異世界旅館 ~おもてなし料理の秘密~

内田ヨシキ

異世界旅館 ~おもてなし料理の秘密~

幻風楼げんぷうろう』は旅館である。


 攻略され安全になったダンジョンの地形を利用して作られた。


 冒険者向けの宿のように、ただ泊まれるだけの施設ではない。宿泊客は、珍しく美味しい料理を提供され、温かく癒やされる温泉に浸かり、様々なサービスを受けることができる。泊まること自体が娯楽となる宿なのだ。


 そう、この旅館には温泉がある。


 旅館『幻風楼げんぷうろう』の主人ジロー・ケイマは、ダンジョン内に湧いていた湯に大きな価値を見出し、冒険者を辞めて旅館の建設に心血を注いだのだ。


 旅館はたちまち評判となり、繁盛した。施設は拡大され、部屋数も増えた。従業員の数も今では3桁。最上級の部屋は、貴族たちが予約を争い、数ヶ月待ちになるほどの人気ぶりである。


 人気の理由は、各種サービスや温泉はもとより、料理によるところが大きい。


 主人であるジロー・ケイマは異世界転生者である。彼は前世では料理人をやっていた。こちらの世界では珍しい料理が提供される。もちろん珍しいだけではない。とびきり美味しいのだ。


「美味いぞぉおおお!」


「これを食べるためだけに泊まる価値がある!」


「このスープ……! スープに神が宿っているッ! ご主人、いったいどのように作っておられるのか!?」


「ははは、企業秘密でございます」


 ジロー・ケイマは、他の料理のノウハウは教えても、決してスープの秘密だけは誰にも教えていない。


 とはいえ、多くの者たちは共通して、あるモノに秘密があると睨んでいる。


 旅館『幻風楼げんぷうろう』建設のきっかけとなった温泉である。


 あれをジローのノウハウで加工して、あれほどの味に仕立てているのだ。


 その秘密を探りにきた者は幾人もいたが、すべて失敗に終わっている。湯を盗んでいっても、ジローの味には決して及ばなかったのだ。


 ゆえに味を盗むために旅館に通い、何度もスープを飲んでは、その味が再現できずに嫉妬と美味に狂いそうになっている料理人もいたりする。


 大層評判の『幻風楼げんぷうろう』のスープ料理だが、それに一切興味を持たない客層も一定数いる。


 というよりも、彼らはあらゆる食事に興味を持てない。


 スケルトン族である。


 高級宿では人間種の客に不快感を与えるからと、魔物の立ち入りは認められないのが一般的だ。しかし元は異世界人であるジローの『幻風楼げんぷうろう』は、まともに交流できる知性を持った魔物なら歓迎している。


 オーク族やゴブリン族、コボルト族、それにスケルトン族も。


 すべての客に心から楽しんで癒やされてもらう。それがジロー、ひいては旅館『幻風楼げんぷうろう』のモットーである。


 とはいえ、すべてを一緒くたに扱うのもトラブルの元であるため、宿泊させる棟や浴場は分けられている。


 ある日、常連のスケルトン族がジローに問いかけた。


「他の種族の者と話す機会があったが、これは我々にだけしているサービスだそうじゃないか」


 それは浴場でのサービスのことだ。


 旅館『幻風楼げんぷうろう』では、スケルトン族の客には必ず1~2人の従業員が付き、体の隅から隅まで綺麗に洗ってから入浴してもらっている。個人用の特別な風呂釜で。


「骨だけの体は、生身より洗うのが大変でね。人にやってもらうのは非常に助かるし、骨のズレも治してもらえて大変心地いい。風呂もそうだ。皮も肉もない身としては、沸くほど熱い湯で初めて温もりを感じる。お陰で最高の癒やしとなっているが、しかし、なぜスケルトン族を特別扱いするのかね?」


 ジローはなんでもない風に答えた。


「特別扱いはしておりません。あらゆるお客様には平等に楽しんでいただいております。スケルトン族のみなさまは、お食事を召し上がることができません。ですが宿賃は他種族と同じくいただいております。お食事の代わりがなければ、それこそ不平等……。悪い意味で特別になってしまいますゆえ」


「なるほど。そういうことなら気兼ねなく楽しませてもらおう。ご主人の奉仕精神には恐れ入る。ますます気に入ったよ。骨のある商売人は好きだ」


「恐れ入ります」


「しかし食事の代わりのサービスにしては過剰な気もするが……いや、君の料理がよほど美味なのだろうな。生きているうちに味わってみたかったものだ」


 その常連スケルトンは、カタカタと愉快そうに笑った。


「同族の若い者たちにも宣伝しておこう。サービスしてやってくれたまえよ」


「はい。そうしていただけますと大変ありがたく思います」


 ジローも商売人らしく微笑んで立ち去った。


 それからもジローは毎日、多くの宿泊客に特製のスープ料理を振る舞う。


「いやあ、これだよこれ! 口に含んだときのこの味の深み!」


「ずっと味わいたいのに、味わうほどに減っていく。なんと幸せなジレンマか!」


「美味いッ。とにかく美味い……!」


 今日も舌鼓を打つ客たちに満足げに微笑むジローである。


「しかしご主人、これだけ客が来るというのに、よくもまあ毎日安定して提供できるものだ。やはり湧いている湯を使っておられるのか?」


「いいえ。料理に温泉など使ってはおりませんよ」


「なんだって!?」


 やや離れた席で、もはや常連となった料理人が驚愕の叫びを上げていた。


「ではいったいどうやって!? これだけの量を毎日作るなんて、湧き出る湯を使うしか考えられないのに!」


「それは企業秘密でございます」


 そしてジローは、今日も新たにやってきた宿泊客へ挨拶へ赴く。


「あの、ここはお風呂が気持ちいいって聞きまして! オレら食事はできないけど、その分、すごくサービスしてもらえるって本当ですか!?」


「ええ、もちろんです。スケルトン族のお客様。ようこそ『幻風楼げんぷうろう』へ。骨の髄が染み出すほどの湯を、どうぞごゆるりと堪能くださいませ」


 …………。


 なお――。


 ――ジロー特製のスープ料理の名は、『ラーメン』という。

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