・御命令とあれば・・・・」

そう言って、タリスは婦人に向かって軽く会釈するのだった。



都市の中でも港から離れた位置で、裕福な者達が住む邸宅が集まる一角に、その城のような豪邸は存在していた。

敷地の広さも他の邸宅を遙かに越えていたが、敷地を囲む高く重厚な壁とその周りの堀が、堅牢な城塞を思わせていた。

屋敷の主は、商業都市レイブァンに本拠地を置く豪商の一人、グレイ・ファムステン。

死の商人とも言われる彼は、奴隷・希少動物・薬品、武具や船の売買、それを使う傭兵や水夫の斡旋など、金になるものは何でも扱っていた。

非合法なものも扱っているという噂もあったが、確固たる証拠もなく、都市内でも高額な納税と有力な教会に多額の寄付もしており、法の手の届かない者の一人であった。

その城塞のような屋敷の地下、知らない者が入れば出ることが困難な、まるで迷宮のような場所。

そんな地下迷宮の奥深く、魔法の研究施設を思わせる広い空間の一室。

魔法の光で照らされたその部屋に、生死すら不明の人間や猛獣が、まるごと一体ずつ入った、透明でガラスのような容器が並び、その容器の前に、魔術師らしき数人の人影があった。

そして、そこを見渡せるように一段高くなった場所に、二人の男がいた。

「何時見ても気持ちの良いものではないな・・・商品として高額で売れるのは確かだが・・・・例の実験の方は進んでいるのか?」

小太りで身長は160cm弱と、背の低い五十がらみの男が、隣の男に世間話をするように問いかけた。

話しかけられた男は、灰色のローブとフードを被り、自分の身長よりも少し長い、180cm程の杖を右手に持っていた。

「無論進めていますよ。 悪魔との融合体が完成すれば、より価値は上がりますから、更に高値での売買が可能となりましょう。生憎お見せできる段階ではありませんし、見てもこれ以上に気分を害されるでしょう」

「それもそうだがな、呉々も教会の連中には気ずかれるなよ。多額の寄付を受け取っている手前、そうそう口だししはしてこないだろうが、事が事だけに、発覚すると連中も動かぬ訳にはいかんからな」

小太りな男は、皺のある鋭い眼の片方をつり上げ、隣のローブの男を値踏みするかのように言った。

「それは細心の注意を・・・・」

しかし、ローブの男のその声は遮られ

「外の研究施設の一つが、潰されたというではないか・・・」

『チッ、相変わらずにそういう情報には聡いな。 問題なのは施設を潰された事より、秘蔵していた神具が奪われた事なのだがな・・・・』

施設の様子を見ていた視線を、小太りな男向け

「それについては調査済みです。 施設を襲ったのは、組織には属さない魔術師です。当然教会などとは無関係ですし、万一教会がその魔術師を捕縛しても、証拠となるものがでてくるはずもなく、ましてや証人にもならない訳ですから・・・・」

特に問題もないと言うように、淡々と話すローブの男だったが、再びその言葉は遮られ

「そういう事ではないのだよ。 各教会からの情報でも、今のところ、それに関しては動きはないのだが・・・・何時も近くにいる悪魔は今も側にいるのかね?」

その途端、今まで微動だにしなかったローブの男の、フードで隠れていた目元が微かに動いた。

身長差の為に、下からのぞき込む形となっていた、小太りの男は、その僅かな動きを見逃さなかった。

「それとも、どこかに出かけているのかね?」

愛想のよい声で訪ねていたが、しかし、その視線は鋭く、刺すようであった。

「・・・・・・」

「どうした?、答えられない理由でもあるのか?」

「・・・・・・」

「只今戻りましたが、私をお探しで?」

小太りな男が声のした場所に視線を移したが、そこには何も見えなかった。

しかし、瞬きをしたその一瞬の後、そこには、人の姿形はしているが、黒い肌と頭髪のない頭部に二本のねじ曲がった角、顔は赤い瞳に鋭い犬歯、手と足の指には尖った爪が延び、顔以外の全身各所に、小さな目玉が付いていて、瞬きしながらも、キョロキョロと忙しなく動いている、リュークに捕縛されたはずの悪魔と同じ姿をした者がそこにいた。

「儂には悪魔の区別などつかないからな、此奴が今までの奴と同じかどうかは分からんが、何故離れていたのかね? 何時も君の側にいると思っていたのだが?」

ポッチャリした顔と雰囲気が、温厚さを醸し出してはいたが、先ほどの刺すような視線と同じく、疑惑の眼差しが向けられていた。

「外の研究施設を潰した魔術師について、調査をさせておりました」

「なるほど、有力な魔術師ギルドの本部や支部はもちろん、主神や他の神々の教会も数多存在し、外からの魔物の進入に対して、多重の防御結界が張られているこの都市に、調査の為に悪魔を外に放ったと、君はそう言うのかね?」

『ネチネチとした言い回しは相変わらずだな。 金さえ出していれば良いものを・・・・・悪魔不足なこの状況で、同じタイプの悪魔を遠話で呼んだというのに、無駄に余計な事ばかり言ってくれる』

「御心配には及びません。発見されるような事は、まずありませんし、発見されても捕まるような連中ではありません。更に、万一捕縛されても、無理に何かを聞きだそうとすれば、自滅するように仕込んでいますので・・・」

「ブレイズ・・・・」

ローブの男の名前を呼んで、彼から施設の方に視線を移すと

「君以外でもな、ここを維持できる魔術師ならば誰でもよいのだよ。それは忘れないで置くことだ」

「それはもちろんです、グレイ・ファムステン様」

言って頭を下げながらも、ブレインと呼ばれた男は

『爺が・・・それはこちらも同じ事だ・・・・』


そんなお互いを利用し合う二人を、離れた場所から人知れず見ている者がいた。

『相変わらず人間とは面白いものだな・・・・此方としては、ブレイズの計画が完遂すれば更に都合が良いが、必要な対価は得ているし、どちらに転んでも俺にとっては見物よな』

闇の中で姿の見えないそれは、面白そうに笑っているようであった。



「緊急で呼び出してまでの依頼とは何だ?」

レーベン魔術師ギルド本部、ギルドマスター執務室のソファーに腰掛けながら言ったリュークの言葉に、済まなさそうな顔で、しかし、書類に判を押す手は止めずに、ギルドマスターであるイース・デニムントは

「例の捕縛した悪魔の件なのだが・・・・教会の方が渋っていてね」

「渋っているはギルド以外の血盟の総意か?」


本来異なる神を崇める教会同士は、通常互いに協力などはしない。

だが利害が一致している場合など、一部の条件下に限り、血盟と呼ばれる合同組織での協力体制が成り立つ。

都市などの人が多く集まる場所では、血盟用の合同教会施設もある。

主神の中でも特に別格とされている、5柱神と言われる神々の中で、裁きや法を司るディーシュを中核として組織され、各教会の意向を尊重するというのが建て前となっている。

レイブァンの魔術師ギルドは、主神と言われる全世界で知られるメジャーな神々の各教会を凌駕する規模で、過去の大戦などでも、ギルドやその魔術師の功績もあり、それらは本来反目する教会でも無視できないのが実状であった。

その為、魔術師ギルドの資金援助によって作られたという事もあり、血盟専用の合同教会施設には他ではあり得ないほど異例な事に、魔術師ギルドもその末席に加わっていた。


「5柱神などの一部の神を除けば殆どの教会になるね。 困ったものだよ。君の魔法で悪魔の強制自滅を無力化して、情報を得た事を疑っている・・・・というより、何か適当な口実を無理矢理つけて、こちらに処理させようというつもりなのだろうね」

「お得意さまが減るのは、各教会にとっても不利益になるって事か・・・・これだから金勘定しかできないお役所枢機卿共は、自ら信仰する神の教えですら利益のためには勝手に曲解するからな」

ヤレヤレといった感じで、教会に対して文句を言いはしたが、一端間を置き、両手の指を組みながら

「序でもあるし、此方で処理してもいいが・・・・場合によっては各教会にも協力させる事になるし、その場合も含めて教会には文句を言わせないという条件ならばだが・・・・・」

「努力はするけどね、この都市にある教会の数を知っているだろ? 血盟の合同教会に殆ど集まっているとはいえ、数百からの教会との調整なんて、考えただけで頭が痛いよ・・・・・」

変わってくれと言わんばかりに、疲れた顔をリュークに向けたイースだったが、相変わらず書類に判を押す手は止まらなかった。

「御前の事だ、この話を俺にしている時点で、事実上の調整は済んでるのだろ?」

「通達はしたよ。余程の事がない限り、殆どが連絡待ちや書類の確認で済むとは思うけど・・・・」

大きな木製の執務机の上に、山と積まれた書類へと視線を移し

「まだこれでも七割以上連絡が来ていない状態でね・・・・手伝って欲しいとこなんだけどね・・・・・」

「・・・・頑張れ」

「それって、何も考えてない無責任な言葉だから、君は嫌いだって言ってた気がするんだけど?」

「他人事だし、俺には関係ないからな・・・・」

「真面目な顔で、悲しい事を言わないで欲しいな・・・・・要するに手伝う気はないんだね」

疲れた顔で、食い入るような視線を向けているイース。

「それがギルドマスターというものだ」

そう言って、イースのそんな姿を気にした様子もなく、リュークは先程の件に関する依頼を確認した。


暫くして依頼の確認が終わると、イースがリュークに向かって

「実は君に会わせたい人物がいてね。先方からの要望で話がしたいと言っている」

「相手によるな、麗しの姫君とかなら合ってもいいぞ」

そんなリュークの冗談を軽くスルーしたイース。

「実は既に待たせてあるんだ。来て貰ってもいいかな? 君も知っているはずの人物だよ」

冗談を軽く流されたからか、勝手に話を進められたからなのか、少し溜息をだしたリュークは、その溜息を続けて出しながら

「お前の事だ、どうせ内容自体の交渉とかは終わっていて、後は俺が首を縦に振れば良いとかなのだろう?」

「間違ってはいないが、正解でもないね。まぁ一度会って話してみてくれ」

「仕方がないな、聞くだけは聞こうか・・・・・」

そして、リュークは再び大きな溜息をつくのだった。



「またか・・・・」

溜め息混じりの声が零れる。

魔術師ギルドから不知火に立ち寄ったリュークは、またしても、飲食店のような気軽な感覚で、のんびりと午後のお茶の時間を過ごしている二人がいる事に・・・・

『・・・・いや、まぁ丁度というか、呼ぶ手間が省けていいかもしれんが・・・・』

「クロス、何故またそのお茶を出したのか聞いておこうか?」

「彼女の要望で・・・」

と言って、フィレーネの方を指さしてから

「客商売なのだからサービスしなさいよとか、あれこれと・・・・ゴニョゴニョ・・・・」

途中からまともに聞き取れない、か細く小さな声になったうえに、眼も逸した。

『口で言い負かされたのか、困った奴だ』

弟子の不甲斐なさに溜め息を漏らしながらも

「・・・・ここの給料から引いとくからな」

「えっ、僕のですか?」

「当然だろう」

「そんなっ・・・ってこのお茶って幾らくらいするんです?」

「お茶だけじゃなくて、お菓子とかも含めてだが・・・・基本非売品だしな。 お茶だけなら金貨十枚くらいってとこか」

「以外に良心的ね。 もっとふっかけるのかと思ってたわ」

「何いってるんですか、僕の一月の給料が殆どなくなっちゃうじゃないですか!」

フィレーネは他人事のように、悲痛な表情で叫ぶクロスを無視して

「ここ数日でかなり飲んでるけど、あのフィルギア王室専用のお茶が、今まで飲んだ分で金貨十枚なら安いわよ」

「何言ってるんだ? 誰が今まで飲んだ全ての料金だと言った? カップ一杯分で金貨十枚といっているんだ」

「えっ・・・・・今なんて、言いました・・・・というか、今まで消費した量なんて覚えて・・・・」

「残ってる量から逆算できるから心配するな。 正確にだせるぞ」

『いっ今までの全てって、何十杯・・・・僕の給料何年分・・・・・』

頭が真っ白になって、冷静な判断ができずにいるクロスは、更に顔まで真っ青になりながら、足下までふらつき始めていた。

クロスを哀れみの眼でみながらも、フィレーネはリュークに向かい

「あんた本当に弟子虐めの嫌な師匠ね。 大体店で出したわけでもないんだし、お茶の葉を仕入れた原価で良いじゃない。 流石にその値段は高すぎるわよ」

「良心的な価格だね。 文句があるのなら君が払ったらどうかな? 本来君の分が殆どなのだから、君が払うのが筋というものだろう」

「せこい奴ね、でもいいわ、そのくらい払ってあげるわよ」

『なんかいろいろ言ってやりたいところだけど、言ってもどうせ反撃されて・・・・それに今の後継者問題が一息つくまでは、此奴の力借りないといけないし・・・・覚えてなさいよ、終わったらどうするか・・・・』

顔の半分をひきつらせながら、渋々大人しく言うフィレーネ。

「器用な奴だな。 顔半分がひきつってるぞ。 本音はいろいろ言いたいが、仕方なく払ってやるってところが見え見えだな」

腕を組んでそっぽを向きながら

「それで何か問題あるの?」

開き直ったように堂々と言い放つフィレーネ。

「あるな。 俺がおまえ達を虐める機会が減るじゃないか」

そのリュークの言葉に反応して、顔が高揚して真っ赤になりながら、何かを言おうと

「こっここここここっ・・・・・」

フィレーネが喉まで出掛かった言葉を詰まらせていると

コッケコッコーー! 

そんな鶏の鳴き声が室内に響き渡った。

店内に鶏などいるはずもなく、明らかに魔法などによる疑似音声であり、それは当然誰がやったかは一目瞭然で・・・・しかもそれに呼応するように

「コケコッコー? 鶏の真似か?」

一見すると眉間に皺を寄せて真剣に見えるリュークの表情が、その言葉と共にフィネーネの残っていた理性を吹っ飛ばした。


気がつくと周りはハリケーンに襲われたような惨憺たるありさまで、息を荒らげたフィレーネの周りには、そこに在ったはずのソファーやテーブルまでもが消えていた。

そこに在ったはずの家具や調度品は、リュークの周りや後方に存在する残骸と成り果てていた。

そのとばっちりを喰らったクロスは床に倒れて伸びており、クレアはいつの間にか部屋の脇に待避して難を逃れていた。

「・・・・・・成る程・・・・・そういう事か・・・・」

リュークが意味有りげに、視線をクレアに向けながら呟く。

「・・・・・・・」

無表情で何も考えていないように見えるその視線は、フィレーネとリュークの二人を見据えて離れなかった。

『気づかれたか・・・・止めていた方が良かったか・・・・・・・鉄壁の魔操師、やはり厄介な奴だな』

そんな彼女の視線や考えも、気にした素振りもなく

「酷い有様だな、当然これも弁償してくれるのだろうな?」

「この・・・・店は・・・・ゼェーハァ・・・貴方の物じゃ・・・ハァハァ・・・・ないのだから・・・関係・・・ないでしょ・・・・」

リュークを睨みつけながら、息を切らて途切れ途切れに言うその姿も、周りの家具や調度品同様に、羽織っていたマントは既にボロボロの布切れとなり、髪や着衣はシワクチャに乱れていた。

「調度品はともかく、テーブルやソファーは俺が買ってここに置かなければ無かったものだ。 因みに価格は・・・・」

「ふっざけるなーーーー!」

リュークに対して怒りをぶつけるように叫んだフィレーネだったが、興奮しすぎか疲労の為か、そのままふらついて倒れかけた。

その倒れかけたフィレーネに、寄り添うように抱き留めた人影があった。

「いろいろ酷い有様じゃないか。 気絶程度で済んだから良いけど、いい加減こういうのは勘弁してほしいところだね」

シーンがそんな文句を言いながら片手で空中をなぞると、楕円形の白い台が現れ、その上にゆっくりとフィレーネを横たえた。

「まったく、私が抱き留めなかっ・・・・・」

「その場合は俺が抱き留めてたが、そうなるとそれはそれで、俺に対する好感度に影響するだろう?」

シーンの言葉が言い終わる前に冗談のように言いながら、クロスの方に眼をやり、溜息をつく。

「何の誰に対するかはともかく・・・惚れ直しましたよ、とでも言えばいいのかね?」

溜息混じり発言中も、フィレーネの着衣に軽く触れてゆき、その触れた部分が皺一つ無い新品のようになっていった。 

そしてそのボロボロになったマントを手に取り、軽く上下に振ると、元のマントの形になり、それをフィレーネの上に掛けてやった。

「それよりクロスはそのままでいいのかい?」

「気絶しているだけだし問題はない。 寧ろこの程度で気絶する事の方がな・・・・何時目を覚ますかで今後の修行の方針にも影響するな・・・・」

「意地の悪い師匠を持つと弟子は苦労するね」

「出来の悪い弟子を持つと師匠が苦労するの間違いだろう?」

「困ったものだね」

「困ったものだ」

「・・・・・」

『何だ?・・・・微妙に何か・・・・この感覚はなんだ?』

その会話からか、それともそれ以外の何かからなのか、そもそもそれが何なのかすら分からないが、何かを感じたクレアは・・・



ほんの僅かな、時間を遡ると・・・・・


「ふっざけるなーーーー!」

『今すぐ殴り倒して土下座させてや・・・・アレッ?・・・・あの馬鹿が傾いて・・・・アレッ・・・・何か目の前が暗く・・・・』

その倒れかけたフィレーネに、寄り添うようにシーンが抱き留めていた。

「いろいろ酷い有様じゃないか。 気絶程度で済んだから良いけど、いい加減こういうのは勘弁してほしいところだね」

シーンがそんな文句を言いながら片手で空中をなぞると、楕円形の白い台が現れ、その上にゆっくりとフィレーネを横たえた。

「まったく、私が抱き留めなかっ・・・・・」

《それなりに事情があってね・・・・》

《・・・・わざわざ神話を使ってまでここで話す事なのかい?》


遠話の最上位版ともいえる神話は、少なくとも通常の意思伝達速度の数百から数千倍とも言われ、言葉だけではなくイメージしたものを映像として伝達する事も可能であり、それは当然普通の人間には理解も処理も不可能な領域で、正にその名が示す通り、神々の会話と言える最高位の意志伝達魔法である。

神話の長所はその超高速の意思伝達速度であるが、その為伝える相手が目の前に居ても、普通の人間等ではその表情等の変化は追いつかない為に、それらから分かる雰囲気などを読みとる事ができない事が短所でもあった。


《帰って来て早々にこんな状態になっているわけだけど、シーンが来るまでにここをこんなにしたのはフィレーネだけの力でね・・・》

《この子だけでこんなに?・・・・まさか神動魔法の・・・・》

《そういう事だ。 念動力と転移能力だな。 おそらく他の複数能力所持者同様に、それぞれの力の潜在力は単一能力所持者には及ばないだろうが、複数の能力所持者事態希だからな》

《それを言ったら先天的に神動魔法を使える者事態、極めて希だろう。 けどそれを、ここで態と引き出させたのは何故だい?》

《クレアはあの祖父さんが亡くなる前に、祖父さんに雇われていたと言うじゃないか。 実際に働きに来たのは亡くなってからだし、あの祖父さんの事だから特に問題は無いとは思うが・・・・》

《彼女自身が普通のメイドでないのは分かってるけどね、フィフスが雇っていたのなら問題はないんじゃないのかい?》

《目的によるさ・・・・クレアはフィレーネが神動魔法を使えるという事実を知っていたようでね。 彼女の警護も兼ねて、人前で力を使わせないようにというのなら問題はないが、他の思わくもあるようなら話は違ってくるだろ》

《相変わらず心配性だね・・・・まぁそれがあんたのいい・・・・悪いところだけどね》

一瞬言い掛けた言葉を訂正はしたが、その言い掛けた言葉から言わんとする事は分かった為か

《良いのか悪いのかどっちなのかな?》

少々意地の悪い言葉だった。

《・・・・意地が悪い奴は、ペガサスに蹴られて飛んでいっちまいな》

その言葉は翼を持つ白馬であるペガサスに蹴られて、宙を舞って飛んでいく程の、馬に蹴られるよりも遙かに痛手を被る事を意味していた。

《生憎じゃじゃ馬慣らしは慣れててね、蹴られても避ければ良いだけさ》

《だったら龍に踏み・・・・・いや、止めておくよ・・・実際龍に踏まれたぐらいじゃ何ともない奴だしね・・・・》

《それはともかく、クレアがフィレーネの行動を止めなかったのは事実だ》

《止められなかったではなく、知ってて止めなかったんだね?》

《そういう事だ》

《フィフスが何か仕掛けている可能性は?》

《それは否定できないが、その場合でもフィレーナに直接害のある事はあり得ないだろう。 問題なのはクレアの方だという事だ》

《何か他にもあるって事だね》

《そういう事だ》

《まぁいいさ、それについては終わってからでもゆっくり聞かせて貰うとしようかね。 取り敢えず、話を適当に併せておくよ》

《そうしてくれると助かるよ・・・》

そうして瞬く時間の会話は終わった。


「その場合は俺が抱き留めてたが、そうなるとそれはそれで、俺に対する好感度に影響するだろう?」

シーンの言葉が言い終わる前に冗談のように言いながら、クロスの方に眼をやり、溜息をつく。

「何の誰に対するかはともかく・・・惚れ直しましたよ、とでも言えばいいのかね?」

溜息混じり発言中も、フィレーネの着衣に軽く触れてゆくと、その触れた部分が皺一つ無い新品のようになっていった。 

そしてそのボロボロになったマントを手に取り、軽く上下に振ると、元のマントの形に戻る。

それをフィレーネの上に掛けてやりながら

「それよりクロスはそのままでいいのかい?」

「気絶しているだけだし問題はない。 寧ろこの程度で気絶する事の方がな・・・・何時目を覚ますかで今後の修行の方針にも影響するな・・・・」

「意地の悪い師匠を持つと弟子は苦労するね」

「出来の悪い弟子を持つと師匠が苦労するの間違いだろう?」

「困ったものだね」

「困ったものだ」

「・・・・・」

『何だ?・・・・微妙に何か・・・・この感覚はなんだ?』

『何か妙だな・・・・ここは当初の依頼だけに専念すべきか?』

「ところでクレア、都合の良いことに君の口喧しい御主人様が眠ってくれたので、君に是非頼みたい事が・・・・」

「お断りします・・・・雇い主の許可が取れない状況で、それ以外の方からの仕事は受ける事は出来ません」

即答した上に筋の通った事を言われ、溜息をつきながらも

「ふられたか」

ナンパが失敗したかのように軽いノリで言う。

だが後に続く言葉とその顔は、引き締まったものだった。

「しかし、その御主人様の未来の領地に関する、かなり大きな問題なのだがね。 話だけでも聞いてから返答してくれないかな?」

『態とフィレーネの能力を引き出した上に、こちらの動向まで探りを入れてきたか・・・・やはり力を使う前に止めるべきだったか・・・・』

チラリとフィレーネの様子を見ながら、数瞬の間思案したが・・・

「・・・・聞くだけならば・・・・」

『取り敢えず、時間稼ぎか・・・その間に目を覚ませてくれればまだなんとか・・・・』

しかし、結局話が終わってもフィレーネは目わ覚まさず、

クレアは渋々ながら、リュークと共に行うその仕事を引き受けた。



仕事の内容は・・・・一人だけなら、何時ものように一人で行う仕事だったのなら問題はなかった。

しかし今回は同行者がいる。

いや、寧ろ私の方が同行者か・・・

しかも自分よりも優れた魔法の使い手、本来なら自分などは必要ないはずの仕事・・・・

それはこの都市でも有数の豪商、表向きは合法なものなら手広く取り扱っているが、非合法な物も多く扱っており、その中でも極めて危険とされている事を行っている。

悪魔と他の生物、特に人間との合成生物の作成とその実験、そしてその販売。

人間を素材とした人体実験は、少なくともこのカリス王国内では重罪となる行為であり、増して悪魔との合成となれば立場や理由はどうあれ、事実が発覚すれば極刑は免れないだろう。

既に目の前に目的の屋敷が見えているのだが、ここに来るまで考えても彼の目的が分からなかった。

目の前の屋敷を見ると、敷地を囲む高く重厚な壁とその周りの堀、堅牢な城塞を思わせる広大な屋敷だ。

屋敷の主はグレイ・ファムステン。

成り上がりの豪商だが、油断のならない奴だと聞いている。


『さて、此奴はどうやってこの城塞の内部に入り、その証拠とやらを掴むのか? お手並み拝見というところか・・・・』

重厚な壁の上端で燃えさかる、侵入者除けの炎に顔を向けたままで、目を横にいる男に向けたクレアは、その考えを探るかのように

「これからどうするのですか? 何か策はあるのですよね?」

そのクレアの言葉に、一見微笑みながら

「正面突破有るのみ・・・・と言いたいところだが・・・・面倒だが見つからないように忍び込む」

『正面突破などと・・・・確かにその方が楽ではあるが、流石にこれだけの屋敷となると手間がかかるしな・・・・』

冗談とも本気とも分からない、まともに考えれば無謀と言える正面突破という言葉に、内心力押しの方が楽だと感じながらも、彼女は冷静に問い掛けた。

「壁の周辺には結界も張られているようですが?」

「壁に付与されている魔法は、一見壁の強化用と見せかけているが、実は警報用の魔法だな。壁事態もかなり頑丈な作りに加えて魔法で強化されているとなると、強行突破で破壊する場合も密かに穴を開けて通るにしても、相応の魔法を使う事になる。そういった強力な魔法に反応して警報が鳴る仕掛けだ」

「魔法で壁に何かする場合は、態と一定レベル以上の魔法を使わせやすくしていると?」

「ちょっと魔法で探知したくらいでは強化魔法と誤認するように構成されている。魔法探知を使えば魔法が付与されているのは一目瞭然だが、更にどんな魔法か探査可能な力量の魔術師の多くは、自分の探知魔法が誤魔化されているとは思わないものでね。逆にそれが出来ない者は、この強固な壁事態に何かできる可能性は低い。しかもこれだけの広い敷地全てを城壁のような壁で囲んでいるのでは、簡単な魔法を付与するだけでも相当な手間と費用がかかる」

「半端な強化魔法を使うよりは、効果的で手間や費用も安上がりという事ですか・・・・確かに壁が破壊される前提でも、高度な魔法を付与する手間や費用に比べれば安くはなるのでしょうが・・・・」

「強力な強化魔法を使うよりは費用も手間も省けるのというのもあるが、問題は寧ろその前にある堀の方だな。堀を満たしている水は抗魔鋼を溶かし込んだ溶液、正確には堀を満たしている水の表面部分だけだろうがな。水より軽くて水とは混ざらない油のような液体に溶かし込んで、濃度を変えずに常に堀の表面に有って、魔法を微妙に阻害している」

「魔法遮断効果のある抗魔鋼ですが、そんな溶液などと混ぜたりしたら、その効果は薄れて意味はなくなるのではありませんか?」

「物理攻撃魔法などに対しては殆ど意味は無くなるが、簡単な探知系の魔法に対しては十分効果がある。しかもここの溶液は抗魔鋼との相性が良いように調整されたもので、配合率も最も良い比率で混ぜられている。つまり魔法が阻害されている事にも気が付かず、魔法探知にも引っかからないという便利な仕掛けだ」

「では堀の底に、魔法の仕掛けがあると?」

「そういう事。そして壁の上端には魔法の炎が常時あって、壁を越えた上空から入る者は、炎の光が当たる事によって知られる。何れも壁に付与された魔法と違い、微弱な魔法だけに警報などは鳴らないが、警備の魔術師には壁に細工した時と同様に何処から進入したか筒抜けになる。更に壁の内側からは、建物の高所に設置してある受信側に向けて、肉眼では見えない光を出している魔法装置がある。光事態は自然にある光で魔力は帯びていないが、この光を遮断されれば当然受信側に届かなくなるので、侵入者を知らせる仕掛けになっている」

リュークが堀や壁の一部を指しながら、説明しているその離れた所を凝視しながら

「壁の上の炎は侵入者避けというよりは、壁を超えてくる者を、更にその炎の光の届かない上空からの侵入者用には、消現魔法で人間の目には不可視の光を放出して、その光が通っているかでどうかで感知・・・・壁の警報魔法も、炎や光の照射を誤魔化す事も兼ねていますね。それと壁の上の炎が、一定間隔で大きなものになっています。おそらく転移魔法を阻害する、結界用のものと思われますが?」


消現魔法とは、魔力を帯びない状態、即ち何らかの形でその魔法の効果を自然現象などから、魔力を帯びない状態で具現化する魔法の事である。

当然純然たる魔力のみの現象や、自然現象などで発現させられない事は不可能であり、その他の場合でも現象をおこす発動時の一瞬は、最低限の魔力発動がある。

使用可能な魔法は大抵物理現象のみに限定されるが、幻覚魔法などでも物理現象としてなりたつもので、持続に魔力を必要としなものは使用可能。

利点としては魔力を帯びていない為に、その魔法が発現してからは、魔法のみに干渉する効果では影響を受けないという事である。


「大体そんなところだな。転移魔法に関しては、高位の転移魔法なら不可能ではないが、転移魔法用の結界は、よほど緻密に制御された上に、転移先の空間を知り尽くして、常時観察していない限り、どんな転移魔法であれ転移先のズレが発生する。高位の魔法程その誤差を補正できるが、僅かなズレでも転移先は勿論、空間を渡る途中にしわ寄せが来た場合は、異次元の彼方に飛ばされる事になる。そんなリスクを侵すのは御免だからな」

「随分ここの警備にお詳しいのですね。まさか先程からの心印による感知魔法で、その情報が分かったのですか?」

先程からの会話中に、心印による魔法の行使を特に気にした風もなく訪ねると

「さっきからの心印魔法は追加や変更などの仕掛けが施されていないかの確認だ。今説明した情報は、ここの魔術師ギルドからのもので、この仕掛けを作ったのもそのギルドという訳だ」

「成る程、ギルドの事実上のトップともなれば・・・・」

「それは違うぞ、あくまで頭はギルマスターだ。俺はは・・・・まぁ実質ナンバー2ってとこか」

「貴方程の魔操師が?」

訝しげに言うクレアの声と表情には、その言葉同様にまさかと問いかけていた。

「単なる魔術師としての実力と、人を束ねて管理する事は別だろう。そもそも現ギルドマスターも、魔操師の称号を冠する実力者だ」

「それは失礼しました」

無表情に言い放ち、その言葉が終わると同時に直ぐに次の、本題とも言える話に切り替えていた。

「それで、具体的にどうやって進入するのですか?」

「正面からも×、地上を真っ直ぐも×、上空からも×、となれば当然後は・・・・」

と言いながら、リュークは地面を指さした。

「それにこういう事をする奴は、大抵薄暗くてジメジメした地下室でと相場は決まっているしな」



薄暗い完全な闇では無いが、殆ど何も見えない空間に、突然ランプよりも眩い光が出現した。

松明のような棒の先端が輝いているが、棒を持つ人の手とその体は、石壁の中をすり抜けて出てきた。

そしてその直ぐ後に更に一人、同じように壁をすり抜けて出てきた。

光源は持っていなかったが、光の届いていない通路の先を見据えて

「予定通り誰もいない場所だな。 明かりは要らないだろう? 発見される危険もあるから消してくれないかな?」

「貴方と違って明かりがあった方が楽なのですが・・・・仕方ありませんね」

そう言って輝く棒の先端に軽く触れ、一言小さく呟くと、光は消えて周りは暗闇となった。

壁と床は硬質の石で出来ており、複雑な文字が至るところに刻まれていて、それらの文字から微かな光が漏れていた。

リュークは壁を、クレアは床に手を当てて、暫く眺めていた。

「壁ぬけ魔法の防止用と、壁が物理的に破壊された場合に、進入された事を知らせる魔法だな」

「此方は・・・・それとはかなり異なる様ですね」

床を調べていたクレアの声を聞き、リュークも床に手を当てながら、その複雑な文字に見入った。

「方式は壁の奴と同じで、これを見た魔術師なら、簡単に付与した魔法の内容が分かるタイプだな。その分付与する手間や費用が掛からない。ここみたいな広範囲に魔法を付与するの為の方法だが、床のこれは・・・・・・。

大掛かりな召還魔法用のもので、魔法強化の為と、一端詠唱が始まるれば、完全にその魔法が発動して効果を表すまでは止められない。正確には、既には呪文詠唱開始と同時に必要な対価を上乗せして先に支払う事で、発動までは本来の詠唱と同じ時間は掛かるが、実際は必要な事は全て終わっている状態ってところだが・・・・」

「壁の方は、一時的に壁に穴を開ける壁ぬけの魔法ではなく、物質透過で通ったので何の反応も示さなかった訳ですし、問題はないでしょうが、床の方はどうしますか?」

「相当詠唱に時間の掛かる魔法だったとしても、余分に支払う対価は基本の消費とは比較にならない程増大するし、事前に準備する触媒等も膨大なものになるので、普通は使わない方法なのだがな。もっとも、これを見る限り、強化とこの効果は別々に設定されているから、必要に合わせてこの効果も使えるって事だが・・・・」

「ならば、特に今は無視してもよいのでは?」

「確かに・・・・では行こうか」

そんな言葉の後、二人共無言で通路を歩いていった。


『一応暗闇にも目が馴染んできたか・・・・対物感知と対生物感知の魔法を使っているから、直接目が見えなくともなんとかなるが、感覚的にどうもな・・・・彼奴は更に他の探知系魔法も駆使しているのだろうから、殆ど関係なさそうだが・・・・』

そうして、目の前を歩いているリュークを見据えながら

「ところで、堀に使われていた抗魔鋼の溶液ですが、ここのギルドの研究成果なのでしょうか? 本来希少で入手困難な金属を、これだけ広範囲に使うとなると、やはりかなりの技術が必要ですが、当然魔力が付与された素材は使えませんから・・・・」

「魔法わ使う者としは、その研究に興味があるか?」

「当然でしょう? 純度の高い抗魔鋼を表面にメッキ処理するだけで、余程高位の魔法でもない限りはかなりの魔力を遮断される。 そんな物を応用した研究成果を、気にならない方がおかしい」

「あぁまぁ確かにそうだな。 しかしあれはどちらかと言うと他の研究の副産物でね、俺を含めて三人の魔術師で研究していた時の物をギルドに相応の対価と共に提供したってとこだ」

「流石ですね、是非その研究成果を御教授願いたい物です」

「それは自分の持っている魔法道具を効率良く隠蔽する為かい?」

「・・・・私の所持している魔法の道具等高がしれています」

「そんな事はないだろう? 高純度の抗魔鋼の糸から作った魔法遮断用の布を使ってまで隠蔽している物だ。 かなり高度な魔法が付与されている物としか思えないがね」

「・・・・・・」

「純度の高い抗魔鋼は魔法の遮断率も高いが、同時に探知魔法も通さないからな。 未熟な魔術師ならともかく、魔法制御に長けた魔術師ならば気が付く事だ。 だからより見破られにいくい可能性のある、この研究成果に興味があったのだろう?」

「・・・・・・」

「どうした? そろそろ中にいる魔術師達共遭遇するかもしれんし、仮面は付けてなくていいのか?」

歩みを止めて言いながら、後ろを振り返ったリュークの視線の先には、先程までクレアのいた場所に、マントを脱ぎ捨て、肩に革の垂れを付けた赤黒い革と布製の鎧を身に纏った人物が立っていた。

その人物は、表面に複雑な文字が赤く刻み込まれた黒い精緻な仮面を付けており、唯一仮面が覆われていない眼の部分からは、燃えさかる炎の様に赤い瞳が金色の輝きを放っていた。

「何時から気付いていた?」

仮面を付けている為か、それまでと異なり男性的な低い声で話すクレア。

「君が最初にフィレーネと共に不知火に来た時、正確には不知火の近くに来た当たりからかな・・・・」

「流石にそれはな・・・・・」

言い掛けたクレアだったが

『まさか前の戦闘時に何か付けられた?』

「あの時何か付けていたのか?・・・」

「さぁ、どうだろうね? それをわざわざ君に教える義理はないと思うが?」

「それで、どうするつもりなのだ?」

「どうするとは?」

「ふざけているのか? 御丁寧に仕事だなんだと言ってこんな所まで連れてきて、明らかに罠なのは明白だろう」

金色に輝く彼女の瞳は、更に美しく輝きを増した。

「確かにそう考えるのが自然か・・・・だが君が考えている様な罠を仕掛ける動機自体此方には無い。あの塔での事なら別に終わった事だ。寧ろここに誘ったのは、仕事の序でにフィレーネのいない所で確認したい事があったからだ」

「今更何を確認したいと言うのだ?」

「一つは君があの時の仮面の魔術師・・・・いや、炎の悪魔フレアナと呼んだ方が良いかな? その本人かどうかの確認。 二つ目は、フィフスにフィレーナのメイド兼護衛として雇われただけではなく、他の意図は無いのかという事だ」

「一つ目は既にクリアーというわけか、しかも此方の字まで御存知とはね」

「それはお互い様だろう。で、二つ目の質問の答えを聞きたいのだが?」

「あのお嬢様と同じ様に、読心術でも使って私の心を読んだらどうだ?」

彼女の仮面で隠れ、見えないはずの口元が、不敵な笑みを浮かべている様だった。

「どうせ対読心術用の魔具か何か、確実に無効化する方法があるのだろう? そんな無駄な事はしなくても、君が素直に話してくれたら問題はない」

「私をそんなに信用してくれているとは知らなかったよ」

「フェミニストでね、女性に対しては優しい方なのさ」

「フィレーネにあんな事をしておいて、よく言えるものだ」

「それもお互い様だと思うがね」

一瞬会話が止まり・・・・その静寂は、時も止まったかのような錯覚を起こさせていた。

『・・・迂闊だったな、ここに連れてこられる前に予想しておくべき事だった、まさかあの戦闘で何か付けられていたとは・・・・流石は鉄壁の魔操師といったところか。此奴との戦闘は極力避けるべきか・・・・今は戦う理由も無い上、まともに戦っても勝てる相手ではない・・・・』

暫しの沈黙の後・・・

「グリフ・シレイネス子爵。彼子飼いの奴隷商人から得た情報らしいが、フィレーネが何か奇妙な力を持っているらしいと知り、それをネタに買収したどこかの教会を使って、異端審問をやるつもりらしい。良い情報や証拠の提供に高額の報酬を出すという話だ」

「成る程、それでフィフスから依頼がてらに、場合によっては、その情報なんかを旨く利用できないものかと思っていた訳か・・・・」

「しかし貴様に気付かれては意味がないし、グリフ事態この後どうなるか分からないのでは、報酬自体がな・・・・ならば当初の予定通りに・・・・」

「フィレーネだけに付いていた方が得策という事だな。抑異端審問なんて持ち出す時点で、常軌を逸している。辺境や他の国家ならともかく、レーベンではここ百年程は殆ど行われていないはずだ。それを知らずにやろうとしている時点で、その子爵様がどうなるかは想像がつく」

フレアナの後を次ぐ様に話すリュークのその言葉には、その人物に対する侮蔑の感情も含まれているように見えた。

「大きな都市などでは良くある事だが、国家・各教会・魔術師ギルドなどの力のある組織がお互いに最低限の不文律を決めている。ここでは異端審問がその一つという訳だな。私も無駄にここの有力組織と敵対する気は無い」

「ならば問題はないな」

「嫌にあっさり納得するのだな? それではまるで嘘・・・・チッ!」

途中で何かに気が付いたフレアナだったが、それが思わず口から漏れてしまっていた。

「そういう事だ。何も思考を読みとる読心術だけが、相手の考えている事を知る方法ではない。呪文を唱えている時だけが、魔法を使っている時とは限らないだろ」

「虚正の魔法を既に付与して・・・・迂闊だったよ。確かに此方の答える内容が真実正しいか嘘か分かれば、相手が答えている限りは思考の推測は出来るからな」

「思ったより、結構うっかり屋さんだな・・・・・」

「・・・・・・」

「そういう訳で、本来の仕事に戻るとしようか」

「仕事?」

何をするのだと言わんばかりの、そのフレアナの言葉に、リュークは肩を竦める様にして

「忘れたのか? この屋敷の主人がやっている、危ない事の証拠を押さえる事だ」

『・・・・本当にやるつもりだったのか・・・・・』

正体を明らかにした時に、罠の為の嘘だと思っていたフレアナは、聞き取れない程の小さな溜息をついていた。



「どうだ? 貴様の探知魔法でいろいろ分かったのではないか? しかし何故毎回心印を多様する? 普通に呪文を唱えれば良いではないか。そもそも心印は通常の呪文行使に比べて、若干消耗が多くなる。不必要なところで無駄に消耗するなど、愚か者のする事だぞ」

暗い通路の途中に、背中合わせで周りを警戒する様にしながらも、矢継ぎ早に質問を浴びせるフレアナに、少々困った顔をして

「フィレーナと一緒の時と違って、随分とお喋りだな。と言うか、さっきから質問責めなのだが?」

「魔操師様と一緒に仕事ができる機会など、そうそう無いからな」

仮面を付けて普段より低い声で話している為か、元々感情に乏しいはずの声音が、嫌みを言っている様に聞こえていた。

「嫌みを言いたいのは此方の方なのだがな。抑年齢性別趣味から始まって、得意な魔法やどんな魔法が使えるかまで、事細かく聞かれて答えなかったからといって、嫌みを言われる筋合いはない。俺はお前とお見合いをしている訳ではないのだからな」

「お見合いではなく、背見合い・・・・いや、見えていないから背合わせか・・・・・」

「笑えない冗談だ」

「私は生まれてから今まで、冗談など言った事はないぞ」

「・・・・それも冗談だろ・・・・」

「人を笑わせる言葉など、私は知らないと言っているのだ」

「冗談はともかく・・・・・」

「だから冗談ではないと・・・・」

「気付いてないのか?」

「雑魚に構うよりも此方の方が重要だ。それに何のために探知魔法を使ったのだ。意味がないではないか」

「ごもっともだが、使った時には既に遅かったという事さ」

「人を間抜け呼ばわりした矢先に、自分が間抜けな事をするとはな・・・・」

「間抜けとは言っていない。うっかり屋さんと言ったんだ」

「同じ事だろう?」

「違うな。間抜けと言うより言葉が柔らかい」

「・・・・・」

『あの弟子・・・・クロスの苦労が分かった様な気がする・・・・』

そんな遣り取りをしている二人に、暗い闇の中から、クレアとは比較にならない程、冷たい感情の無い音が聞こえてきた。

「合い言葉を言え」

「・・・・・」

《お任せします、御主人様・・・》

《・・・・・嬉しい言い方だな。こんな状況でなければだが・・・・》

《合い言葉までは知らないのか? ならばお得意の読心術や虚正の魔法で調べてはどうだ?》

《あれが普通の人間に見えるのか?》

《人型だというのは分かるが、貴様と違って姿の細かな部分までは見えなくてね》

「合い言葉を言え」

機械的に繰り返すその音の主は、最初の音の位置から動かずに、冷たい音を響かせていた。


「侵入者だと?」

「地下の実験区画に近く、かなり内部に入った当たりのようです」

無駄と思える程広い居間の、豪奢なソファーの上で、その報告を受けたグレイ・ファムステンは、弛んだ顔を不機嫌そうに歪ませた。

「外壁周辺でないのはどういう事だ?」

「地上や上空からではく、地下から直接進入して来たと思われます」

無表情を装ってはいたが、何時もより更に愛想の無い表情で報告するブレイズを見たグレイには、それが返って彼が焦っていると感じさせた。

「地下にも進入防止用の仕掛けはあったはずだが?」

「現在その侵入者を捕らえるべく・・・・」

グレイはその体と同様に、短く太い手でグレイの言葉を制して

「・・・・・次の報告は、侵入者を捕らえたか始末したかのどちらかにして欲しいな。無論、指示した連中の正体も含めてだ」

「・・・・・」

「返事はどうした?」

「・・・・・潮時かな・・・・」

「どういう意味だ?」

「・・・・貴様からの命令は、もう受け付けないという事だ」

「ほぉう・・・・私に逆らって無事に済むと思っているのかね?」

一瞬驚いたその顔は、直ぐに口の端を歪ませて、余裕で馬鹿な奴だと言いたげに嘲笑するものへと変わり、ブレイズを見据えていた。

「それでどうやって私に逆らう気だ? まさかお得意の魔法で心を操る? それとも拘束監禁して好き勝手にこの屋敷を使うのか? あるいは・・・・ どちらにしても望みは叶わぬがな・・・・」

そして軽く片手を振る様に上げると、瞬きをする間に、彼の前後左右に一人づつ、四人の魅惑的な衣装の美女が立っていた。

水着の様な衣装を身につけた肢体は、艶やかな肌と豊満な胸や括れた腰を更に魅惑的なものにしていたが、腰や背中に所持した剣や斧と、その身のこなしが、只の女でない事を物語っていた。

「貴様が儂に隠れてコソコソ何かやっていたのは知っている。今まで大目に見てやっていたのだがね。残念だよ・・・・。どうかね? 見るのは初めてだろう? 私の護衛用の精鋭だよ。見た目通りに夜の相手としても中々でね、常時私の近くにいる。まぁ多少愛想はないが、それは仕方がなかろうな・・・・」

グレイの周りを囲む様に立つ彼女達は、愛想が無いどころか、眉一つ動かさずに、只そこに立ち尽くしている様にしか見えなかった。

「複製人間、しかも態と魂が入れない様に細工されたもの。身体能力の向上は元より、戦闘技術なども育成中に刷り込まれ、主人の命令に絶対遵守の人形・・・・成る程、魂が無く、心も無いに等しい肉の塊では、精神系の魔法は利かないから魔術師相手でも操れないと思っての事か・・・・」

「それもあるが、外から雇った人間は腕が良くとも裏切る事もある・・・・貴様の様にな。それに常時側にいる者が、むさ苦しい男より美しく魅力的な女の方が良いとは思わないなね?」

「女には興味が無いのでね・・・・勿論男にもだ。そんな肉欲など魔法の真理探求に比べたら、無きに等しい些末な事だ」

「モテナイ童貞の戯言に聞こえるぞ」

座ったままで、下からブレイズを見下ろす様な視線を投げかけた。

しかし、それをあざ笑い、馬鹿にした声で

「金でしか女を抱けない不細工な男が何をほざく。金や権力に媚びを売り、それに群がる尻軽女共。それも男の魅力と誤解している自己中な成金共。だからその時の状況や自分の都合で、容易く裏切る。だからそんな木偶人形を使っているのではないか?」

「フン、寝言は寝てから言うものだ。研究肌の魔術師がこの距離で、しかも四人の強化兵相手に何か出来るとでも?」

ブレイズと座ったままのグレイの距離は4メートル、最も近い護衛との距離は3メートル程、完全に近距離の間合いだった。

「強化兵ねぇ・・・・・クックック・・・人間を基本としたコマなぞ自ずと限界がある。それ故に、悪魔や他の動物との融合を、人体実験をしてまで強いコマを作成して来たのではないか。それを今更人間の、しかも肉欲優先や見た目で作られたものなぞ、何の役に立つ」

「遺言はそれで終わりか? 今ならまだ間に合うぞ」

余裕の笑みと冷徹な眼差しを向けたグレイに、冷ややかな哀れみとも取れる表情をしながら

「馬鹿な奴・・・・・」

独り言の様に漏らしたその言葉に、グレイは表情を変えずに呟いた。

「貴様がな・・・・ヤレ!」

その刹那、グレイとブレイズの間にいた女が動き、背負っていた大剣が瞬時に目の前のグレイに叩きつけられた。

その目的とは異なり、豪奢な絨毯と木製の床に刺さった剣は、ブレイズの残像を素通りしただけだった。

「残念こっちだ」

「小賢しいな」

鬼ごっこでもする調子で、残像を残す様に離れた位置に転移したブレイズに、グレイは驚く風もなく、冷淡に言い放つ。

長い杖を持ったままで、その杖に這わせる様に片手で印を結びながら、呪文を唱え始めたブレイズだったが、その詠唱中に目に見えない何かが彼を襲った。

4体の何かは粗同時に、常人なら一撃で即死しかねない一撃を放ったが、ブレイズの体表面に触れた途端、硬い岩を殴った様に弾かれてしまった。

『召還使役された、見えざる守護者を護衛用に配置している事は、透明感知を使用すれば丸分かりなのだよ。その木偶人形四体と見えざる守護者が八体。通常の物理攻撃なぞ、高位の魔術師には驚異とならない事を知らぬ愚か者め』

的確に敵の配置を確認したブレイズは、後方に下がりながら、唱えていた呪文を解き放った。

鎌鼬で範囲内全てを切り裂く風の魔法と、電を帯びた衝撃波で範囲内の全ての者を麻痺し吹き飛ばす電撃魔法。

何れも低位の魔法だが、属性としての相性も良く、自分を囲んでいる敵を排除して遠ざける為の組み合わせ。

その範囲内にいた者は切り裂かれ、痺れたまま吹き飛ばされる。

だが、四人の強化された女戦士達は傷を負い、後方に飛ばされながらも直ぐに体制を立て直して立ち上がった。

グレイは四体の見えない者に、覆い被さる様に取り囲まれて、それらが盾となって彼を守っていた。

残りの四体は、ブレイズの近くにいた為か、他より更にグレイの方に飛ばされながらも体制を立て直している。

人間ならば致命傷に成り兼ねない攻撃を凌ぎ、主人を守った者達に、グレイの罵倒が浴びせられる。

「何をしている、儂を危険に晒してどうする。さっさと奴を仕止めろ」

「いや、もう終わりだ」

その言葉と共に、聞き取れない程の、そして意味不明な言葉が、ブレイズの口から紡ぎ出された。

途端に、先ほどの魔法で傷ついて、ボロボロになった豪奢な飾り物の柱や巨大なシャンデリアが、天井と共に音を立てて一斉に崩れ落ちてきた。

それはズタズタに引き裂かれた床も同じで、グレイが彼を守る者達と共にその下敷きとなった瞬間、床も崩れ落ち

、下の階へと消えていった。

「馬鹿な奴め・・・・魔術師相手に、気闘法も使えぬ近接戦闘主体の戦士なぞ役に立つものか。今までの我々の手助けが有ったればこそだと、地獄で知るがいい!」

言い放ったと同時に、小さく何か呟いた。

途端、杖から炎の球が飛び出して、その下の穴へと吸い込まれ、炎をまき散らしながら炸裂した。

数メートル下の石作りの床で、瓦礫がチリチリ燃えて、火の粉が舞っており、僅かに見え隠れする動かなくなったそれらを見下ろしているブレイズの隣に、陽炎の様に実体化した大きな人影。

「○△□◇〓・・・・」

言葉とは思えない何かを言ったそれを、ブレイズは一瞥したが、特に気にするでもなく

「貴様か・・・・儀式の準備は出来ているのだな?」

「無論予定通りだ。我が主よ」

言葉だけなら主従関係とも取れるその二人の姿は、ブレイズはともかく、もう一人の方は、3メートルはありそうな巨体に、青黒い肌と頭部には三本のねじ曲がった角、赤く輝く目と口には鋭い牙があり、手足は人の形はしているが、獣の様な爪を生やしていた。

背中に蝙蝠のの翼を持つその生き物は、主と呼んだブレイズを見下ろして

「良いのか? 既に要済みとはいえ、今後の状況によっては奴の資金は必要になるのではないか?」

「計画が無事に完遂すれば、それ事態無くなるのにか?」

「勿体ない話だな・・・・」

「貴様に言われても説得力に欠ける言葉だな。本気で言っている訳でもなかろうが・・・・」

「そうでもないぞ。そもそも・・・・・」

まるでブレイズをからかう様に、会話を楽しんでいたその悪魔を制して

「侵入者がいるのは知っているのだろう? 儀式の準備が出来ているのなら、そちらの排除を任せる。内部深くまで入り込んでいるとすれば、かなりの手練れだろう。教会の闘士の可能性もある。秘蔵の操兵を向かわせたが、念のためにそいつの排除と、他の侵入者がいるかの確認だ」

「あのニ体の操兵か・・・・あれをどうにか出来る者だったならば、俺も楽しませてくれるかもしれぬな」

「言っただろう、念のためだ。最後の最後で邪魔されては困るのだよ」

「クックック・・・・そうだろうな、まぁ俺は楽しめればそれで結構。では我が主よ、邪魔者を排除に行ってくる」

そしてその悪魔は、来た時と同様に、陽炎の様に消えていった。



「・・・・・」

「何か言いたそうだな?」

足下に無数に転がる、黒こげの石塊を一別して、渋い顔をして此方を見ているリュークに、視線と共に言葉を投げかけた。

ゴツゴツした岩肌の壁や高い天井のその空間は広く、暗いはずだったが、天井近くで輝く、複数の強い魔法の明かりがその暗さを打ち消していた。

「せめてもう少し待って欲しかったんだがな・・・・以前もそうだったが、気が短いのにも程がある」

「あれは貴様が悪い。戦闘直後に正体不明の魔術師に襲われたら、誰でも反撃するに決まっている」

「いや待て、先に襲って来たのはお前の方だ。俺は声を掛けただけで、攻撃魔法を速攻叩き込まれたと記憶しているぞ? それに声を掛けた時点では、魔術師なんて分からなかったはずだが?」

「そうだったか? 細かい事は気にするな。女の感で、此奴は危険だと判断したのだ。実際危険な奴というのは間違ってはいないだろう?」

「・・・・・いろいろ突っ込みたい処だが、お前のおかげで、次のお客さんが来たぞ」

溜息混じりに言ったリュークの言葉に、フレアナはそれと理由の異なる溜息をついてから、素早く両手の指を組み合わせた。

『せっかちな奴だ。普通は他の、特に魔術師相手には手の内を見せない様にするものだが・・・・思い切りが良いか・・・・案外単純な奴かもしれんな・・・・』

『前回の戦闘でもそうだが、此奴の方が魔法の実力も経験も遙かに上、無駄に手の内を隠した処で無意味だ。まずは自分の身を守る事が第一・・・・つまり先手必勝だ』

フレアナの両手が一動作で六芒星の印を組んだ後、その手を前方から背中に向けて、左右それぞれで半円を、合わせて一つの円を描く様にして背中で両手を合わせる。

再び背中側で六芒星の印を組み、直ぐにその手が前方に回って複雑な印を組む。

その間彼女の口からは、小鳥の囀る様な音が漏れ出していた。

そして、印と呪文の詠唱が終わると同時に、彼女の足下から円を描くように、赤い複雑な文字の羅列が浮かび上がり、その中から、下半身はぼやけた、上半身が人の姿をした炎が、彼女と重なる様に出現した。

「お久しぶりです姫様、何なりと・・・・」

「死んで来い!」

炎の精霊の挨拶が終わるより性急に、無茶とも思える命令をして、一点を指し示した。

言われた瞬間一直線に飛んでゆく炎の精霊を見て、リュークは彼女の字を思い出した。

『姫様?・・・・あの仮面の力か?・・・・炎の悪魔だの紅の姫君だのと言われる所以か・・・・此方の世界で物質的に死んでも、精霊界に戻って時間が立てば再生するとはいえ、あの命令はまるで女王様という気がするが・・・・』

炎の精霊は、二つの影に到達する寸前、その手前の地面に滑空する様に着弾した。

炎に触れた地の岩は、溶岩の様に溶けだし、勢いの付いたまま、表面の炎と一緒に二つの影へと襲いかかった。

溶岩に飲まれ、身動きが取れずに焼かれて崩れ落ちる・・・・今までの、一応人の形をしている石の固まり程度の操兵ならば、そうなっていただろう。

しかし、見た目にも今までの、寸胴短足手長で潰れた様な頭部と、ゴツゴツした岩で粗雑な作りの操兵とは異なり、体の各所に大きな突起はあるものの、より人間に近い姿をしていた。

それぞれ赤と青の甲冑を身に纏った操兵は、赤の操兵の肩から横に飛び出した突起に、青の操兵が爪先から足を掛け、空中に浮かんだ状態で、溶岩の上を滑るように移動していた。

赤の操兵は、青の操兵にぶら下がったままだったが、甲冑の隙間に熱気と炎をが吸い込まれて、移動している地の溶岩は熱を奪われた為に元の岩へと戻っていった。

溶岩の範囲外にでた二体の操兵は、再びその足を地に着けて、人間の様な、しかし冷たい口調で、その声を響かせた。

「合い言葉を言え。答えられぬなら、投降するか死か、選ぶが良い」

『チッ面倒な・・・・』

《あの鎧の色は属性強化の儀式的なものだな。赤い奴は土と炎、青い奴は水と風の強化を施してある。しかも各個に手間を掛けた、特殊能力まで付与している。精々気を付ける事だ》

《他人事の様に・・・・貴様も手を貸したらどうだ?》

《平和主義者なんでね・・・・それに面倒だ》

《貴様っ、絞め殺されたいのか!・・・・》

《余裕あるのは良いが、相手は見逃してくれそうにないぞ》

二人の遠話での遣り取りを知るはずもなく、二体の操兵は、同時に、そして冷徹に言い放つ。

「我々に対して魔法攻撃の実行と合い言葉不一致により、捕縛困難と判断。死有るのみ」

急速に接近して来るニ体の敵に、何もしていないかに見えた彼女は、左の掌を地面に向けて

『ここだ!』

それは同時に術の起動にも繋がった。

高速移動するニ体の操兵の足下が、突如炸裂して石の礫を下からまき散らした。

操兵にとって大きなダメージとはならなかったが、足を止めて体勢を崩させるには十分だった。

そして追い打ちをかける様に右手を突き出すと、体勢を崩してふらつく操兵を強烈な突風が襲い、吹き飛ばした。

『遠話の最中でも心印で足止めの魔法を詠唱している当たり、流石に実戦慣れしているな。問題は射撃や近接の通常物理攻撃だけなら、防御は岩盤甲と鉄鋼盾の魔法だけでも十分だが・・・・・』

フレアナの後ろから戦闘を眺めていたリュークは、視線は彼女とニ体の操兵を追いながらも、他の知覚能力は別の何かに向けられていた。

『フン! 近接攻撃のみならば、近づけさせなければ良いだけの事。近づかれて攻撃を受けても、只の物理攻撃なら問題ない。所詮は只の人形だな』

余裕、それは戦いにおいて、油断に繋がる。

人間ですら吹き飛ばされながらなど、況してや操兵にそれが出来るなど、誰が思うだろうか?

青い操兵よりも、フレアナに近い位置にいた赤い操兵は、吹き飛ばされて宙を舞いながら、その手をフレアナに向けた。

瞬時に異様な程手が延び、彼女を掴み取ろうと一直線に突き進んだ。

延びた右手が彼女に触れる寸前に、見えない盾に弾かれ、地にめり込んだ。

しかし、僅かに遅れて延びて来た左手に、見えない盾は間に合わず、それでも右肩の垂れを使って辛うじて直撃を避け、受け流した。

肩部分の硬質な革と、それに付属して腕部を保護する柔軟で滑らかな革から成る垂れの、左手が触れた部分が、僅かに塗れていた。

その垂れを濡らした液体は、見る間に革の色を変色させて、腐食していった。

付着した液体が僅かだった事もあり、直ぐに腐食は収まったが、滑らかだった革の表面は、色褪せ節榑立っていた。

『くそっ、酸か!? 防具が魔法で強化されていなければ、肌まで遣られていたな。滑空や熱の吸収能力だけではなかったか。手間の掛かかる操兵を・・・・・奴め、これを想定していたな。しかも操兵にすら有効な、自分の存在事態希薄にする魔法を掛けている・・・・』

リュークの方を文句を言いたそうに一瞥したが、それと同時に、体は既に次の呪文の詠唱を始めていた。

赤い操兵よりも、離れた位置まで飛ばされていた青い操兵は、空中で体勢を整えると、滑空したまま旋回して、フレアナの側面に回り込んだ。

両手を突き出し、左右それぞれの手が閃光を放つと同時に、稲妻が走りでた。

二本の稲妻はフレアナを直撃したが、直前に完成した防御魔法によって、その体に触れる事なく進行方向をねじ曲げられて、天井や床に直撃し、霧散した。

『力場結界を張ったか、ならばあのクラスの操兵の攻撃は、粗無力化できるだろうな。後は仕止めるだけだが・・・・』

左右擦れ違う様に移動しながら、赤い操兵はその口から炎を、直ぐ後からその勢いを増す様に、青い操兵が口から突風を吹き出した。

突風で勢いを増し、渦を巻く炎がフレアナを襲ったが、直前で結界に弾かれて霧散する。

左右位置を入れ替える形となった操兵のそれぞれに、左右の手を掲げて五本の指を向けると、その先端の爪が各操兵に向かって高速で射出された。

素早い動きでそれを当然の様に回避し、五個ずつの、二組の爪は、その後方の地面に突き刺さった。

射出された爪の後から直ぐに新しい爪が生え、その指で新たな印を結ぶフレアナ。

『動きが早くとも所詮は単純な操兵、此方の予想通りに回避してくれる』

素早く完成した術が、左右の手それぞれから解き放たれる。

同時に、円を描く様に地面に突き刺さっていた爪の上に、五芒星の魔法陣が現れ、彼女の手から放たれたものと同じ、渦巻く炎が出現した。

爪を回避して、隣り合わせの位置にいたニ体の操兵に、四つの渦巻く炎が四方から迫る。

素早く青い操兵が上空に飛翔し、その序でとばかりに、赤い操兵の肩に爪先を引っかけて、一緒に上空へ待避しようとした。

『甘いな、それで回避できるものか』

ニ体の操兵のいた場所に、僅かに遅れて炎が到着し、衝突した四つの炎は眩い閃光となって爆発し、ニ体の操兵はその光に飲み込まれた。

光の消えた後には、溶けて抉られた地面と、炭化した残骸が残るだけだった。

「成る程、肉体の一部を触媒代わりに、そこに魔法陣を掛け合わせて、低位の魔法を融合爆発させる。回避不可能な範囲に拡大させた上、四倍の火力にしたというところか。しかし・・・・」

フレアナは、そのリュークのを苛立たしげに遮った。

「何もしかったのに、わざわざそんな御講説だけ立派とはな」

《・・・やはり気付いていないのか? まだ終わっていないぞ》

「?・・・何を言っている。見ての通り既に只の残骸だ。まさか本物の鬼並の再生能力が有るとでも言うのか?」

そこだけ何故か遠話を使っていたのに、それを聞いて遠話ではなく、直接会話に切り替えて、フレアナのいる方向とは異なる方に向かって

「・・・という事だが、生憎俺には通用しない。観察はそのくらいにしたらどうかな?」

「!? まだ他にっ・・・・何故先に言わない」

「言う前に無駄に話出したのはそっちだろう?」

「貴様が余計な事を言っているからだ!」

「歳のせいかな?、最近長話になっててね」

「貴様! ふざけているのか!」

「それでなくても老けて見えるのに、怒ると皺が出来て、余計に老けて見える・・・・」

リュークが言い終わる前に、その体が炎上して、その言葉は途切れてしまった。

燃えさかる炎は直ぐに崩れて、燃え滓となった布だったものの灰が地に落ちたが、それすらも直ぐに幻の如く消え去った。

「まて、いくら何でもこの状況では無茶すぎるぞ。からかったのは確かだが、もう少し状況というものをだな・・・・」

炎上した直ぐ隣に現れたリュークが、困り顔で言うその言葉に耳を貸す風もなく、燃える様に赤い瞳を向けて

「燃えたのは幻の衣装だけか? 後五回くらい燃やしたら、肉まで燃え尽きるかな?」

「・・・・六回程度で気が済むのなら・・・・その程度の火力で俺を燃やせると思うのならばだが?」

仮面で隠れた彼女の口元が笑った・・・・いや、その精緻な仮面の口に書かれた、口を象った細かな文字が動いた・・・・様に一瞬見えた。

そして、合計六回目の、フレアナ曰く「リュークの火葬劇」が終わると

「ストレスの発散はそのくらいで良いだろう?」

「確かに十分だな・・・・いや後一回くらいは・・・・」

「・・・・怒っても文句は言われない処だと思うが?」

「チッ・・・細かい奴だ。一回くらい余分にやっても良いだろうに・・・・仕方がないな・・・・」

そして、二人揃って同じ方向を向き、リュークが言う。

「さっきも言ったがな、いい加減見てないで、出てきたらどうだ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔操師 @Zero0X

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ