魔操師

第1話 3001 葬儀屋と禁呪 01

チィーチィッチィキィチュィチュッー・・・・チューチュィチィチチィー・・・・・・

広葉樹の生い茂る暗く静かな森の中で、甲高い声が静かに響いていた。

只、おかしなことに、声のする辺りには、鳥やリス等の小動物が一切見あたらないということだった。

そして、まるで小鳥の囀るような声が発する度に、何かが弾かれ、砕ける微かな音も混じっていた。

更に、生い茂る木々の中、巨木の幾つかが倒れており、折れた部分は炭化して砕けていた。

その折れた巨木の影に、隠れるように身を潜めている人影があった。

紺色の衣装に、表の色が森の緑にとけ込む様な緑色で、裏側が漆黒のマントを身につけ、マントに付いたフードを眼深くぶった長身の・・・

『チッ・・・まずったな』

その男は声には出さずに、舌打ちをしていた。

『楽な仕事のはずだったのに予定外・・・いや予定通りというべきなのか・・・本来の仕事も終わってないが、追加料金貰わないとワリにあわんな・・・』


その日は早朝より、レーベン魔術師ギルドからの使者が来ていた。

急ぎでないとはいえ、普通なら遠話や瞬話といった遠距離の意志疎通魔法を使った方が便利な筈だが、何時も仕事の依頼時には使者を送ってきて直接ギルドまで赴く事が当たり前になっていた。

そして、自分に依頼してくる魔術師ギルドからの依頼は、報酬はそれなりだが、大抵面倒なものが多いために、重い腰を上げる様に、ギルドへと赴くことになった。

寝癖を整え右側の前髪を後ろに、左側を左目を隠すように垂らしたいつもの髪型にし、紺色の衣装と外側が黒色のマントを羽織って使者を出迎えた。


此処レイブァンという都市は、グローディナス神陸、東地域であるパンドール側でも、有数の湾岸商業都市であり、ヒューベン連邦のカリス王国でも筆頭の巨大都市であるため、魔術師ギルドの規模も大きく、そこのギルドマスターからの直接依頼があると言うことは、それだけ信頼されているという事でもあるのだが・・・・

まるで城の様なギルド本部の、施設奥にある執務室。

その木製両開きの扉を開けた途端

「やぁリューク、久しぶりだね」

と、奥に座った男から親しげな声がした。

「三日ぶりを、久しぶりというのならそうだな」

と言いつつ、長身の体を中央に置かれた来客用のソファーに、勝手知ったる、とばかりに座り込み・・・。

「で、また面倒な依頼か?」

「いや大した事じゃないさ、君にかかれば一瞬で終わってしまうかもしれないよ」

短く整えた銀髪に銀色の瞳を持ち、歳は二十代中盤程度に見える男は、その見た目よりも落ち着いた笑みを浮かべながら言う。

「同じような台詞を毎回聞いてる気がするのは、既視感って奴か?」

「事実を言ったまでさ」

「君が本気になったら、大抵の事は龍が子犬を食らうが如きだろ」

「そういって面倒な仕事ばかり回し・・・・」と言うのを遮るように

「それに見合った報酬は支払ってるし、君からの無理な注文も大抵は通してるじゃないか。それに今回はトテモ楽な仕事なんだ」

「その言葉も・・・いやいい・・・」と半ばあきらめた様に、

「では聞こうかイース、そのトテモ楽な仕事というものを・・・」

「では依頼の内容だが、リューク・・・」



レイブァンという都市は、港のある沿岸から最外周の城壁まで百数十キロもあるという巨大都市である為か、まるでちょっとした公園のように幾つかの森林地帯がある。

私有地であるその一つに、勝手に塔を建設して住み着いた魔術師達がいて、しかもその魔術師達はそのスジでは有名な邪神信仰の魔術結社のものだという。

要は勝手に人の庭に塔建てて、怪しい研究している危ない連中にお引き取り願おうというお仕事だ。

そんな引きこもりのように、危ない研究しかしていないと思われる魔術師達を処理する事自体、大した事ではないはずだった。

情報通りの場所に着くと、思ったよりはこぢんまりとした石ずくりの塔が建っていた。

ここにくるまでの森の各所に、人除けや進入感知用の結界が張り巡らせてあったが、あると分かっている結界を無力化するなど彼にとっては、さしたる問題ではなかった。

塔に着いてからその様子をみつつ、

『まともに話の通じる連中ではないだろーし、防御結界も張ってあるから透視もしにくいのだが・・・』

『このさい面倒だから、一気に無差別範囲攻撃魔法で諸共消してしまった方が手っ取り早いが・・・』

『万一不法に居住しているだけだったら問題な上、ギルドからは役に立ちそうなものがあれば、持ち帰ってくれという・・・要は犯罪者連中が持ってる貴重品も序でに頂いてきてくれというこそ泥みたいな事も含まれる訳で・・・』

などと思案していると、塔の出入り口らしい、頑丈な木製の扉が開き、中から一人出て来たのだった。

危ない研究ばかりしている連中とは、何処か異なる感じのする人物だったが、このまま交渉するもよし、捕まえていろいろ聞き出すのもよし、と思い隠れていた木の陰から出て行くと・・・

いきなり彼の足下から、炎の柱が出現した。

全身を岩をも溶かす程の高熱で焼かれ、燃えつき、まるで陽炎のように消えてしまった・・・・が、

そこには人の形をした土塊が焼かれ、黒こげになったものが残されていた。

あらかじめ土から作ったゴーレムに、幻影を重ねて使用したものを丸焼きにされたのだ。

本来なら此方も当然問答無用で攻撃すべきなのだが、その魔術師がでてきて、開いたままになっている出入り口から見える、塔の中は、中で爆発でもあったかのような有様で、煙もでている状態だった。

つまり・・・

「ちょっとまて・・・」と隠れたままで声を荒げて叫んだ途端、今度はその声のした場所に、その魔術師から高速で打ち出された火球が正確に飛んでいき、炎をまき散らして炸裂した。

それを、離れた場所で見ていたリュークは、内心頭を抱えたい気分で「最悪だ」と呟いた。


その後何度か話かけようとする度に、有無をいわさずに攻撃された。

『チッ・・・まずったな』

『楽な仕事のはずだったのに予定外・・・いや予定通りというべきなのか・・・本来の仕事も終わってないが、追加料金貰わないとワリにあわんな・・・』

『此方から攻撃するのは容易いが、相手の素性や事情が分からないのでは・・・まさかイースの奴はこの事を予測・・・はないだろが問題なのは・・・』


その頃そこから数十メートル離れた岩の影に、濃赤色のマントから、赤黒い衣装が見え隠れする人物が、その人形の様な黒く無表情な顔を・・・いや、よく見ると無表情なのではなく人間の顔に似せた黒い精緻な仮面が顔に張り付いていた。

その黒い仮面には、表面に複雑な文字のようなものが赤く描かれており、唯一仮面が覆われていない眼の部分からは、燃えさかる炎の様に赤い瞳が金色の輝きを放っていた。

『何だあいつは?・・・あのイカレタ魔術師共の仲間か?・・・いやそれにしては戦い慣れすぎている・・・攻撃してこないのも妙だが、何にしても面倒な奴だな・・・』と考えつつも、大きな声で小鳥の囀るような、高速言語と呼ばれる、一音に複数の言語の意味を重ねて、通常では発音不可能な声での呪文の詠唱をおこなう。

しかし、その声はまったく違う場所から聞こえているのだった。

それはリュークと同じく、自分の声を他の場所より発生させる魔法を予め使用していた事によるものだ。

そして声のする方向とは全く別の方向から、強烈な突風が吹き荒れると同時に、それに押されるように巨大な炎の塊が木々を焼き、薙ぎ倒しつつ飛んで行き、爆散して炎を辺りにまき散らした。

大炎球と呼ばれる火力はあるが、それ事態の移動速度は速くない為容易く回避可能な魔法に、突風の魔法で範囲内の対象の行動の自由を奪うと同時に、大炎球の魔法を加速して回避困難にし、炸裂の魔法をしかけて回避されても広範囲の爆炎で殺傷するという、何れも低位の魔法だが効果的な組み合わせの魔法の使いかただった。

手応えは合った・・・彼女は今の魔法の範囲内に人がいたという事を、炎の流れから読みとるいう普通ではありえない方法で確信していた。

そして実際にその範囲内には、隠れていたリュークが丸焼けに・・・なるどころか、普通の人間ならオープンで丸焼けにされた様になっている程の攻撃を、どうやったのか、そよ風にあたっているかの如く平然としていた。

『今の攻撃は多重詠唱か・・・かなり高位の・・・戦闘だけならギルドの魔導師か上級魔導師級だな』


多重詠唱とは、一度の呪文の詠唱と印で複数の魔法を同時に発動させる事だが、同時詠唱する数と使用する魔法のレベルによって、使用難易度が飛躍的に上がる極めて高度な技術であり、これを使える事だけでもかなり高位の魔法使いといえる。


『問題なのは奴の背後関係だな・・・論理魔法の使い手である以上協会は関与していない可能性が高いが・・・』

『考えていても仕方ないか、とりあえず・・・』

高位の魔法の使い手は、魔導師級ともなれば歩兵数百以上の戦力とも言いわれているのだが、リュークはまったくそれを気にした様子もなく、直ぐさま頭の中で、呪文の詠唱を始めた。


心印、即ち声や動作ではなく、頭の中で実際の動作や声と寸分違わずに呪文の詠唱や印を結ぶ様をイメージして魔法を発動させるのだが、実際の発動条件はそれ以外の要素もあり、最高位の使い手であっても使える魔法のレベルなどは制限される高等技術である。


視界にも入っておらず、音も聞こえないのであれば魔法の使用自体気ずかれることが無いのだが・・・

『くるっ!』

仮面の魔術師は呪文の詠唱と複雑な印を結びつつも、心印を使用する際におこる魔力の流れを感じ取り、その発動を感じ取っていた。

その途端、仮面の魔術師の周囲の木々の枝や蔦が生き物のようにうねり、辺り構わず身近なものを絡め取り始めた。

そのうねりに絡め取られる寸前、彼女の周りに見ない障壁が発生し、その枝や蔦を弾き、体表から一定距離内には侵入できなくなった。

『力場結界か、ならばこの程度の拘束魔法では効果は期待できんな』

拘束と遠見の魔法を心印で発動させ、相手の様子を見ながら捕らえようとしていたリュークだったが、それが失敗に終わると・・・

『低位の呪文限定で、手加減しての攻撃では埒が明かないな・・・仕方ない・・・』

『こちらを捕らえる気か? それとも別魔法の為の囮か?・・・』

そして、お互いにそれぞれ呪文の詠唱を始め・・・

チィーチィッチィキィチュィチュッー・・・・チューチュィチィチチィー・・・・・・

仮面の魔術師から、火球が放たれた。

途中で分裂して複数の火球となり、一発はリュークに、それ以外は彼の周りに着弾して、直径数メートル程大地を抉りつつ爆発した。

彼の周りは、その爆炎や土砂で、一時的に視界が閉ざされ、それ以外の他の音が聞こえなくなる。

『火属性の爆散華を単体の目標に分散して使用?、本来単体になら、一カ所に集中させて、火力を加算するように使用するものを、六発は周囲を円形に、一発はその中央に・・・ という事は・・・』

直撃したはずの火球の爆発を、気にした様子もなく、ただ彼の周囲の、焼け、抉れた、地面や木々だけが、爆発の威力を物語っていた。


『これで終わりだ!』

仮面の魔術師が、差し出した右手を、何かを引っ張るように、クイッと引くと、リュークの周りに着弾した火球の辺りから、糸のように細くて赤いものが、一瞬にして、投網のように収束して、中心にいるものを絡め取り・・・・

一緒に絡め取られた、岩や木は、赤い網目の糸に切り裂かれ、細切れになった。

その中心にいるリュークの足下には、火球が彼の周りに着弾した時にできた魔法陣が、淡く輝いていた。

『転移防止の結界も兼ねた魔法陣だ、超高温の糸に切り裂かれるがいい!』

リュークに糸が絡みつく寸前、彼の周りが白く霞み、その靄が周りの赤い糸に絡みついた瞬間、糸が消滅し、そこに白い蒸気が発生して視界を遮った。

『!・・・ 防御用の凍結魔法か? ・・・炎を圧縮した超高温の糸を無力化するなど・・・違うな、魔力中和魔法か・・・だとす凍結魔法は見せかけで、次の術の為の・・・』

そう驚きながらも、体は次に来るであろう敵の反撃への対応をとれるように、後退しつつ、新たな呪文の詠唱に入っていた。

しかし、その詠唱が終わるより早く、その靄を広げるように、突風が吹き荒れた。

周りの木々の枝を圧し折り、消し飛ばせる程の突風にも関わらず、むしろその範囲を広げた靄は、仮面の魔術師を覆いつくした。

突風と靄で、まともに視界のきかない中、仮面の魔術師は、自らの感と熱の動きから、相手の動きや位置を予測しようとしていた。

そして、そちらを警戒しながら唱え終えた呪文を解き放つ。

自分を中心に竜巻が発生して、靄や突風諸共に、辺りにある物を、切り裂き、吹き飛ばしていった。

そして、リュークのいるはずの場所にも、その鎌鼬が襲いかかるはず・・・・・だったが、靄が吹き飛んだその場所には、細切れになった草木や岩のみで、彼の姿は見えなかった。

『チッ、どこだ・・・』

自分の感は危険を告げているが、その感や熱探知では敵の居場所を特定できていない事に、焦りがでてきていた。

その、視界の端に、何かが偶然のように飛び込んできた。

『間に合うかっ!?』

詠唱中の呪文を途中から短縮するという、一つ間違えば呪文を暴発しかねない荒技で完成させると、その方向に即座に発動させた。

瞬時に、大地から石や土塊を元にした、硬度な壁が形成され、飛来した何かがそれに激突して、弾けた。

『弱すぎる?』

敵の力量からいって、明らかに低い殺傷力の攻撃に・・・

『くそっ、囮か!?』

そう思い、移動しようとした瞬間、いきなり大幅に体重が増えたかのように体が重くなった。

『加重圧か・・・力場結界でも防ぎきれないとは・・・』


対象周辺の重力を制御して、通常を遙かに上回る重力を加える魔法だが、物理攻撃は元より、拘束系魔法や魔力事態の減衰効果をも合わせ持つ力場結界で、この手の魔法が防ぎきれないという事は、基本的な魔力は相手の方が上という事を物語っていた。


『くっ・・・まずい・・・な・・・』

明らかに、動きが鈍くなった状態では印も結びにくく、追いつめられられつつある状況に、更に焦りわ募らせていたが・・・

『ならばっ!』


両手を肩の高さで前方の壁に突きだし、

「○△□・・・」

自分にしか聞き取れない程の声で、何か短くつぶやいた瞬間、手から強烈な衝撃波が飛び出すのと、重い重力に逆らって、地を蹴り、地表から脚が離れるとは同時だった。

正面の壁を打ち抜いた衝撃波は、同時にそれを使用した者を、その反動で後方に吹き飛ばした。

僅かな空中滑空後に、受け身をとりつつ地面を転がる。

その地を転がる者を、絡め取ろうとするように、それほど湿ってはいない大地から、沼地のような泥の塊が、柔軟な触手のように無数に延びてきた。

「△□○・・・」

更に聞き取れないほどの声で、先ほどとは異なる呟きがあり・・・

無数の泥の触手に捕らえられるはずの者は、しかし、その指先から剣のように延びた、赤い爪で切り刻み、それを本来の泥塊の姿に戻しながら、転がっていった。

そして、力場結界の効力もあってか、無傷のまま跳ね起きたが、その力場結界でも飛び散った泥は防ぎきれずに、全身泥まみれになっていた。

加重圧の範囲から脱して、即時に移動しながらの呪文の詠唱にはいった。

『威力に比例して、反動が大きすぎて使えない魔具や近接戦闘用だと思っていたものが、まさかこういうところで使えるとはな・・・』


魔法の道具を、大ざっぱなランクで分けるならば、魔具・魔導具・魔操具・宝具・神具・神器、の六ランクとなるが、魔具とはその中でも、一部の例外を除けば、魔法の道具の中では比較的安価な、主に使い捨ての道具であり、最下級の物ではあるが、使い勝手が良い物も多く、魔術師達の間では良く使われる類の物であった。


『相手の方が一枚上手か・・・しかし、火属性の魔法ならば・・・』


その森に前触れもなく、一瞬にして濃厚な霧が発生した。

1m先も見えないうえ、ものの数分もいれば全身びしょ濡れになりそうな程で、湿った空気が体の自由を奪うような錯覚すらでてくる。

しかしその霧は、同じく一瞬にして仮面の魔術師の周辺広範囲に発生した炎によってかき消されていった。

炎は森を、その大地ごと焼き尽くさんばかりに、瞬く間に広がっていくが、今度は上空に残っていた霧が小降りの雨となり降り注いだ。

降り注いだ雨は、炎によって直ぐさま蒸発していく。

広範囲にわたり、急速に周辺温度が上昇していく中、仮面の魔術師は、何事もないかのように佇んでおり、その姿が陽炎のように霞んだ瞬間、そこから爆発的な炎の嵐が巻きおこった。

先にあった炎と合いまじわって、今度は大地ばかりではなく、上空の雨をも一瞬で吹き飛ばし、空と大地を紅蓮の炎で満たしていった。


『霧による視界隠蔽と水の確保、その後氷系魔法による攻撃と凍結による拘束、そして雷撃系か氷結魔法といったところか・・・・、だがそれを跡形もなく焼き尽くされるとは思うまい・・・』

相手の攻撃方法を予測しつつも、防御魔法ではなく攻撃で相手の魔法をはねのけるという力業にでて、更に詠唱を終えた魔法を解き放った。

すると、今まで燃えさかっていた周囲の炎が、殆ど一瞬のうちに消えてしまい・・・

それどころか、炎によって活動中の火山の噴火口の如き高温になっていた周囲の温度が、凍える程の肌寒い気温にまでさがったのだ。

そして、その一点に、消えた熱をまるで収束するかの様に、音もなく輝く光球が生まれ、瞬時に膨れ上がって、その周囲の全てのものを飲み込んだ・・・

光の消えたその場所には何も無く、只大地が大きく抉れ、その抉れた表面はガラスのように光っていた。

『・・・手応えが・・・ない?・・・』

『何処かに隠れているか、逃げたか・・・何れにしても当初の目的は達成しているし、無駄に深入りする必要はないな・・・』

すると仮面の魔術師は新たに呪文を唱え・・・瞬時に何処とも無く消えてしまった。


後には、炎がくすぶり、煙を上げている焼け野原が、静かに広がっていた。

その焼け野原となった地面の中から、幽霊の如く、スーッと大地をすり抜けるように人が現れた。

「やれやれ、うまく帰ってくれたか・・・」

と呟いたのは、まぎれもなくリュークであった。

『奴の背後関係はともかく、当初の目的は完遂させないとな・・・交渉とかする必要事態なさそうだが・・・』


予想通り、そこには破壊された魔法の研究資材と、その研究をしていたであろう者の死体が転がっているだけだった。

半壊した資材や魔法陣の跡から、悪魔召還などの召還魔法や合成獣の制作実験をしていた様だった。

人間一人くらい、丸ごと入れられる保存容器も、戦闘の巻き添えのためか?、破壊されていて、保存液と思われる液体が床を浸していた・・・

部品の様に切り離され、バラバラになった人間や獣だったものと一緒に・・・・

全ての部屋を回ったが、何処も似たような有様で、あの仮面を付けた魔法使いが破壊し、そこで実験をしていたであろう者を殺したのだろう。

地下にあった金庫も壊され、中は空になっていた。

詳しく調べるまでもなく、いろいろと危ない連中だったのは確実だろう。



一通りの状況をイースに話終えると

「詳細な調査はそちらでやって貰うとして、追加料金と仮面の魔術師に関する背後関係を調べてくれ。 連中に恨みをもっている者が・・・とかなら問題はないが、ややこしいうえに長期に渡る仕事になるのは御免だぞ」

と、フカフカのソファーに腰を沈ませたままで右手をひらひらさせながらめんどくさそうにリュークは言う。

「追加料金はともかく・・・」

別に支払いに関しては気にした様子もなく、しかし何か気になることがあるように

「何故その魔術師を捕まえなかった? 君ならその状態で、例え上級導師級の使い手でも、容易く捕まえられたはずだ。」

「一、面倒だ」

「二、わずらわしい」

「三、やっかいだ」

「全部同じ意味だよ・・・・」

「真面目に突っ込むなよ」

「これでもこの魔術師ギルドを、束ねている身なのでね」

銀色の瞳が、真剣な表情で、リュークを見据え

「で、本当の処はどうなんだい?」

「今日は、何年何月何日だったかな・・・」

「?、今は3001年の・・・・」

そう言い掛けたイースは、何かを思いついたかのように、途中で言葉が途切れ・・・

「そうか、もう百年か・・・」

イースが、フゥっと息を吐き

リュークが閉じていた瞳を、ゆっくり開きながら

「すまんが、そういう訳なのでな・・・」

そう言った彼の瞳は、先程までと異なり、深淵の闇の様な何処までも深く、暗い黒だった。

「奴だけだったら特になんの問題もなかったが、教会が絡んでいた場合は、やっかい事になりかねんからな。 時間と力の浪費は避けたい」

その顔を見つめていたイースは、何かを思案している様に

「教会が魔術師を使って、ああいった連中を処理する可能性は低いと思うが・・・とはいえ前例がない訳でもないし、万一教会とかが絡んでると面倒な事になるのは事実だが・・・・」


教会・・・つまりは神々を崇拝する僧侶などのいる宗教団体の事であり、規模にもよるが大国を凌駕する程の勢力を持つ教会も珍しくなく、魔術師達とは犬猿の仲・・・というより、多くは教会側の一方的な弾圧に近い状態であり、その特定の神を崇める教会全てと全面戦争になった国や、魔術師ギルドも歴史上数多く存在する。

その為、魔術師ギルドや魔術師事態、教会の動向に神経質に成らざるを得ない部分もあるのだった。


「考え過ぎるのは君の悪い癖だし、今回も大丈夫だとは思うが、君がそういうのなら調べておこう」

「しかし・・・という事はこれから暫く君への依頼は控えた方がいいのかな?」

イースは先の会話だけで全てを理解したというように、穏やかな口調で問いかけた。

「長引かない仕事ならかまわんよ」

「おそらく、まだ少し時間に余裕はあるからな」

先程とはまるで別人の様な表情でリュークが答えると、

「そう言って貰えると助かるよ、なにせ君程の使い手は、世界でも数える程しかいないからね」

「便利に使われてやろうじゃないか」

「但し、報酬は相応に貰うからな」

まるで軽い冗談の様な口振りで言いつつ、彼はソファーから立ち上がった。



この貿易都市で、中央の大通りは、深夜でも昼間の様に明かりが絶えず、開いている店も数多く存在する。

そんな大通りから、離れ過ぎず近くもなく、といった場所にその店はあった。

大きく、魔術用品店 不知火 と書かれた下に小さくかっこ書きで、(魔術関連の各種処理請け負います)と書かれた看板が入り口の上にぶら下がっており、古風な店構えをしていた。

両開きで古めかしい木製扉の両側には、大きなショーウィンドーがあり、店内側にあるガラスのような壁が発光しており、並んである実物大の騎士の像や甲冑などを照らしており、その光で中は見えない。

そんな、この都市では何処にでもありそうな店の前に、足下まである長いマントにフードを深く被った二人の人物が歩いて来た。

「ここですね」

白いマントを着た方から若い女性の声が聞こえると

「はいお嬢様」

と朱色のマントを着た方からも女性の声がした。

「貴方はここで待っていてください」

「しかしそれでは・・・・」

「お願い・・・・」

「・・・・分かりました、しかし何かありましたら直ぐにお呼びください」

主従関係らしい二人の女性はその会話後、一人は入り口のそばに、もう一人、白いローブの方が中に入っていった。


片側だけで幅1・5メートル程の、両開きの扉を開けて中に入ると、幅十数メートル、奥行き二十メートル近くありそうな店内には、優に四メートル以上はある、天井までを一杯に使った商品用ケースが、奥のカウンターやテーブルの前まで五つ並んでおり、左右の壁にあるケース以外、三つのケースの入り口側には、それとは別に円柱型の商品ケースもあった。

その中でも、中央のケースは床に六芒星の模様があり、ケース事態は、床から50センチ程浮いていた。

そして、その浮かんだケースの手前、入り口ドアの正面には、蝶の羽の形をした半透明の翼を持った、身長40センチメートル程の、愛らしい妖精の置物が、一メートル位の高さの台に乗っていた。

入り口の扉から手を離すと、自然にゆっくりと閉まっていき、閉まりきった途端に、その置物の妖精から

「いらっしゃいませ」

と、お辞儀をしがら、声が発せられた。

彼女は店内を一通り見渡した後、左奥の大きなカウンターに向かい、カウンターの中で座っていた人物に

「すみません、店主はいらっしゃいますか?」

そう声をかけられたその少年が椅子から立ち上がり、その女性に向かって口を開いた。

「店主に何用かの」

その嗄れた老人のような声を聞いて

「えっ!・・・あの・・・えっ?・・・」

彼女は困惑の為、その言葉と口の動きが合っていないという事には気が付かなかったが、同様にその少年もまた驚き、直ぐにムッとした表情で、カウンターの横に眼を向けた。

そこには、床に描かれた五芒星の上に、透明で大きな丸いテーブルが浮かんでおり、それに合わせて弧の形になった数人掛けのソファーが二つあった。

そして、そのソファーの一つに、袖のゆったりした紺色の衣装を身につけ、左手に持った分厚い本を開いて座っている、長身の男が此方を見ていた。

黒い前髪で左目が隠れていたが、その黒い瞳と口元が僅かに微笑んで

「自力でなんとかしてみろよ・・・」

しかし、それを言われた少年は

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

何か言おうとしてはいるが、声にならずに口をパクパクさせており、その少年を見て

「このままにしといた方が、面白そうだが・・・」

そう笑みをこぼしながら言った途端

「!!!!!!!!」

少年が声に成らない声を上げた。

「分かった分かった・・・、このくらい自力で何とかできるように成らないと、まだまだ修行が足りんぞ」

などと随分勝手な事をいいつつ、左手に持っていた本を閉じた瞬間

「・・から何時もそういう・・・あっ・・・」

何かの文句を言っている、見た目の歳相応の少年の声が聞こえ

「まったく、いい加減そういう悪戯は、やめて下さいって言ってるじゃありませんか!」

金髪碧眼の女性的な印象を受ける少年は、十代中盤くらいだろうか?、幼さの残るその顔をひきつらせて文句を言った。

「これも修行の一貫だと思え、と何時もいってるだろ」

「このくらいの術が防げない様では、一人前の魔術師にはなれんぞ」

「低位の魔法とはいえ、師匠の魔法を僕が防げるわけないじゃないですか!」

「直接防げなくても、いろいろ工夫して、少しでも効果を減退させるとか、抵抗できなくても、他の方法でその行動の代わりにするとか、そういうのも含んでるんだがな」

などと、師弟の口論が繰り広げられていると・・・

『なっ、なんなのこの人達って・・・・これだから魔術師というのは・・・・でも、ここを頼る以外・・・・』

文句の一つも言いたい気分をを我慢しながらも、仕方なく彼女は

「・・・あっ、あの・・・もしかして貴方がこのお店の店主なのですか?」

と、その男に話しかけてみた。

「はずれだ」

男はそう短く答え

「俺はここの常連でね、聞いての通りコイツの師匠ってだけだ」

「だけってのはともかく・・・、すみません師匠が失礼な事をしてしまって」

そう言って礼儀正しく頭を下げて

「今店主は出かけてまして、帰りは明日以降の予定ですが?」

「そう・・・、できれば速い方がよかったのだけど・・・」

少しがっかりしたように呟いた彼女は

「できるだけ速く連絡をとる事はできないでしょうか?」

「お急ぎですか?」

「でしたら内容を伺って、伝える事はできますが?」

すると何か考えていたのか、少し間をおいてから

「できれば直接お話したい事なのですが・・・」

「お客様の依頼内容や個人情報に関する事でしたら、ご安心下さい。 秘密厳守は当然の事ですから」

そう言いつつ、まるで宮廷の舞踏会でするように優雅にお辞儀をした。

「ですが・・・」

と、少年ではなくその師匠の方を見て言われ・・・

「・・・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

「問題ない」

「そこに関係者以外立ち入り禁止ってあるだろ」

と言い、右手の人差し指で床に立てかけられている看板を指した。

彼が座っているソファーより少し入り口よりにある看板には、大きく【ここより先は関係者以外立ち入り禁止】と書かれてあった。

「このテーブル周辺とカウンター内は、音が外に漏れないようになってる上、幻術魔法で読唇術でも読みとれなくしてある」

「どのみち他に客はいないし、問題ないだろう」

などと、まったく雰囲気を無視する事を言いだす師匠に

「いやだから、そう言うことではなくてですね」

と困り顔でいう少年に

「気にするな、どうせ直ぐに俺も知る事になるのだから手間が省ける」

「確かにそうかもしれませんけど・・・・」

少年がそう言い終わらぬうちに

「ちょっとまって下さい、貴方の師匠なのかもしれませんが、部外者であるこの人に、何時も依頼内容を話しているのですか?」

そう言われて、シマッタと言いそうになるのを何とか押さえ込み

「いやそれはですね・・・・」

と口元を綻ばせて、此方を見ている師匠を殴ってやりたい気分も押さえつつ

「だっ大丈夫です、師匠は性格はヒネクレてっ・・・いえ多少変わってますが、腕は確かだし、信頼できる人物ですから・・・」

「そういう問題ではありません!」

「えっと・・・でも・・・・しかしですね・・・・・」

彼女に声高に言われ少年が困惑し戸惑っていると、少年とその師を交互に睨みつけた彼女は

「もうけっこうです」

「どうやらここに来たのが間違いだったようです」

「信頼の置ける店だと聞いていたのですが、間違って・・・」

と、それを遮るように

「十点ってとこかな?」

やれやれっといった素振りで

「しかたのない奴だ。 おまえでは信頼できんという事らしい」

『誰のせいですか!誰の!』

と少年は想い、口には出さないが、顔にはだしつつ

『僕はもう知りませんからね!』とでも言いたげに師匠から、プイッと顔を背けた。

「なっ・・・、信用できないのは寧ろ貴方の方です! 大体師匠か常連だか知りませんが、店のものでもない部外者に依頼内容を漏らすなんて最低です」

「まだ話も聞いてないのに、漏らすも何もないだろう。 大体初めて合った、ろくに知りもしない奴を信用する方がおかしい。 口先だけで貴方の事を信用しますなんてのは、只の偽善者だ。 だから信用する必要なんてない」

「だが依頼する以上信頼は必要だろ?」

そう問いかけるように言われた彼女は、彼を睨むように見つめて

「・・・・その信頼は何を持って、自分は信頼に足るというの?」

如何にもバカにしたように言った彼女に

「大貴族の御令嬢様には分からん理由かな」

「!」

「君の着ているそのマント、紋章付きのやつだったろ。 綺麗に破がしているが、付いていた部分と他の部分で色が僅かに異なっている」

「肩の処に僅かに残っている形状から察するに、その紋章が当てはまるのは、おそらくシレイネス一族の・・・確か若い令嬢がいたと思ったが・・・」

すると先程までとは異なり、何かを警戒するように

「貴族の着衣なら何かの理由で古くなった物が売られたり、似たような物が作られたりした可能性も・・・」

「無いね。 シレイネスの家系はそういう物の管理とかについては厳しいと聞いている。 しかも、紋章を破がした形跡からすると一日と経ってはいないだろうな」

「だからといって私がシレイネス侯爵家の娘だとは・・・」

「歳格好や声だな・・・」

「まともに顔も見えない状況で・・・」

「服やフードの上からでも歳格好は推測できるし、声もそうだ」

全て彼女が言い終わらぬうちに答え

「俺は、今まで無駄な会話とかしてた訳ではなくてね、君の声や動作を観察して、そこからいろいろな情報を得ていたという事だ。序でに言うと、シレイネスの家系は侯爵家だけではなかったはずだが?」

「・・・あっ・・・くっ・・・・貴方・・・いったい・・・・」

すると、少年の方を指さし

「一応コイツの師匠で、この店の常連で、この店の相談役で、偶に内容によってはこの店から仕事の依頼を受けてる魔術師という事さ」

「・・・・だからといって貴方に私の依頼が行くとは限らないわ」

そう鋭い眼差しを向ける彼女に

「シレイネス侯爵家の跡継ぎ問題・・・つまりお家騒動に関してだろ?」

「!、なぜそれ・・・」

と言い掛けた途端、シッマッタとばかりに口に手を当て・・・・・・・・

睨みつけるように

「あっ、貴方がどうやってそれを知ったのか知らないけど・・・貴方みたいな人を雇っているのなら、此処の店の主人も信頼できないわね」

明らかに、上擦った声で言う彼女に

「少なくとも、君の素性を言い当ててみせたが?」

「うっ・・・」と呻いて困惑している様子に更に

「因みに、さっきの十点っていうのは、そこの未熟な弟子に対してでなく君に対しての点数なのだがね。 もちろん百点満点中のって事だが・・・・」

すると、眼に見えて分かるほどに、フードから見えている口元まで真っ赤に、今まで我慢してきた物を爆発させるかのように

「なっ、なんですってーーーーっ! 私の・・何処が・・・十点だって・・・・いうのよ!」

腕をプルプルと振るわせながら、怒りを必死に堪えてようとした彼女に

「直情しやすい君は、こういった駆け引きとかに向かないというのも理由の一つだが・・・一番の問題は・・・」

そこで一端言葉を区切り、間をあけてから

ちらりと入り口の扉をみて

「君の連れが外に二人いるようなのだが・・・」

「?・・・確かに、入り口で侍女を待たせてあるけど・・・・」

すると、彼女は口元を綻ばせて

「残念だったわね、今度ははずれよ」

「連れがいる事に気づいたのはいいけど、人数を間違えるなんてねー・・・と言うことは、さっきのはまぐれって事かしら」

今し方とは打って変わり、してやったりとばかりに言う彼女に対して、ヤレヤレといった感じで

「だから十点なんだ。その辺を自覚した方がいいぞ」

ブチッ・・と何かが・・・そう実際の音にはならない何が切れるような感覚の後に

「黙って聞いてればー・・よくもまー・・・」

興奮して、息を荒げながら言う彼女の言葉の途中で

「随分息が荒いぞ、というか今までだって黙ってはいなかっただろ?」

その言葉を言った瞬間、カウンターに置かれていた、直径10センチ、高さ20センチ程の天使を彫刻した置物が宙を飛んだ・・・・

彼女の手によって投擲されたそれは、正確に彼の頭部へ向けて一直線に飛んで行った。

しかし、彼の頭部に直撃する寸前、まるで何か目に見えないものにつかみ取られたように止まり、見えない手で運ばれているかのように空中を移動して、カウンターの元の位置に戻った。

『今の・・・手・・・・』

自分に投げられた置物・・・というより、投げられた方法に微妙な違和感を、リュークは感じていたが・・・・

「チッ・・・」

如何にも残念そうに舌打ちした彼女は、彼を睨みつけ・・・

「貴方の・・・・」

彼女のその言葉に、割って入るように、今まで黙っていた少年が

「あのー、ひょっとして、師匠は貴方が誰かにつけられて来たと、言いたいのではないでしょうか・・・・」

『流石にこれ以上ほっておいたら、何を壊されるか分かったものじゃないしなー・・・・』

「何を言って・・・・?!・・・まさか・・・でもそんな・・・尾行の人間なんて、いないはず・・・」

独り言のように言う彼女に

「言い方が悪かったな、人間一人と他の人で無い者が一体と、言い直した方がいいかな? 尾行する側が必ずしも人間とは限らんだろ」

「そんな・・・だとしたら・・・」

「その様子だと、尾行相手に心当たりでもあるようだが・・・、まぁどちらにしても、ああゆう連中に此処を彷徨かれるのは目障りだ」

「ちょっと、いってくるか・・・クロス、結界を念のために一ランク上げておけ」

そう言われると、クロスと呼ばれた少年は、両手で印を結び

「此の地此の時此の館(いえ)に住まう精霊よ、汝の力の安定と魔を退ける力の更なる向上を!」

そして、その言葉が終わらぬうちに彼は、クロスと呼んだ少年と彼女を残して消えていた。


彼は今まで空中を漂うように移動していたが、目標の一人がその店に入ると、その入り口が見える、離れた家の屋根の上に降り立った。

一瞬、屋根に降りた時に人の形をした何かが見えたが、空中を移動していた時と同じように、直ぐに屋根の色と同化して何処にいるのかも全く分からなくなった。

その店の入り口直ぐ傍には、その人物の連れが立っているが、第一の目標は店の中に入っている。

しばらくすると、彼の口から奇妙な言葉が紡がれ、二つの眼が怪しく輝いた・・・・

『・・・結界か・・・透視ができぬわ』

再び彼の口から別の言葉が紡がれ・・・

『やはり声や音も駄目か、かなり強力な結界だな』

『仕方ない・・・・出てくるまで待つとするか』

そして彼は、周りの屋根と同化したかのように気配まで消してじっとっていた。

どのくらいの時間が流れたか・・・

『むっ、結界が・・・強化された?・・・』

そう知覚し、考えた瞬間

「何の用だ」

「?!」

『ばかな!』と思いつつも、いきなり後ろから声をかけられた為、反射的に振り返りながら身構えた。

「視覚的に見えないようにしても、意味ないぞ」

振り向くと、紺色の服に黒い外套を纏った男が、屋根の上に浮かんでいた。

『俺が人間如きに遅れをとるとは・・・・』

「大した奴だ、人間の魔術師にしては中々やるではないか」

余裕の如く言った彼に

「逆におまえは大したことないな。 分かりやすいように結界まで強化してやったのに、反応が遅すぎだ」

「貴様・・・・」

「御託はいいからこっちの質問に答えて貰おうか。言っておくが、下級悪魔程度では抵抗事態無意味だぞ」


悪魔・・・それは魔界と言われる、この世界とは異なる

世界にいる邪悪な存在と定義されいる存在。

人より強靱な肉体を持ち、魔法を操る事ができる危険な魔物。

大きく分けて、悪魔はその力によって6種類に分類されると言われる。

即ち、使い魔と呼ばれ、人間等に召還使役される、力の弱い悪魔としては脆弱な存在のもの。

レッサーデーモンと呼ばれる、肉体的には人を凌駕するが、知能は低いもの。

下級悪魔と呼ばれ、レッサーデーモンを上回る力に加え、人間と同等の知能と魔法を行使可能なもの。

中級悪魔と呼ばれ、下級悪魔を超える力持ち、下級悪魔やレッサーデーモンなどを使役するもの。

上級悪魔と呼ばれ、並の龍を凌ぐ力を持ち、中級以下の悪魔を統べるもの。

魔神、即ち悪魔神族と呼ばれ、神に匹敵する力を持ち、他の5種の悪魔とは根本的に異なる存在であり、一般には殆ど知られていないもの。

悪魔と戦うとなれば、例え下位のレッサーデーモンといえど侮れず、中級悪魔ともなればその力は龍にも匹敵する。


「無意味・・・だと? 人間風情がほざきおるわ、多少魔法が使える程度で調子にのりおって」

未だに普通の人間には、姿が見えないままで言う悪魔に対して

「その人間の魔術師に召還されて、扱き使われている奴に言われてもな・・・」

「・・・・・・」

「この都市には大がかりな結界が、城壁とかに張られていてね、物理的に外から悪魔や幻獣なんかが直接侵入できない様になってるんだよ。つまりお前がここにいるって事は、結界の内側で魔術師とかがお前を召還使役したと考えるのが一番妥当って事だ。当然そういう相手の対処方法も熟知している。実際に数えきれないほど処理してきてるのでね」

そして彼は、見えない相手を見据えて

「もう一度聞く、何の用だ」


その暫く前・・・・

柔らかで柔軟な革に、肩や腰の一部が硬質の革当てを付けた、鮮やかな青の鎧を纏い、同じ様に鮮やかな青い髪。

そして、その髪の色と同じ色をした額当て付きのバンダナ。

190cm程の長身で、見るからに鋼のように引き締まった体躯の持ち主。

鎧の肩当てには、掌側から見た右手の握り拳の中に、円を描いた模様が朱色で書かれており、それは ガルストラ と呼ばれる、戦い・正義・実直 を尊ぶ、世界でもよく知られた力ある神を崇める教会の紋章だった。

それはこの男が、その教会の関係者である事を示しており、一般的に信頼や尊敬される立場であるはずだったが・・・・・・

「くっそう~あの爺説教がなげーんだよなー、いちいち細かい事なんぞ覚えられるかっつ~の・・・まったくよ~・・・」

といった具合に、ブツブツと不機嫌に愚痴をぼやきつつ歩いていた。

二十歳前後と思われる男の顔は、その体躯と同じく引き締まり、それなりに整った顔立ちをしていたが、目つきの鋭い眼差しと、機嫌の悪そうな顔つきが、悪い意味で近づき難い雰囲気をだしていた。

そう、今にも「文句ある奴はかかってこいやー、喧嘩常套!」とでも言いたそうな雰囲気全快で・・・・・

夜中とはいえ、多くの店が並び、人も多い大通りであるにも関わらず、皆彼を避けており、近くにいる者は殆どいなかった。

そんな、教会の威厳を貶めるような、まるでチンピラのような状態の彼が、突然上の方を向いたまま止まり・・・

ニヤー~っと不気味な笑みをこぼした。

「どこのアホーか知らねーが、この街で悪魔を召還するとはいい度胸だ。丁度ムシャクシャしてたから、いい鬱憤晴らしになるぜ」

そう言うと彼は、遠くに立ち並ぶ建物の上の方を見ながら走り出していた。


「・・・・何の用だ」

そう声が聞こえたのと同時に、屋根の上に登り終えた彼は、少し離れた場所に浮かんでいる男に向かって

「てめーになんぞに用はねーんだよ」

彼は、場違いでタイミングの悪いという事にすら気がつかずに

「俺が用のあるのはそこの低俗な悪魔・・・・・」

と言っている途中で、屋根の上に浮かんでいる男を見て驚いた様に

「あっ、てめーリュークじゃねーか、なんでこんな所に・・・そうか・・・クックックッ・・・そうかそうか、とうとうやったか・・・ 待ってたぜー、こういう決定的な証拠ってやつを掴むのをっ・・・」

勝った!とばかり、声高に、何やら大きな勘違いをした事を言う彼に

「誰だお前は? まさかお前の知り合いか?」

と、悪魔の方を見ながら、リュークが言い放った。

『何だ奴は? この魔術師の知り合いか? いや、しかし奴はおそらくガルストラの闘士・・・しかも上位クラスの者のはず。 でなければこの俺を視認できるなど・・・ ならば魔術師との共闘など有りえぬだろうが・・・』

「・・・・・・」

未だに常人は見えない悪魔は、沈黙し・・・

「えっ・・・・・・ちょっとまてコラ、お前俺を忘れたのかよ。 俺だ俺っ・・・」

「俺俺詐欺は間に合ってるぞ」

更にリュークに、冷たく言い放たれた。

「なっ・・、このヤロー、ふざけるんじゃねーぞ、戦いの神ガルストラ最強の神闘士であるこの、クイル・キュイルを忘れたってのか!」


闘士、それは・・・教会の猟犬、教会の殺し屋・・・ それぞれの神を崇拝する教会が、悪魔や異端の者、即ちその神、主に教会やその権力者にとって都合の悪い者などを、物理的に排除する為の存在。

神の戦士にして、教会の為に闘う戦闘機械・・・・・と、多くの魔術師達からはそう呼ばれ、忌み嫌われる存在。

一般市民からは、崇拝する神の、力を表すものとされるが・・・

闘士の階級は大きく分けて、下から、準闘士・勇士・戦闘士・戦操士・神闘士・闘神の6等級有るが、純粋にその戦闘力が等級を表す事が殆どであった。


『相変わらず自分を最強などと・・・・全く相変わらずの脳筋野郎だな、そもそも剣聖級の実力が必須な神闘士に何故此奴が成れたのか理解に苦しむのだが・・・・・』

リュークは表情にこそ出さなかったが、内心余計な邪魔が入って迷惑でしかたなかった。

だから、顔を真っ赤にして激怒するクイルに

「忘れたというより、お前の事など今まで気にした事がないから、覚える気事態ないんだが・・・・それにお前みたいな、変な名前の変人っぽい奴と、関わりたい奴なんていないだろう・・・」

その言葉自体、しっかり覚えていると言っているにも関わらず、余りにもショックだったのか、クイルは頭を棍棒で殴られたようにふらつき・・・

「なっ・・・なっ・・・きっ・・・おま・・・うっ・・・くっ・・・」

と、それまでの勢いはどこえやら、今にも泣きそうな顔になった。

「・・・・」

『此奴・・・本当に神闘士か?・・・』

そのやりとりと、最初の勢いや見た目からは、考えられないクイルの様子に悪魔も一瞬目を奪われ・・・・

『・・・以外に精神面は脆かったんだな・・・、これからからかうのは・・・・面白いから毎回これやるか?・・・』

子供の虐めのような事を思いつつも、悪魔がクイルに注意を払った一瞬の隙を見逃さず、リュークは印成と呼ばれる、印のみで呪文を発動させる方法で魔法を使用した。

彼にとっては、簡単な印を結ぶだけの動作だったが、クイルの挙動に併せてそちらの方に体を向けつつ、悪魔からは死角になるように印を結んでいた。

クイルからその印は視認できたはずだったが、ショック状態の彼は、それが目に入っていなかった。

複雑な印を高速で結び終えた瞬間、その建物の壁や屋根に張り付いていた蔦が、一瞬で悪魔の足下まで延びて、その見えない脚を絡め取っていた。

それに驚いた悪魔は、力ずくで蔦から逃れようとしたが、直ぐに諦めて呪文の詠唱を始めた。

その呪文の詠唱が開始されると、見えなかった悪魔の姿が徐々に見え始める。

人の姿形はしているが、黒い肌と背中に一対の蝙蝠の翼を持ち、頭髪はなく顔は赤い瞳に鋭い犬歯、手と足の指には尖った爪が延び、まさに悪魔!という姿をしていた。

その呪文詠唱を聞き、眼前の悪魔の姿と行動が目に入った途端、クイルはショックだった事など一瞬で消し飛び、反射的にその悪魔の行動に反応していた。

彼の目には、脚に絡みついた蔦を取り除こうとしてい悪魔というよりも、危険な呪文の詠唱をしている悪魔にしか見えておらず

「てめー舐めた真似してんじゃねーぞ!」

そう言うが早いか、彼は一瞬で相手との間合いを詰める、瞬動と言われる武術独自の歩方で、一気に悪魔に接近しようとして、一瞬にして消え・・・・・

そして、見事なほど勢いよく転んだ・・・・先程まで無かったはずの、めくれあがった屋根板に脚を引っかけて・・・・

猛烈な勢いで転んだ彼は、屋根板を突き破り、上半身が屋根にめり込む形で、逆立ちのような格好になった。

『・・・・絶妙のタイミングで面白いように引っかかるな・・・・この有様、からかうネタが増えたな・・・』

それを仕掛けたリューク自信も驚いたが、それどころではない悪魔ですら一瞬目を奪われ、危うく詠唱を中断するところだった。

その高速で詠唱された魔法によって、異常に成長した蔦が一瞬にして腐り、枯れ果てて千切れてしまった。

そして悪魔は、翼を広げて宙に浮かぶと、飛翔して距離を取り・・・・

その悪魔に、リュークは手を動かし、新たな蔦を操るかのように、再び空中を蔦が舞い上がるように襲いかかるが、一歩届かずに回避された。

そして延びる蔦を辛うじて避けた悪魔は・・・・背をむけてこそいないが、飛行したままどんどん距離をとり・・・・

『神闘士もいたのでは、分が悪い・・・というより偵察が基本任務である以上・・・・』

悪魔は、二人の忌々しい人間を睨みつけて・・・

そして、逃げだした。

「こんちくしょーーー!」

気合いと共に、力ずくで屋根を破壊して立ち上がったクイルは、上空で小さくなりつつある悪魔の方を見て

「舐めた真似しやがって、逃がすと思うかこのヤロー!」

転倒した原因を、完全に悪魔がやった事だと思ったようで、怒りで顔を真っ赤にして、叫びながら、逃げた悪魔を追って疾走して行った。

リュークはそれを見送るように見て

『捕まったらあの悪魔、八つ裂きになるだろーな・・・無駄に魔法を操作する演技や、余計な魔法を使ってまでして逃がしたんだ、捕まってくれるなよ・・・』

そんな謀を考えながらも・・・・

「さて、邪魔者もいなくなったし・・・・」

呟きながら、遠くの何かに視線を移した。


『ほう・・・・あの人間の魔術師、大したものだ・・・我が主に直接出て貰わねば、この私でも持て余すかもしれぬな・・・・』

リューク達のいる場所から、優に一キロメートル以上は離れた場所で、その様子を窺っている者がいた。

見晴らしの良い塔の上に、姿を周囲と同化するように、身を伏せて、隠れていたそれに、その頭上から

「監視している目的を聞こうかな?」

声のした途端、振り返った先ほどの悪魔とは異なり、そのままの状態から

「なるほど、俺の見ている貴様は幻影だったか・・・・何時すり替わったか知りたい所だが・・・・」

『あれが幻影ならば、後ろの声もおそらく、腹話術の類の可能性が高いな・・・・本体は何処だ?』

言葉を発しながらも、その言葉とは異なる事を、同時に思考しながら、顔にある二つの眼は、遠くを見据えたままで、体の各所にある、小さな複数の眼を開き、辺りを見回した。

赤く輝くそれぞれの眼は、どんな小さなものでも見逃すまいと、視線を巡らしていたが・・・・

『・・・・まさか後方にいる奴が本体・・・なのか?・・・・我が眼でも見破れぬなど、考えたくはないが、此奴は予想以上の使い手と見えるな・・・・』

「挙動不審者のように、キョロキョロ見渡したところで、分からんぞ」

そんな事をリュークに言われながらも、ゆっくり立ち上がりながら、後ろを振り向いていった。

すると、周りの景色から次第にその姿が浮かび上がってきて・・・・先ほどの悪魔に似ているが、翼はなく、頭部に二本のねじ曲がった角が生えており、何より不気味なのは、顔以外の全身各所に、小さな目玉が付いていて、瞬きしながらも、キョロキョロと忙しなく動いている事だった。

「探知が得意な悪魔というところか? それとも、他にも面白い芸ができるのかな?」

挑発するかのようなリュークの物言いに、しかし、悪魔は冷静に

「貴様と闘う気は無い。見逃してはもらいたいのだがな・・・」

「珍しく謙虚な悪魔だな、中級悪魔とはいえ、戦闘型ではないから、という事か? 目的を素直に話してくれるなら、見逃がしてかまわんがな・・・・」

『中級悪魔・・・か・・・気にいらん呼び方だが、一目で此方の実力を把握するとはな。侮れないとは思っていたが・・・・』

姿を見られただけで、大凡の悪魔としての力量を言い当てられ、正面からの直接戦闘は避けるべきだと判断した悪魔は・・・・・

「言った事を、素直に信じてくれるのかな?」

月明かりに照らされて、塔に影を落としていた姿が、浮かんでいた上空数メートルの位置から、悪魔と同じ

塔の上にゆっくりと、影の形を変えつつ降りてきて

「それは話を聞いてからだな」

トンと軽い音をさせて、塔に足をつけると同時に言い放った。

全身に蠢く眼を動かせながら、その姿を見据えて

「意外だが、やはりそれが本体のようだな・・・・」

「だとしたらどうする?」

「別にどうもせんよ」

言いながら、不気味な笑みを浮かべる悪魔の、その体中の眼、全てが、リュークに集中していた。

その刹那、リュークの姿が一瞬揺らぎ、ボッ!っという小さな音と共に、まるで水が蒸発したように消えてしまった。

『真っ向勝負など具の骨頂、生き残った方が勝ちよ』

不気味な、体中の眼から、赤い輝きが薄れていく中で

「あっけないな・・・まぁ結界を張っていたとて、我が死線の集点にいて、その光の中ではな・・・・予定は狂ったが、主の手を・・・・」

しかし悪魔は、その言葉を途中で止め、別の言葉をその口から、苦しげに吐いた。

「キッ・・・貴様・・・・まさか、今のも幻影・・・なのか?」

まるで、目に見えない巨大な手に捕まれたかのように、体を歪ませながらも、微細に振動する角のある頭部を動かし、周りを見渡そうとしていた。

「なるほど、その体中の眼は探知用だけではなく、攻撃用にも使えるわけか、探知は頭部の眼や角の方が得意、といったところだな」

声は、悪魔の右側面から聞こえたが、そこには人の姿は見えなかった。

「その程度の探知能力では、役不足だったな」

「クッ、このクソヤローが、どうやって・・・・」

身動きが取れずに、口調も変わって悪態をつく悪魔に

「種を明かす必要はないだろう? お前は俺との化かし合いに負けた。 敗者は勝者に従うものだ」

「己!、なめ・・・・」

悪魔が言い終わるよりも早く、体を拘束しているものとは別の何かが、その口を塞ぎながら、頭部を締め上げた。

「グガッ・・・グムッ・・・」

呻き声を漏らし、抵抗しようとする悪魔。

「余計な事をすれば、即座に潰す・・・さっきの攻撃は、強力だが、見える相手に死線を集中させないと使えない。 今の状態では、身動きも取れず、魔法も使えまい・・・」

『冷静に考えれば、心印や魔法の道具を使用しての魔法の行使は不可能ではないのだが、使えないと思いこませる事で、相手の行動を制限した方が楽だしな』

「さて、俺の質問に答えて貰おうか・・・・」

「・・・・・・」



リュークが屋上から店の一階に戻ると、いつの間にか一人増えていた。

その老婆は、カウンターの中から、白いマントを脱ぎ、素顔を見せた娘と話していた。

「なんだ、戻っていたのか・・・予定より早かったな」

階段から下りながら、そう言ったリュークを見て、老婆が

「で、どうだったね?」

「一応印は付けた。運悪くクイルの奴に見つかってね、奴に捕まっていなければ、何か分かる可能性は高いだろうな」

「それは災難だったね・・・」

「全くだ、彼奴のおかげで、無駄になるかもしれんしな」

「災難なのは、クイルの方だと思うのだけどね・・・」

「確かに師匠相手だと、災難もいいとこですよねー」

老婆の言葉に頷きながら、その言葉に同意するクロスだが

「クロスくんは、今晩中に、第一倉庫の整理を全て終わらせたいらしいな・・・」

「えっ、だってあそこの整理なんて、一週間(八日間)寝ずにやっても終わらないくらいの・・・・・・」

「クロスくんなら、飲まず食わず休まずに働けば、二週間くらいでできるだろ?」

などと無茶苦茶な事を言っている師匠に

「すみません、災難なのは師匠の方でした言い間違えました・・・・うぅ・・・・」

溜息まじりに肩を落とす、クロスを見て

「貴方、やっぱり最低ね!、罪もない自分の弟子を虐めるなんて、師匠失格だわ」

クロスと同じくらいの年齢だろーか?、クロスと同じく幼さの残る顔は、色白で整った目鼻立ち、澄んだ緑の瞳。

後ろ髪は腰まで延びており、両サイドはゆるいウェーブがかかって、胸元あたりまで延びている、綺麗な金髪だった。

細身の華奢な体からは、気品も感じられるが、目を吊り上げ、威嚇するかの如く言う少女は、お転婆なじゃじゃ馬のように見える。

「なんだ、クロスに惚れたのか?、良かったなクロス、逆玉が狙えるぞ。 どうだ、二人ともつき合ってみたら?」

途端に二人の顔が、真っ赤になって、金髪の少女の方が

「こんな頼りなさそうな子供となんて、あるわけないでしょう!」

「なっ!、頼りない・・・しかも子供って・・・、君だって年は似たようなものだろ、子供扱いはやめてくれっ、というか君、年は幾つだよ」

「15よ、それがなにか?」

「一つ年下じゃないか!、フィレーネ、君は年上にはもっと・・・」

「一つくらいなによ、たいして変わらないじゃない。

それに私、てっきり貴方は年下だと思ってたわ」

「だから子供扱いしないで・・・」

「それと、気安く名前で呼ばないでほしいわね」


リュークは、いがみ合う二人を面白そうに見ながら、隣にいる老婆にだけ聞こえる声で

「シレイネス侯爵家の、フィレーネお嬢様からの依頼は、聞いたのか?」

「それはこれからなんだけどね、あんた心当たりはないのかい?」

「あの爺さんとは、古い知り合いだったが・・・・」

「あのお嬢さんは、その事を知らないようだね」

「だろうな、今回ここに来たのは、シーン、君を頼ってという事だろうしね」

「ここに来れば、リュークにも、それが分かると思ったから、彼女の祖父である、亡きフィフス侯爵は、ここを教えていたんじゃないかね・・・」

「それは・・・どうかな・・・・・」

そう呟きながら、いがみ合う二人の方に視線を向けるのだった。


「・・・ほんとに女々しい男ね、そのうえお馬鹿さんだし・・・」

「馬鹿なのは君の方だと思うけど?」

「なっ・・・・馬鹿っていう方が馬鹿なのよ!」

真っ赤に激情した顔で言う彼女に、平静を取り戻してきたクロスは

「まるで子供の戯れ言だね。それに君が先に言ったんだから、君の方が馬鹿って事だろ?」

と完全に切り捨てた言い方をして・・・そんな口論が、十数分程続いていた。


「いい加減止めたらどうかね?」

「これはこれで面白いと思うが?」

それを聞いた老婆は、溜息混じりに

「何時からだろーねー、あんたがそんなになったのは・・・昔はもっと真面目で誠実で・・・」

「魔術師はみんな、それなりにひねくれてくるものさ」

「人にもよるだろーさ・・・・どちらにしろ、あんたの仕掛けでこうなってる、責任はとっとくれよ」

「ばれてたか」

といって肩をすくめるリュークに

「言霊を使って、二人の言動をこういう方向にもってくるのは分かるがね・・・彼女の本来の性格や、考え方も知りたかっのだろ?」


魔術師達にとって、魔法は五種類の大別と、二元十二柱と言われる分野や属性などに分けられる。

五種類の大別とは

僧侶が神の力を借りて行使する、神聖魔法。

手印や呪文などの形態化された、論理魔法。

イメージ、感情、魔力的な要素などから即興で作る事が可能な、印象魔法。

神の使用する、人知を超えた力を現す、神動魔法。

他の四種以外で、気闘法のような特殊な魔法形態を表す、気功。

言霊とは、気功に属する特殊魔法の一形態で、力ある言葉で強制的に相手を支配する術や、日常会話などの言葉に魔力を乗せて、気がつかないうちに、特定の行動に誘導する事も可能な、主に精神操作系の術である。

これを極めた者の中には、特定の結界内で、言葉にしたもの全てを、現実の事象や物質として、具現化する事も可能だと言われている。


「どこで気がついた?」

「なんだ、クロスに惚れたのか~ と、言ってる辺りが、あんたらしくなかったからね、あの時の言葉に乗せたんだね。 それがなかったら私も見逃していたよ」

「流石シーン、よく分かってらっしゃる」

「あんたとは長い付き合いだからね、何か気になる事でもあるのい?」

「・・・爺さんに何か頼まれてたような気もするし・・・彼女自身、猫被ってる状態じゃ見えないものもあるしな・・・・まぁ、あの性格なら特に問題なさそうだが・・・・」

「なるほどね、しかしその為に・・・クロスはいい迷惑だろーね」

「何事も経験ってやつだよ」

「師匠にいじられてる、難儀な弟子にしか見えないんだがね・・・」

「俺がこうしていられる時間も、そう長くないかもしれんしな・・・・無駄と思える、くだらない事でも、経験しておいた方がいいのさ」

そのクロス達を見つめる、リュークの横顔を見て

「・・・・もう、そういう時期だったんだね」

心配そうな瞳を、自分に向ける老婆に

「問題ない、そのために、今まで準備してきたんだからな・・・」

「殺したって死なない奴を、心配しても仕方ないだろ・・・・今のあんたならね・・・・いや、初めて会った時からか・・・・」

言葉とは異なり、小さく頼りなげにシーンは言う。

「それは相手にもよるさ・・・・・」

それに答えるように、そして、何か遠くを見つめているかのように言う、リュークだった。



それから数分後、クロスとフィレーネの口論は、お互い息切れ状態になったところを、シーンが、

「喉が乾いたんじゃないかね、お茶を入れたから一息ついたらどうかね」

という言葉によって中断され、依頼の件についての話に戻っていた。


「依頼の前に・・・なんでここに、三人もいるのかしら?」

ガラスの様なテーブルに、ティーカップを起きながら、彼女の目は男二人を見据えていた。

反対側のソファーにいる三人のうち、リュークが口を開いて、

「だ、そうだ。クロスには席をはずしてほしいらしい。 痴話喧嘩の後だしな」

「どこが痴話喧嘩なんですか!」

仲良く?、二人同時の台詞に

「息もピッタリあってるしな・・・・」

「本当に何時からだろうかね、こんなになったのは・・・」

溜息まじり言うシーンだが

リュークが、冗談のように

「君が、俺の母親になった時からさ」

言った途端

「・・・・うそーーー!、親子だったの???」

と、また同時に二人が叫んだ。

「嘘・・・と言うより、例えだよ。 そのくらいシーンが年をとったって事さ・・・」

「確かに私の歳なら・・・・普通の人間なら、とっくに墓の中だからね」

「やっぱり、貴方最低ね、女性に年をとったとか言うなんて・・・」

「?」

「?」

フィレーネのその言葉に、シーンとクロスが、何故?という顔をしたが、リュークは

「・・・・確か、君の祖母は東方の島国出身だったか?」

「そう・・・だけど?」

「なるほど、君は祖母からかなり影響を受けたみたいだね。 彼女の祖母の国では、女性は年齢を・・・特に若さに拘る風習みたいなものがあってね。

成人女性の年齢について聞く事は、場合によっては大変失礼な事とされているんだ」

「ヘェー 変わった風習なんですねー」

「そういえば・・・こっちの方だとそんな事を気にする者は、少ないからね」

二人とも、珍しいものを見るような目で、フィレーネを見ると

フィレーネの方も、何故?と不思議な様子で

「えっ?、だってそんなの常識でしょ?」

「君の祖母の国ではそうでも、この国というか、パンドールの文化圏では、大人の女性は、例え幾つになっても、年下にみられる事の方が、子供扱いされていると思われるから、嫌がられるんだよ」

「・・・・・・」

「世間知らずのお嬢様だから、仕方ないだろうが・・・・」

眉間に皺を寄せたフィレーネは、ひきつった顔をして、そっぽを向きながら

「そんな事より、とっとと消えてほしいのだけど・・・」

「クロスは、夕食まだだろう?、食べてきていいよ、でもリュークは・・・どのみちこの依頼を頼む事になるだろうからね、このままの方が手間が省けるよ」

フィレーネの、期待を裏切るような事を言うシーンに

「なんでこんな奴に!、それにこんな奴が葬儀屋の資格を持ってるはずないでしょ!」

「葬儀をおこなう、ではなく葬儀屋の資格が必要なのだね?」

シーンはそう言いながら、リュークを横目で見てみると、今度は、リュークの方が眉間に皺を寄せ、それまでとは異なる顔で

「俺の考えが甘かった・・・か・・・・君の性格ならその手の心配はないと思ったんだがな・・・」

そういって、一呼吸おいてから、フィレーネに問いかけるように

「何故、自殺する必要がある・・・」



それは幾度も繰り返してきた事・・・・

思考をより良い方向に導く為の、魔法による思考誘導や、重度の者には高度な魔法による洗脳。

必要なら記憶の消去を行う者もいるが、自分はそんな事はしない。

何故ならそれは永久的な逃避だからだ。

逃げる事は、時として必要な事もある。

だが、永遠に逃げ続ける事は出来ない。

弱さを認める事も必要だ。

人は弱い生き物だ。

だがそれでも強く有ろうとし、前に進む事が重要なのだ。

弱く、そして真に未来永劫弱くある事を望み、何かに全てを委ねて生きる事は楽だ。

何も考えずに全て神に縋り、その教えを遵守する。

実にお手軽に手に入る安心。

記憶を消してもその事実は残り、消えるものではない。

それに向き合い、生きる事が本当の人の在り方だ。

思考を暗い闇の悪循環から解き放ち、生きる為の活力を与える思考にする。

その為の精神操作や幻覚魔法。

しかし、それらを施しても・・・・施す以前に朽ち果てる寸前の魂を、元に戻す事は出来ない。

肉体的、精神的、どちらか或いはどちらも、限界を超えた者はそれから魂を消耗しても、その何かを成し遂げるかの選択に迫られる。

そしてそれでも成し遂げたいと願う者は、限界を超える程にその魂を消耗して行く。

その消耗も回復の限界を越えれば、魂そのものを削り取って行く。

削られ失った魂は元には戻らない・・・・例え神でも・・・・ならば後は・・・・

「終わったのかい?」

「あぁ終わったよ・・・・」

「安らかな顔だね」

そこには白いベッドの上に、安らかな寝顔で横たわる一人の女性。

ふくよかな胸の下の肺は、呼吸をしていなかったが、生きている様な雰囲気さえしていた。

「表面だけさ・・・・せめて見た目だけでもね・・・・彼女の為じゃない。見る者達が、せめて死ぬ間際に良い夢が見られたと思いたいから・・・・身勝手な思いこみだよ。彼女自身は既にどんな夢を見ても、良い夢とは感じない。感じるのなら救える可能性も有ったが、彼女の魂は既に酷使されすぎていて、手遅れだった」

「泣いているのかい・・・・」

「泣く事なんて忘れているよ。だが、何度やっても嫌な事は嫌なものだ」

「救えなかったからね」

「あぁ・・・・救われないな」

誰に向けて言ったのか、それは自分でも分からなかった・・・・・


自殺・・・・その請負には専門の公的許可証が必要であり、4級~特級の5等級があるが、何れにしても厳正な審査や試験を経て与えられるものである。

六百数十年前に起こった第三次新世界大戦時に、疫病や自殺による死傷者が戦闘での死傷者を遥かに上回り、それに対処する為に教会や国が発足した制度や組織が発端とされている。

葬儀事態に資格は必要はないので、葬儀だけの場合大抵はどこかの教会が行う事が普通である為、葬儀屋が普通の葬式だけを行うことは滅多にない。

葬儀屋の資格を持つ者とは、自殺希望者をカウンセリングによって、自殺をやめさせる事と、その反面、それができなかった場合や、それが無駄と判断した場合などに、安楽死させるという、どうやったら確実で、楽に死ねるかを熟知した者である。

そして、葬儀屋の承認を得て自殺、場合によっては葬儀屋によって殺された者は、葬儀屋も含めて罪には問われない。

それ故に、誰にでも持てる資格ではない。

そしてそれが仕事である以上、報酬は貰う為、金のない貧乏人には無縁と思われそうだが、自殺者の増加は国家としても、教会としても不利益である上に、勝手に状況不明のまま死なれると、都市などでは、死体の処理や調査費用なども必要になる為、支援金もでているので、金がないものでも利用が可能な場合もある。

葬儀屋、それは、世界中どこでも公的に認められている、葬儀と自殺請負いの専門業者である。



莫大な利益を得られる商業都市レイブァンは、北部湾岸地域のブァンズ侯爵領、南部湾岸地域のグレンダル侯爵領、内陸地域のシレイネス侯爵領、都市中心部のカリス国王直轄領の四分割という、異例の区分けがなされている。

内陸地域は船舶での交易がないために、他の領に比べて船舶交易での直接的な利益はこそ少ないが、陸路での交易、田園地帯や森林地帯の豊かな作物や家畜などがあり、輸入で食料をまかなっている他の三つの領とは異なり、自給自足が可能なため、景気や食料飢饉の影響を受けにくい安定した領であった。


フィレーネの祖父である、フィフス・シレイネス侯爵が死去したのが、一週間前。

シレイネス侯爵家での跡継ぎは、代々前任者が指名する事が習わしになっており、フィフスが指名したのが、孫であるフィレーネであった。

フィフスの前任者である、フィレーネの父は既に他界しており、故にその父が再び領主となっていた訳だが、カリス王国の成人は十八歳であり、十五歳であるフィレーネは、そのままでは領主とは認められないのである。

しかしながら、そういった事例は過去に何度もあり、信頼のおける後見人がいる場合は、その限りではないとされている。

当然、その後見人も指名されているが、今回はその後見人が、行方の分からない人物・・・というより生存事態が粗絶望的であり、その後見人が見つからない場合は、第二候補者の中から跡継ぎが決まりかねないという事。

そして、その第二候補者に名前が上がっているのが、


フィフスの次男で、フィレーネの父グリット・シレイネスの弟である、グリフ・シレイネス子爵。

グリットとグリフの妹で現在未亡人のリンナ・シレイネス男爵婦人。

フィフスの弟の息子である、フィリッツファ・シドネス男爵。

フィフスの妹の息子である、ガイト・エンゼルト準男爵。


以上の四名であるが、その四人の話し合いか、多数決で決まった者が領主にするという、この四人の中なら誰がなったとて同じだと言わんばかりの内容が、フィレーネが領主にならなかった場合の内容である。

その場合、血で血を洗うお家騒動になりかねない実状もあるが、フィフスやフィレーネも含め、シレイネス家を良く知る者は、口を揃えて、彼らが領主になりでもしたら、ここの領地は十年とたたずに破滅するだろうと・・・

それだけシレイネス侯爵領の管理が、難しいという他にも、その四人にも問題があるという事である。

そして、後継者を指名する遺言には、


第一候補である、フィレーネが死亡し、それが公的になんら問題が無い場合に限り、侯爵領を国王陛下に返還し、病気や事故死、又は他殺であるなら、別指定の内容にて、ブァンズ侯爵領とグレンダル侯爵領に分割統治の事。


それはつまり、フィレーネが死亡した場合は、確実にシレイネス侯爵領という名前の領地はなくなるという事、葬儀屋による自殺の場合は、領地は国に返却されるという事である。

その部分に関しては、一族から不満の声もあったが、開国以来の習わしであり、貴族にとっては国の法と同様の決め事である上、彼女が死亡しなければ問題もない為、特に表立って反対する者はいなかった。

しかし、彼女が領主の権利を、放棄する事を勧める者は数多くおり、その中には当然第二候補者もいた。



「つまり結論として、君は侯爵領を、文字通り、死んでも国に返還したいという事か?」

相変わらず、眉間に皺を寄せたまま言うリュークに、済し崩しに依頼内容を、言わなければいけないような状況になったフィレーネは

「私だって、先祖代々受け継がれてきた領地を手放したくはないけど、あの馬鹿共に領地を任せたら、確実に領民は苦しんだ挙げ句、取り返しのつかない状況になるのは目にえてるわ」

「確かに、今言ってた四人は、あまり良い噂を聞かないね。 領地の財政も火の車で、餓死者も増えてるとか・・・」

「領民の為に自ら死を選ぶ・・・・嘸やご立派な心掛けだろうな・・・」

鬼気とした、怒りとも、悲しみともとれる、そういうオーラを纏ったリュークの言葉は、その周りを静かに、しかし強烈なプレッシャーで満たされた、そういう雰囲気にするには十分だった。

『こ・こっ・・・こんなに怖い師匠見たの初めてだ・・・』

『な・な・な・な・なによ此奴・・・・こんな脅しみたいな事したって・・・』

『・・・・・・リューク・・・・・』

三人共、まったく別の事を思っていたが、同じようにその迫力の為に、押し黙ってしまった。

どのくらい時間がたっただろうか・・・痺れを切らせたように、フィレーネが

「あっ、貴方に、貴族の義務や誇りを説いても仕方のない事でしょうけど、お爺さまは、例え自分の命に変えても、領民を護る事が、貴族の使命だとおっしゃられていたわ。 その意志を次いでなにが悪いというの?」

「そのお偉い爺さんが、遺言で孫娘に、領民の為に死ね、と言っているのにか?」

「・・・・クロスお茶入れてきておくれ、とっておきのやつを頼むよ」

その会話に水を差すような形で、空になったティーポットとカップを渡したシーンが

「リューク、もう少し押さえた方がいいね、これ以上は実害がでるよ・・・」

「・・・これで、目一杯押さえ込んでるんだがな・・・・が・・・・一息入れた方がいいだろうな・・・」

「実害?・・・」

よく分からない・・・・が、とりあえずフィレーナ自信も一息いれたいところだったので、それ以上は何も言わずに黙っていた。

そして、階段を上がりながらクロスは、先ほどの師匠の事を考えていた。

『そうか、さっきの異様なプレッシャーって師匠の魔力が・・・感情の起伏で押さえきれず、無意識に表にでてきたものか。 普段から魔力とか、無理矢理押さえているから忘れていたけれど、何かで押さえ込んでないと無意識でも、物理的に影響がでるほどの力があるんだった・・・』


暫くしてクロスが、お茶を入れたティーカップとティーポットに、お茶菓子を、それぞれ浮遊する円盤の上に載せて、階段を降りてきた。

そのお茶を飲みながら・・・

「美味しい・・・、これフィルギア王国産のお茶かしら?、でもこんなに美味しいのって私も初めて・・・」

「それはそうだろうね。 あの国でも王室用に厳選されたものだからね」

「それにこのお菓子も・・・これどこで買ったんです?」

美味しいお茶とお菓子に、顔をほころばせているフィレーネに

「あー、それは買ったのではなく・・・・」

それを説明しようとするクロスの言葉、

しかし、その言葉を遮るように、それまでお茶にも手を出さずに、眼を瞑り、瞑想でもしているかのようだったリュークが

「とりあえず、更に二式の半分以下に押さえ込んだ。 これで問題はないはずだ」

『???・・・押さえる?・・・何を?・・・でも私には関係なさそうだし、いいかな・・・・』

何かよく分からないが、フィレーネ自信には関係なさそうなのと、美味しいお茶とお菓子に気が向いていた為、話自体を軽く流していた。

それから更に落ち着いたところで、シーンが話を切り出した。

「とりあえず、そろそろ頭も冷えただろうから・・・・」

「そいう訳で、・・・・話を戻すとしよう・・・」

「言っておきますけどね、私の意志は変わらないわよ」

そう言い放つ彼女に

「自殺事態が悪いと言ってるんじゃない。本気で死にたいと思っている者を止める権利なんて誰にもない」

「えっ?!・・・でも、それは・・・・」

「悪いなんて言ってるのは、世間体を気にして言ってる偽善者か、本気で苦しんで、そこから逃げたい、楽になりたいと思ったりした事のない、幸せな連中なんかだ」

「でも、死にたいって言ってる人はいるし、それを・・・簡単に死ねるのなら、自殺しようとする人なんて、いくらでも増えるでしょう。 葬儀屋は・・・一応カウンセリングが基本だって聞いてるけど・・・・・それって良くない事だし、生きているのに、生きられるのに、人生から逃げるなんて卑怯だわ」

「確かに、生きたくても生きる事ができない者もいる。 そういった者達にとっては、それ自体許せないだろうな。 だがな・・・・例えば圧倒的に不利な戦況下の戦場で、民間人を逃がす、その時間稼ぎの為に戦って死ねと、徴兵された元農民が命令された。彼は命令に従って死ぬべきか、それとも命令に背いて自分の命を護るべきなのか、どう思う?」

「徴兵されたとはいえ、軍の一兵士となった以上命令は、増して、護るべき一般市民を見捨てるなんて許されないわ」

「それは貴族や職業軍人ならそうだろうな、しかしそれは、自殺とどこが違う?。 死ぬと分かっている戦場に、人を護る為とはいえ・・・そして人を殺す為にいくのだぞ?」

「戦争と普通の人生は違うわ。それに、護るべきものの為に死を覚悟して戦う事と、嫌な事や辛い事から逃げる為に死ぬ事とは違う」

「戦争も人生も生きる為の戦い、という意味では同じだ。失敗が直接的な死に直結してる、などの違いはあるがね。逃げる事を否定するのなら、戦争では撤退や降伏も許されないという事になるぞ?」

「撤退も降伏も、まだその先に、生きる希望があるからできる事でしょう? 全てを終わらせてしまう死には、先の希望なんてないじゃない」

「だが、苦しみから解放される安らぎと、少なくともそれを選択できる自由がある」

「そんなの安らぎでも自由でもなんでもない。 只の現実逃避よ。私は逃げないわ・・・絶対・・・・」

リュークの眼を、真っ直ぐに見ながら言う彼女の顔には、それは絶対に譲れないという、強い意志が現れていた。

彼女と同じく、真っ直ぐにその眼を見て、しかし、眉一つ動かさずに、リュークは言う。

「それは君が、本当の絶望や恐怖を知らないから言える言葉だ。それに人は、そんなに強くはない・・・少なくとも生まれた時から、どんな絶望や恐怖にも立ち向かっていける、そんな人間などいない」

「でも・・・」

「自殺が違法だというのは、身元の確認や死体の処理にも手間や費用がかかったり、倫理面など、国家としてそれを認めるといろいろ不都合な部分がでるからだ・・・・つまり、自殺しようとする者の気持ちや状況などは、考えられてはいない。それは、倫理と自分達の都合や考えを押しつけているにすぎない」

「・・・でも、・・・」

「但し、人目に付く所で、死んでやる、とか言っている奴は、大抵本気で死にたいと思ってなんかいない・・・・思いこもうとしてはいてもな。実際は、誰かに話しを聞いて貰いたかったり、構ってほしいだけだ。本気で死にたい奴は、黙って逝ってしまうものだ」

「だからこそ、弱いままでは駄目だからこそ、強くなりたいと思えばこそ、人は少しずつでも強くなろうとする・・・のよ・・・・」

「そう・・・・だからこそ人は、考え、悩み、苦しみながらも幸せを求め、時には止まり、後ろを振り返り、後退し、そしてまた前進する。それに疲れ果て、肉体的な寿命がくるよりも早く、精神的な寿命から死を選ぶ事の何がいけない? 精神的に死んだまま肉体だけが生き続けても、それは本当に生きていると言えるのか?

物欲に凝り固まった者ほど、人の心や魂の在り方を分かっていない。故に、心や魂の死より肉体の死に拘る。

そういった人間は、平気で、肉体的、精神的にを問わず、助かる見込みが無い者、日火炙りで苦しんでいる者を見ても、頑張れ、生きろ、と無責任な事を言う。そして結果に関係なく、頑張った者を賞賛し、挫折した者から目を背ける。

結果が出せなければ、意味がないというのに、肉体と同様に精神にも寿命があるのに、眼に見えないから、分からないから、理解しようとしないから・・・・・

生に拘り、必死に生きようとする事は正しい。

だが、生きる意志がある者に、生きる権利があるのと同様に、死を望む者には、死ねる権利もある。

それを安らかに与えるのが、葬儀屋の仕事の一つだ」

「何が・・・言いたいの・・・・」

「君は、本気で死にたいとは思っていなかっただろう?」

「そん・・なの・・・・そんなの当たり前でしょう!」

「実際に自殺する者の多くは、まだ心が折れていても、砕けていたとしても、正しい治療をおこなえば、少なくとも生きる活力を見いだす事はできる。

だから、本気で死にたいと思っている人間には、本当に死にたいか問い、他に方法がないか考え、そしてダメだと判断したら・・・・・心や魂が寿命だと判断したら、安楽死を与えている・・・・」

「・・・・・・えっ!?・・・与えているって、貴方が?」

「葬儀屋の特級許可証を持ってるからな・・・・」

「貴方が・・・・って、まさか今までの話って・・・・」

「当然、君の意志や、魂の寿命なんかを確認する為のものだったが・・・・・」

「なんで、それを言わななかったのよ!」

「聞かれなかったし、言う必要性を感じなかった」


「そういえば、師匠っていろいろな探知系魔法を永久付与してるんでしたか?」

シーンにだけ聞こえる程度の声で、囁くように言うクロスに答えて

「そうだね、リュークには私らの、性格や魂の寿命も、その色や輝き具合なんかから推測できるんだろうね。 もっとも、より正確な情報は、最初に会った時や、今みたいに、感情や心の揺らぎがあったからこそ確認できる事だろうけどね」

「本人はもちろん、外からどんな名医がみたところで、心や魂が見えるわけはないからね、魔法でもつかわない限りは・・・・」


人の心はその魂と密接に繋がり、同時に魂の寿命は心の有り様に関わる。

魂とは、肉体と心の狭間に存在し、その生物の根元となるもの。

肉体が死ぬと、魂が離れてゆき、そして心も消えていく。

心が死ぬと、魂が肉体の中で消えてゆき、そして肉体も朽ち果てる。

魂が死ぬと心も消えてゆき、肉体も朽ち果てていく。

肉体を無理矢理維持していても、心や魂が戻らない限り、その生物は元には戻らない。

そして、心を直す術は、肉体の治療より困難であり、魂に至っては、不可能に近い。

確かそんな事を、前に師匠から聞いた事があったな・・・


「・・・こっ・・・の・・・・」

何度目かの殴ってやりたい衝動を、

『ここで殴ったりしたら、更に何を言われるか・・・だから・・・・』

と、自分に言い聞かせながら、我慢している彼女に

「大体自殺の依頼にきた奴が、あれだけ元気に話して、お茶やお菓子を貪って・・・・」

「それは・・・彼奴等みたいな馬鹿な貴族とか・・・」

「そういった本音の部分、それが重要なんだよ。 ・・・・本来その辺が手間のかかるところだったんだが・・・・君は実に簡単で、楽だったよ」

複雑な気持ちで、顔が高揚して、赤くなりつつあるフィレーネに

「君は死ぬ必要は無い。肉体は元より、君の心も魂も、まだ数十年は生きられる。そんな人間を楽に死なせる程、俺は甘くはない。だから、必死に足掻いて、もがき、苦しみ、悩んで、自分なりの幸せを掴み取るまで、生きてみろ。その手助けになる、きっかけくらいは作ってやる」

フィレーネの眼を真っ直ぐに見つめて、穏やかに言う彼のその姿は、彼女の動悸を早めるには十分だった。

『い・・・今更そんなかっこつけたって・・・・まぁ確かに見た目は悪くないっ・・・・ていうか、かなり良い方だし・・・・って何考えてるのよ私は、こんな奴に!』

そして、顔が赤くなっていき

「なっ、なななな、なに、かっ・・・・勝手な事いっちゃってくれてるのよ・・・・」

自分でも理解不能な興奮状態で、顔を真っ赤にして、無言になってしまった彼女に

「まぁー、当然相応の報酬は貰うし・・・・大体若い貴族の令嬢・・・しかも生娘が、男も知らずに死ぬなんて勿体ない。生憎俺の好みとは違うからな・・・・相手をしてやっても良いが・・・・なんならそういう男娼とか紹介してやるから、女になってみるか? そうすれば死のうなんて思わなくなるかもしれんぞ?」

などと、それを真剣な表情で言う。

ブチッ・・・何かの切れる音が・・・フィレーネの、うつむいた顔から聞こえた・・・・

『うっわー、ぶち壊しだ・・・・』

などと思いながら、そこからから待避行動に移ろうとするクロス

「・・・・私が許可するよ・・・」

と、シーンは言いながら、どこから持ってきたのか、重そうで、当たると、いかにも痛そうな大量の置物を、フィレーネに渡した。

それを渡されたフィレーネは、無言で立ち上がり・・・・

「一回死ねーーーーーっ!」

真っ赤な顔で叫びながら、手当たり次第に、様々な置物をリューク目がけて、投げつけていった。



その後、シーンの裏切りによって、不意に防御結界などを無効化され、鳩尾に、綺麗な水平飛行をする大皿の直撃を受けたリュークは、痛みに耐えながら、何か言いたげな視線をシーンに向けたが、攻撃の回避に専念した御陰で、二撃目以降は食らわずに済んでいた。


「・・・・そもそも遺言の内容自体がおかしいだろう?」

二人共、暖かい湯気のたつお茶を飲みながら

「それは・・・・お爺さまだって、そうしたかった訳ではなかったはずよ。 遺言を作ったのだって、かなり昔の事みたいだし、その時には後見人だって・・・・少なくともお爺さまは、生存を確信していたはず・・・・」

「そんないい加減な・・・・大体その後見人ってどんな馬鹿なんだ? 大体後見人に指名され・・・・」

「私だって知らないわよ、そんな人。百年前の・・・・鬼神大戦での英雄だとかなんとかで、すごい魔操師だったらしいけど、そんな昔の人間生きてるとは思えないし、実際数十年も前から消息不明だっていうし、そんなの生きてる訳ないんだから、どうしようもないじゃない!」

「・・・・・」

一瞬動きを止めて、固まったリューク

「・・・・一応その馬鹿の名前を聞いておこうかね・・・」

そして、横にいる人物をみてから言うシーンに

「デッド・エンド・・・名前から言って偽名っぽいけれど、【終末のデッド】って言われてた、有名な魔操師らしいわ」

「・・・確か、彼と敵対すると、個人でも国家でも根刮ぎ跡形もなく滅ぼされるとか、滅びの象徴みたいに言われていた魔操師ですね。

歴史の資料にありましたが、ここの魔術師ギルドの創設にも関わっていたとかなんとか・・・・何れにしても、殆ど伝説上の人物ですね。 何故君のお爺さまは、そんな人物を後見人に使命したのか分かりませんが・・・・」

本で学んだ知識の記憶を、紐解くように思いだし、語るクロス。

そして、リュークは今までとは違う雰囲気で、眉間に皺を寄せながら

『・・・・・あんのクソジジィ~・・・これが狙いだったのか・・・』

「私だって知らないわよ。 大体何で、何で、何で・・・お爺さまは、こんなところを・・・・」

そんな、今にも泣きそうな顔の彼女を見て

「その人物なら生きているよ」

「・・・えっ?、今なんて・・・」

シーンの放った言葉に、耳を疑いながらも問いただす彼女だったが

「泣くか、聞くかっ・・・って!」

リュークが言い掛けた途端、ボスっという乾いた音と共に、リュークが今まで座っていたソファーに、先端が太くなった棒のようなものが、めり込んでいた。

一瞬で、ソファーから、その直ぐ後ろに移動していたリュークが慌てて・・・

「待て待て、シーンっ・・・」

「話の腰を折るのはやめておくれ。 それともどこかの馬鹿が説明をするのかい?」

「・・・・分かった、分かった、続きをどうぞ」

言いながら、元の位置にもどりつつ、ソファーの穴の開いた部分を、手でなぞるように動かすと、ボロボロになったクッション部分が一瞬で元の座り心地のよさそうなソファーに戻っていった。

リュークが再びソファーに腰を下ろすのを見て、鎖の付いた棒のようにものをゆったりとした、袖の中に終いながら

「すまないね、馬鹿がいるのも困ったものだ」

「ば・・・・」

何か言おうとしたリュークだったが、何か途中で言葉を濁して、舌打ち気味に黙ってしまった。

その様子に何か、引っかかるものを感じながらも

『そんな事気にしてる場合じゃ・・・・』と、シーンを食い入るように見つめて、その言葉を聞いた。

「これでもね、私もその鬼神大戦に参戦した経験があってね・・・・」

「えっ!・・・・って、お婆さん歳は?」

「おや?、あんたの常識じゃ、女性の年齢を聞くのは失礼な事ではなかったかね?」

「うっ・・・そっ、それはそうですけど・・・・百年も前の戦争に参加したという事は、少なくとも・・・・いえ、いいです、話を続けてください・・・・」

「そのころ私は、ある御方に使えている、と・・・魔法戦士でね、故あって、終末のデッドと呼ばれていた、腕は立つけど根暗で根性のねじ曲がった、魔操師の、か・・・手伝いをしていたのさ」

「・・・・・・」

「魔操師については?」

問いかける、シーンに

「凄い・・・魔法使いぐらいにしか・・・」

「凄い・・・確かにすごかったね。 元々魔法を極めた者、少なくとも最高位の魔法を自在に操る者で、その実力を認められた一部の魔術師が、そう呼ばれる訳だけど・・・」

「中でも、彼は指折りの実力者でね、当時は優秀な、同じく魔操師と呼ばれる程の弟子もいてね、それは優秀な・・・師匠とは別の意味で優秀で、優しくていい男で、凄い魔操師だったよ」

遠い目で、懐かしくも儚い夢を見るかの如く語るシーンを見て・・・

『こっ・・・これってもしかして昔の淡い・・・』

などと、無駄に興奮して顔を赤らめ

「その・・・お弟子さんの事、す・・・亡くなられてる・・・のですよね?」

「いや、今でも生きてるよ」

「えっ、じゃ御結婚・・・というか、お婆さんの旦那様・・・とか?」

「?・・・私に旦那はいないよ。 何か勘違いしてるようだけどね、私が・・・・まぁいいさ・・・で、話を戻すとだね」

ちょっと残念そうな顔をしていたフィレーネを、無視するように

「その魔操師は、その通名の如く、全てを灰燼と化す勢いで戦争を終わらせてしまってね。 彼の力がなければ、今頃この辺りの国も含めて、パンドール側はおろか、このグローディナス神陸事態、旧魔導帝国ベルガズスに占領されていたし、そのまま世界大戦にもなっていただろうね」

「半第五次新世界大戦とも言われている所以ですね」

補足を入れたクロスに頷きつつ

「そのくらい激しく、大きな戦争だったという事さ」

「その戦争で、彼は・・・デッドは生き残ったのですよね?」

「そうだね、生き残って・・・今でも生きてるよ」

「彼は、今どこに?」

「生き残った彼は、有名になりすぎてね。 元々世間で名前が知られる事を嫌っていたからね。 魔術師事態、

そういう者が多いっていうのもあったが・・・」

「これからは、リュークが説明した方がいいんじゃないかね?」

「?・・・何故彼が?」

「その彼の、居場所を知ってるからさ」

「!?・・・なんでこんな・・・・」

まるで、弱みを握られた子供の様な顔で、今にも抗議したい、と言わんばかりに睨みつけられ

「ここまできて俺に振るのか?・・・・しかも余計な話までして・・・・」

そう言いながらも、溜息混じりに

「仕方ないか・・・・但し、幾つかこれから言う質問に答えてもらおうか?。 教えるのはそれ次第だ」

ジィーーーーっと、恨みがましく睨みつけてから

「いいわよ、この際どんな事でも答えてあげようじゃないの、どんとこいよ!」

と、言い放った。

「ではまず、歳は?」

今更何を?、と思いつつも勢いで

「15歳よ!」

「身長、体重、スリーサイズは?」

「身長160cm、体重・・・・・って何の関係があるのよっ!、これっ!」

「何いってる?、どんな事でも答えるって言ったのに、いきなりそれか?」

「そういう問題じゃないでしょうが!」

瞬く間に、只の口喧嘩のようになってしまい・・・・

「・・・・・・・なんと言ったらいいのか・・・」

「・・・・・・・何も・・・言わなくていいよ・・・・」

それを見ていた二人が、独り言のように呟く中も、くだらない言い合いは・・・・というより、リュークが遊んでいるとしか見えない、フィレーネいじりが・・・数分間続いた。


・・・・・ ・・・・・

「・・・それは、金貨五千枚相当のもので妥当というところね・・・」

いつの間にか、まるで内容が変わっている質問に対して、真面目で的確な回答をしている彼女に、

「ヘェー・・・何だかんだいって、しっかり勉強してたんですねー彼女、僕なんかよりよほど農業や商業の才能はある・・・・知識が偏っている気もしますが・・・・」

「確かに、基礎はしっかりしてるね。 今時このくらいしっかり学んでないと、特にこの巨大商業都市で、領地を管理するにはね」

「・・・・というか、いつの間にか質問の内容が、まるで変わってますけど・・・・あの会話から、こういう流れに持ってくのって、流石師匠です」

「魔術師には、只の会話でも、こういった場の流れを支配する事も必要になる事もあるからね」

そして、その問答は暫く・・・・延々と続いていった。


「・・・・植える時期はそれでもいいけれど、刈り入れの時期は、それだと早すぎるから一月近くずらした方がいいわね」

「一ヶ月は長すぎるだろう」

「一月近くといっているのよ、あくまで最悪でも一月未満って事。 実際には天候や土の状態とかも見て判断しないといけないから、それをやっている人に聞くのが一番でょう?」

既に、何十回目だか分からない質問を、答え終わって

「・・・・いいだろう、合格だ」

『よかった~、正直知識だけで、実践経験はないから、込み入った内容のものはダメかと思ったわ・・・・って何安心してるのよ、というかいつのまにこんな話に・・・・しかもこんな奴に・・・・それより、肝心の・・・・』

安堵と焦りが混じり合う中、大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせ

「合格って事は、私を領主として、補佐してくれる後見人の居場所を・・・・・」

「正確には君が、成人して正式な領主となるまでの補佐役だが・・・」

「どっちでも良いわよ、もちろん教えてくれのでしょうね?、今更知らないなんて言わせないわよ」

急かすように言う、フィレーネだったが

「そう焦るなよ、その前に、いい加減忘れている事があると思うが?」

「?・・・何を?」

「君がここに来てから随分立つが・・・・・」

「だから何よ?・・・・」

「・・・・・春も近いとはいえ、夜の野外は冷えるだろうなと・・・・」

「・・・・・あっ!・・・・クレア・・・・」



暫く前・・・・

不知火の入り口横で、朱色のマントを羽織った人物が、フードを眼深く被ったまま、視線だけを上に向けて

『まだ張り付いているな、あの悪魔・・・・どうせ他の貴族共が送り込んだ監視なのだろうが・・・・』

「・・・必要になっったら、排除するまでだがな・・・」

小さく呟いた、その彼女の真紅の眼は、炎の如く輝いていた。

『?!・・・』

店を背に、通の方を向いていた彼女は、背後の店から今までとは異なる波動を関知して・・・・

『結界か?・・・・強化された?』

通りを向いたままの姿勢で、考えを巡らせていると・・・

『悪魔の動きが?・・・・、屋根が邪魔で・・・状況が把握できない・・・・かといって下手に呪文を使う訳にもいかないし・・・』

そうやって考えているうちに・・・黒い、翼のある人影が飛翔し、夜の闇に紛れ、消えていった。

その後を追うように、人影が疾走していったが、直ぐに見えなくなり・・・・

暫く静寂な時が続いた後、その屋根の辺りから、人影が空中を、スーっと漂いでて来て、高さ40メートル以上はありそうな、不知火の屋根上に移動していった。

それらを、体や顔を動かさずに、視線や気配だけで追っていた彼女は

「チッ、厄介な・・・・」

愚痴の如く呟いた後、殆ど直立不動のままに、二時ほど(一時=二時間)の時間を、冷え込んできた夜風の中、過ごした。

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