骨の恩返し

くにすらのに

骨の恩返し

 上半身が人間で下半身が魚。顔は美しいけど体は魚。それが人魚だ。おとぎ話でしか見たことのない存在が目の前にいるとしたら特殊メイクの賜物だろう。実に見事な鱗だ。虹色に輝いているし人間の皮膚の部分との境目も綺麗なグラデーションになっていて魚から人間への変化がとても自然な仕上がりになっている。


 撮影中に迷子になってもなったのだろうか? 平凡な高校生に用事なんてあるとは思えないしうちの前で撮影をしたいのならどうぞご自由に。両親は共働きで帰宅は遅いので特に問題はないですよ。エキストラの依頼だったら興味はあるけどどんな役かを一回聞かせてください。大勢の中の市民Jくらいなら引き受けます。


 突如現れた人魚に対する返答をシミュレーションしながら相手の出方を待つ。インターホンで呼び出した側から要件を喋るべきだろう。


 別に忙しいわけではない。人魚の魚部分の出来栄えに驚いたが今は人間部分の露出の多さに対してどのように平静を保つかで頭がいっぱいなんだ。


 貝で隠し切れない豊満なお胸が呼吸をするたびに動いている。深呼吸でもしたら貝がポロリと落ちてしまうのではないだろうか。ブラジャーのようにしっかりと支えているというより胸を覆っているという表現が正しいと思う。


 少々磯臭いのは気になるものの海上がりとは思えないさらさらの金髪とエメラルドグリーンの瞳は人魚のイメージそのもので生まれ持った美しさを女優業で活かせるのもある種の才能かのかなと思ったりした。


 人魚に対する感想を脳内でまとめてもなお当の人魚はいまだに口を開かない。不審者と言えば不審者ではあるけれど、さすがにここまでクオリティの高い特殊メイクをしているのだから撮影に違いない。そう思いたいという感情が段々と強くなってきた。


「骨……」


「はい?」


 ようやく言葉を発したと思ったらその声は弱々しい。露出の多い恰好をしているから気が強いものだと勝手に思っていただけにその印象はがらりと変わった。


「供養してくれて。ありがとう」


「供養って……子供の頃に焼き魚の骨を砂浜に埋めたことですか? あとでめっちゃ怒られたんですけど」


 焼き魚は小骨や皮ごと全部食べる俺でも太い骨だけはかみ砕くことができず、ちょうどじいちゃんが死んで納骨を見ていたから残った骨は埋めるものだと考えていた。


 魚だから海に近い方がいいだろうと砂浜に残った骨を埋めていたら母さんに見つかってめちゃくちゃ怒られたんだよな。しかも初犯じゃなかったけどそれは黙っておいた。


「もう時効だと思ってたんですけど実は今になってめちゃくちゃ環境汚染になる行為だったとかですか?」


 ありがとうというのは建前で実は俺の不法行為を咎めるために訪ねてきたのかもしれない。人魚のコスプレをして。


 さっきとは別の意味で鼓動が早くなるのに連動するように人魚はふるふると素早く首を横に振った。


「海に返してくれた。お礼。言いたくて。でも魚は陸に上がれないから。人魚」


「はぁ……?」


 実は見えないところにカメラがあってすでに撮影が始まっている? 素人の生のリアクションを撮ってあとで放送の許可を取る企画だろか?

 子供の頃に砂浜に埋めた魚の骨がお礼を言うために人魚になってうちまで来たという話を信じるのなら目の前にいるのは人魚で幽霊ということになる。

 ファンタジーにホラーを重ねてくるとは一体今日はなんなんだ。


「また。来る」


 下半身のヒレをずるずると引きずりながら去っていく姿はとても幽霊とは思えずよく出来た特殊メイクに見えた。もし幽霊ならすーっとこの場から消えてみせてほしい。


 人魚であるとも幽霊でもあるとも信じることができない謎の存在に、喉に小骨が刺さったような感覚だけが残った。


「また来るのかぁ……」


 上半身のエロさを天秤にかけて、ほんのちょっとだけ嬉しい側に傾ていた。

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