宇宙クジラに乗って
丸井 三甘
夏休みの絵日記
2205年7月28日晴れ。
今日から家族で宇宙旅行に行きます。春先に、お母さんが商店街の福引きで一等賞を当てたからです。その時のお母さんは顔を真っ赤にして、喜んでいました。僕もお姉ちゃんも、お父さんも同じように顔を真っ赤にして喜びました。
お父さんとお母さんは仕事があるので、お休みがとりやすい夏休みに、福引きの旅行に行くことになりました。
僕たちが乗るのは憧れの宇宙船「ペルグランテアルクス」。別名を宇宙クジラと言い、とても人気のある観光船です。人気が高すぎて、何年も待たないと乗れないとまで言われているそうです。
その船で、僕たちは二週間の太陽系一周旅行に出かけます。
私の名はPARアーバゼロ。ペルグランテアルクスに乗り込む、バトラーロボットの一体である。今回の旅行ではどのような旅行者たちが乗り込んでくることやら。願わくば、聞きわけがよく、大人しい乗船客であることを祈っている。
2205年7月29日曇りのち晴れのち月。
いよいよ憧れのペルグランテアルクス、宇宙クジラに乗り込みます。昨日は種子島にある宇宙港で一泊しました。種子島からは、月面都市やさまざまなコロニーに行く、スペースバスが出ています。
僕たちは朝早くに、アルクス専用のスペースバスに乗り、地球を出発。月の近くにある大型宇宙港へ行くと、そこにはとても巨大な宇宙船、宇宙クジラが止まっていました。
お母さんが福引きで一等賞を当てて、本当に良かったと思いました。宇宙クジラは近づくにつれ、その全体が見えないくらいの巨大な船で、先を行くスペースバスを次々に飲み込んでいくようでした。
僕たちを乗せたスペースバスは、100人ぐらいが乗っている中型の飛行艇です。宇宙クジラには、どうやらこのスペースバスごと、乗り込むようです。
格納デッキでスペースバスを降り、長い通路を歩いていくと、乗船手続きをする所がありました。大きい荷物を持ったたくさんの旅行者がいて、長い列ができていました。
手続きを終えると、僕たちの前に一体のロボットがやってきました。僕たちが乗ってきたスペースバスは、全員が同じ格安ツアーの旅行客だったそうです。
「ようこそペルグランテアルクスへ。私は今回皆さまのお世話をさせて頂きますPARアーバゼロと申します。お見知りおきください」
と言ったロボットは、お父さんと同じぐらいの背たけがあって、細長い筒型をしていました。足はなく、腕は二本。手にツアー名を書いた旗を持っていました。
顔のかわりに上下に動くディスプレイがあり、そこに文字や人の姿のCGが出せるようです。挨拶をすると、僕の目の高さに合わせた位置で、満面の笑顔のおじさんが映っていました。
やはりと言うか、何というか。やっぱり、今回のツアー客にはギャングが何組かいるようだ。長くこの仕事をしている私にはわかるのだ。初めての宇宙旅行にまい上がって何ごとかトラブルをまき散らかす、そんなちびっ子ギャングが必ずいる。仕方がないので、呼びたくはなかったのだが、私はサポートロボットの出動を命じた。
2205年7月30日満点の星。
宇宙クジラのキャビンで初めて泊まりましたが、僕はちっとも眠くなりませんでした。僕たち家族の泊まるキャビンは二等船室と呼ばれるタイプです。シャワーと洗面台、トイレも付いていて、部屋の番号は2125号室。
ただ、ベッドが3つしかないので、僕はお姉ちゃんと一緒に寝ることになりました。それがちょっと残念です。
「この宇宙クジラは5つのエリアに分かれていて、一つのエリアで充分な広さのある街になっています」
PARアーバゼロの説明を聞きながら、僕たちはメインフロアに入り、そこの広さと大きさに驚きました。
「このメインフロアは吹き抜け30階分の高さがあります。上下の移動には艦内エレベーターを利用していただきますが、船の中の水平移動には各部屋に一台、自動走行車両をご用意しておりますので、ご自由にお使いください」
それは、スクーターのような乗り物で座席が連結されていて、小さい子供用はサイドカーになっていました。自転車ぐらいの速さですいすいと動く乗り物です。
「ただし、この走行車で飛んだり跳ねたり、艦内の上下移動は禁止されております。もしも船の中で飛行走行をされたばあい、今回の旅のあいだ走行車は没収となり、広い船内を歩いて移動していただくことになりますので、くれぐれもご注意ください」
そのほかにも、走行車はスピードを出し過ぎてもダメだと言うことでした。けれど、ゆっくりと安全な速度で、船の中を見て回るにはとても便利な乗り物だと思いました。スクーターに良く似たハンドルにディスプレイパネルがついていて、命令を打ち込むか目的地を言葉で伝えるかすると動きます。
僕とお姉ちゃんでこの走行車に「アルキメデス」と名前をつけることにしました。
アルキメデスのほかにも、PARアーバゼロは小型ロボットを数体、僕たちに紹介してくれました。
「こちらはみなさまの旅をより良くサポートするロボットたちです。私一体ではみなさまのご要望にお応えできない場合もございますので、私の代わりにこれらのサブロボットをご利用ください」
と、アーバゼロのCGおじさんがにっこりと微笑んでいました。
小さめのキャリーバッグと同じぐらいのサイズで、ドーム型をしたロボットでした。全部で11体。1体でツアーの2つか3つの客室をサポートしてくれるそうです。
さっそく名前をつけました。ほんとうはPARS―0105イータという名前があるらしいのですが、長いので「サブタロウ」と呼ぶことにしました。
PARS―0105イータが、私に担当をかえてくれと訴えてきた。船が宇宙港を出て二日めにしてだ。私は彼の報告をきき、すこし同情はしたものの、ここは上司としてきびしく言いわたした。
「引き続き、この2125号室と2129号室2つの家族を担当するように。大丈夫だ。イータになら出来る。いやイータにしかできないと言っても言いすぎではないのだよ」
PARS―0105イータ「サブタロウ」が、悲しそうな目をしてこちらを見ていたが、気にしないことにした。
2205年7月31日満点の星のち火星。
今日はこの宇宙旅行で初めてのワープゲートを通ります。アルキメデスに乗って展望デッキに行くと、広いデッキにはたくさんの人が集まり、外を眺めていました。
展望デッキは天井まである半ドーム型の窓におおわれていて、たくさん人がいても外をながめられるようになっていました。
今から通るのは月から一番近いワープゲートです。ドーナツ型のゲートは、宇宙空間に明るくかがやいてみえました。アナウンスがあり、ゲートを通る時はデッキの大きい窓を、宇宙船の外壁で閉じるそうです。
外壁がおりてくると、だんだん外が見えなくなり、天井に大きなモニターが映し出されました。そこではCG映像で、宇宙クジラがワープゲートをどのように進んで行くのかを映しだしてくれます。少し耳がキーンとなりましたが、船が大きくゆれたりすることはありませんでした。
展望デッキの窓の外壁が上がり始めると、また宇宙船の外を見ることができるようになりました。窓の外に、オレンジ色の惑星が大きくはっきりと見えていました。
それが火星でした。映像や写真でしか見たことのなかった星ですが、とてもきれいなオレンジ色です。
お昼前に、宇宙クジラは火星で一番大きいドーム型都市、ヘラスへ寄港しました。夜の9時までは自由時間で、船をおりて観光するのも自由です。たくさんの人が船を降りて行ったので、僕たち家族も少しだけ船をおりて、火星の都市ヘラスを見学しました。
オリンポス山やオーロラ湾を見に行くための、別のツアーもあったそうです。僕たちと同じように、サブタロウがサポートする2129号室の家族が、そのツアーに参加したらしく、僕はオリンポス山の絵はがきをお土産にもらいました。とても嬉しかったです。
サブタロウ、いやPARS―0105イータが叫びながら通信してきた。どうやら火星のオリンポス山で、サポート家族が迷子になったらしい。どうやったら何もないオリンポス山近くの平原で、迷子になれるのだろう。
戻ったサブタロウに詳しい報告を聞くと。2129号室の家族は、まず軽量の宇宙防護服にとても喜んでいたそうだ。
とても嬉しかったらしく、何もないだだっ広い平原を、子供たちが「宇宙飛行士だー」と叫んで走り出し。それを追いかけて行った両親をサブタロウともう一体の同僚機ラムダで追いかけまわしたらしい。おかげでツアーは散々。サブタロウとラムダは、現地コンダクターからぶちぶちと文句を言われたようだ。
イータとラムダには後でちょっとお高い潤滑油をプレゼントしてやろう。うん、何ごともなく、本日も無事に終わったので良しとしよう。
2205年8月1日火星のち満点の星。
宇宙クジラは火星をはなれ、次のワープゲートへと向かっています。行き先は木星の衛星エウロパ。木星用のワープゲートまでは二日の距離があるそうです。その間は宇宙クジラの中を、めいっぱい探検しようと思います。
サブタロウの縁で、オリンポス山の絵はがきをくれた2129号室の家族とは、とても仲良くなりました。お父さんとお母さんと、お姉ちゃんと同じ年の女の子と、僕より二つ年下の双子の男の子がいます。
僕たちと同じツアー客でキャビンも近いのですが、顔を合わせたはじめの頃は、お姉ちゃんと2129号室のお姉さんはあまり仲良くありませんでした。
サポートロボットのサブタロウという名前も気に入らないようで、僕たちの艦内走行車「アルキメデス」に対抗して、自分たちの走行車に「スターライトコロンブス号」という、やけに長い名前を付けていました。
しかし、不思議なことに、お姉ちゃんと2129号室のお姉さんは、いつの間にかとても仲良くなっていました。仕方がないので、僕も双子の男の子たちと少しだけ仲良くすることにしました。僕の方がお兄ちゃんなので、彼らは弟みたいなものでしょうか。
この宇宙観光船ペルグランテアルクスでは、艦長をはじめたくさんの人やロボットスタッフが働いている。乗り込んだお客さまを飽きさせないための数々のショーやゲームにイベント。お客さまにご満足いただくための美味しい食事、お菓子に飲み物にアイスクリームまで。
もちろんお金のかかるお店もあるものの、多くのレストランはツアー代金に入っていてタダ。数千人の胃袋をみたすために、宇宙クジラにはさまざまな場所がある。
そんな場所の一つから、急ぎ通報を受けた。通報してきたのはサブタロウ。場所は野菜を作る巨大な農園工場で、ここでは新鮮な野菜に果物、お米に小麦なども栽培している。一般のお客さまは立ち入り禁止の場所になっているにもかかわらず、侵入者がいたらしい。私のディスプレイの表情が、少し引きつった笑顔になったのは言うまでもない。
2205年8月2日満点の星。
今日は一日キッズルームで、2129号室の双子と仲良くすごしました。お父さんとお母さんにキッズルームから出るなと言われたので、双子といろいろなゲームをして遊びまくりました。お菓子とアイスクリームを食べすぎて、双子の一人が少しお腹をこわして、お姉さんから叱られていました。双子がアイスクリームを食べすぎたのはサブタロウのせいなので、僕は怒られませんでした。
サブタロウが担当をかえてくれとうるさい。
「いやいや、サブタ…PARS―0105イータ、これは君にしかできないことなのだよ。君だからこそできる。と、私は思う」
と、言っておいた。
2205年8月3日満点の星のち木星。
二つ目のワープゲートを通り、宇宙クジラは木星域へと入りました。衛星エウロパまでは、さらに二日もかかるそうです。
僕たち家族は宇宙クジラの中の二つめのエリアをめざし、アルキメデスでお出かけしました。2129号室の家族も、僕たちとは別のエリアへ行く予定らしいので、サブタロウを今日一日ゆずってあげることにしました。双子はとても喜んでいました。
PARS―0105イータが、今日は何も言ってこなかった。少し心配になったので、ラムダに様子を見に行かせることにした。
2205年8月5日エウロパ。
今日はいよいよ、木星の衛星エウロパに寄港します。太陽系の中のもっとも遠い場所にある、人の住む星だそうです。ただ、住んでいる人は少なく、街もあまり大きくはありません。暮らしているのは、ほとんどが星の研究をしている人たちだと教えてもらいました。
それでもホテルや会社があって、地球や月との定期便もあるそうです。宇宙クジラのように、立ちよる観光船も多いらしく、圧倒的な木星の大きさを近くに感じられる、人気の観光スポットになっていると、お父さんが話していました。
PARS―0102ラムダから報告を受けた。イータは大丈夫とのこと。2125号室、2129号室両方の家族と、とてもうまくいっているらしい。少し心配しすぎたようである。
2205年8月6日満点の星のち土星の環。
エウロパを出立したよく日に、3つ目のワープゲートをとおり、宇宙クジラは土星の近くを進んでいます。今回もゲートをとおる前から、展望デッキは満員でした。ゲートをとおったあとに船の外壁が消えていき、窓の外に宇宙空間が見え始めると、デッキからは大きな歓声があがりました。口笛を吹く人もいて、全員が窓の外、土星の環を見て喜んでいました。
ここからワープゲートを毎日くぐって天王星、海王星まで行くのが、このツアーの日程だそうです。
土星の近くを通っている時に、艦長からスッタフロボットたちに連絡があった。
大きな太陽嵐が起きて、次のワープゲートが一時的に使えなくなったという。すぐに艦内放送で乗船客全員にも情報は伝えられた。不安からか、我々サポートロボットに問いかけてきたお客さまはそれでも数名。大きな騒ぎにはならなかったので良かった。
2205年8月7日土星の環。
昨日起きた太陽嵐のせいで、船はずっと土星の近くで止まっていました。宇宙クジラの中でもショーの幾つかが取りやめになったりして、少し気分が沈んだ一日でした。
夕方にはサブタロウも動かなくなって、2129号室の双子と僕は泣きそうになってしまいました。お姉ちゃんたちも心配そうです。
お母さんは青い顔をして「まさか弁償とかないわよね」と、つぶやいていました。
サブタロウをアルキメデスに乗せ、僕たちはPARアーバゼロの元に急ぎました。サブタロウの親のようなアーバゼロなら、何とかしてもらえるかもしれないと思ったからです。
「大丈夫ですよ。サブタロウはすぐに元に戻ります。ただ、元に戻った後に幾つか点検などもございますので、今晩はラムダが皆さまのサポートをさせていただきます」
笑顔のアーバゼロがそう言ってくれたので、僕たちはホッとして部屋にかえりました。
「明日また一緒に遊ぼうね」
双子たちがそう言ってサブタロウを撫でていたので、僕も同じようにしました。
「また明日」
2つの家族をそれぞれのキャビンに送り届けたあとで、私はかるくPARS―0105イータをけり飛ばした。足はないので頭の中のCGのみでだが。
「こら起きなさい」
サブタロウはどこも壊れてはおらず、おかしな所も一つとしてない。話を聞くと、やはりと言うか、仕事を放りだしたくなったらしい。自立型のロボットにも困ったものである。
明日は仕事に戻る気があるのかを問うと、サブタロウはすぐに了承のサインを送ってよこした。しかも、どこか嬉しそうにくるくる回りだしてしまった。バグを心配したが異常はなさそうなので、とりあえずサブタロウを叱るのはやめておくことにした。
2205年8月8日土星の輪のち満点の星。
今回のツアーで、のこりの天王星と海王星への観光はとりやめになりました。代わりに、太陽系の一番奥にあるオールトの雲までワープゲートで行くことになりました。オールトの雲に行くゲートが近くにあったことと、ゲートの先に月近くまで戻るワープゲートがあるためだそうです。
サブタロウは朝から元どおりに動いていました。前より少し元気で、今日は一日僕たち家族のそばにいることになりました。
明日はいよいよ、オールトの雲まで行って月に帰る。本来のツアーでは海王星から月に帰って、月面都市ノワ・ルーナに一泊。月より遠くにあるリゾートコロニーや悪名高い宇宙動物園をめぐり今回のツアーは終わる予定だった。
あと数日。気をひきしめるよう11体のサポートロボットに号令をかけた。
2205年8月11日満点の星のち月。
今日で宇宙クジラともお別れです。あっという間の二週間でした。
最後に展望デッキで見たのは、二日前のオールトの雲です。氷の天体がたくさんあるらしく、船やゲートの明かりで浮き上がる彗星の卵が幾つかみえました。しかし太陽の光は遠く、展望デッキの窓一面に宇宙空間の闇が広がると、その先は太陽系の外なのだと思えて心が震えました。
恒星間ワープゲートが完成するには、まだまだ時間がかかるそうです。
僕は大人になったらサブタロウと一緒に、宇宙クジラに乗って遠くの星まで行きたいなと思いましたが、誰にも言っていません。
サブタロウにも最後にお別れを言いたかったのですが、昨日のちょっとした遊びのせいで、僕たち家族はアルキメデスとサブタロウを取り上げられてしまったのです。
お父さんとお母さんとお姉ちゃんからも、たくさん怒られました。ただ、PARアーバゼロは怒っていたのに、ディスプレイの顔には満面の笑みが浮かんでいて、こっそりとウインクしてくれました。僕はPARアーバゼロが大好きになりました。
本当に楽しい観光旅行でした。
よりにもよって最後の最後で、ギャングたちがフルパワーであばれてしまった。本来ならば止めるべきサポートロボットPARS―0105イータまでもが、共犯者である。
彼らはなんと、「アルキメデス」と「スターライトコロンブス号」という勝手に名前をつけた自動走行車で、艦内飛行のスピード勝負をしたのである。
スターライトコロンブス号には2129号室の双子が乗り込み、アルキメデスには2125号室の男の子とサブタロウが乗り込んで。勝敗の行方はここでは言うまい。勝負がつくまで見届けてしまった私の責任も重い。
バトラーロボット長の私、PARアーバゼロが艦長から怒られたのは、初めての経験である。やれやれ。
宇宙クジラに乗って 丸井 三甘 @baobabu73
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