そのカクテルは薔薇模様

真坂 ゆうき 

心模様は悲喜交々

「え、これみんな薔薇のお酒なんですか? すごい……」


「厳密には名前がそうだね。でも、綺麗だろう? 味だけでなく、見た目でも楽しめなくちゃね」


 灯里あかりが心底感心した、という風に目の前のカクテルたちを見ている。こういう純粋無垢な瞳を持った人間にはついぞ出会えなかったものだから、余計新鮮に感じる。


「ホントなのかぁ? そこら辺にある奴を適当に混ぜ合わせて、それっぽくしただけなんじゃねえのか」


 かたや身長や年齢は灯里と同じくらいであろうと思しきながら、言動は全く可愛くないこの赤毛の小娘には、尊敬の感情よりイライラさせられることのほうが多いが、あえて口や態度には出さない。出していたらこの小娘と全く同レベルであると思われてしまうのが、この上なく癪だからだ。


「そう思うんだったら、全部試しに飲んでみてもいいさね。特別サービスだ」


「おいおい。流石にそれはやばいだろ? この俺に免じて二人とも手を引け。俺は静かに酒を楽しみたいんだ」


 余計なことを言うんじゃないよ、折角お灸を据えてやる良い機会だったのに、と少女たちの傍らの席で一人杯を傾けているこの褐色肌で筋肉質の男こそ、忌々しいことにアタシの恋人で愛してやまない世界でたった一人の人間、ときたものだ。恋人ならアタシの意図を読んでくれとも思うのだが、この男はそれをも読んだうえでこの対応なのだ。灯里は意外に酒が強い、と言うか潰れるのを見たことがないという隠れ酒豪であることは最近分かって来たことなのだが、リコは見た目に反してかなり酒に弱いらしく、キッシー・ローズだのアイリッシュ・ローズだのを次々と飲ませた日には軽く酔い潰れてしまうだろうことは明らかだった。


 そしてそれを後片付けすることになるであろう自分の身をも想像して、おそらくこの男は手を引けと言ったのだろう。ほんと、とんだ食わせ物だ。もっとも酒場を開いたのは他でもない自分自身であるため、そういった対応はもう慣れっこになってしまっているのだが。


 数年前。そう恐らく、もう数年にはなるだろう……こちらの世界に飛ばされて来てからこの地に自分のさかばを構えたが、何でそんなことをしようと考えたのか。それは、店を開くということはかつての叶わない希望でもあったから、なのだが、そもそもと言えば、何故かこの世界では酒好きである自身の気に入る酒というものに、中々お目にかかることが出来なかった、という事情があった。ちなみに、酒自体が全く無いというわけでは無い。実際、酒場はあると言えばあるのだが、出てくるものはどこか濁ったかのように見えるビール、まるで酸味が無くブドウの絞りかすでも使ったようなワイン、果てにはどう見ても子供向けであろうミルク、せいぜいこんなところであった。酒好きの自分としては、単に好きな物が思う存分味わえないのは許しがたがったのだ。幸い、材料となりそうなものはそこそこに市場に出回っていたので、自分自身の経験と知識、果ては恋人の船をもフル活用して遠く離れた大陸の向こうにあるような酒を仕入れたり、あるいはカクテルと呼ばれるものを自作して、ようやく酒場と呼べるようなラインアップを作り上げたのだ。


 とは言え、それで店の売り上げが大幅に上がると言えば決してそんなことは無かった。ある程度の常連は付くのだが、かと言ってどこか遠いところからわざわざ訪ねてくるような人間はいない。まあ、向こうと違って移動手段が船や徒歩などに限られてしまうこの世界では、それも致し方ないことなのかも知れない。そんなわけで、ヴィオレッタは暇つぶしの一環として、恋人や友人、ついでの友人のオマケに自作した酒を振る舞っていたというわけだ。


「あ、あの、えーと……あ、ヴィオレッタさん! な、なにか、わたしに合いそうなお酒ってありますか?!」


 空気がどことなく張りつめて来たのを察知した灯里が、慌てたように声を張り上げる。やれやれ。自分より年下の娘に気遣われるとはこのヴィオレッタも落ちたものだ。仕方がない、その見え見えの策に乗ってやろうとしようじゃないか。


「そうだねえ……アンタには、このキッシー・ローズがお似合いじゃないかね」


 そう言ってみて、どことなく大人をイメージさせるような、ピンク色をしているこの酒は案外この友人に合っているのではないだろうか、と思えた。確か、ピンクのバラの花言葉は【上品】だったり、【しとやか】【感謝】だったような気がする。それも含めて非常にマッチしている。そう思えた。


「ほう……嬢ちゃんにはそう来たか。じゃ、こっちのじゃじゃ馬には何が似合うと思うかい?」


「あん? アンタ、喧嘩売ってるなら買うよ? 表出な」


 まぁまぁまぁ、と背後からリコを諫める灯里を傍目に見ながら考える。


「そうだねえ。それならこのジャック・ローズなんてどうだい。見た目もそっくりだろう」


「あぁなるほどな。確かにお似合いだな」


「……おい! お前ら二人とも、何ニヤニヤ納得してやがんだ! 腹立つ、こいつら絶対あたしのことバカにしてるだろ! お姉、放せ! このっ、二人ともギタンギタンに伸してやるっ」


 バタバタ暴れ回るリコとそれを必死に抑え込む灯里。まさにそのカクテルの言葉通り、【恐れを知らない元気な冒険者】そのものだ。


 実際には褒めてやってるのにねえ、と内心ほくそ笑んでから、自分の分のカクテルを手に取る。それは、真っ黒な色をしたラム入りのブラック・ローズ。かつて自分がどっぷりと染まっていた世界の色。


 恋人……ロブの眼が、すうーっ……と薄められた。



「ヴィオレッタ。まだ、【復讐】したいと思っているのかい?」


「……まさか。遠い昔の話さ。それに、もうにはあいつはいないんだから」


 まだぎゃあぎゃあ騒いでいる二人に気づかれないように、そっと囁かれたその言葉に、一瞬熱くなりかけた心が冷静さを取り戻していくのが分かった。


 全く。この男には敵わない。


「そんじゃ、俺はコイツを貰うとするかな」


 そう言ってロブが手にしたのは、ホワイト・ローズ。アタシは思わず笑ってしまった。他の二人もアタシの笑い声に釣られてか、こちらのほうを振り向いている。


「ねえ、正気? まさかのアンタがこれかい? 灯里なら分かるけれど」


「俺はいつでも本気だぜ? 【俺ほどお前にふさわしい】奴ぁいねえよ」


「……あのね。ここにはお子ちゃまがいるんだから、そういうのは場所を弁えてやってくれる?」


 応えるのに一瞬、ほんの一瞬だが間が空いてしまった。それを見て、ひゅーひゅーと囃し立てていたリコがその言葉に「お子ちゃまだと⁈」と再びキレかけ、灯里がそれをさっきよりも必死の形相で止めにかかり、ロブがそれを見て笑っている。


 そう、アタシはこの世界に来て幾つものかけがえの無いものを手に入れた。今度こそ、壊させたりはしないんだから。


 そして、ロブ。



【あなたはあくまでよ】



 アタシは、ロブのグラスに自分のグラスを近づけ、甲高くカチン、と鳴らした。


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そのカクテルは薔薇模様 真坂 ゆうき  @yki_lily

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