キミとシャニムニ踊れたら 第9話「恥じのある後悔」

蒼のカリスト

「恥じのある後悔」

                 1


 「今日から、陸上部でお世話になります。2年4組中村華です。宜しくお願いします」


 「同じく、2年4組梶野咲っす。宜しくお願いするっすわ」


 「2年3組、春谷依。元は吹奏楽部にいました。肺活量に自信あります。宜しくお願いします」


 「以上がうちの陸上部の新入部員だ。宜しく頼む」 

 小松先生の言葉から、3人は一礼し、周囲からは拍手が巻き起こった。


 華の告白から一週間後。グラウンドにて、女子陸上部に遅めの新入部員の紹介式が催された。


 「晴那、お前の所為だぞ」


 「いーじゃん、即戦力になりそうじゃんよ」


 「いや、あんたはいつまでいるんだよ、元部長」


 「二年生で部活出来る期間は限られるけど、宜しくお願いします」 

 華はおうと声を掛けてくれたが、残りの2人はあたしを睨みつけるばかりだった。 無理もない。大好きな人を振ったあたしは、彼女達からすれば、疫病神に等しいのかもしれない。 

 正直、華が陸上部に戻って来るとは思っていなかった。 

 どうやら、小松先生にあの走りを見て、来ないかと誘われたらしい。 

 華自身、葛藤はあったが、こんな所で人生を終わらせないでと小松先生に言われたことが、相当響いたらしい。 

 因みにその話を聴いたのは、告白された後であたしはその寒暖差で風邪を引いた(一日で治したけど)。


 「せんぱぁい!戻って来ると信じてました。流石です、華先輩!」


 「お前、きらい」


 「えっ・・・」 

 華の辛辣な言葉に、櫻井は言葉を失った。


 「さぁ、部活始めるよ」


 「はい!」 

 華とあたしたち、女子陸上部の新しい一日が始まろうとしていた。


 「えっ・・・」  

 練習が終わり、完全燃焼していた梶野と春谷の2人はこの世の終わりみたいな顔で下を向いていた。


 「きっついすわ。基礎練習ばっかで、泣きたいっすわ」


 「そりゃ、全国行く所っすよ。当然とは思ってたけれど、舐めてた」


 「今日は軽い日だ。こんなんでへこたれるな」 

 こんな中途半端な時期に加入して来た2人もいつか、いい選手になれる日が来るのだろうか?


 「うっす」 


 「反論出来ねぇのが、悔しい」


 2人を見つめる華は、いつになく大人しく見えた。


 「話しかけないの?」 

 あたしの言葉に華は何処か、余所余所しい態度で話し始めた。


 「あいつらが、勝手について来たんだ。本当について来られるかは、あいつら次第だしな」 

 華も華なりに色々考えていることが、その言葉だけで理解出来た気がした。


 「それよりもさ。思い出したことがあるんだけど」


 「ん?何の話?」 

 急に改まって話し始める華の様子にあたしは少し背を伸ばした。


 「体育祭の日、羽月の姉来てたよな」


 「来てたけど、それがどうしたの?っていうか、何でそれ」


 「アタシら、夏祭りの日、あの人に脅されたんだけど」


 「何それ?」 

 いきなりの話にあたしは動揺を隠せなかった。


 「夏祭りの日に、花火見ようとした時、羽月の姉に脅されて、場所取りしてた所を追い出されたんだよ。今思い出しただけでも、寒気が」 

 華の言葉にあたしは、言葉を失った。


 「おい、どうした」


 「いや、何でもない」


 「顔色悪いぞ」


 「ごめん、これ以上は」 

 華が嘘を憑くとは思えない。恐らく、真実なのだろう。 

 妃夜のお姉さんが何の目的でそんなことをと考えたがそれ以上は出て来なかった。

 どんな背景にせよ、あたしは彼女の為にやれることをしなければ。だって、あたしは彼女のヒーローだから。


                2


 二学期の中間テストが終わった10月の終わり。あたしの元に一通の手紙が届いた。 差出人は、間宮凪その人だった。正直な話、連絡先は知らないはずなのに、送付された手紙に悪寒がしたことは、口にしないでおこう。 

 中身は複数枚の便箋とSDカードだった。


 恐る恐る、あたしは自室で手紙を開封し、中身を読むことにした。


 拝啓 暁晴那様 

 突然のお手紙失礼致します。 

 急な形でのお手紙、ドン引きしたと思いますが、どうか、お許しください。 

 何故、あなたにこの手紙を書き記したかと言うとあなたをヒーローと認めたからです。 

 どんなに辛いことがあっても、挫けず立ち向かう貴方を信じて、筆を執った次第です。 

 これから、お話することは、私が転校するに至った経緯、私が知る羽月妃夜と言う人間と彼女に今起きている現状についてのお話です。


 あたしは読むのが、面倒になって、書いてあった連絡先にいきなり、電話することにした。


 「もしもし?」


 「暁晴那です」


 「はい」


 「こんな意味不明な行為だって、自覚してるでしょ?あたしじゃなくても、大人の人に相談すれば」 

 間宮さんはとてつもない憤怒に満ちた声を出した後、短い言葉に全てを込めた。


 「それはダメ」


 「なんで?」


 「私はアイツらに裏切られ続けた。私の夢も希望も、全部全部全部。だから、大人ではなく、あなたを選んだ」 

 その言葉一つ一つはまるで呪詛のように重みを持ち、悔しさに満ちていた。彼女がそこまで想う何かが、あったのか?彼女の言葉にあたし自身、飲み込まれそうになっていた。


 「何で、そこまで?」 

 語彙を失ったあたしは教科書通りの回答しか言えなくなっていた。


 「羽月妃夜は私のお姉ちゃんだから」 

 その言葉を吐き出す為に一体、どれだけの責め苦と苦悩が満ちていたか。あたしには、想像がつかなかった。 

 彼女の思いの強さにあたしはそれ以降、なにも言えなくなってしまった。


               3


 その後、彼女は話しにならないと言って、電話は中止となってしまった。


 あたしは頭を抱えた。とんでもなく、面倒で厄介な相手に目を付けられたのではないだろうかと考え込んでしまった。 

 頭に過ったのは、彼女をそうさせるに至った妃夜と間宮さんに起きた悲劇の全貌。彼女を絶望させるに至った地獄をどんなに考えても、あたしには理解出来なかった。


 「晴那、ごはんだぞ」


 「はーい」


 にーちゃんの声に意識を取り戻し、あたしは夕食を取ることにした。


 その日はそれ以上、手紙を読むことは辞めて、風呂に入り、眠ることにした。


 翌日。手紙には一切、目をくれず、そのまま、学校に向かったが、思い出すのは、間宮さんの最後の言葉だった。 

 私は妃夜が好きなのか、愛しているかが、よく分からなかった。そもそも、それほどの愛を以て、生きたことが無いから。


 教室でも、ぼんやりとして、頭を抱えながら、この思いに向き合うべきか、思慮を巡らせ、考えていた。


 「おい、ゴリラ。昼休みだぞ」 

 朝が現れ、あたしに話しかけた。


 「ん?」


 「ミーティングに行くぞ」


 「今日は良い」


 「いいわけないだろ。駅伝の予選会もあるし、文化祭の練習と同時並行しないといけないんだぞ。どうすんだよ」 

 朝の方が、部長に向いている気がするが、今は押し付けられた手紙で頭がいっぱいだ。 


 「分かった、分かったから、起きますよ」 


 とりあえず、頭を上げ、体を無理やり立ち上がろうとすると近くに妃夜が居た。 ここ最近の彼女の表情は何処か、元気がない。二学期の中間テストは4位だったらしく、あたしとしても、気が気で無かった。 

 もしかすると妃夜は、間宮さんが好きで両想いだったのかもしれない。 

 あたしが考えても仕方ないので、とりあえず、部室へと脚を向けた。


 部室でのミーティングを終え、昼食を取りたかったが、気分が萎えて、それ所では無かった。 

 あたしは部室の机から起き上がることが出来ず、そのまま、突っ伏していた。


 「おい、部長、しっかりしろ、らしくねぇじゃねぇか」 

 それは紛れもない華からの慰めの言葉だった。 振られたにも関わらず、関わる彼女には頭が上がらない。 


 「やることなすこと、色々多くて、頭が痛いんだよ」


 「部長は大変なんだな」 

 華の薄味コメントにあたしは、顔を上げた。


 「ねぇ、何で、今もあたしと話すわけ?正直、辛くないの?」 

 部室にはあたしと華の2人だけになっていたので、あたしは率直な意見を聴いた。


 「お前、そういうとこやぞ」


 「だって、気になるじゃん。一緒に練習してる華の方がおかしいよ」 

 華ははにかみながら、長考しつつ、ようやく言葉を発した。


 「そりゃ、陸上好きだし、それに1人になりたくなかったしな」 

 それは彼女の告白の言葉だった。聴いてるこちらが、むず痒くなるような言葉にあたしは思ったことを口にした。


 「それ、梶野や春谷に同じこと、言えるの?」


 「あいつらは、友達。お前は恋人。それでいいんだよ」


 「まぁ、振ったんだけどね」


 「お前、アタシをどっかの不良か何かと勘違いしてねぇか?」 

 あたしは立ち上がり、弁当を持って、部室を後にするため、歩き始めた。


 「アタシは怖かったんだ。この思いを口にしないまま、死ぬことが。強くなるために色んなことをした。その結果、遠回りばかりだった。だけど、今も未練はあるし、ワンチャンを信じてる自分もいる」 

 其処まで、赤裸々に話さなくても良いと思ったが、それを止める資格は振ったあたしには無いと考え、そのまま、沈黙を貫いた。


 「昔だったら、無理だったけど、ここからアタシ達の関係が始まったら、嬉しいなとは思ってるよ・・・本当に」 

 あたしは余りの気恥ずかしい話に耐え切れず、面映ゆい気持ちを抱えながら、部室を後にした。


 「お前が振って来たんだろうがぁ」 

 華の言う通りだ。きっと、間宮さんも同じような気持ちで向き合いたいと思ったんだ。だから、あたしは向き合わなければならない。 

 例え、その結果がどうなるにせよ、今は彼女の思いに向き合うこと以外の選択肢はあたしには考えられなかった。


               4


 「もしもし」 

 その日の夜、あたしは自室で間宮さんと電話をすることにした。


 「電話してくれると思ってませんでした。正直、嬉しいです」 

 何処か、声が曇っているのは、彼女の体調が関係しているんだろうか。


 「100%、信用はしてないよ。ただ、話が聴きたいだけ」


 「分かりました」


 「あたしを使って、何をさせたいの?」


 「劇をやって欲しいんです。SDカードを見て貰えたら」


 「あなたは何がやりたいわけ?復讐?それとも、思い出作り?」


 「正直、自分でも分かりません」 

 わからない、彼女の気持ちも一括りには出来ないのだろう。


 「何で、自分が生きていて、どうして生かされているか、謎でした」 

 いきなりの自分語りに、若干苛々を隠すことに必死になったが、あたしは彼女を信じることにした。


 「その生きる意味をくれた人に、後悔を背負っている彼女の荷を下ろしてあげたいんです」 


 「それを妃夜が望んでないとしても」


 「それは何度も考えました。私自身、こんなことをしても、彼女は救われないかもしれない。だから、伝えたいんです。過去を取り戻しても、今の自分でも、あなたを思ってくれる人は必ずいるからって」


 「どうして、其処までの感情を持ってるのに、妃夜に告白しなかったの?」 

 すると少しばかり、咳き込み始め、彼女は一度息を整えた後、先ほどより、重めの口調で語り始めた。


 「しました。何度もしました。だけど、彼女はそれを何度も拒みました。何度も何度も何度も。どうかしてるでしょ?自分でも諦めればよかったのに、諦めきれなかった。あなたに分かりますか?どれだけ、思いが強くても、どれだけ、行動を起こしても、その誠意が伝わらない虚しさが」 

 彼女の愛は余りにも大きく、純粋であるが故に重かった。


 「正直、あなたを嫌いだと何度も思いました。私がどれだけ、頑張っても手に入れることが出来たものを、簡単に手に入れる。悔しくて、悔しくて、仕方なかった」 その八つ当たりをあたしは否定出来ない。駆さんも華も、あたしを好きだった人が居た。その思いを裏切ったあたしが、彼女の思いを否定するのは、余りにも酷な話だ。


 「あなた達が、テスト勉強したり、ランニングに行ったり、夏祭りに行ったり。その度に考えました。どうして、私じゃないんだって。何で、私はあなたじゃないのって・・・。その度に、悔しくて悔しくて、涙が止まらなかった」 

 涙と嗚咽が混じった間宮さんの声にあたしは言葉を失った。どれだけ、思っていても、どう足掻いても、伝わらなければ、それは意味が無いのだから。


 「うん・・・」


 「だけど、妃夜ちゃんがあなたの名前を叫んだ時、私は自身の愚かさを思い知りました。私は踏み込む勇気が無かった。あなたは妃夜ちゃんの友達になる為に一歩を踏み込んだ。臆病で泣き虫の私には出来なかったこと。だから、養護教諭の西川先生に調査がバレた時、正直、ホッとしました。もう、解放されたんだって、もう、私は自由なんだって」


 「間宮さん・・・」 

 また、告白しないの?なんて、薄情なことは言えなかった。 

 彼女の心は消耗し切っていた。彼女は努力を続けた、何度も何度も何度も。その度に苦しみ続け、その努力は結局、報われることは無かった。 

 無責任に諦めるな、頑張れと言うのは、簡単だ。だからこそ、彼女はあたしを頼るまで、追い詰められたのだと。


 「じゃあ、この台本があなたの思い。妃夜に届けたかった全てなの?」


 「はい。妃夜ちゃんも、私も充分傷つきました。これが自己満足であっても、身勝手なお願いでも、もういいんです。この思いさえ、伝われば、この思いさえ、届けることが出来たら、それでいいんです。だから、お願いです。私の為に、この劇を成功させたいんです。お願いします」 

 スマホ越しから伝わる懸命な声にあたしは理解が追いつかなかった。 タイトルだけは見たが、此処までの感情を抱く人が喜劇を書くとは思えなかった。読書感想文1枚書くのに、1日掛かるあたしが、劇の台本を書くという狂気の沙汰に等しい行為を、体調不良だった彼女がどれだけの思いで書いたかは、想像出来ない。


 「今すぐに答えは出せないな」


 「一応、何でかは聴いてもいいですか?」


 「あたし、活字が苦手でさ。読解力があるかと言われると微妙なんだよね。だからさ、他の人に読ませてもいいかな?例えば、石倉」


 「本当は嫌ですけど、良いですよ。悔しいですけど、いつかは見せないといけないですし」 

 苦虫を嚙み潰したよう声で話す彼女の人間不信の根底が少しだけ見えた気がした。 何より、彼女が劇という形に拘るのは、学生時代の思い出を作ると言うこの1点に尽きるのだろう。そうでなきゃ、彼女の物語は何処まで行っても、悲劇のままだから。


 「ただ、失敗した時は笑って下さいね。構成も世界観も滅茶苦茶で、全てが失敗した時はどれだけ責めてもいいですから」


 「分かった。そうなったら、妃夜に見せるね」 

 予防線を貼っているが、彼女の本気度はようやく、伝わった気がした。 


 「じゃあね」


 「待ってください」


 「ん?」


 「妃夜ちゃんの過去は知りたくないんですか?私に何があったとか、そういうのは」


 「聴かない」


 「えっ」 

 凪は戸惑いの隠せない声にあたしはようやく、笑みが零れた。


 「凪は沢山傷ついたんでしょ?これ以上、自分を傷つける必要も、辛い思い出を呼び起こす必要はもう無いんだよ。大切なのは、過去を振り返ることじゃなくて、今を楽しむことなんだよ。なんて、あたしも人のこと言えないんだけどさ」 

 それを教えてくれたのは、きっと、キミだったのかもしれない。 


 「そんな・・・。どうして、どうして、そんなことが言えるの?そんな人、今まで、居なかった。みんな、自分のことばかりで、頼れるのは、自分だけだった。他人の過去を簡単に覗いて、興味が無くなったら、切り捨てる。人間はどうしようもないクソなんですよ、何で、そんな馬鹿みたいに他人を信じられるんですか?私はどうしようもないメンヘラちゃんなんですよ。どうして・・・どうして」


 「苦しい人を見て、ほっとけるわけないじゃん。妃夜の友達はあたしの友達だからね。それに」


 「それに?」


 「あたしはヒーローだからね。みんなは救えなくても、あたしを信じてくれる人の為なら、何でもしたいんだよ。だから、失ったものより、今は笑おう、後のことより、恥じのある後悔をしよう。その方がきっと、面白いよ」 

 涙と鼻水が入り混じった声が聴こえる。彼女自身、これまで、沢山の嫌な人間に出会って来たのだろう。どれだけ、苦しんで来たか、どれだけ、悲しんで来たか、あたしには想像が出来ない。 

 だから、あたしは祈らずにはいられなかった。凪の人生がこれからの人生が幸せであることを。これが皆が笑える喜劇の始まりであることを願って。


 「ありがとう・・・ありがとう・・・。あなたを信じて良かった」


                5


 その日は文化祭の演目が決まろうと言う日。教室内であたしは立ち上がった。


 「はい!」 


 「せなっち、どないしたん。立ち上がっちゃってさ」 

 加納さんがあたしを指し示す。あたしは自分の言葉で全てを伝えた。


 「あたし、劇がやりたいです!」 

 あたしの言葉で、教室がざわついた。無理も無い、当然のリアクションだ。


 「晴那、流石ですわ。勿論、わたくしが主役でお願いしますわ」 

 因みに天にだけ、台本は読ませた。彼女はこれが復讐劇なら、止めていたと言っていたが、快く引き受けてくれた。


 「天ちー、メンタル鋼なん」


 「ちょっと待ってよ、暁ちゃん」 

 騒がしい声を駆け抜け、立ち上がったのは、いつもはバカ笑いするだけの石川だった。


 「ばっかじゃないの。小学生でもあるまい。それこそ、個人の部でやりなよ。アタシらを巻き込まないでよ」 

 無理も無い思春期真っ盛りの彼女達と劇なんて、恥ずかしさでおかしくなるだろう。


 「あたしは、本気だよ。それに台本も出来上がってるし」


 「はっ?」 

 石川はあたしをとんでもない剣幕で睨みつけた。


 「今回の中間が、アタシより良かったからって、調子に・・・。あっ・・・」 

 完全に自身の蒔いた地雷に引っかかった。あたしは頭を切り替え、全てを伝えることにした。


 「因みに台本を書いたのは、あたしではありません」


 「でしょうね」 

 妃夜の突然の言葉に周囲の視線は注がれた。彼女は変わりつつあるのかもしれない。それこそ、凪の好きな彼女に。


 「それで、せなっち。台本って、何?何が何だか」


 「あたしは、間宮さんから、台本を貰いました」 

 その言葉で再び、教室中がざわめいた。今は居ない同級生の名前が出て来るのだ。無理も無い。 


 「はっ?」 

 背後から、妃夜の視線が突き刺さるように、痛かった。


 「なんで、あんたが・・・」 

 その通りだが、今はやり切るしかなかった。


 「転校してしまったけれど、皆と思い出が作りたかった。この心残りを解消する為に、私が考えた劇を皆でやって欲しいと頼まれました」 

 あたしは凪の気持ちの1割を伝えた。この思い全てを言うには、あたしには出来なかったから。


 「台本はとりあえず、先生のPCに送りますから、確認してくださいね」 

 石倉先生の顔色は芳しくない。きっと、きな臭い何かを感じ取っているのかもしれない。  


「まぁまぁ。やるやらないは別にして、劇は候補に加えようと思います。他にあれば、何か、あれば」 

 加納さん指示の下、演目案がどうするか、決まっていった。


 「劇面白そー、やりたいやりたい。和ちゃんもやるよね?」


 「たいぎい。じゃけん、文化祭はキライじゃ。レポートでええけぇ」


 「だったら、ボクが書くぞ。ボクのスーパーウルトラダイナミック」


 「そうやって、お前、原稿何度落としてんだよ、好」


 「劇いいじゃん、いいじゃん。俺は賛成だね。間宮さんの文章がお遊戯会じゃなければだけどさ」


 「やめろよ、好。そういうとこだぞ」

  賛否両論分かれてはいたものの、クラスの気持ちは一つにまとまりかけていた。


 「これは決を採る必要は無さそうですね」


 「待て待て!思い直せ、お前等。劇なんて、黒歴史だぞ、デジタルタトゥーだぞ、百害あってだぞ。何より、衣装とか、金とか」 

 石倉先生は、劇に何かしらの暗い過去でもあるのだろうか。


 「確認の為、皆さんの採決を取りたいと思います。2年1組の演目は劇が良いと思う方は、挙手をお願いします」 

 必死な抵抗も虚しく、加納さんは担任の言動を押しのけ、採決を執った。


 「無視すんな、バカ野郎」 

 その手は徐々に大きくなり始め、やがて、流されるように、クラス中の生徒が手を挙げていた。 

 妃夜はあげてなかったが、それでも、クラス全体で劇をやることは決定した。


 「2年1組の演目は劇に決定しました。内容はまた詰めるとして、次は個人の部についての・・・」 

 その話が終わった放課後、あたしはすぐさま、生徒指導室に呼ばれた。


                6


 「君、知ってるみたいだな?」


 「何のことですか?」


 「とぼけるなよ、間宮が転校した理由。知ってるんだろ?」


 「やっちゃいけないことしたんですか?」 

 とぼけた口調で誤魔化したが、先生は大声を上げた。


 「そうですか、そうですか。とぼけるなら、これ以上は聴かないよ。あーあ、厄介事は勘弁してくれぇ」 

 先生を巻き込みたくは無かったが、ここで頑張らないと彼女の思いは報われないから。


 「ごめんなさい」


 「いや、生徒の意志を尊重しないといけないけど。それでも、タイミングが悪い。参ったなぁ、どうしたもんか」 

 凪は一体、何をやらかしたって言うんだか。


 「それとこれです」 

 あたしは凪の送付された手紙とUSBを渡した。 


 「先生に、凪は何か話してくれたんですか?」


 「いや、知らん。アイツ、完全黙秘を貫いたからな。アイツ、相当、大人を嫌っているみたいだからな。まぁ、無理も無いけど」 

 あたしは彼女に過去を気にしないと言った手前、手紙を殆ど読まなかった。これは天にも見せては居ない。 

 先生にこの手紙を見せる話はしていないが、これ位やらないと意味が無いと言う判断だ。これでもダメなら、もう折れるしかない。


 「まぁ、見てやるよ。ただ、期待はすんなよ」  


「はい」 

 先生は凪の手紙を読み始めた。軽く観たが、活字ばかりで1枚を適当に誤魔化したあたしと違い、元担任として、読み進める姿にこの人教師なんだなと再認識した。 

 読み終えるまでに、10分掛けて、じっくり読んでいた。


 読み終える頃には、ため息をついていた先生の顔はとても消耗し切っていた。相当、堪える内容だったのだろう。


 「なぁ、暁?」


 「何ですか?」


 「間宮と電話がしたい。いいか?」


 「いいですけど、電話していいかな?」


 「分かってる。頼む」

 先生の声から、覚悟が滲んでいた。先生にも思う所があるのだろう。 

 あたしは凪に電話を掛け、繋がり、はいと答える彼女の声を聴いた。


 「ちょっと、いいかな?」


 「何ですか?改まっちゃって」 

 「はい」 

 あたしは先生にスマホを貸し、先生は話し始めた。


 「もしもし、間宮か?」 


 「裏切ったのね、暁さん。信じてたのに」


 「アタシが話したいって言ったんだ。アイツを責めないでくれ」


 「何の用ですか?私、あなたと話したくないんですけど」


 「だろうな」 

 短い言葉に先生の寂しさが込められていた。


 「あなたはいつもそう。適当に誤魔化してばかりで、嘘ばかり。だから、大人は嫌い。都合の悪いことはいつだって、切り捨てて、いつも嘘ばかり、何で、私を信じさせてくれないの?」


 「ごめんな」


 「あなた1人が謝ることに意味は無いんです。あなたが謝って貰いたくて、私は劇の台本を書いたんじゃない。こんなことなら」


 「君の手紙を読んだよ。君がどうして、あの時、何も言わなかったのか。だけど、君は救いを求めてたんだな」


 「どの面下げて、そんなこと言うんですか?それを言う資格があなたにはあるんですか?」 

 凪の言葉はどれも強烈で他人を信じない彼女の闇に溢れていた。


 「教師なんて、お飾りの仕事だよ。保護者の言うことに振り回され、安月給でこき働かされ、辞職していく先生達。それぞれの悩みを抱える生徒とプライベートと上層部の板挟みで頭が痛いよ」 


 「何ですか、自己弁護ですか?最低ですね、あーあ、あなたも所詮」 

 先生の赤裸々な告白にも、凪は揺れることは無かった。


 「だからさ、こんなダメな先生でも、先生らしいことさせてくれよ」


 「なにをいまさら」


 「後悔してるんだよ。君の悩みも、君の思いも、君が好きな科目も、遠足はいつも欠席で、あたしは君のこと、何も知らないんだ」  


「黙れ、クソ教師が」


 「そうだよ。だけど、それは君がアタシを知らないからだろ?」 

 それはきっと、誰にでも言える言葉だと思えた。


 「知らないからじゃなくて、知りたくないからです。大人なんて、皆、同じだから、薄汚れてて、最低で自己弁護のプロ」


 「それは君が観て来た大人だろ?薄汚れてて、自分勝手で傲慢で、低俗などうしようもない大人」 

 先生の言葉から滲み出る何かをあたしは読み取ることは出来なくても、伝わって来た気がした。


 「だけど、そんなのは大人の一側面だよ」


 「分かってますよ。その悲劇が、私や妃夜ちゃん、村瀬君を生んだ。全部を誰かに押し付けた。あなた達が憎い、あなた達が大嫌い、皆、皆、大嫌い・・・」 

 涙を流す彼女に先生は揺るがぬ思いを乗せ、訴え始めた。


 「君の辛さをアタシは十全に理解は出来ない。それが当たり前と生きて来た君に、この思いもこの心も伝わらないと思う。だから、間宮、アタシを君の先生にさせてくれ。色んなことを教えてくれ。誰も手を取ってくれなかったなら、アタシが君の手を取る。アタシがダメなら」


 「もう遅いんですよ」


 「だけど、アタシが君と出会った時から、死ぬまで、君はアタシの生徒なんだよ。君が大手を振って、信じてくれる大人になりたいんだ。」 

 凪は電話を切った。 

 あたしも先生の言葉に気持ちが揺らいだ。先生は机の上にスマホを置き、顔をしかめ、手で涙を隠した。


 「劇やるぞ」


 「えっ、いいんですか?」


 「だから、お前は出ていけ。少し、1人にさせてくれ」 

 いつもの君ではなく、お前と言う所にそれ所ではないことを痛感した。 

 あたしは先生に手紙とUSBを託し、そのまま、生徒指導室を後にしようとした時だった。


 「ありがとな、アタシを先生にさせてくれて」 

 あたしはそのまま、生徒指導室を後にした。あたしは堪えきれない涙を抑え、そのまま、部室へと走り出した。


 こうして、あたし達の劇は幕を開けた。その先の未来が明るい喜劇と信じて。


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