廃人公園

スケアクロウ

第1話

 廃人の会にはルールがある。


其の一、本音で喋らなければならない。

其の二、店には入らない。

其の三、入るも抜けるも自由。勧誘、強制はしない。

其の四、気を使わない。

其の五、長時間滞在しない。


ざっとこんな感じだ。単純明快なルールだが、意外に守るのは難しい。人は直ぐに嘘をつき、本音は喋らない。喋りたくない事があるなら、喋らなければいい。ただし、発言をするなら本音で話さなければならない。

 飲み屋には入らない。外で飲むのが鉄則だ。最近はこのふれあい公園。西口の住宅街に位置する、小さな汚ねぇ公園だ。ふれあうには汚すぎるが、俺等みたいな奴には丁度いい。東口の駅チカにも縦長のゴミで溢れた公園があるが、そこで飲む事もよくある。そっちを「第一」、こっちを「第二」と命名している。今日は第二ってわけだ。

 別に俺が誘ったわけじゃない。隣りでファミチキを食ってる後輩のカズや、上司の龍平さんやその他が勝手に参加するようになっただけだ。元々は俺一人だったし、独りで十分だった。誰がいつ抜けてもらっても構わないが、誰もまだ抜けないみたいだ。

 後から合流する予定になっている龍平さんは、職場では大先輩だ。だがここでは、敬語は使うが無駄な気は使わない。人しての礼儀は守るが、上司だからといっておべっかは使わない。ここでは皆平等だ。

 長時間滞在しないのは、俺が早く帰りたいからだ。歳のせいか、40を過ぎたあたりから長く飲めなくなった。長年の飲酒で、胃やら肝臓やらがイカれ始めたのか。それならそれでしょうがない。そういう運命だ。


 ファミチキを食い終わったカズが、煙草に火をつけた。足元には缶チューハイのロング缶が置いてある。

「デブがファミチキ食ってるとなんかイライラするな」

と俺は本音を呟いた。

「デブではないっしょ」

とカズが言い返した。

「いや、デブだろ。体重何キロ?」

「80くらい?」

「身長は?」

「170」

「デブやん」

入社して来た頃は中肉中背だったカズだが、いつの間にかデブ枠にカテゴライズされるようになっていた。

「何食ってるの?昨日何食べた?」

たいして興味はなかったが、カズに聞いてみた。

「昨日は・・・4時くらいに家着いて・・サトウのご飯と、肉焼いて食った」

「割りと普通だな。他には食ってないのか?」

「食ってないね。サトウのご飯はおかわりしたけど」

「あれ2パックで400gくらいだろ?普通だな」

「いや、5パック食った」

「5パック!?寝る前に米1kg食うやついるか?そりゃ太るよ」

「だって食えたんだもん。肉も余ってたし」

「どんだけ焼いてんだよ、肉」

そういう事か、と俺は納得した。デブは大抵人前じゃ食わない。カズもそうだ。ファミチキは食うが、飲みに行ってもつまみをちょろっと頼む程度で終わりだ。だが、こいつらは一人になった瞬間にあり得ない量を食ってる。だから太るのさ。

 野良猫が俺等の背後を足早に通り過ぎて行った。視線を送ると公園一帯が視界に入った。寂れた馬の形をしたスプリング遊具と、公衆便所があるだけの静まりかえった公園の中には、俺等以外誰もいない事に改めて気づかされた。それもそうか、こんなくそ暑い夏の明け方に、公園で立ち呑みする奴なんてきっと俺等くらいだろう。

「それにしても暑ちーな。もわんとする」

Yシャツの袖はもちろん捲り、第二ボタンまで開けているが、俺もカズのようにTシャツに着替えてくればよかったと後悔した。救いは、革靴は店に置き、サンダルに履き替えて来た事だ。家と職場をチャリで往復するのに、スーツと革靴のセットは必ずしも必要ではない。

「ジュン君、まだパチンコやってるの?」

デブが、あっカズが唐突に聞いてきた。

「やってるよ」

「社長に金返せないじゃん」

「だなぁ。けど、母ちゃんの入院費結構かかるんだよ。稼がなきゃ」

「負けてるじゃん」

「今はな。とりあえずいったん店に金預けてるだけだよ。その内3倍になって戻ってくるんだから」

「クズだな〜。止めたほうがいいよ絶対」

「カズも借金あるんだろ?」

「あるよ」

「いくら?」

「ん~、200万くらい?」

「200!?結構あるな。何に使ったんだよ?」

「朝キャバと、、、猫買った」

ネコ??百歩譲って朝キャバならわかる。俺等みたいな夜の商売の人間は、同業種の店に飲みに行きたがる傾向にある。通ってるうちに指名の女でもできてハマっちまったんだろう。よくあるパターンだ。だが、こいつがネコにハマってるとは思わなかった。

「ネコいくら?」

「150万」

カズの返答に驚愕した。

「150万!?」

「うん」

「ネコに150万出さねぇだろ、普通」

「いや、俺自身は興味ないんだけどさ、実家に帰った時になぜか猫飼おうってなって、俺が金出すって言ったら150万の請求が来たんだよ」

「返品しろよ、どう考えても高過ぎるだろ。さっきいたじゃん、ネコ」

「いや、野良じゃなくて、もっとちゃんとした感じの?」

「そりゃそうだろな!」

と俺は声を大にして放ったが、直後に後悔した。ちゃんとした感じってなんだ?猫は猫だろ。それにただの運じゃないか。ペルシャのようなセレブ御用達みたいな猫に生まれるか、野良猫に生まれるかなんて。販売用の見た目の美しい猫をちゃんとしてると捉えるのは構わないが、毎日自力で飯にありついている野良猫だって十分ちゃんとしてるじゃないか。

「ジュン君て野良猫っぽいよね」

とカズがわけのわからない事を言った。

「ん?どういう意味?」

「だって、廃人の会ずっと一人でやってたんでしょ?普通しないよ。エリナも言ってたよ、ジュンさん独りが好きなんだよって」

 エリナは、カズが店長を務めてる『ロジック』の人気キャストで、天性の洞察力とルックスを兼ね備えている。客の心をつかむのに長けていて、先月は断トツのナンバー1だ。俺が店長をしてる系列店の『イリーガル』にもたまにヘルプ出勤してくれて、カズの話をよく聞く。エリナが、「カズさん最近くさい」と言っていた事は、カズに報告するのはやめよう。もしもカズに、「エリナなんか俺の悪口言ってなかった?」と問われれば、この会のルール上、本当の事を話さねばならない。だが、自ら喋りたくないない事を喋る必要はないのだ。

「それ、エリナに直接言われた事ある。あいつ鋭いよな」

と俺はカズが買ってきた缶チューハイを飲みながら言った。

「最近、ちょっと喧嘩しちゃってさ、地味に面倒くさいんだよ。なんか俺の事言ってなかった?この前イリーガル出勤した時」

マジか。こいつ質問してきやがった。空気の読めねぇ男だな。マジか。自爆の道を選びやがったかこいつ。

「ん〜いや〜特には・・最近彼氏ができたってのは聞いたけど・・」

言え、言え、言え、ルールだぞ。

「それは俺も聞いた。背高くてイケメンらしいんだけどさ、ろくな奴じゃないんだよ。別れろって言ってるんだけどさ」

「あっいや、臭いって」

「え?」

「カズさん臭いって」

「・・臭くないっしょ!?」

もう何本目かわからぬ煙草に火をつけたカズが笑いながら言った。俺も煙草に火をつけた。

「いや、わかんねぇけど言ってたよ。確か他のキャストも言ってたな」

「うそ〜ん。俺毎日ちゃんと風呂入ってるよ」

そこじゃねぇ、デブだからだよ。気づけ、カズ。あと、受け入れろ。人は臭くない人間に臭いとは言わない。臭いと言われた時点で、お前はお前が臭いという事実からは逃げられない。

「とりあえず、もう少し痩せれば」

と俺は最もな事を言ってやった。

「ジュン君はなんで太んないの?今42、3とかでしょ?腹出てこないの?」

とカズが人様に何度質問されたかわからない質問をしてきた。

「役者やってた時の名残りだよ。ずっと太らないよう心がけてたから、その習慣が今でもなんとなく残ってる」

「へぇ〜、継続は力なりっすか。てか、龍平さん遅いっすね」

「気分屋だから来ないんじゃないか」

 龍平さんは、俺等の上司で大先輩だ。歳は俺よりも下で、確かカズの一個上のはずだ。『バタフライ』の店長をしているが、うちの会社の統括的役割りも担っている。ガールズバー激戦区の池袋で、バタフライを当てたのはこの人の力と言っても過言ではないと思う。そのお陰で、イリーガルやロジックができたってわけだ。

「あっ、ラインきてた。龍平さん今日は来れないって」

とカズがスマホを見ながら言った。

「やっぱり。忙しいんじゃねぇか。平日なのに今日のバタフライの売り上げ凄かったし」

「龍平さんすごいよな〜、めっちゃ売るし。顔もいいし。なんでこの会参加するようになったんだろ」

「な。けど、いろいろあるんじゃねぇか。わけありな人間じゃねぇとここでは飲まねぇよ普通」

 多分、それはそうだと思う。わけありを認めるわけではないが、この会は俺が始めた。ずっと一人だった。別にそれでよかった。さっきカズに、野良猫っぽいと言われたが、まさにそうだと思う。俺は独りが好きだし、人といると疲れる。だから、仕事終わりや、暇な時に一人で外で酒を飲んで来た。なるべく人気のない場所を選んで。なんか落ち着くんだ。自分の内面と向き合える。そこに嘘はない。そりゃ、一人で汚ねぇ公園で酒飲んでりゃ、はたから見たら廃人に見えるだろうよ。だから、廃人の会と命名した。だが、俺もカズも、もちろん龍平さんもその他の参加者も廃人ではない。皆仕事はしてるし、社会の最低限のルールは守ってる。廃人じゃなくても、心に何か抱えてる奴は勝手に参加すればいい。それをぶちまけたいのなら、本音でぶちまけてくれればそれでいい。この会に嘘は必要ない。

「龍平さん来ないんじゃもう行くか。もう喋る事もねぇだろ」

と俺は缶チューハイを飲みきって言った。

「だな」

とカズが公園の入り口に止めてあるチャリの方へ歩き出した。俺もそれに続いた。

「帰ったらなんか食うの?」

「食うかな」

「何食うの?」 

「サトウのご飯と、肉?」

期待通りの答えだった。まぁカズの人生だ。好きにやったらいい。

「じゃあ、ジュン君また明日!」

と電動チャリにまたがったカズが一瞬で去って行った。まぁ、廃人の会なんてこんなもんだ。特に何かあるわけじゃない。そんで俺はいつも通り家の近くのコンビニへ寄る。酒と、今日はサトウのご飯を買うために。大丈夫。俺は太らない。

 

















 

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廃人公園 スケアクロウ @J69

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