変化
「ふわぁ……。なんだか今日はいつも以上に疲れたわ。」
夕暮れ時、星屑の鍛冶屋のカウンターに両肘をついて、メイは大きなあくびをした。
「そりゃそうだろうな。セリーナが2時間もギルドで『喉が枯れるまで』宣伝してくれたおかげで、来客がひっきりなしだったから。」
ケントが苦笑しながら、手元の紙束を確認している。そこには今日の売上と受注予定のメモが走り書きされていた。
「でも、こんなにお客さんが増えるなんて……嬉しい悲鳴だけど、在庫がすぐになくなるし、新しく作るにも限度があるわよね。」
メイは棚の奥に置かれた未完成の武器に目をやる。工房からは炉の微かな熱が伝わり、彼女は少しだけ肩をすくめた。
「品質を落としたら星屑の鍛冶屋の良さが消える、かといって断りすぎるとせっかくの機会を逃す。ま、ここはうまく調整していくしかないな。」
ケントがそう言って紙をパタリと伏せる。
「……でも、私ももっと頑張るわ。お父さんの技術を継承するだけじゃなくて、さらに自分なりのやり方を磨いてみる。」
メイは少しだけ火傷の痕がある自分の手を見つめながら、決意を込めて言った。
「うん。焦らずやっていこう。セリーナやギルドマスターのガレオンさんまで注目してくれてるんだ。今こそ、星屑の鍛冶屋の理念を形にするときだな。」
ケントは微笑み、メイの肩を軽く叩いた。ふたりの視線が交わった瞬間、微妙な空気が流れる。セリーナに「付き合ってるの?」と突っ込まれた影響か、なんとなく言葉を失ってしまう。
「……じゃあ、私は工房で少し作業をしてくるわね。」
沈黙を破るように、メイが言った。
「了解。売上メモや在庫は確認しておくから、終わったら声をかけてくれ。」
メイが工房のほうへ向かうのを見届けたあと、ケントは一息ついてカウンターに戻った。ふと、店先の窓から外を見ると、すでに辺りは薄暗い。人通りもだいぶ減っている。
「……にしても、ほんとに忙しくなったなぁ。明日の朝イチで材料仕入れに行かないと。」
そう呟きつつ、ケントは頭の中で今後の作業スケジュールを組み立て始める。
その結果、どうしても同じ結論にたどり着く。
――メイが一人で鍛冶をするには限界がある。新しい鍛冶師が必要になるな。
そう考えていたときに、外からバタン、と激しい足音が聞こえた。店の扉が強めにノックされる。
「すみません! ここって星屑の鍛冶屋ですよね!」
「あ、はい、そうですが……」
慌てて返事をしながら扉を開けると、そこには可愛らしい少女が立っていた。年齢は15~16歳くらいだろうか。まだ幼さが残るが、少し華やかなドレスを着ており、明らかにただの町娘ではなさそうだ。
「ごめんなさい、こんな時間に!私、キアーノ公爵家の侍女のメルって言います。実は……お嬢様がどうしても武器を新調したいと仰って……明日の朝一番で見せていただけないかと……!」
「公爵家……?えっと、そのお嬢様が冒険者をされてるってことかな?」
ケントが戸惑いながら尋ねると、メルは眉をハの字にしてうなだれた。
「いえ、そういうわけでは……。細かい理由は、私からはお伝えできないんですが、『星屑の鍛冶屋がすごい』って噂を最近聞いて、ぜひ見に行きたいと……。止めたんですが、どうしてもって言うので……。公爵家の事情もあって、できれば内密にお願いしたいんです……!」
「え、ええと……」
思わぬ来訪に、ケントは頭を抱えそうになる。
公爵家という上流階級となれば簡単には断れない。メイや工房の状況を考えないといけないが、ここで断ったら後々面倒かもしれない。
「キアーノ公爵家ってたしか……」
ケントは、メイと雑談した記憶をたどる。
キアーノ公爵家――王国の中でも有力な貴族のひとつで、王家とも強い繋がりを持つ名門。財力も軍事力もあるが、一方で豪奢な暮らしをすることで知られており、一部では「放蕩貴族」などと囁かれることもある。
「まあ、とりあえず話はわかりました。明日の朝一でいいなら……こちらとしても準備は必要だから、詳しいことは朝お聞きしていいですか?」
「!本当に助かります。お嬢様にもそう伝えます。ありがとうございます、ありがとうございます……!」
メルは深々と頭を下げると、そのまま走るように店を後にしていった。
「ふう……。いきなり貴族様からの依頼か。しかも『内密に』だって?」
ケントは扉を閉め、思わず独りごちた。貴族の相手は一筋縄ではいかなそうだ。
しばらくすると、ふぅーと、深い息を吐きながらメイが工房から戻ってきた。
どうやら工房での作業がうまくいったようだ。その表情には闘志がみなぎっている。
「メイ、お疲れ様。いままた少し毛色が違いそうな新たな相談が来たんだ。キアーノ公爵家とかいうところから、内密に武器を見せてほしいって依頼が……」
「えっ、キアーノ公爵家?!なんだか、大変そうね……。」
メイが「うーん」と考え込み、すぐに笑みを浮かべた。
「でも大丈夫よ。新しい注文が増えるなら、あとは私の腕を信じてちょうだい。公爵家の目を見張るような出来を見せてやろうじゃない!」
ケントはその意気込みに応えるように頷く。確かに、このまま勢いに乗れれば星屑の鍛冶屋は一気に上位の鍛冶屋として認知されるだろう。
ただ、その急激な拡大の裏には、必ずどこかからの反発がある――。
ケントはそんな予感を拭いきれなかった。
――この夜、星屑の鍛冶屋はまたひとつ新たな転機を迎えようとしていた。
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