公爵家の来訪

翌朝、星屑の鍛冶屋には一際冷たい朝の風が吹き抜けていた。

まだ薄暗さの残る城下町マルクスを、キアーノ公爵家のお嬢様が訪れるのは早朝だと聞いていたが、ケントとメイは開店準備も兼ねてすでに店内を整えている。


メイは準備を終え、額の汗を拭いながら頷いた。

「まさか公爵家の人がうちに来るなんてね。正直、ちょっと緊張するわ。」


「俺もだ。公爵家を相手の商談なんて経験がないからな。くれぐれも粗相をしないように注意しよう。」

ケントも気合を入れ直し、工房の備品を最終確認する。


ちょうどそのタイミングで、扉が小さくノックされた。

「あ、来たみたいね。」

メイが声をひそめながら扉を開けると、緊張した面持ちのメルが立っている。昨夜見た時と同じ侍女服だが、どこか落ち着かない様子で目線をキョロキョロさせていた。


「おはようございます。こんな朝早くから申し訳ありません……あの、実はお嬢様が馬車で控えていまして……」


「馬車ごとお店の前に? 目立っちゃうんじゃ……」

ケントが顔をしかめると、メルは肩をすくめる。


「そうなんです。なるべく秘密裏にと言われてたんですけど、お嬢様が『待てない!』とおっしゃって……」


すぐに店の外を見ると、そこには豪華な装飾が施された一台の馬車が停まっており、車輪の紋章には“K”の文字が誇らしげに刻まれていた。まさにキアーノ公爵家を象徴するような豪華さだ。


「……これ、全然内密じゃないわね。」

メイが呆れ顔で呟いた。ケントも同感だが、立ち止まっていても仕方がない。


「とりあえず、中にお通ししましょう。いらっしゃいませって言うしかないさ。」


ケントが気を取り直して扉を開き、メルは「失礼します」と深々と頭を下げる。すると、その後ろから控えめに降りてきたのは、豪華なドレスを身にまとった少女だった。


「初めまして。私がキアーノ公爵家の娘、セシリア・キアーノです。」


貴族らしい優雅な仕草で、少女――セシリアは名乗った。


年の頃は16、7歳ほど。金色の髪が美しくカールしており、青い瞳にはどこか気の強さが漂う。ドレスには上品な刺繍が施されており、動くたびにふわりと揺れる。


「はじめまして。私が、星屑の鍛冶屋の店主をしています、メイといいます。」


「あなたが噂の……。お会いできて嬉しいです。ふふ、いい響きですよね。『星屑の鍛冶屋』……この名前、とても素敵です。」


セシリアは微笑みながら語りかける。

公爵家の気品を感じさせるが、どこか親しみやすさもある。


「それは光栄です。公爵家の方がわざわざ来てくださるなんて……。今日はどういった武器をお探しなのでしょう?」


セシリアはちらりとメルを見やると、ちょっと言いにくそうに口を開く。


「……実は今度、魔物退治に参加したいんです。冒険者ギルドの正式な依頼じゃないんですが……私の親友が危ない目に遭いそうで相談されて。私が力になりたいと思って、護衛の騎士たちと一緒に参加することにしまして。」


「あの……護衛がつくなら、お嬢様が自ら武器を持つ必要はなさそうだけど……」


メイが疑問を口にすると、セシリアは不安そうな表情をした。


「おっしゃるとおりですが、なにが起きるかわからないでしょう? 万が一のことを考えて持っておきたくて……。とはいえ、大きな剣は扱えないので、だから星屑の鍛冶屋が作る剣か短剣なら、私でも扱えるかもと思って。」


彼女の瞳には真剣さが浮かんでいる。公爵家の令嬢だけあり、意外と芯は強そうだ。


「なるほど。そういう事情なら、お任せください。私たちにできる限り最適な武器を提案します。」


メイが言うと、セシリアはぱあっと顔を輝かせる。


「ありがとうございます! ドレス姿でも隠し持てるぐらいの短剣で……でも切れ味は良いものがほしいです。あと、もしできれば魔物の皮膚をスッと斬れるぐらいが理想なのだけど……難しいかしら?」


「素材や技術の面でコストがかかりそうですが……問題は納期でしょうか。いつ頃までにご用意が必要ですか?」


メイが尋ねると、セシリアは眉を下げ、バツが悪そうに肩をすくめる。


「実は……出発まで1週間くらいしかないのです。急でごめんなさい。」


「1週間……」

メイとケントは顔を見合わせる。今の状況だと注文が殺到しており、余裕はかなり少ない。けれども、公爵家の依頼をここで断るのは得策とは思えない。


「無理を承知なのはわかっています。だからせめて、値段は問いません。」


メルが「お嬢様、それは……」と制止しようとするが、セシリアは構わず続ける。


「私も頼み込んでる立場なんだから、お金をかけてもいいわ。逆に払わないと悪い気がするし。」


メルはなにか言いたそうだったが、ぐっとこらえたようだ。


ケントとメイはアイコンタクトをして、頷いた。


「……わかりました。じゃあ、私たちもできるだけ早く作れるよう手を尽くします。」


メイが引き受ける形で話がまとまりつつあると、セシリアは「ありがとうございます。」とお辞儀をした。


「じゃあ奥の工房で少し打ち合わせをしましょう。」


メイの提案に、セシリアは嬉しそうに頷く。


ケントは工房へ向かう三人を見送りながら、少し胸騒ぎを覚えていた。


――その親友になにか別の思惑がなければいいが。考えすぎかもしれないけど。


工房からはメイとセシリアの楽しげな声が微かに聞こえる。


「仕事は山積み……徹夜覚悟だな。」


ケントはそう心でつぶやき、メモ用紙へと手を伸ばした瞬間、窓の外にちらりと見慣れない影が過ぎった。


――……誰かがうちを探っているのか?


不穏な予感を拭えぬまま、星屑の鍛冶屋は新たな挑戦へと進み出していく――。

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