初恋ネクロマンサー

めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定

初恋ネクロマンサー

「ディル……あなたの骨が好きなの。私のために死んでくれない?」


 軍学校の中庭でアイナ・キルベルダは唐突に告白してきた。

 もしもアイナ以外がこの発言をしていたらならば、俺は相手の正気を疑っただろう。

 殴ったかもしれないし、関わらないように逃げたかもしれない。


 けれどアイナはネクロマンサーだ。

 ネクロマンサーなのでこの発言は理解できる。


 ……ってできねーよ!?

 怖ぇよ!?

 なんだよ「死んでくれない?」って!?

 正気を疑う余地がないからな!

 確定だよ!

 アイナ・キルベルダという俺の同級生のネクロマンサーは元から正気じゃないことは確定しているんだよ!

 王太子の婚約者にも名前がのぼる公爵家のご令嬢のくせに軍学校に通っている時点で察してくれ!


 性格というか性癖に難あり。

 軍学校の志望動機で「軍学校ならば死亡者が出るかと思いまして」と死亡動機を答えるタイプなんだよ。

 身分も顔もスタイルも完璧で俺からすれば高嶺の花なのに、婚約者がいないんだよ!

 死者しか愛せないからな!

 今もアイナの足元で愛猫の白骨死体が無邪気に遊んでいるからな!


 俺は伯爵家の次男坊だからギリギリ釣り合いが取れると、軍学校に入ってからずっとアイナと組まされてきた。

 だからわかる。

 骨に関することでアイナは嘘を言わない。

 つまり発言の内容は真実だ。

 内心の動揺に無理やり抑えて、平静を装い、心にフルプレートアーマーをまとって答えることにした。


「死ぬのは嫌だが、それは……その……キルベルダ嬢は俺のことが好きと解釈していいのか?」


「難しい問題ね。確かに一目見たときから『綺麗な骨格標本になりそう』と思っていたわ」


「……骨格標本」


「そういう意味では一目惚れと言ってもいいのかもしれない」


「……たぶん違うな」


 たぶんというか絶対に違う。

 常識的に考えればそれは一目惚れではない。

 けれど非常識なアイナならばあり得るのかもしれない。

 だからたぶんだ。


「そして前回の遠征のディルは美しかったわ。思わず見惚れてしまうほどに」


「前回というと山火事の調査だな」


 俺は図体がデカくて丈夫なだけの未熟者だが、魔術師の盾ぐらいにはなれる。

 そしてアイナは優秀という言葉すら生温い天才魔術師だ。

 白骨大好き趣味が高じて死霊術に傾倒しネクロマンサーを自称しているが普通の魔術を使える。

 高位聖職者しか使えないはずの回復魔術もなぜか使える。

 骨折は美しくないと、骨を繋ぐときにしか使ってくれないが、一級品だと被検体の俺が保証しよう。

 そんな教会から疎まれがちで、王太子を袖にした過去もある天才魔術師アイナは危険な任務を頻繁に振られる。

 それに巻き込まれる俺の不幸さもわかってくれるだろうか。

 わかってくださいお願いします!


「あのときは酷かったな。山火事が多発している理由がまさか雷竜の繁殖期が原因だったとは」


「上がまともに調査班を送っていたらすぐに判明したはずよね。私達もすぐに襲われたし」


「……降り注ぐ雷に何度打たれたことか」


「途中でディルが金属の鎧を脱ぎ捨てて挑んだのは良かったわね。アレのおかげで筋肉を透過してディルの白骨が光り輝く姿が観測できたわ」


「番だったのか途中で雷竜が二頭になった。そして俺はなぜか孤立無援だった。すぐ後ろに優秀な魔術師がいたのに」


「雷に打たれ続けるディルの発光する白骨は凄く美しかったわ。永遠にこの時間が続けばいいと思うほどに」


「……永遠に続いていたかと思う苦しみだったが?」


「たったの一時間ほどで終わってしまったのは残念ね。雷竜の番が魔力切れを起こしてしまって。気合の足りないドラゴンだったけど白骨死体にしたら美しかったので許したわ」


「一時間か…………なんで雷に撃たれ続けて生きているんだろうな俺」


「ディルは相変わらず哲学的ね。けれど私は生に意味なんてないと思うの。全て白骨死体になってしまえばそれなりに美しいもの。ただディルあなたは別格よ。素晴らしい白骨死体になれるわ」


 会話が噛みあわない!

 噛みあってはいるんだけど、噛みあわない!

 長く付き合っているとわかるが、アイナは相手の言葉の意図を理解していないわけではない。

 会話する気がなく適当に返しているときは、完全に相手の言葉とは関係ない返事をしている。

 話題がまったく掠らないのだ。

 よりにもよって王太子相手にそれをやっているところを見たことがある。


 ……というか社交界のパーティーで、当てつけのよう俺と腕を組みながらそれをやった。

 胸を押しつけてしなだれかかるようにしながら、本当に噛みあわない会話を王太子相手に繰り広げた。

 王太子の怨嗟の視線が俺に向いていた。

 その直後に山火事の調査の任務だ。

 なんで生きているんだろうな本当に俺。


「あとディルが生きている理由ならば簡単よ。ディルはあの程度では死なないもの」


「……なんだかんだ言って、やはりキルベルダ嬢が助けてくれていたのか?」


「どうして私がそんな無意味なことをするの? ディルの発光する白骨を観ながらアフタヌーンティーの準備をしたに決まっているでしょ」


「やっぱりティーセットが出ていたよな! 俺が雷に撃たれ続けているときに優雅に茶を飲んでいたよなアイナこの野郎!?」


「やっと名前で呼んでくれたわねディル。前に呼び捨てでいいと言ったのに、キルベルダ嬢なんて堅苦しく呼んで」


「はぁ!? いつそんなことを……」


「忘れたの? 前の社交界のパーティのときに言ったでしょ」


 言われた。

 王太子を前で当てつけのように。

 あれは本気だったのか!?


「今後も呼び捨てで呼ぶように。それでディルが大丈夫だった理由だけどディルは自覚してる? 最近急激に身体能力があがっているわよね」


「まあ最近調子がいいな。成長期だし、身体を鍛えている成果が出てきたものだと」


「やっぱり自覚はしているのね。でも原因が違うわ。ディルの骨は英雄骨格と呼ばれていてね。魔法に対する耐性が非常に高いの。それこそ雷竜の攻撃で死なないくらいに」


「英雄骨格!? 聞いたことはあるけど、あれは眉唾な話で実在しないんじゃないのか?」


「それが実在したのよ。私も驚いたわ。ディルは気づかなかったようなのだけど、普通の人間は雷撃を浴びても骨格が発光しないの。肉の壁を透過してあんなに見事に骨格が見えることもない」


「……なんだと?」


「あれが英雄骨格である証よ。魔力に対する抵抗が異様に高く、受けた魔力を身体機能活性に転用するの。そして許容量の限界以上になると光り輝き発散する。伝承の通りね。ディルは英雄になれる骨の持ち主なのよ」


 アイナが恍惚とした表情で俺の手を握り、指を絡めてきた。

 冷たく、柔らかく、艷やかな指先。

 顔もスタイルも一級品のアイナにこのように迫られれば落ちない男はいないだろう。

 無論、俺も例外ではない。


 俺はアイナの外見を心の底から愛している。

 傷ついているところなんて見たくないから必死に守るし、側を離れることができないのだ。

 対してアイナは俺の中身を物理的に愛しているようだ。

 ある意味お似合いではある。

 けれどさすが死んでくれと言われて「はい」と答えることはできない。


「あっ、ディル言い忘れてた。私と婚約しないとたぶん貴方殺されるわよ」


「なんで!?」


「あの暗君まっしぐらな王太子が癇癪を起こして、私と貴方を引き剥がそうと躍起になっているらしいの。ついこの間まで一緒に殺そうとしてきたのに、二人でドラゴン二体葬ったから諦めたみたいね」


「……絶対この前の社交界でアイナが煽ったせいだよな?」


「心外ね。あそこまでやられれば普通は身を引くのよ。下品な執着。手に入らないならばと殺そうとするのが暗愚の証。骨格も美しくない。それに自分の傍にいる人ぐらい自分で選びたいじゃない」


「それで俺が選ばれた……と。骨格で」


「ええ。我ながら大当たりね。それに私のために死んで、というのも今すぐではないわ。ディルは成長期だもの。育ち切るまで待つわ。でも死んだらディルの全身骨格は私のものよ。いいわね」


「受け入れたほうが長生きできそうだな」


 ……どうしてこんなことに。

 アイナが傍にいれば生存率が上がる。

 なにせ性癖に難があっても性癖以外は完璧だ。昔から魔法が効きにくい俺の骨折を治せる天才魔術師だ。

 アイナと一緒にいて死ぬような目には何度も遭ったが、全て無事に生き残っている。

 アイナから離れても嫉妬に狂った王太子に狙われるならば傍を離れる意味もない。


「もちろん生前は私がディルのものになってあげるわ」


「本当か! 今すぐ婚約しよう!」


「……ディルは本当に私の外見が好きよね」


  ◆   ◆   ◆


 結婚した二人は過酷な最前線の戦場に送られ続けた。

 王家の言いなりになっている上層部の命令だ。

 人材も物資も届かない死地。

 けれど二人は飄々と生き残り続けた。

 いつしか味方からは不死の英雄と扱われ、敵軍から不倒の悪魔と恐れられるようになった。

 そんな日々も軍部のクーデターにより、偏狭な王家が廃されると終わりを告げた。

 中央に英雄として凱旋しながら舞い戻り、他国に睨みを利かせる大将軍として地位を戴く。

 二人は三人の子をなし、九人の孫、そしてひ孫にも恵まれた。


 そしてディルは天命を終えようとしていた。

 その傍らには軍学校時代と変わらぬ姿のアイナがいる。


「アイナは……ずっと若々しいままだな」


「ディルが私の外見が好きなのわかっていたからね。老いないことにしたの」


「ははは……アイナにとって老いはしないことにできるものか」


 笑うディルは老いた。

 白銀の髪に皺の多い肌。

 けれど他国から悪魔と恐れられた肉体は筋骨隆々なまま健在だった。

 しかし齢百二十を超えるとさすが寿命が尽きようとしていた。


「老いるアイナも見たかったものだ」


「それは嘘ね。ディルが愛しているのは私の外見だもの」


「嘘なものか……アイナにはずっと言っていなかったことがあるんだ」


「なに?」


「軍学校時代からずっと君の内面も含めて全てを愛していた」


「そう」


「君が俺の骨格だけを好きだというから意地を張り続けていただけだ」


「知っていたわ」


「そうか」


 想いは届いていた。

 くだらない意地だった。

 ディルの口元の皺が深くなる。


「実は私も軍学校時代からディルに指摘したいことがあったの」


「……指摘?」


「私はディルの骨格以外は愛していないとは一度も言ったことはないわ」


「ふははは……ははは……そうか……そうか」


 ディルは笑った。

 笑うしかなかった。

 百年の時を共に過ごして、一度もそんな確認をしたことがなかった自分に笑ってしまった。


「……死後は俺の骨を君に捧げる契約だったな」


「生きている間もディルは私のものだったけどね」


「いいや……アイナが俺のものだったんだよ。それは譲れない」


「そう」


 もう息絶えるだろう。

 天から迎えは来ない。

 死後の先は決まっているのだから。


「死が二人を分かつまで……というが俺達は別れることがないんだな」


「あら何度も言ったでしょ? 生も死も意味なんてないのよ。私達はずっと一緒なんだから」


「……そうか」


 アイナに看取られて、ディルは死んだ。

 ディルを看取って、アイナは姿を消した。

 ベッドの上にはなにも残らなかった。

 

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