宰相と七人のこびと

丸山 令

情けは人の為ならず

 木々が、鮮やかな秋色に染まる季節。


 深い森の奥深くに佇む 関所を兼ねた石造りの砦の一室に、宰相ジークヴァルトはいた。

 傍らには いつもの如く、一枚の鏡が ベルベットの布をかけたイーゼルの上に 丁重に置かれている。


 西陽が部屋に差仕込む頃、騎士が来客を告げに来たので、宰相はすぐに通すよう 返事をした。


 程なくして部屋に入って来たのは、何処の国の貴族でも一人や二人は雇っていそうな、ごくありふれた格好の狩人と……。


「ご苦労だったね、ヘンゼル。早速守備を聞きたいところだ……が、先に問わせて貰おう。

 彼らは何者かね?」


 鋭利な美貌を僅かに歪めて、宰相は 苦笑い気味に問う。


 狩人の後ろからゾロゾロ部屋に入って来たのは、七人の薄汚れたドワーフたちだった。


「あー。……はい。実はですね」


 右手で後頭部を掻きながら、狩人は困ったように笑い、話し始めた。



 狩人がこのドワーフたちと出会ったのは、一昨日の晩のこと。


 日が傾いてきたので、野宿する場所を探していると、今にも壊れそうな小屋に 微かな灯りが灯っているのを見つけた。


 『幾ら古かろうとも、屋根があるだけマシ』と判断した狩人は、一晩の宿を頼みに行った。

 そこに住んでいたのが、このドワーフたちだ。


 彼らは、『家はぼろぼろだし、食べるものもないのだが、それでも良ければ』と、快く狩人を泊めてくれた。

 狩人は、お礼に自身の携行食をシェアしつつ、何故このような酷い暮らしをしているのかを尋ねた。


 ドワーフたちは、数年前隣国で出された『国民誘致の触書』を見て、住み慣れた古い坑道を捨て、隣国に移り住むことを決めた。

 というのも、その触書には『多種族歓迎!新国王の誕生と婚姻が重なった王国の未来は明るく、移住者たちには薔薇色の生活が約束されている』など、甘い誘い文句が書かれていたから。


 移住が無事承認されたので、彼らは森の中に家を建て、木を切ったり鉱石を採掘したりして生計を立てた。

 そこから数年間は、それなりの生活が出来ていたらしい。

 ところが、ここ数年。市場に薪や木工品の販売に行くと、『ドワーフが作ったものなど!』などと難癖をつけられ、商品は安く買い叩かれるようになった。

 働いても働いても、手元に残る金は僅か。


「自分らの生活だけでも大変なのに、おいらみたいな旅人を受け入れてくれる……こんな親切な人たちが、そんな酷い仕打ちを受けてるなんて、許せねーなって思ったら、つい……」


「つい、連れて来てしまったわけだ。分かった」


 捨てられた子犬のような目で己を見てくる狩人に、宰相は苦笑しつつも頷いた。

 そして、後ろで居心地悪そうに視線を彷徨わせているドワーフ達に目礼する。


「この度は、我が配下を泊めて下さったこと、心より感謝する」


 ドワーフたちは、不安げに互いに視線を交わしていたが、やがて一番年長らしい真っ白な顎鬚の男が一歩前に進み出て、頭を下げた。


「なに。困った時はお互い様です。それよりも、そこの狩人さんが『礼をしたい』と言ってくれたからとはいえ、図々しくもこのような場所まで押し掛けてしまい、お恥ずかしい限りです」


 その風貌に似合わず殊勝な態度に、宰相は目元を和らげた。


「いやいや。自身の生活が厳しい時に、他者を思いやることは、とても難しい。徳の高い御仁方と見込み、私に一つご教授願いたい。

 そなたらが隣国に望んでいた『薔薇色の生活』とは、どういったものだろうか? 砕けた口調で構わないから、意見を聞かせて欲しい」


 ドワーフたちは、目を丸くしながら顔を見合わせていたが、やがて一人が口を開く。


「そりゃ、住処があることだ。夜は安全な場所でゆっくり眠れて……」


「それから、毎日美味い飯が食えれば」


 つられてもう一人が口を開くと、それぞれが楽しげに話し始める。


「そういうことなら、仕事がなけりゃ。物々交換じゃ限界があるから、わしら七人が暮らしていけるだけの安定した収入は欲しい」


「わしらの仕事を、町の人間たちに喜んで貰えると、なお良いのぉ」


「でも、週に一度はのんびり休んで……」


「酒を飲んで、唄ったり踊ったり」


「べっぴんさんが、身の回りの世話をしてくれるとかも良いぞ」


「そりゃぁ、良いの〜」


 普段通りに戻って、笑いながら語る七人に、宰相は微笑みながら尋ねる


「それは、嫁が欲しいということかな?」


「いやいや。わしらはドワーフですから、人間とそういったことは、あまり考えませんな。ただ、生活の中にちょっとばかり潤いがあれば……その程度で」


「そうそう。見ているだけで十分だ」


 宰相は一つ頷くと、手元に置かれた紙に、さらさらと何やら書き連ね始めた。

 ドワーフたちが不思議そうに見守っていると、宰相は書き終えた書類をドワーフたちに見えるよう手に持つ。


「では、宰相ジークヴァルト=ディートリッヒの名の下に、そなたらに以下の報酬を与える。

 まず、我が国への移住権。それから、この森の中に、七人で暮らせる家を建て、与えるものとする。また、この砦に駐在している林業担当官の指導のもと、木の伐採や鉱石の採掘を認め、内容に応じてそれらを国が買い取るものとする。なお、それ以外の生産物は、商業ギルドに登録の上、市場にて自由に販売できるものとする」


 破格の内容に、ドワーフたちは目を白黒させて宰相を見上げた。


「世話をしてくれるべっぴんに関しては、そなたらが人を思いやる心を持ち続けていれば、或いは、自ずとやってくるやもしれないな」


 そう言って笑うと、宰相はこの七人を食事でもてなすよう手配した。


 ドワーフたちが退席した後、一人室内に残っていた狩人は、隣国の近況と今月行われる狩猟会について報告した。


「では、可能ならば事故を装って、国王を」


「了解でさ」


「それから、王妃ヴェッティーナ様から、狩りで使う矢毒について質問を受けるかもしれないが、その際は例の物を」


 頷いて右の口角を上げて笑う狩人に、宰相は酷薄な笑みを返した。


「分量は、正確にな」

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