あんたとシャニムニ踊りたい 第8話「臍を嚙む」
蒼のカリスト
「臍を噛む」
1
「何やってんの?2人とも」
早朝、体育祭の為に、軽めのランニングに訪れた公園にて、修羅場に泣き込まれた。
偶然遭遇した不良と私だったが、最悪なことに、暁も現れるという最悪の状況が誕生したのだった。
「なんで、おめぇがいるんだよ・・・。晴那・・・」
朝から走るなんて、変なことをするから、こんな目に遭うんだ。 慣れないことはするべきでないと愚考していると暁が私に問いただして来た。
「お前には聞いてない。何で、妃夜がここにいるかって、聴いてるんだ」
「私は・・・」
ここで何を言っても、怒られるのは、目に見えていた。 そもそも、怒られる道理はないのだけども。
「やめろ、晴那。悪いのは、アタシなんだ、こいつは」
「妃夜の髪を引っ張っておいて、何言ってんの?そんなんで、許されると思って」 その時、私の中でプチンと糸が切れた気がした。
「うっざ」
「妃夜?」
「羽月?」
同じタイミングで話した2人に私は見下すように話し始めた。
「あんた、私の何なの?何で、あんたの許可が必要なわけ?」
「だって、こいつは」
「私だって、許してない。許せるわけないでしょ」
暁の態度が余りにも気に入らなかった訳ではない。
しかし、彼女から、こんな言葉が聴きたかったわけでは無かった。
「すまん」
「謝らないで。謝って欲しくて言ったんじゃない」
「だったら」
いつになく、弱気な暁の声に私は思いをぶつけた。
「過去は過去、今は今。私は変わりたいの。私は髪を引っ張った中村じゃなくて、今の中村と話しているの」
「妃夜・・・」
私自身、ここで変わらなきゃ、だめな気がした。
中村を許すつもりは皆無だが、此処で言わなきゃという思いがいつの間にか、彼女の地雷を踏んでしまった。
「あなたと中村さんに何があったか知らないけど、いちいち、介入しないで」
「やめろ・・・。その言葉は」
「何だ、それ?」
彼女の何かが、音を立てて壊れた予感がした。
「お前、何様のつもりなんだよ」
「暁?」
その時の暁の表情は愛憎混じった今までに見たことの無い虚無を抱えた表情で私たちを睨みつけていた。
「知らねぇよ。お前のことなんて、もう・・・どうでもいいよ」
走り去って行く暁の姿を私は静観することしか出来なかった。
中村は何処か、遠い目をしていた。悲しくも、切ない瞳で暁が逃げていく所を眼で追っていた。
「暁と何があったの?」
「悪い、今は無理だ。今日は帰るわ」
中村は、頭を掻きながら、何も言わず、その場を過ぎ去っていった。
哀愁漂う彼女の後ろ姿に、私は何も返すことは叶わなかった。
2
週が明けてから、私と暁は言葉を交わすことは無くなった。無理も無い、私は踏み込み過ぎたのだ。自覚はしている。
今になって、暁がどれだけの思いで私と友達になろうとしたのかを身に沁みているつもりではあった。
だからこそ、私は謝るつもりなど、微塵も無かった。
大体、自分はいつも他人にずけずけ踏み込む癖に、自分のことになると殻に籠るなんて、あまりにも虫のいい話だ。
そんなことを考えていたら、体育祭当日が訪れていた。 あれから、私たちは一度も口を聞くことは無かった。
教室内で、女子たちの自撮りやら、髪の毛をアレンジしたりで、何だか変な空気が立ち込めていた。
いつもなら、部外者の私もその一人で・・・。
「羽月さん、動かないでよ」
「動かないけど・・・」
宮本さんが、私の髪の毛を丁寧に梳いた後、お団子頭に整えようとしていた。
「こんなに綺麗な髪の毛なのに、勿体ないよ」
「そ・・・そう言われても」
「中学生なんだから、遊ばなきゃ損だよ」
損と言われても、地味で影の薄い私がこんな陽キャグループのこんなイベントに巻き込まれる日が来るなんて。
「晴那と仲直りしなよ」
「悪いのはあっち」
「そういうことじゃあなくてさ」
「分かってるつもり」
「だったら、謝ってよぉ。あいつ、最近絶不調なんだからさ」
何が絶不調かと言えば、ここ最近の練習を観ていた私は、それを良く知っていた。 バトンミスやら、相手にぶつかったり、ド派手に転倒したりと余程、精神的に堪えているようだ。
「私は謝らない」
「そうやって、意地張ってるといつか、取返しのつかないことになるよ」
頭では理解していても、この問題は暁が解決することであって、私は悪くない。 ここで私が謝っても、一時的な解決にしかならないのだと。
「まぁいいや。これで完成」
頭を叩かれ、私の髪はお団子頭が完成した。
何処か、窮屈に思えるが、ロングの髪を縛るよりかは、マシに思えた。
教室に、暁たちが二年三組のクラスメイトと共に現れた。 私と暁が一瞬、視線が合った。何かを言いかけたが、グッと堪え、行くぞと叫んで、教室を後にした。
「なんだ、あいつ」
「頼むから、早く仲直りしなよ。あいつ、ああいうの慣れてないんだからさ」
私の様子を察したのか、朝さんが近づいて来た。
「動きづらそうな髪型だな」
「お前の頭、団子ぶつけんぞ」
「それ、私の団子。引きちぎらないで」
いつものしょうもない言い争いをする一方、今日の体育祭に気合十分の三組の女子たちの中で一人だけ浮いていたのは、いつぞやの陰口を言ってたハスキーの相方だった。
ハスキーは、同じ二年三組だが、最近は距離を取っており、自身は二年四組だと言い張って聴かないらしい。
私の視線に合わせたのか、宮本さんが語り掛けるように、話し始めた。
「羽月さんもちゃんと謝らないとあんな感じになんぞ」
「アタシからしたら、お前も浮きまくりだけどな」
「てめぇにだけは、ぜってぇ言われたくねぇし」
本当はこの2人、仲が良いんだろうな。 2人の方こそ、素直になればいいのにな。 そんなこんなで、中学二年の体育祭が幕が開こうとしていた。
3
体育祭の為、全生徒が校庭に集まり、熱戦が繰り広げられようとしていた。
開会式は可もなく不可も無い内容で終わり、最初は玉入れから始まった。
紅組と白組に分かれ、高めに設定されたかごに入れるという原始的で体育祭に於いて、一番シンプルな競技である。
私を含む一組と三組の合同チーム他、各学年の玉入れ代表が枠に集まり始めていた。
私のクラスからは、バスケ部連合が編成されたが、男子はともかく、女子は宮本さん含む平均身長が小さいメンバーによるものだった。
皆が皆、バスケ部のプライドを持って臨んでいた。
「しゃあ、やってやんぞ、和(のどか)、茜!」
「ぜったい、勝つよ、希(まれ)」
「任せとけ」
「それでは、始め!」
皆、小さいながらも、健闘したものの、無常にも球が入ることは無かった。
「なんでじゃあ」
「あれれぇぇ」
「入れよォォォォ」
私も頑張って、入れようと心がけたが、我々、二年一組女子玉入れチームは何の役にも立たないまま、無常にも時間だけが過ぎていった。
結果としては、白組の圧倒的大勝利で幕を閉じ、開始早々、不穏な流れが会場を立ち込めてた。
「だから、団体競技はキライなんじゃ」
「和ちゃん、勝つよって」
「そんなことは一言もいっちょらん」
たらればの不毛な議論が交わされることを察知した私はその場を後にしようとしていた時、宮本さんが話しかけて来た。
「羽月さん、ちゃんとやってた?」
「一個は入ったよ」
「何それ、何かムカつくんだけど」
「あははは」
「なぁなぁ」
バスケ部のエセ広島が私に話しかけて来た。
「秀才と何、仲良くしちょるんじゃい。髪まで結びおってからに」
「和ちゃん、だめだよ。そんな言い方したら」
「本当のことじゃろ。大体、ウチらを主はバカにしちょるじゃろが」
「羽月さん、コイツのこと、無視の方向で。キリが無いから」
「そのつもり」
このエセ広島は同じクラスのあいつと同じ匂いがする。
「おい!そんなんじゃけぇ、友人がおらんのやぞ。わかっちょんのか」
「和ちゃん・・・」
私は戻る道を一度止まり、エセ広島に話しかけた。
「私はもう一人じゃない。何も知らない人は黙ってて」
そのまま、私は突っ切るように、野外テントに設置してある席に戻った。
「なんじゃ、ありゃあ」
「どっちかって言うと和の方が友達少なくね?」
「黙っちょれ、茜ェェ」
4
プログラムは順調に進み、一進一退の攻防が続く中、私の借り物リレーの番となった。 紅組と白組学年ごとに4組(紅組1、白組1、紅組2、白組2の組み分け)に分かれ、お題に合わせた物を借りて来ると言う体育祭ではよくある競技である。
全6走者まで、分かれており、指定されたお題の物を持って、ゴールしなければならない、校庭全体にある物であること、校庭以外の物はNGが原則となっている。 お題と正解したかの判定は体育祭実行委員が決めることとなっていて、オーケイが出れば、次の走者にタッチが出来るルールと面倒なルールが多すぎる競技となっていた。
ようやく私の出番が訪れ、紅組男子1年生と恐らく同級生と思われる女子が私にタッチを求めて来た。
何とかタッチした私は、吐き気を抑え、そのまま走り出すことにした。
すぐさま、近くにあった紙を開くと戦慄の内容が記載されていた。
LOVELOVEずっきゅんな人
肝が冷えた。
こんなベタな一言があるんだろうかと思考が一時停止した。
近親者が来校しているので、母親と白夜姉さんが訪れているが、此処で2人を呼ぶのは、気持ち悪い。
かといって、喧嘩している暁を連れて来るのは、尚の事気持ち悪い。
何より、一緒に次の人とタッチしないといけないルールなので、そんなことが出来るのは、私が知る限り、暁しかいない。
今は皆の脚を引っ張らないように、覚悟を決め、暁の下に向かった。
しかし、彼女は次の障害物競争のメンバーだったので、1組の待機エリアにはいなかった。
私は近くに居た加納さんを見つけたので、話しかけることにした。
「好きな人だから、はぁはぁ、加納さん一緒にはぁはぁ・・・来て」
「えぇ~、私より、せなっちの方が」
「今はいないから、早く」
「しょうがないなぁ」
加納さんは私の手を取り、気持ち悪さを抱えながらも、一路審査員の下に走り出そうとしていたその時、私の前に別クラスの女子が立ち塞がっていた。
「なに?どいてくれない?」
「いっしょにはしろう?」
その彼女は、私たち2人に紙を見せつけて来た。
お題には、一番頭が良い人と記載されていたのだった。
「3人ではしろう、ねっ?」
ここで断る道もあったが、いい加減スタートしないと危うい。
何より、このまま握手した状態が続くと私のメンタルが危うい。
こんなことなら、この競技やめておけばよかった。限界が近づいたその刹那、土煙を起こす勢いで近づいて来る何かを感じた。
「お前、何やってんだ」
「あかつき?」
加納さんは手を離し、彼女と手を繋いだ。
「いっこか、ヴィーっち」
「うん」 2人は、その場を離れ、体育祭実行委員の待機する場所へと向かった。
「何やってんの?」
「いいから、手を握る」
暁が私の手を取り、強い力で走り出した。
私には、何のことだか、さっぱり理解出来なかった。
どうして、LOVELOVEズッキュンというワードを知らないはずの彼女が、此処に来たのか。
待機場から、抜け出し、近寄って来たのか。その理由も、答えも理解は出来なかった
確かなことは先ほどまでの嫌悪感を忘れる位、彼女の掌は暖かく、気持ちが安らいでいくように見えた。
しかし、体育祭実行委員の下に着いたはいいものの、余りの全力疾走によって、私の意識が消失寸前まで追い詰められた。
「はぁはぁはぁはぁ・・・はやすぎ」
「好きな人ですね。どうぞ、お幸せに」
「いくよ、妃夜」
「まってぇ、ちょ」
再び、走り出した暁と私は次の同じクラスの男子の下に到着した。
息切れを起こす私の代わりに、男子にハイタッチをして、ようやく、私の出番は終了したが、そのまま天高く何処かへ飛んで行ってしまった。
「羽月さん?」
「ひよちゃん?」
「やっぱりか」
こうして、私の体育祭の出番は終わり、同時に私は担架に運ばれ、クーラーがガンガンに効いた保健室にめでたく運ばれる形と相成った。
その後、借り物リレーの文章の一部が恋愛に纏わる物が大半だったらしく、レースは白組2が勝利したらしい(紅組1は最下位)。
5
気が付くと見たことのあるいつもの天井だった。
保健室で気が付くと近くには、母と白夜姉さんが付き添っていた。 眼鏡はベッドの近くの机に置いてあった。
「ねえさん・・・」
「妃夜、無理しちゃって」
「お母さん、心配したんだから」
「ごめん」
また気絶してしまったのか。しかも、体育祭で。
「お弁当置いておくから、後でゆっくり食べてね」
「じゃあね、体育祭頑張ってね、妃夜」
何か、言いたそうな表情な表情の母だったが、口を噤んでいた。
すぐに母と白夜姉さんは、養護教諭に挨拶をして、保健室を後にした。
「久々に来ると思ったら、これだもんな。ちゃんと飯食いなよ」
どうやら、養護教諭は、熱中症を疑ったようだが、朝はきちんと食べていたし、気だるいが、動けないわけでは無い。
外を見渡すと天気がいつの間にか、曇天模様に代わっていた。
「羽月さん、頑張ってましたもんね」
「間宮さん」
隣のベッドには、間宮さんが横たわっていた。
「見てたの?」
「はい。そりゃ、羽月さんの獅子奮迅の活躍ぶりは、目に焼き付けないと」
???
間宮さんらしくない言葉が続き、私は激しく困惑してしまった。
「な・・・なんでもないです。頑張ってたもんね。凄い凄い」
「どうも」
少しの間、保健室に静寂が訪れた。
若干の気まずさを抱えながらも、私は何も言い返すことは出来なかった。
「それで」
大きく扉が開く音がした。
「妃夜!生きてる?」
いつもの暁の声だった。しかし、彼女一人だった。
「保健室ではお静かに!」
「すいません・・・」
相変わらずのうるささに、私は寝たふりしようとしていた。
「うるさくなりそうなんで、私は昼休憩行ってきまぁす」
養護教諭は、保健室から出て行った。
現状、保健室は私と間宮さん、暁の三人のみという異常な空間と化していた。
「あのさ・・・、妃夜」
私は布団に入り、無視しようと決めた。
面映ゆい感情が、全面に出てしまった。どうして、素直になれないのか。
「そのままで聴いて欲しいんだけどさ」
私は彼女の話を布団越しで聴くことにした。
「あたし、勝つからさ。だから、リレー見て欲しい。それと・・・」
少しの沈黙の後、暁は話し始めた。
「あの時はごめん・・・。本当にごめんね・・・」
暁はそのまま、保健室を後にした。
「行ったみたいですけど、良かったんですか。追わなくて」
間宮さんの言葉に、私は布団を外し、天井を見上げた。
「いいんだよ、あれで。いい薬になっただろうし」
本当は嬉しかった。心の底から、嬉しかった。ちゃんと謝ってくれたことと中村とちゃんと向き合うことを決めた彼女のことが、嬉しかった。
素っ気ない態度をとるのは、それを悟られたくなかったからだ。
「羽月さん、ちゃんと言葉にしないと伝わらないよ」
「そうかもね・・・。でも、いいの・・・これで」
怪訝そうな表情で私を見つめる間宮さんだったが、私はもう少しばかり、横になろうと決めていた。
今は昼12時32分。
もうすぐ、昼の部。応援合戦があるが、今のコンディションは、最悪で立ち上がる気力も無い。
体を動かし慣れていたつもりだったが、私は今もまだ、このままらしい。 少し目を瞑り、私はひと眠り就くことにした。
「妃夜ちゃん・・・」
瞼を開くとそこには四つん這いになって、私の顔を見つめる間宮さんがいた。
その距離は頑張れば、唇が届く位の距離で涙を流しながら見つめる彼女に、私は絶句した。
「間宮・・・さん?」
「凪って、呼んで」
「どういうこと?なんで、こんなこと」
「もう、我慢できないよ・・・。妃夜ちゃん・・・、私ね、私」
一瞬、観たことの無い裸の女性が浮かんだ。それは何処か、恐ろしくも身の毛のよだつようなあの・・・。
「ごめんなさい・・・。忘れて、わたしのことは忘れて」
私の体温はどんどん冷めていくような感覚に襲われた。
その既視感を言語化することは出来ないまま、間宮さんは先ほどよりも、悲しみを浮かべていたことは火を見るよりも明らかだった。
間宮さんは咳き込みながら、私から離れて行き、ベッドに戻って行った。
それ以上のことは、何も言えなかった。
彼女は私の覚えている唯一の小学校の同級生。本当はこんな学校よりも、彼女ならば、いい学校に入れたはずだし、無理をしてでも来るべきではない。
彼女は、私のことが好きなんだ。
そう考えただけで、どうして、こんなに気分が悪くなってしまうのか。
私は瞼を閉じ、思考の全てをかき捨て、眠りにつくことで全てを忘れようとしていた。
6
「羽月さん、羽月さん、起きて、起きてよ」
「ん?なに?」
「もうすぐ、リレーの決勝戦、晴那が走るよ」
寝ぼけ眼の私は、一体、いつまで寝ていたかを自覚するには、宮本さんの言葉はあまりにも強すぎた。
「早く行くよ」
「あ・・・は」
宮本さんは躊躇いもなく、私の腕を掴み、そのままの勢いで保健室を後にした。 眼鏡を忘れた私は引っ張られ、思考が未だ動いていない体を引っ張り上げるように、校庭へと向かっていた。
それと同時に、聴こえる轟音はリレー決勝戦の始まりを意味していた。
「始まっちゃったじゃん、何寝ぼけての、羽月さん」
正直、今も思考が滅茶苦茶だ。何をどう、考えているのか、何をどうしたらいいのか、よく分かっていない。
確かなことは、急がなければ、リレーが終わってしまうことだろうか。 決勝戦と言うことは、うちのクラスは予選を通過したのだろう。そのメンバーには、きっと、中村もいるはず。
ようやく、辿り着くとその時には、第四走者にまで来ていた。 その時、私たちは信じられない場面を目撃することとなる。
「先頭は2年4組中村華選手、速い、速すぎる。このまま、優勝候補の3年2組、2年1組の猛追を逃げ切り、ゴールへまっしぐらでしょうか?」
圧倒的速さで突破する中村とそれを追いかける女子の先輩の中に、暁がいた。
「今日、あいつ、何かおかしいんだよね。最初は」
「何・・・何やってんだよ・・・」
「羽月さん?」
その時の私はまるで、私ではない別の誰かのような感覚だった。
「負けるな、せなぁぁぁぁぁぁ」
完全に壊れた私は、息つく間もなく、暁だけに大声で叫んでいた。
「負けるんじゃねぇよ、せなぁぁぁぁぁ!」
何で、此処まで必死だったのか、何が私をそうさせたのか。
自分でも分からなかったが、その思いが通じたのか、暁のギアが上がり、少しずつだが、女子の先輩を追い抜いた。
後で聴いた話だが、女子の3年生は同じ陸上部の短距離で数多くの大会で優秀な成績を収めた実力者だったらしい。
それを抜くだけでも、凄いことだが、それを出し切るには、何もかもが遅すぎたのだと。
「ゴォォォォル!優勝は、2年4組、白組こと2年4組!序盤から、勢いそのままに、最後まで走り抜いた2年4組でした!2着は紅組2年1組、3着に紅組3年1組が入って、4着に白組3年4組が入って来ます」
体育祭は、白組2年4組の勝利で幕を閉じようとしていた。
暁は地面で倒れ込んだが、誰も近づこうとはしない。
私はすぐに、暁の下に近寄ろうとした刹那だった。
「おい、緋村。てめぇ、さっきの何だ?」
「何が?」
「ふっざけんじゃねぇぞ。てめぇ、陸上部の癖に、てぇ抜いただろ?」
「何のことだか、わっかりましぇん!」
「おい、剣(つるぎ)、やめとけって」
言い争いをしているのは、うちのクラスのチャラ男と中村だった。
「こっちはガチでやってんだぞ。それでも、てめぇ、陸上部なんか」
「所詮、お遊びっしょ?それに証拠あんの?証拠?」
体育祭は終わりを迎えたが、2人の言い争いで、収集を付けようと教師陣が、近づこうとしていた。
「証拠はねぇよ」
「だったら、黙ってろよ、敗北者」
「すまん、剣。暁が最後は何とかしてくれるからって、手を抜いて良いと言われた」
彼の一言でも、チャラ男の表情は崩れることは無かった。
中村は、今にもぶん殴ってやろうと言う勢いだったが、それを止めたのは、他でもない陸上部の顧問と思われる人だった。
「やめなさい。此処は校庭だ。どんな理由であれ、人を殴っていい場所じゃない」
いつもなら、静止を振り切りそうな中村も、大人しく矛を収めたように見えた。
「はいはい、閉会式やるから、皆戻る戻る!雨が降りしきる前に、終わらせますよ」 石倉先生やその他の選手の介入により、混沌としていた場内は徐々に落ち着きを取り戻していった。
しかし、暁は立ち上がることは無かった。
私は、暁の下に近寄りたかったが、それをするのは、私ではない。
そう、その今ではない、今の私は彼女のヒーローではない。
「おい、起きろよ。いつまで泣いてるつもりだ」
「泣いてない」
顔を覆い、1人起き上がることもなく、泣きっ面の彼女を中村は腕を掴み、無理やり立ち上がらせた。
「いい加減にしろよ」
耳元で何かを囁いていたが、その声が聞こえることは無かった。
中村の言葉に、暁の表情が変わることはなく、普段と同じように淡々としていた。
「うん」
暁は担架で運ばれ、保健室に運ばれていった。
私はそれを見つめることしか出来ず、ただただ立ち尽くすばかりで、何も出来なかった。
「負けちゃったね。あーあ、羽月さんがもっと早く」
「私も・・・」
「どうしたん?」
「私も晴那とあんな友達になれるかな?」
「今日の羽月さん、何かおかしいよ。本当にベッド戻る?」
こうして、波乱づくめの体育祭は、幕を閉じた。
勝敗はリレーを僅差の末、紅組の勝利で終わりを迎えた。
7
「今日の体育祭、お疲れ様でした。君たち、今日は打ち上げとか、やりたいだろうけど、残念でしたぁ。こぉんな雨の中で無礼講なんて、どうかしてるよねぇ~。にゃっははははは!」
ホームルーム中、クラスの雰囲気は最悪だった。
石倉先生の言葉でもどうにもならない程、チャラ男と暁派の女子とのひと悶着が今にも開戦しそうな空気だったが、ブレない石倉先生は大人なのかもしれない。
「まぁ、色んなことがあった体育祭もいいんですけど、此処でお知らせでぇす。来週で、間宮凪さんが転校します」
教室は一気にざわつき始めた。間宮さんは今日も欠席だったが、それだけに、嫌な憶測で空気が変わり始めていた。
「はい、お静かに!」
石倉先生の言葉で教室は再び、静寂を取り戻した。
「皆さんもご承知の通り、間宮さんは体調不良で欠席も多かったのですが、来週からは別の学校で頑張ることになります」
私は全てを悟った。先ほどの言葉は文字通り、別れの挨拶だったのだ。
「お別れ会もしたいかもだけど、本人の意向で、通うのは今日が最後でした。ごめんな、直前の話で」
私の顔は分かり易い程に白く青ざめていた。
彼女の行為を私は無碍にしたのだ。そのことが恥ずかしくて、何と愚かだったのかを思い知った。
今すぐ、会いたい。会って、ちゃんと確かめたいと心から思った。
「そういうわけだから、少しだけ席を変更することとなります。羽月の席を間宮の席に移動することとなりましたので、そのつもりで。それじゃあ、ホームルームはこれで」
「先生!」
立ち上がる私に石倉先生は吃驚の表情を浮かべていた。
「な、何だよ、羽月」
「間宮さんは今どこに?」
ひたむきな眼差しで見つめる私に、石倉先生は何処か、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「すまん、もう帰ってしまった。本人の意向で、皆に会いたくないそうだ。そういうことだから、連絡も取りたくないんだってさ」
「そ、そんな・・・」
ざわつくクラスを後目に私は静かに着席し、ホームルームは終わりを迎えた。
私は後悔した。間宮さんの善意も行為の意味も全て分からないまま、お別れなんて。
こんなの、こんなの、あんまりだ。私はまだ、聴いてない。私の気持ちも何もかも。
そして、その時になって、思い知った。
後悔の意味を、悔いのない人生なんて、この世界には存在しないということを。 私は舌を噛み、取り返しのつかない思いに心が揺れた。
「・・・・・・・・・・・・」
あんたとシャニムニ踊りたい 第8話「臍を嚙む」 蒼のカリスト @aonocallisto
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