《完結》骨折り損のくたびれ儲け

コウノトリ🐣

伝わらなかったこだわり

 江戸のとあるコンニャク屋を営む商人、蒟一徹こんにいってつは売上を伸ばす案を求めていた。


 そこに店の前を語り部が通りがかるのを見つけ、いい案はないかと教えを乞う。


 語り部は歴史や物語、教訓を言葉で語り伝える専門の人々でこの男も自身が語り部であると言っておった。


「旦那、語り部といえど商いのことはわからんよ。だが、焦らず堅実にするのが肝心だとは言えるね」

「堅実に、か……でもそれじゃ、今のままじゃねえか。もっと儲けねえと、子供が生まれるのに間に合わねえんだ」


 語り部は頷きながらも、「急いで結果を出そうとする時こそ慎重にするべき」とそれでも助言する。

 この語り部、今の俺にとって特に役立つ話をしてくれなかった。何のための語り部なのか。


 それから幾許いくばくかが過ぎ、家内のお腹は妊娠していることがわかるほどになってきた。それでも何も思いつかない。


「一徹さん、今日は魚がいつもの値段で大きいのがあったわ。一匹だけで十分な大きさよ」


 家内はそう嬉しそうに言っている。確かにいつもの値段で大きいっていうのは得した気分になるだろう。


「そうか!」

「一徹さん、どないかしました?」

「いい案を思いついたんだ。よくやったぞ」


 「はあ?」と困惑する家内を嬉しさのあまり抱きしめる。そうだ、コンニャクも大きくすれば得した気分になって買うだろう。


 次の日から、コンニャクの大きさをいつもはマスを使って一度に切るのを一つひとつ、一回り大きく切って売り出した。


 売れる、売れる。飛ぶように売れる。


「こりゃあ、いいな」


 あまりの忙しさと疲労感に居間で寝そべるが確かな達成感に包まれて気持ちがいい。彼の顔にはこれ以上ない笑顔が浮かんでいた。


 これだけ売れれば、子供が産まれても十分なお金が稼げただろう。


 そんな達成感と共に空になった蒟蒻芋を見て仕入れに向かった。心なしか体は疲労しているはずなのに軽い気がする。

 

「芋鉄さん、いつもの芋を頼むぜ」

「おお、一徹さん。なんかいいことでもあったかい?」

「ああ、コンニャクがよく売れてな」


 材料を仕入れに売上を持って芋鉄さんと世間話に興じる。


 芋鉄さんからいつもの量の蒟蒻芋を買い取って残った金で酒でも久しぶりに買おうという気になる。気分は実に良い。


酒蔵しゅぞうさん、日本酒を頼むよ」


 金入れを取り出し、料金を払おう開くといつもよりも少ない量のお金が顔を出す。


「悪い、やっぱり今回はやめておくよ」


 顔を青くして、慌てて店から出ていくと自分の店に戻った。帳簿を見て確認を取るといつもよりも最終的な売り上げは4割近く少ない。


 それはいくら見直しても同様だった。理由は明白だ。コンニャクの大きさを大きくすれど、値段は一文いちもんも上げていなかった。


 帳簿と金入れの中の金を見比べて幾度となくため息をつく。昨日までの繁盛で疲れていた体は鉛のように重い。


 蒟蒻芋の下処理をするはずが何もする気が起こらなかった。


 

 翌朝、在庫に残っていたコンニャクを元のサイズに戻して売り出す。通りがかる人々は一瞥すると興味なさげに去っていくか


「今日は昨日よりも小さいんだね」


 という声をおいて去っていく。この日、売れたコンニャクは元々少なかったコンニャクの在庫を売り切ることさえもできなかった。


「誰かコンニャクを買ってくれねえか」


 そう通る人や常連さんに声をかけるも


「昨日、十分食べたからいらないかな」


 そう返されるのみだった。これでは、子供を迎える準備ができねえ。


 その姿はくたびれて一気に老け込んだ様相であった。


「おや? 旦那、これから父親になるってのにそんな顔をしなすんな」

「儲けが出ねえってのに平気な顔なんぞしていられるか!」


 そう通りがかった語り部を怒鳴るが全くどうしようもない。語り部に意見を聞いた時は堅実に商いを行うのがいいと言ってもらっていた。


 それを守らずに目先の儲けに囚われたのは自分自身だった。


 それでも、誰かに不満を聞いて欲しかったんだろう。語り部にこれまでの自分のことについて話した。


「それはまさしく”労多くして功少なし”ってことだね。わざわざいつもの大きさに一度に切れる升があるのに一つずつ大きめに切ったんだからね」

「そんな安易な言葉でまとめるんじゃねえ!」


 彼の言葉はその通りだ。だが、そんな安易な言葉にまとめられて例え話にされるのは嫌だ。


「じゃあ、"犬の尾を食うて回るが如し"かな」

「俺はそんなバカじゃねえんだ! なんだ? バカにしてんのか!」


 彼はふざけた様子でそう言うけれど、今はそんな気分じゃないんだ。


「元気づけようと思ったのだが、申し訳ない。"船盗人を徒歩で追う"の例になるかな?」

「俺はそんな無駄なことをしてねえよ!」


「それでも徒歩で追いかけた人みたいにそうせざるを得ないと思ったんでしょ」

「確かに子供が産まれるのに金が必要だったがそんな言葉の例にされたくねえんだ」


 彼の言う通りその時はそうせざるを得ないって思っていた。けれど、そんな無駄なことが分かりきったことをしたつもりはない。


「”骨折り損のくたびれ儲け”ってのはどうだい?」

「何だそれは?」

「”骨を折る”つまり、体を支える大事なものである骨が折れるくらい努力をしたのにその努力で得たのはくたびれている現状だけっていうのを今、言葉にしてみたのさ」


「ああ、まさしく俺の現状に違いねえ」

「いい話を聞かせてもらえたよ。これが提供料ってことで少ないが受け取ってくれ」

「ありがとな」


 その後、蒟一徹こんにいってつは今まで通りに堅実に働いて子供のためのお金を語り部から提供料をもらったこともあり、足りたそうな。


 語り部はこの話を”骨折り損のくたびれ儲け”と題し、江戸の街で”急いでいる時ほど堅実にするべき”という教訓として語ったという。


 それが今日では無駄な努力をすることと簡易にされて伝わり、他の三つと同様に扱われるようになったとさ。




 今の現状を彼、蒟一徹こんにいってつは怒ることだろう。


「あの三つと同じ扱いにするな!」って。

 

 

 この話を聞いた時、彼が青筋を浮かべて怒鳴る姿が思い浮かんだ。人の思いも時が経つにつれて、変容していくのかもしれない。


 そう思うと同じ意味の諺がいくつもあるのが不思議だったけども趣があって面白いな。そう思った。

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