はんぶんこのはなし

綾瀬 柊

はんぶんこのはなし

***


 ――いったいなにをどうされたら相手に特別に想われていると感じるか。


 中学生の頃、この問いに幼馴染は、

『雪〇だいふく(2個入)をはんぶんこしてくれたら』

私のことめっちゃ好きじゃんと思う、と答え、その場にいた友人たちを大いに沸かせた。

『それはもう付き合ってるでしょ』『そんなのもはやプロポーズじゃん』

などとやや大袈裟な感想が飛び交う中、幼馴染といつもシェアするパ〇コの片割れを食みながら俺は、

(じゃあパ〇コはなんなんだろう)

と思ったりした。


 物心つく前からの友であるし、気になったことを訊かないままにするような仲でもなかったので、友人たちと解散し帰途につく中で問うたら幼馴染曰く、

『んー。パ〇コは親愛?』

とのことだった。

 ゆえに、俺と幼馴染の関係は親愛である。昔も今も。


 ポンポンと肩を叩かれた。見上げると幼馴染が、居酒屋の机に肘をついてこちらをみていた。

 よっこいしょと身を起こす。頭は痛いし体も重い。普段の倍くらい重力を感じている気分だった。

 半袖から伸びた自分の腕には、畳の跡がついていた。どうも座敷席で寝てしまっていたようだ。

 はいお水ーと差し出され、ありがと、と力なく述べつ受け取った。ひとくち含むと、乾燥していた喉がようやく潤うのを感じた。

「どう? 帰れそう?」

「……。歩けるとは思う、それより頭痛い」

「まぁゆっくり帰ろ」

面目なーい……、と言いながら、壁に寄りかかり立ち上がった。

 自身の尻ポケットに手を突っ込み、財布を取り出してそこでようやく思い出す。会費は電子マネーですでに支払い済みであった。こずえが軽く手をあげた。

「じゃあお先にー。雅樹は回収していきまーす」

「お大事にー」

なんとか苦笑いしつつ、俺も手を上げた。

 またねー、でもバイバイでもなく、宴会後の俺にかけられる言葉はたいてい『お大事に』である。

 酒に弱いので、こういうことがままあるのだ。隣の人の酒と間違えて飲んでしまったり、誰かの倒した酒がかかってしまったり、なんにせよもう覿面にやられてしまうのである。


 飲み会の雰囲気も誰かとの食事も楽しくて好きなので、財布の許す限り誘われるがままに参加するのだが、このアルコールの弱さだけはどうにもならなかった。

 どれだけ気を付けていても周りが気にかけてくれていても、何回かに1回は間違えて酒を摂取してこうして寝潰れてしまうのだ。

 大学も4年目となり、幼馴染がこうして迎えに来てくれるのももう何度目かしれなかった。


 店を出るなり、かすめた夏の夜風は実に生温かった。肌の表面をぬるりとした湿度が撫ぜていく。酔って吐き気が出ないだけマシだが、この蒸し暑さと頭痛はなんとかならないものだろうか。

「こずえさま……、いつもありがとー……」

「いいよ別に。近所だし、今日は雅樹の復活も早かったし」

私もおまけでちょっと食べさせてもらえたし、からあげが特においしかった、と頷いた。

 たぶん俺が早々に寝潰れたので、周りの人も気を遣ったのだろう。

 最後まで食べ損ねてしまったぶん、こちらはやや小腹がすいていた。ちょうどいいところにコンビニが見えた。

「……なんか買ってくる。ちょっと待ってて」

「? まだ頭痛いんじゃないの、代わりに買ってこようか?」

なに買うの? と訊かれたが首を振った。

 居酒屋で寝てしまったおかげか、頭痛以外はだいぶマシになっていた。

「へいきへいき。暑いしアイスでも買おうかなって。こずえは?」

「私はいいや。外で待ってる」

了解の言葉を述べながら、ひとり自動ドアをすり抜けた。


***


 戻ってくるまで、変に時間がかかっていた。中で倒れてるとかないよね、と振り返ると、ちょうど出てくるところだった。

 こちらの心配をよそに、のんきな顔をしてレジ袋を掲げた。

「レジ混んでたの?」

「ううん。どっち買うか悩んでただけ」

「? 悩むようなもの買ったの?」

「アイスー」

ガリ○リくん? と問うたが、はずれーと、すげなく首を振った。

 ならパ〇コか。雅樹はチョココーヒー味のパ〇コを異様に愛していた。片割れをもらえるのも私か颯太くらいのもので、他の人にはあげない。


 予想に反し、袋から出てきたのは意外なパッケージだった。雅樹は特に気にするでもなく開封すると、手でつまみ上げかじりつき、

「はんぶんこ。どう?」

と容器ごと私に差し出した。

「ありがと」

容器にあった付属フォークを手に取った。

 求肥の柔らかな舌触りとバニラアイスの絶妙なハーモニーに舌鼓を打ちながら、(そういえば、皆であの話をしたのはいつだっけ)とぼんやり思った。


 早々に食べ終えた雅樹は、指についた粉をパッパと雑に払っていた。

「久々に食べた」

 いっつもパ〇コだもんね、と内心思う。私は雪〇が好きで弟はガ〇ガリくん、雅樹はパ〇コが定番だった。

「今回はちょっと勇気出して買ってみたんだけど、やっぱおいしいよね」

「? 雪〇はひとつ口にすると無限に食べられる気がする」

「わかる」

 かといって、箱で買ってくると急に他のアイスが食べたくなるから不思議だ。なので我が家には、箱買いのアイスが夏場は常に数種類ある。

 風、生ぬるい……、と述べたその横顔はアルコールでやられたせいか少し青白かったが、表情はいつも通りに見えた。


 あれを話したのは高校だっけ、中学だっけ。

 まぁきっと覚えてもいないだろうし、覚えていたとしても雅樹のことだからきっと他意もない。

 たぶん私の好物だからとかそんな理由で選んでくれたのだろう。

 常々思うが、食べ物はシェアすることでおいしさがいくらか増す気がする。雪〇をシェアする機会などそうそうないが、増した分おいしかったのかなと改めて思った。

 それにしてもふたつしかないものを分けてくれるなんて、なんとも太っ腹だ。


 咀嚼を終えると、へへ、と横から満足そうな声がした。嬉しそうに私を見つめるので首を捻り、改めて帰途へと促した。

「俺にもアルコール耐性ついたのかな。ちゃんと歩けてるし……」

「頭痛は?」

「ずっとぐゎんぐゎんしてる」

「かわいそう……」

憐れむのやめて、と言いつつも、たしかにその足元はフラつかずまっすぐ歩けていた。


 雅樹は酒に弱いが、変な酔い方はしない。

 ひとくちで潰れる圧倒的な弱さのおかげか、吐くこともなければ絡み酒にもならず、記憶を飛ばしたこともない。ちょっと足元がふらついて、思ったことをうっかりポロッと溢して、とてつもない睡魔に襲われて寝潰れて、その後とんでもない頭痛で泣きをみるくらいのものなのである。

 酔ったとしても害悪から遠い人間。それが雅樹その人であった。

 少なくともこずえにとって、雅樹を迎えに行くのは大して厄介なことでもなかった。寝潰れていても待っていればどうせ起きるし、起きればそのうち歩けるようにもなる。

 おまけに、ありがとうとごめんねをあれほど素直に口にする人も珍しく、なんとなく、こちらがとても良いことをしたような気分にさせてくれるのだ。


 意識ははっきりしているものの、眠いのはまだやや残っているらしく、進む足元ばかりをしっかり見ていた。

「……俺、あんまり記憶力いい方じゃないけど、ちゃんと覚えてることもあるからね」

「? なにを?」

「これでもこずえが言ってたことは結構覚えてんのって、いつか言わなきゃと思ってて」

「……。あ、もしかしてアイスの話してる?」

わずかに頷いた雅樹は頑なに私を見ようとせず、そのまま黙りこくってしまった。

 歩みを止められぬまま黙々と並んで歩いていたら、次のコンビニが見えてきた。

「……私もなんか買おうかな」

すぐ戻るからと言い置き、返事が戻る前にサッと入った。


 買うものは決まっていた。

 どこのコンビニにもだいたいある。だっておいしいから。


 コンビニを出ると、この世の終わりみたいな真っ青な顔をした雅樹がいた。変なこと言わなきゃよかった、俺なにしてんだろ、と顔に書いてあった。

「さっきもらったし、これもはんぶんこね」

「……。いま食欲ない……ノド通る気しない……なかったことにしたい……」

死にそうな声だった。

「そこまで後悔する……?」

手に下げていたレジ袋から出すと、見るなり目を瞠った。躊躇うことなく封を開け、はいと差し出した。


「無理強いはしないけど。食べるならフォークは私のね、手でつまむのヤだから雅樹が先に取って」

「……! アッ、わかった! 俺これまだ寝てるんだ」

「いらないならいいよ、……ひとりで食べるし」

と漏らすと、慌てて手を伸ばした。

 先ほどまでの青さは嘘のように消え、頬どころか耳や手まで真っ赤っかにして、されどようやく私の目を見て笑った。


fin.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

はんぶんこのはなし 綾瀬 柊 @ihcikuYoK

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ