罰ゲーム
奈那美
第1話
はぁ……。
ため息が止まらない。
俺の視線の先には、彼女が座っている。
肩にかかる長さの薄茶色のボブヘア。
色白の肌。
ほほに影を落とす長いまつ毛。
ふっくらとした桜色のくちびる。
くぅ~~~~~~~~~っ!
綺麗だなぁ~~~~。
俺は彼女に見惚れていた。
今……何してるのかなぁ?こっからじゃよく見えないけど……本読んでるのか?それともスマホ見てるのか?
「田端……おまえ、なに佐倉さんに見惚れてるんだよ」
クラスメイトの吉本が後ろから俺にのしかかってきた……お、重い!つぶれる!
「み……見惚れてなんかないって。っていうか見てないって」
俺は慌てて否定した。
俺達がうるさかったのか、佐倉さんがちらっと俺たちを振り返った。
なんの表情も浮かんでない、というかむしろ怒ってる?
綺麗な顔で無表情……怖すぎるんだけど?!
そう思ったのもつかの間、彼女──佐倉さんはふいっと視線を外し、元の姿勢に戻った。
ちらっと見えた机の上には、小説らしい本が広げられていた。
読書かぁ……うん。
佐倉さんには読書が似合う!断じてスマホで動画三昧なんてやってる、隣の席の相沢(♀)なんかとは違う!
「え?あたしがなんだって?」
相沢が俺達をにらんだ。
「な、なんでもねぇよ」
俺はあわてて否定した。
「じゃあ、その頭の上の吹き出しは何よ?あんたの考えてること、全部そこに書いてあるわよ」
「う、うそだろ!」
俺は頭の上をパタパタと振り払った。
「お前、読んだのかよ?俺の心の声を」
「バカじゃないの?そんな吹き出しだなんてなんてあるわけないじゃない。というかわざわざ読まなくたって、あんたの考えてることなんて筒抜けなんだから。この単細胞バカ」
いちいち憎たらしい奴だな。
こいつ──相沢は嬉しくないことに、俺の幼馴染だ。
家が近所だから、保育園はもとより小学校、中学校そして高校生となった今までずっと一緒。
いわゆる腐れ縁というやつ。
小さい頃はそれでもよく遊んでたし……いじめられてたのを助けたこともあったんだが。
漫画の読みすぎだか動画の見すぎだかで、小学校の途中から分厚いメガネかけちゃってさ。
そこそこ可愛かったはずなんだが……。
おしゃれなんか興味ありませ~んって感じで、校則で決められたわけでもないのに三つ編おさげにしてるんだぜ。
おまけにデコ丸出しだなんて……ダサすぎ。
そのくせ佐倉さんと同じくらい色白美肌っていうのが、さらにムカつくんだよな。
その日の放課後。
俺は買いたかった参考書を買うために本屋に寄った……ホントの参考書だぞ?間違ってもエ○用の参考書ではない!これでも優等生なんだ(当社比)
どれにするか……本棚の前で悩んでいると『すみません』と女性の声がした。
ふりむくと、そこには佐倉さんに負けるとも劣らない超絶美少女が立っていた。
いや、このコのほうがムネがデカそうな分、佐倉さんに勝ってるか。
色白で背中までの黒髪はゆるくウェーブがかかっていて、大きなアーモンド型の二重の目にバッサバサの長いまつげ──マジに俺の好み!直球ど真ん中。
それにしても、どうして俺に声をかけてきたんだろう?まさか本屋で逆ナン?そう考えていたら美少女が口を開いた。
「すみません、あそこの数学の問題集を取ってもらっていいですか?私、届かなくって」
「え?あ……これ、でいいですか?」
なんだ……高いところにおいてある本をとってほしかっただけか。
自慢じゃないが俺は背は高いほうだ。
背の高さを利用されただけとはいえ、美少女に声をかけてもらえたのは儲けもの。
彼女に頼まれた問題集を棚から取り、渡してあげた。
「ありがとうございます」
にっこり笑った彼女は、ぴょこんと頭を下げてレジに向かっていった。
数Ⅱって書いてあったな……だったら俺と同じ学年なのかな?というか、よく見たらうちの高校の制服じゃないか。
うちの高校にあんな美少女いたか?
まあ、マンモス高校だからな。
名前どころか顔すら知らないやつがいてもおかしくはない。
俺は、せっかくだからと参考書ではなく美少女が買った問題集を買った。
気分だけでも彼女と一緒に勉強をしているつもりになるために。
翌日、自分の席についた俺は相沢の机の上にあるものを見かけた。
数学の問題集……昨日、俺が買ったものと全く同じものだ。
なんで、こいつが同じ本を?
というか俺と同じということは、昨日の美少女とも同じってことじゃないかよ。
ちぇっ。
こいつともお揃いだなんて……いや、問題集には罪はない。
というか、ほかの本も見たけれど、これが一番解きごたえがありそうだったんだ。
自分に合うものが一番!ということで相沢も買ったんだろう……きっとそうだ。
相沢も成績はいい方だからな。
俺と同じ問題集を選ぶこともあるだろう。
「なに見てんのよ?」
俺が机の上をガン見しているのに気がついた相沢が咎めるような口調で言ってきた。
「え、あ。別に問題集なんて見てねぇし」
あ……口が滑った。
「ああ、これ?昨日買ったのよ。解きごたえありそうだったから」
相沢は問題集に対して俺と同じ感想を持っているようだった。
ちょっとムカつくが、その着眼点で問題集を選んだセンスは褒めてやるべきだな……口には出さないけど。
「ふうん……」
とりあえず返事をして席に座る。
「ねえ」
珍しいことに相沢が普通に話しかけてきた。
「な、なんだよ?」
「この問題集、気になるんだったら貸してあげてもいいわよ」
相沢がとんでもない提案をしてきた。
「い、いらないよ。つーか俺も持ってるし」
慌てた俺は、言わなくてもいいことまで口走ってしまった。
「なに?あんたってば、これと同じもの持ってるっていうの?なんで私の真似してんのよ。いやらしい」
相沢が心底イヤそうな口調で言った。
自分が持ってる本を貸すのはよくて、同じ本を持ってると真似していやらしいって、どういうことだよ?
「いやらしいって、なんでだよ?だいたいお前がその問題集持ってるの、今初めて知ったんだぞ?どうやって真似できるんだよ。というか持ってるの知ってたら買ってねえって」
……しまった、ちょっと強く言い過ぎたか?
後悔したけど、言ってしまったものは仕方がない。
相沢はじっと俺を見たあと、フイッと視線を外して件の問題集を広げた。
「なんだよ?今日は夫婦喧嘩か?」
またもや吉本がのしかかってくる。
だから、重いんだって。
「誰が夫婦喧嘩だよ!」
吉本を押し戻しながら言った。
「田端と相沢」
吉本はサラリと言ってのけた。
「なんだかんだいって、お前たち仲がいいじゃん」
にやにや笑いを浮かべて吉本が言う。
こいつ、言いだしたらしつこいからな。
とりあえず話題をそらそう。
「そんなことよりさ、この学校にすっげぇ美少女がいるって知ってたか?」
「そりゃ、佐倉さんのことだろ?なにをいまさら」
吉本は当然と言いたげな顔で答えてきた。
「いや、佐倉さんもだけど……」
「も?ってことは、他にもいるっていうのかよ?」
案の定、吉本は俺の発言にくいついてきた。
「何年の何組にいるんだ?」
すぐにでも確認しに行きたそうな勢いで聞いてくる。
「わからない……昨日、本屋で見かけたんだけどさ。数Ⅱの問題集買ってたから二年生だと思う」
俺は問題集を取ってやったことは省いて、あとは事実を伝えた。
「マジかよ……けど、タメにそんな美少女がいたらウワサくらい入ってきそうなもんだけどな」
吉本が腕組みをして頭をかしげている。
それもそうだ。
なんたって佐倉さんの姿を一目見ようと二年の他のクラスはおろか、他の学年まで俺たちの教室を覗きに来るんだからな。
でも、他のクラスや学年に美少女がいるなんてウワサはこれっぽっちも伝わってこない。
「田端ぁ、お前たまり過ぎて幻覚でも見たんじゃないのか?」
吉本がそう言いながらこづいてくる。
「幻覚なんかじゃねぇし。つか、たまってねぇし」
ふと視線を感じる。
佐倉さんがキタナイ物でも見るような目で俺を見ていた。
ヤバ!印象サイアクじゃん。
吉本も視線に気がついたのか、始末が悪そうな顔で自分の席に戻って行った。
「馬鹿につける薬はないっていうけど、ほんとね」
相沢の言葉が俺に追い打ちをかけた。
それから数日たった放課後。
帰ろうと靴箱に行くと、靴の中に折りたたまれた紙片が入っていた。
「なんだ?」
『田端君
お話したいことがあるから、校舎の裏まで来てください
佐倉』
紙片には、そう書いてあった。
マジ?
佐倉さんが俺に話したいことがあるって??
いやいやいや……これ、俺を誰かがだまそうとしてるんじゃね?
あの佐倉さんが俺に話があるなんて、そんなはずはない。
いや、でももしもホントだったら?
そしたら佐倉さんに待ちぼうけをくわせることになる。
男たるもの女性に待ちぼうけをくわせるなんてことはしてはいけない!
ウソだったらウソでいいじゃん?どうせ俺はいじられキャラなんだからな。
俺はひとつうなづいて、指示通り校舎裏に向かった。
校舎の裏は、ちょっとした林になっているんだが。
林の前にほっそりとした人影が立っているのが見えた。
あの姿は……マジに佐倉さんかよ。
俺はちょっと小走りになった……期待と不安が胸の中で入り混じる。
「ごめん、佐倉さん。遅くなっちゃった」
俺はまず待たせたことを詫びた。
「ううん、大丈夫」
佐倉さんが静かに答えてくれた。
「あ、の。話したいことがあるって書いてあったけど……」
俺は紙片をポケットから取り出しながら佐倉さんに問いかけた。
「うん……この前はにらみつけちゃってゴメンね。まさかああいうセクハラめいた言葉を言う人とは思わなかったから」
セクハラめいたこと……にらみつけた……あ!吉本が俺にたまってるって言ってたアレか。
「あ……いや、俺こそあんな言葉、佐倉さんの前で言っちゃってごめん」
もしかして、謝りたかっただけ?
いや、俺もはずみでとはいっても言っちゃったこと後悔してたから謝れるチャンスもらえてよかったんだけど。
「それで……ね」
佐倉さんが両手をモジモジとさせている。
気のせいか頬がピンク色なんだが……もしかして?
「田端君……私のこと好きだよね?」
うわ……直球キタ──!
俺は夢中でコクコクとうなづいた。
「じゃあさ……私とつきあってくれる?」
佐倉さんはうつむいて、自分のつま先を見ながら消えそうな声でそう言った。
え???マジに???
俺は一瞬あっけにとられて……。
「も、もちろん!俺でよかったら!!」
ソッコー答えた。
佐倉さんは……まだ下を向いたままだ。
どんな顔をしているんだろう?
俺は佐倉さんの様子を確かめるために一歩踏み出そうとした。
クックックッ……
どこからか含み笑いのような声が聞こえた。
声の出どころは……佐倉さん?
佐倉さんの肩が震えだす。
徐々に震えが大きくなり、とうとう佐倉さんはおなかを抱えて笑い出した。
「あはははは……いや、ちょ。マジでウケるんだけど。てか、これ以上はムリ。ねえ、もういいでしょ?」
佐倉さんは林にむかって、そう言った。
?なんのことだ?
林の中から、数人のクラスメイトが出てきた。
男子も女子もいる。
いつも佐倉さんと一緒にいるやつらだ。
木のかげに隠れていたのか?
俺の反応を見るために?
くそっ!やっぱりあの手紙は俺をコケにするために書かれたのか。
まんまとだまされてしまった。
「いや、マジでウケるわ。まさかほんとに来るとはな」
と、高橋。
「いや、田端だもん。佐倉に呼び出されたら来るでしょ」
と言ったのは斉藤。
「それにしても面白いもの、見せてもらったわ」
横山が続く。
「まったく……いくら罰ゲームだからって、田端にコクるなんてこと、させないでよ」
シメは佐倉……さん。
罰ゲーム……だって?
「罰……ゲーム?」
俺は誰にともなく問いかけた。
「そ。賭けトランプで私がいちばん負けちゃったの。お小遣いピンチだって言ったら、罰ゲームこなしたらチャラにしてあげるっていうから、ね」
意外にも佐倉さんが俺の問いかけに答えてくれた。
「罰ゲーム……かよ」
不思議と怒りの感情はわかなかった。
ただひたすらむなしかった。
俺が憧れてた佐倉さんが……賭けトランプとか。
「しっかりしなさいよ!田端」
後ろから女生徒の声がした。
足音が近づいてきたかと思うと、俺の横を通り抜けて前に立った。
「あんたたち、そんな程度の低いことして恥ずかしいと思わないの?」
この声と三つ編おさげ……相沢?!
「さっきの会話、すべて撮影させてもらったわ」
相沢がポケットからスマホを取り出す。
「賭けトランプのこと、生徒指導の先生に報告するから」
「え!だめ、それはやめて」
「いや、マジやめてくれよ。謝るから。田端をだましたこと、謝るから」
みんな慌てている。
そりゃそうだ。
一時期、学校内で流行りに流行った賭けトランプ。
金銭がらみの問題が続出で、校内外をとわず『賭け』と名がつくものは禁止→ソッコー停学という校則ができたからな。
「今さら謝っても遅いわ。私の田端をコケにしたこと、許さないから」
ん?ちょい待ち。
今、しれっとすごいこと言わなかったか?
「はぁ?私の田端?あはははは。田端も大したことないけど、あんたがそれを言う?このブス」
大笑いしながら佐倉さんが言った。
つーか佐倉さん、こんなに口が悪かったんだ……幻滅だな。
まあ、確かに相沢が不美人なのは否めないが。
「その台詞、私が誰だか知っても言えるのかしら?」
相沢はふっと手をあげて三つ編みをとめているゴムを外した。
そして頭をひとふりさせて髪をほどき、メガネをはずしたようだった。
「え……えぇ!!!!」
佐倉さん、そしてその場にいた俺以外の全員が驚愕の声をあげた。
なぜ、そんな声があがるんだろう。
その答えは、佐倉さんが教えてくれた。
「あんた……いえ、あなたは!あのスーパー読モのももりんさ……ん」
「わ、私ファンなんです!握手してください」
ずうずうしく横山が握手を求めて手を差し出す──当然だがスルーされてた。
みんな唖然とした顔をしている。
それもそのはず。
ももりん……ファッションに疎い俺でも名前を知っている超人気の読モだ。
ということは……相沢がももりん?!
驚きすぎて固まっていると相沢がくるりと俺の方を向いた。
あ!
この前本屋で会った美少女がそこにいた。
「田端、帰ろ」
相沢は俺の腕に自分の腕をからませてきた。
「コンタクトしてないと見えにくくってさ」
俺を見上げてにっこりと笑う。
ドキッ!
「メッ、メガネかけたらいいだろ!そんなにくっつくなよ」
俺は慌ててそう言った。
なぜって……腕に柔らかくてぷにぷにする感触のものが押し当てられてるんだ。
反応しちまうじゃねぇか。
理性で必死に押さえつけている俺を見上げて、相沢はおかしそうにクスクス笑ってた。
そのあと俺たちは職員室に行き、宣言通りに動画を生徒指導の先生に提出した。
当然のことながら、佐倉さんたちは翌日から三日間の停学になった。
停学処分を受けた者は大学入試の時の推薦が受けられないきまりだから……ちょっとだけ(ざまぁみろ)という気持ちがわいた。
そしてさらに翌日のこと。
「おはよ、田端」
相沢が廊下で声をかけてきた。
「おう……って、相沢!お前……」
俺が絶句したのも無理はない。
何も言えないまま一緒に教室に入る。
相沢が教室に入った途端、部屋中が驚愕の叫び声でいっぱいになった。
「ももりん」
「ももりんだ」
みんなが遠巻きにしながら口々に言っている。
「お前……眼鏡は?!」
「ああ、あれね。やめたの。これからは素顔で過ごすことにしたから」
相沢がこともなげに言う。
「事務所にも、パパやママにもずっと勧められてたのよね~素顔で登校すること」
マジかよ……。
「だけど」
いったん口を閉ざして教室をくるりと見回す。
「取り囲まれても困っちゃうから、田端が私のこと守ってね」
「ふぇ?」
変な声が出てしまった。
「いつも私と一緒にいてねっていうことよ……校舎裏で言った事、覚えてる?」
「校舎裏って……」
「私の田端って言ったでしょ。あれ、ガチだから」
そう言って相沢はパチリとウインクをした。
罰ゲーム 奈那美 @mike7691
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