#03 魔界に生れ落ちた花

 ライムは歩き続けていた。

 ライムを取り囲む悪魔の一人から、「最上級の悪魔にならなくても、人間世界に行く方法がある」と聞いたからだ。

 起伏の少ない魔界にもいくつか山があった。

 そのひとつ、デビルズタワーに巨大な洞窟があり、その洞窟に、


――タルヴァザ。


 という名の門がある。地獄の門と呼ばれており、タルヴァザを潜ることが出来れば、その先に人間世界が広がっていると言うのだ。

(行ってみたい)とライムは思った。

 漠然と刺客が訪れるのを待っていても仕方がない。

 どの道、ライムが行くところには、ぞろぞろと悪魔たちが遠巻きにしてついてくる。悪魔同士、喰らい合うので、数は減って来ていた。それでも、刺客が見失うことなど無いだろう。

 赤黒い世界が延々と続いている。それが魔界だ。風が吹くことも、雨が降ることもない。ただただ悪魔以外、何も存在していない世界が広がっているのだ。

 魔界に時間はない。

 どれだけ歩いたか分からないが、赤黒いだけの世界に光が見えた。そう、光だ。魔界に存在しない光だ。

 地面が薄く、ぼんやり、白く光っているのだ。

(何だろう?)

 ライムが近寄ると、そこには女の子、いや、女の子に見える悪魔が体をまるめるようにして眠っていた。女の子の悪魔が白く発光していたのだ。

 魔界で光は忌むべきものだ。

 この弱々しい存在の悪魔を、誰も喰らおうとしない。光に触れると浄化されてしまうことを知っているからだ。

(何故、この子は光っているのだろうか?)

 興味を抱いたライムは隣に腰を降ろすと、暫く、女の子を見つめていた。軽く寝息を立てている。寝ているのだ。魔界に生まれたばかりなのかもしれない。白く光っていなければ、悪魔に喰らわれていたことだろう。

 ライムに触れると、悪魔は浄化してしまう。

 ライムは孤独だ。他者に触れたことが無かった。こんな近くで他者の存在を感じたことがなかった。ライムに美醜は分からなかったが、美しい女の子であるような気がした。このまま女の子が目を覚まさなくても構わない。このままここにいよう。

 ライムは女の子を見つめ続けた。


 気配を感じた。

 女の子の隣で寝てしまっていた。その隙をついて、一人の悪魔が二人に襲い掛かってきた。


――馬鹿な! 浄化されたいのか。


 時に、こういう無謀な悪魔がいる。誘惑に負けて、襲い掛かって来る悪魔にライムは右手を伸ばすと、人差し指を向けた。悪魔にライムの人差し指が触れた、その瞬間、悪魔は白く発光し、消えて行った。


――あっ!


 と思った時には遅かった。

 無意識に女の子を庇おうとしてしまったようで、左手が女の子に触れていた。


――浄化してしまう!


 と焦った。

 ライムが触れた途端、女の子はびりりと電気が走ったように痙攣すると、目を開けた。そして、隣にライムがいるのに気がつくと、猫のように飛び上がってライムから離れると、膝を抱いて丸くなった。

 浄化しなかった。

「怖がらないで。僕はライム。大丈夫、君を傷つけたりしない」

 女の子は膝を抱えたまま、じっとライムを見つめていた。じりじりと周りにいた悪魔たちが女の子を押し包もうとしていた。

「さあ、こっちに来て。そこにいては危ない。僕が守ってあげるから」

「あなたを信用できない。そんなこと言って、私を喰らおうとしているのではないの」女の子が言った。

 良かった。話ができる。野良犬のように呻くだけで、まともに話のできない悪魔が多い。

「そうだね。いきなり僕のこと、信じろと言っても無理な話かもしれない。君は青白く光っている。だから、悪魔たちは気味悪がって、君を喰らわない。遠巻きに見守っているだけだ。でも、喰らわないだけで、喰らえないかどうかは分からない。誰かに喰らわれると、おしまいだ。僕の側にいれば大丈夫。悪魔は僕に触るだけで浄化してしまうから」

「私も浄化してしまうわ」

「それが大丈夫なんだ」

 ライムはうっかり触れてしまったことを伝えた。

「君は浄化しなかった」

 女の子は立ち上がると、ライムの側まで歩いて来て、また膝を抱えて座った。そして、「私はミリ」と名乗った。

「ミリ・・・ちゃん。良い名前だ」

「そう。これから、どうするの?」

「タルヴァザに行くんだ」

「タルヴァザ?」

「人間世界への門があるところだよ」

「人間世界って?」

「人間世界は――」ライムは人間世界について、知っていることを教えた。ミリは「ふ~ん」と相槌を打っただけだった。「人間世界に興味は無いけど、あなたには興味がある」

「そう。一緒に来るかい?」

「ついて行く」

 ライムが立ち上がると、ミリも立ち上がった。

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