琴音さんとカフェの午後
ああ……駄目だ。
私は目の前のパソコンの画面に向かってため息をつくと、書きかけの小説を閉じてダラダラとお気に入りのサイトの巡回を始めた。
せっかくの貴重な日曜日なのに……
軽く……いや、結構な自己嫌悪に陥りながら、すっかり冷めたコーヒーを飲む。
雑念が入るとものの見事に書けなくなる。
もう3日も書いてないからそろそろ新エピソード投稿したいのに……
でも、書こうとするとモヤモヤが浮かんでくる。
私はまた深々とため息をつくと、またとあるサイトを見る。
それは小説のコンテストのサイトだった。
そこに出ているのは一次選考の結果。
……やっぱり何度見ても一緒。
私の名前はない。
分かっていた。
自分の作品より他の人の方が上な事は。
自分の作品では通用しないことは。
いわば記念受験のつもりだったのだ。最初は。
コンテストも経験になるし、そこから刺激を受けられるかも、と。
でも、いざ結果を見るとへこむ。
こんな事なら参加するんじゃ無かった。
しかも、仲良く交流してた人が通過してたのもモヤモヤに拍車をかけていた。
秋月さんに刺激を受けて始めたはずのノートへの書き込みも、最近サボりがち。
やっぱり人はすぐには変われない。
ポジティブも才能なんだろうな……私にはない。
このまま家に居ても気が滅入るだけだと思い、ダラダラとサイト巡りをしているとふと秋月さんの顔が浮かんだ。
彼女、何してるかな。
私は友達が酷く少ない。
まして職場の人とプライベートまで関わるのは絶対お断りだ。
そんな主義ではあったが、なぜか無性に彼女と話したかった。
でも、嫌がられるかな?
彼女もプライベートを大事にする人っぽい。
職場の……しかも、最近絡み始めたような女からラインなんて迷惑かな……
そのまま携帯を見ながら20分ほどアレコレ悩んでいたが、思い切って秋月さんに「おはよう、今日はここまで良いことあった?」とまさに何の中身もない事をラインした。
送った後は、数十秒ごとにソワソワしながら確認する。
まだ既読になってない……
彼女も忙しいんだろうな……
全く、これじゃ片思いの乙女じゃん!
それから30分ほどしても既読にならないので、ションボリしながらお昼ご飯の準備でも……と思ったとき、携帯が鳴った。
しかも電話の方!
驚いて確認すると秋月さんからだったので、慌てて出た。
「も、もしもし」
すると電話の向こうから秋月さんの柔らかな声が聞こえてくる。
「おはようございます。すいません、ライン気付くの遅くなって。お風呂入ってたので、今確認して慌てて電話しちゃいました。ご迷惑ならすいませんが……」
「あ、ううん! 全然。コッチこそゴメンね、お休みなのに。しかもあんなどうでも良いことを……」
「全然ですよ。むしろ嬉しかったです。笹屋さんも良いこと探ししてくれてるんだな……って」
「え……そんな」
いや、むしろネガティブの底だったんだよ……と思ったけど言えなかった。
「うん……まあ……ね。でも、本当に迷惑だったらいいよ。休みの日に職場の人とやり取りとか面倒でしょ?」
「いいえ、全然そんな事無いですよ。必要とされてるって嬉しいじゃないですか。……所で何かありましたか?」
「へ?」
「すいません、考えすぎかもですが笹屋さん、元気なさそうだな……って。ラインの内容もだし、お話ししてる感じも」
おお……そんな所まで察しちゃうんだ。
そんなこと言われたら……もう……甘えちゃうよ!?
「よく分かったね……今からお茶とかって出来る? 聞いて欲しいことあってさ」
●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇
秋月さんの家の近くのカフェに待ち合わせの20分前に入ると、そこにはすでに秋月さんがお茶を飲みながら待っていた。
うおお……早い。
「あ、笹屋さん。お早いですね」
「ゴメンね、お休みの日に」
「いいえ、私こそすいません。私の家の近くにしてもらっちゃって。笹屋さんのお家の近くで良かったのに……」
「ううん、私が引っ張り出したんだからこのくらいさせて」
「有り難うございます。笹屋さんって本当にお気遣いが凄い……」
「いやいや……」
秋月さんの言葉に顔が熱くなってしまう。
ホントに褒め殺しだな。
私は店員さんにジャスミンティーを頼むと、焦って話題を変えた。
「秋月さんって朝にお風呂入る人なんだ? そういうのいいね」
「はい。お休みの日は朝と夜に入るんです。お気に入りの入浴剤を使って、ぼんやりとしてると頭が凄く整理されてスッキリします。私の至福の時間です」
「へえ……私はサッとシャワーで済ませちゃうな。恥ずかしながらめんどくさがりだから。あ、もちろん毎日シャワーは浴びてるよ!」
「ふふっ、わかってます。笹屋さん、いつもいい香りがしますもんね。……所で、お話って……なんですか? 良かったら聞かせてください」
私はカフェの天井に視線を向けたり、ジャスミンティーのグラスに視線を向けたりしながら中々口を開けずにいたが、思い切って打ち明けることにした。
小説での悩みを。
●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●
「そうですか……書いたものが数人にしか評価されない。コンテスト? にも落ちてモヤモヤする……」
「ま、下手の横好きって奴なんだけどね。なのに器も小さいもんだから、人が羨ましくなっちゃってさ。ホントにしょうもないよね。ゴメンね、お休みの日のカフェで話す事じゃ無いよね」
「そんな事無いですよ。笹屋さんが本当に小説書くのが好きで、真剣なんだな……凄く努力されたんだな。そして、小説の実力もある方なんだ、って」
「いやいや、実力なんて……ある訳ないじゃん。真剣でもないし。それにコンテストの読者選考も駄目なんだから、実力も何もないじゃん」
「そうでしょうか? 真剣だからそんなに悩むと思うんです。どうでもいい、と思ってたら結果なんでどうでもいいと思うでしょうし。後、結果が伴わず悔しいと思うのは、それが手に入れられる位置に居るからでしょうし」
「手に入れられる……位置」
「はい。週末のフットサルを趣味にしている会社員の方が、外国のプロリーグで活躍するサッカー選手に嫉妬なんかしないし、そんな所に入団できなかったって、悲しんだりしない。そうするのはそれが叶う位置にいる人だから。それって凄いじゃないですか」
「そうなのかな……私は挫折したように感じる。新作書いても星も数人からしか着かないし、PVだって2~30程度だしさ」
「いきなりすいません、ちょっと私の取って置きの秘密を……」
と、秋月さんは恥ずかしそうに笑うと、自分のスマホを操作して私に見せた。
それはブログで、様々な形や色とりどりのガラス球が載っている。
「うわあ……綺麗」
「有難うございます。これ、顔見知りの方に見せたのは笹屋さんが始めてなんですよ」
「え!? じゃあこの綺麗なガラス球、秋月さんが作ってるの! 凄いじゃん」
ところが秋月さんは小さく首を横に振った。
「これはとんぼ玉と言って、ガラス棒を溶かして棒に巻きつけて成型する物なんですが、私なんて全然下手っぴですよ。ブログ友達にはもっと綺麗な玉を成型する人も居るし。でもこんな私の作品にも毎回必ず、応援して下さる方が1~3名いらっしゃるんですよ」
「あ……なんか……ごめんね」
私は悪い事をしたみたいで、気まずかった。
秋月さんは私を励まそうと、自分の傷になるものを見せてくれたのか……
「いいえ、お気になさらず。でも、私このブログ書いてるのもとんぼ玉を作るのもすっごく楽しいんです。生きがいの一つなんですよ。すっごい恵まれてるな……って」
「……そうなの?」
こう言っては失礼だが、所謂「過疎ブログ」とも言えるこれが……生きがい。
「はい。私の貴重な居場所の一つです。だって、玉を作っているときは無心になれてスッキリするし、その時間が大好きなんです。そんな時間を持てて、さらにその成果をブログと言う形に残せて広い世界に発信も出来る。しかも、毎回あった事もないこの国の何処かにいらっしゃる1人~3人もの人に確実に共感していただけている。これって奇跡ですよね」
「奇跡……1人から3人もの人に」
「はい。私たちの父や母の時代じゃ考えられなかった。自分が心から大好きなものに共感して下さる方々との出逢いをこんな簡単にもらえるなんて。こんな下手な私の作品にも確実に共感して下さる方がいらっしゃるなんて、毎回感動しています」
「たった……それだけの人数、とは思わないんだ……」
「はい。もしですよ……笹屋さんが近くに露天を出して、いきなりご自分の小説をを並べたとしたら……そして、通りがかりの20から30人の方が足を止めて読んでくださり、さらにそのうち数名の方が『面白いね』『気に入ったよ。次も読みたい』って言って下さったら……どう思います?」
言われるままにその光景を想像した。
すると……驚くほどに……
「……感動……するかも」
「ですよね。その『ヨミカキ』と言うウェブ小説のサイトでは同じ事が起こってるんです。ただ、露天かインターネットかの違いだけ。投稿サイトだって、向こう側には血の通った、感情もある読者様がいらっしゃるんです。笹屋さんが感動されたと言う通りがかった方と同じく」
秋月さんの言葉を聞きながら改めて、ヨミカキのマイページを見直す。
これまでは劣等感が湧き上がるだけだった、PVや星のページが何となくキラキラして見えた……かも。
そうだよね。
30人近い見ず知らずの人に興味をもたれている。
そして3、4人の人には確実に「面白い」と言ってもらえている。
最初に投稿を始めたときは、一つの星でも感動してたんだよね……
「ありがとう、秋月さん。相談して……良かったかも」
「いいえ、有り難うございます。私なんかに話して頂いて。嬉しかったです」
「え……嬉しい?」
「はい。悩み事ってなかなか人に言いづらいじゃないですが。否定されたらどうしよう。大した事ない、とか言われたら嫌だな……とか考えちゃって。なのに私に話してくれたのって、凄く勇気がいると思うし、それが嬉しいんです」
「そっか……ありがと。でも秋月さんには縁のない悩みだよね」
彼女から目を逸らしながら言うと、秋月さんはクスクス笑い始めた。
「笹屋さん、私を買いかぶりすぎです。前も言ったじゃないですか『私はネガティブ』って。そのお悩みも……よく分かります。私もそうだったので」
私はビックリして、思わず目を見開いて彼女の顔をマジマジと見た。
「え? 秋月さんも人を羨んだり、成果出ないのでモヤモヤしたりしたの?」
「はい。私だって人間ですから。でも、さっきの事に気付いたら逆に『え? 私って凄く恵まれてる!』って思えて。だから笹屋さんにもお伝えしたかったんです」
「あれだよね。コップの半分の飲み物を『もう半分しかない』と思うか『まだ半分もある』と思うか」
「そうですね。見方が変われば世界は変わります」
「世界……」
「そうです。私は笹屋さんとお話できて、またさらに世界が変わりそうな気がしてワクワクしてます。なので……良ければまた誘ってください」
そう言って恥ずかしそうに微笑む秋月さんに、私も同じくらい恥ずかしくなりジャスミンティーを飲みながら、目を逸らしつつ「よろしく……」と言った。
世界が変わってるのは私の方だよ。
あなたのお陰で。
そう思いながら、今日2杯目のジャスミンティーを注文した。
琴音さんは気にしない 京野 薫 @kkyono
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