薔薇の聖女は全てお見通し

魚野れん

薔薇色の乙女(?)と護衛騎士

 薔薇の聖女。そう呼ばれる存在は、可愛らしさだけではなく美しさも兼ね揃えた人だった――のだが。どうやらそれは、あくまでも見た目だけの話だったようだ。

 可憐な外見にたおやかな笑みを浮かべた聖女は、背後からかけられた「このおっさん!」という叫びに口角を上げた。




「あなたくらいですよ。私に“おっさん”などと暴言を吐くのは」


 ゆっくりと振り返るその姿は、どこぞやのご令嬢かと勘違いしてしまいそうになる。が、はもうじき四十を迎える中年である。

 つまり、れっきとしたおっさんなのだ。外見との乖離に苦しみながら彼の護衛騎士であるアドリアーナは騙されてなるものか、と目に力を込めた。


「何が“薔薇色の乙女”ですか。“薔薇の聖女”ですか。詐欺ですよ詐欺! 私は! 可憐な乙女だと思って、仕えたいと志願したのに……!!」

「あら、それは災難でしたね。けれど、私はあなたのことを気に入っていてよ。絶対に手放したくはないわ」


 この聖女、神聖魔法しか取り柄がない。運動能力は全て知性と美貌に吸い取られたらしい。外に出れば誘拐され、教会に閉じこもれば階段を自ら踏みはずす。誰かしらが守らねばすぐに死んでしまいそうなほど、この男は弱いのだ。

 彼が好んでこの姿を取るのも分からなくは、ない――と思うわけがない!

 アドリアーナは赤子のような年上の男をジト目で睨んだ。


「裏切られた。好みの女性、しかも聖女を守るという大役を任せてもらえるなんて、最高の職場になると確信していたのに……!」


 悔しい。アドリアーナが思っていた職場ではなかったこと、女性が好きだと言っておきながら彼を見抜けなかったこと……己の勘違いが全て原因であると理解しているからこそ、悔しいのだ。

 アドリアーナの考えなどお見通しなのだろう。彼はくすくすと笑いながら扇子をあおぐ。とても様になっている。さすがはアドリアーナが騙された男だ。


「あなた……同性愛者だと公言しておきながら、同性の護衛騎士に選ばれるなんておかしなことだとは思わなかったの?」

「はっ! しまった。確かに私は女性の肉体を持っているが、思考は男性と取られても仕方がない……間違いが起きるかもしれないという意味では、男性として自分を扱うべきだった」


 指摘されるまで気がつかなかったのは、アドリアーナの頭脳が足りないからなのだろう。アドリアーナは人よりも身体能力は優れているが、その分短慮なところがあることを自覚していた。

 頭脳は他者に劣るかもしれないが、指示されたことは必ず指示されたとおりに完遂する。それができるだけの身体能力はある。指示する人間が賢ければ、アドリアーナ自身に考える力がなくとも優秀な人材として動けるのだ。

 だからこそ、この賢い聖女に使われているのだ。きっと性的嗜好の件はおまけだ。決め手にするには都合が良かっただけだ――と、思いたい。


「分かってもらって結構。だから、安全なあなたが採用されたのよ。もちろんあなたに能力がなければ採用はしなかった。自信を持ちなさい、アドリアーナ」

「く……っ!」


 全て見透かされている。悔しさのあまり、アドリアーナは両手両膝をついた。がくりと項垂れる彼女に、柔らかなアルトが降ってくる。


「ところで、私のことは名前で呼んでいただけないの?」

「…………おっさん」


 何となく、名前を呼びたくなかった。おそらくそれは、アドリアーナが彼に騙されたと感じてしまっているからだろう。きっと、賢い彼はアドリアーナの思考などお見通しなのだ。

 アドリアーナは俯いたまま、反抗した。子供じみた抵抗なのは分かっている。それでも、同性だと思っていたのに違っていたのが許せない。


「公共の場ではちゃんと名前で呼んでくださるのに、つれない人」

「……聖女ドミニク」

「なぁに?」

「おっさんが呼べって言ったんでしょうが!」


 “様”をつけたくないアドリアーナが親しみ感の少ない正式名称で呼ぶと、花がふわりと開くかのような笑みが広がった。悪態をつきたくなるくらい、可愛い。

 アドリアーナはふいっと彼から視線を外した。彼にからかわれているのが非常に悔しかった。そういう原因を作っている自分が悪いのだということくらい、分かっている。それでも、アドリアーナは素直に彼を聖女と認めることができなかった。


 男性の聖女は彼だけだ。今までも男性の聖女はいたらしい。しかし、滅多に男性の聖女は生まれない。その為、ほとんどの男性聖女は聖女の代理を立てて過ごすか、ドミニクのように女装して過ごすかの二択を選ぶ。

 堂々と男性として活動した聖女は――アドリアーナが知る限り、存在しない。

 ドミニクの能力は申し分ない。それなのに彼をなかなか認められないのは、ひとえにアドリアーナが未熟なだけだ。女性だと思っていたのに、という気持ちがこれほどまでにアドリアーナの心を曇らせることになるとは、アドリアーナだって想像していなかった。

 きっと、アドリアーナは彼に勝手な期待をしてしまったのだ。分かっている。これはアドリアーナの問題であって、ドミニクに問題があるわけではないのだ。


「アドリアーナ」

「何ですか」


 急に立ち上がったドミニクはアドリアーナの目の前に跪いて手を取った。高身長のアドリアーナと同じ身長の彼。女性と言うには男性的な手であるが、身長を考えればそう不自然ではない。少しばかりひんやりとした手を、アドリアーナは反射的に握った。

 やってからしまったと思うが、アドリアーナの焦りとは裏腹に彼はくすりと笑ってから柔らかな微笑みを浮かべた。


「あなたは私の騎士として立派にやってくれているわ。本当に助けられている。私の事情に戸惑っているのも分かっている。それなのに、他の誰よりも忠実な騎士アドリアーナ。私は、そんなあなたを一番信用しているわ」

「…………」


 素直に自分のことを認めてくれない存在に、どうしてそんな風に自分の感情を差し引いた評価ができるのか。アドリアーナは心底自分の至らなさを恥じた。

 可憐で美しい聖女。男性だということさえ気にしなければ――いや、そんな風に言うのは彼に失礼だ。自分の先入観でどれだけ彼を貶めれば良いのか。自己嫌悪がアドリアーナを苛む。

 そんなアドリアーナの心境など、お見通しなのだろう。


「アドリアーナ。私の騎士。あなただけは、私のことをちゃんと見てくれている。私は、あなたが何て言おうとも、あなたのことが大好きよ」


 彼が薔薇と例えられるのも分かる。ドミニクは何人にも汚されることのない、気高き花である。誰が何を言おうと――彼を悪く言うのはアドリアーナくらいだが――彼らしさが損なわれることはない。

 全てを見通す黄金の目がアドリアーナを射抜く。


「たとえ、私のことを“おっさん”と呼んでも、ね」


 薔薇色のドレスに包まれた彼が笑う。美しき花、薔薇の聖女。よく、薔薇は「薔薇色の人生」だとか比喩表現にも使われる色だ。だが、その名を冠する者が必ずしもそうとは限らない。

 彼は聖女として生きることに誇りを持ち、本来の性別を歪めてまで生きている。それは、アドリアーナには決して真似のできないことだ。


「私、外では隠しているけれど、自分が男性であることを否定したりなんてしないわ。私が私であることを認めなければ、誰かの罪を受け入れて浄化することなんてできないもの」

「……さすがは聖女様」

「でしょう? そんな私に認められているのよ。そんな顔をしないでちょうだい」


 そんな顔、と言われてアドリアーナは瞬いた。目の前の美しい双眸には、頼りなさそうな女が映っている。普段の自分とは別人であるかのような姿が目に入り、アドリアーナは口をきゅっと結んだ。


「あなたも、私みたいにあなたらしくいて良いのよ」


 成長しないのは困るけれど、あなたはそういう人間ではないものね。そうつけ足した彼の目は優しかった。ドミニクはきっと他者よりも様々な人々を見てきたのだろう。そして、その全てを受け入れてきたのだろう。何と懐の広い人間か。

 未だに薔薇色の乙女と呼ばれるだけある。


「どうしてあなたが落ち込み始めたのか存じませんが、気持ちを改め――」

「分かってなかったんかいっ!」

「ふふ」


 調子が狂う。息を荒げたアドリアーナの手をドミニクが優しく撫でる。言葉と動作が一致しない。ふざけたことを言っているが、きっとそれはアドリアーナの為を思ってのことなのだろう。


「……あなたの騎士の座は、誰にも譲るつもりはありませんよ」

「まあまあ、嬉しいこと」

「今のところは、ですが」

「ええ、ええ。それで良いわ」


 さりげなくアドリアーナの手を放した彼はすうっと立ち上がり、薔薇が描かれたセンスを広げてゆるりとあおぐ。薔薇色の乙女はよそ向けの顔で微笑んだ。

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