君と語らうは胸がすく思い

@JULIA_JULIA

第1話

 とある高校の、とある教室。そこは所謂いわゆる、空き教室。年々生徒の数が減っているために不要となった教室だ。十年前まで使用されていた机やイスはとうに撤去され、今や伽藍堂がらんどうと化している。


 とはいえ、なにもないワケではない。なんとも器用に段ボールで作られたテーブルが一つとイスが四つ。そんなイスの半分には、今日の放課後も男女の尻が乗っていて、互いに顔を向け合っている。


「パンはパンでも、食べられないパンは?」


 女子生徒が問い掛けた。使い古された『なぞなぞ』だ。幼稚な問答を口にした彼女は些か仏頂面。別に怒っているワケではない。常日頃から、そういう表情なだけだ。すると男子生徒は、同じく使い古された答えを用意する。


「フライパン」


「いえ、食べられるわ。微細な粒子に粉砕して年月を掛けて少しずつ摂取すれば、そのうちに食べ切れるわよ」


 その理屈は決して現実的なモノではない。しかし女子生徒はなんとも真剣な顔つき。些か仏頂面ながらも至って真剣である。どんなに無茶苦茶な理屈であっても理論的には成立すると信じ、彼女は言い切ったのだ。よって男子生徒は別の答えを用意する。


「パンツ」


「いえ、食べられるわ。微細な粒子に粉砕して───以下同文。・・・というか、フライパンよりも食べやすいじゃないの」


 断っておくが、彼女はパンツを食べたことはない。あくまでも予想として、フライパンよりは食べやすいと考えただけだ。ともかく男子生徒は別の答えを用意する。


「パンダ」


「パンダは熊の仲間だから、普通に食べられるでしょ」


 ・・・普通は食わないぞ。


 男子生徒は心の中でツッコんだ。


「それにしても・・・、さっきから、なんなの? 『パンは?』って聞いてるんだから、最後が『パン』で終わる単語を言ってくれない? その時点でパンツもパンダもダメよ、失格よ」


 女子生徒は不愉快そうに男子生徒を睨んだ。しかし彼の心も穏やかではない。幼稚な問答に、より幼稚な理屈を持ち出されて幾らか気分を害している。しかし律儀に別の答えを用意する。


「ジャパン」


「いえ、食べられるわ。微細な粒子に粉砕して───以下同文」


 日本の全てを───人や建物や土地や、その他の様々なモノを微細な粒子に粉砕できたとしても、その量は相当なモノになる。そんなモノを食べ切れるとは思えない。しかし女子生徒は世界の人々が協力すれば、やがては食べ切れると考えている。だから男子生徒の答えは正解にはならない。


「おい。そんなこと言い出したら、なんでも食べられるだろうが」


 先程から無茶苦茶な理屈で言い返してくる女子生徒に対し、とうとう男子生徒が怒った。しかし彼女はひるまない。


「そんなことないわよ」


「じゃあ、なにがあるんだ?」


「あら、もう降参なの? 答えを発表しちゃってもイイの?」


「降参じゃない、俺はまだ高一だ」


「答えは、ピーターパン」


 こら、俺のボケを無視するな。


 またしても心の中でツッコんだ男子生徒。そんな彼はもう二年生。つまり、二つのボケを仕込んでいたワケだ。まぁともかく、女子生徒が口にした答えに男子生徒は納得が行かない。


「ピーターパンだって食べられるだろ。微細な粒子に粉砕・・・、いや、そこまでしなくても食べられるじゃないかよ」


 なんとも、えげつない発想。女子生徒の理屈に洗脳されつつある男子生徒は、もはや正常な思考を持ち合わせていない。よってピーターパンを食べるという行為に対し、なんの躊躇もない。


「へぇ、そうなの? じゃあ、やってみてよ。ピーターパンはどこにいるの? 捕まえられるの?」


 ・・・なるほど。『架空のモノだから食べられない』という理屈か、中々やるな。


 男子生徒は渋々ながらも納得した。


「では第二問。スープはスープでも飲めないスープは?」


「・・・・・・・」


 男子生徒は必死に考えている。『スープ』で締めくくられる単語で、尚且なおかつ、架空のモノを必死に探している。しかし思い浮かばない。


「あれれ? どうしたの? なにも出てこないの?」


 女子生徒は薄ら笑い。漸く仏頂面を解除したワケだが、今度は余裕綽々という態度で男子生徒を見下している。その姿に男子生徒は苛立ちを覚え、とにかく答えを用意する。


「毒入りのスープ」


 なんという苦し紛れの解答。それが通用するなら、先程の答えも『毒入りのパン』で済んでしまう。


「中和すれば飲めるわ。それか、飲んだあとに解毒するか。あとは、死を覚悟して飲むか。とにかく飲めるわ」


 やはり無茶苦茶な理屈だが、彼女は至って真剣だ。


「・・・・・・・」


「あらあら、もう降参? さっきよりも早かったわね」


「だから俺は高一だって───」


「答えは、原始スープ」


 また俺のボケを無視したな。・・・ん? 原始スープって、なんだ?


 男子生徒は首を傾げた。原始スープとは簡単に言うと、太古の海のことである。詳しいことは各自で検索して頂きたい。とにかく女子生徒は『完全再現は不可能』ということで、それを答えにしたワケだ。


「それじゃあ、第三問───」


「ちょっと待て。原始スープって、なんなんだよ」


「スマホで調べれば?」


 そう促され、男子生徒はスマホで検索した。数分後、概要を掴んだ彼はまたしても渋々納得。すると女子生徒は再び問答に戻る。


「気を取り直して、第三問───」


「もうイイよ。いつまで『なぞなぞ』なんてしてるんだよ」


「だって他にすることなんて、ないじゃないの」


 女子生徒の言うとおりだ。彼女たちは気象予測部という部活に所属していて、今はその活動中である。しかしやるべきことは、もう終わった。無用に広いこの教室に二人揃ってやってくるなり、二十数秒のあいだ一緒に空を眺め、それで終了したのだ。今年になってからというもの、気象予測部の活動は『暫く空を眺めるだけ』となっている。だから余った時間を利用して、段ボールでテーブルやイスを作ったり、ダラダラと喋っていたりする。


 気象予測部は、本来なら気象予報士を目指すための部活動である。数年前、志の高い三人の生徒により立ち上げられ、その後は着実に発展していった。しかしその勢いはすぐに止まり、去年の部員は四人だけ。今年に至っては、たった二人になっている。このままでは確実に廃部だ。


 この高校では、部活動の立ち上げには三人の部員が必要であり、二年連続で部員が三人未満だった場合は年度末に廃部となる。つまり、このままでは来年度末に気象予測部は廃部になるのだ。


 しかし二人は新たな部員を勧誘することもなく、なんとも呑気に日々を送っている。しかし、それはそうだ。二人は現在二年生なので、来年度末といえば、もう卒業となるからだ。よって気象予測部が廃部になったところで痛くも痒くもない。そして歴史ある部活でもないので、後ろめたさもない。


「ということで、第三問───」


「とりあえず『なぞなぞ』はもうイイよ」


「どうしてよ? 他にすることなんて───」


「『あっち向いてホイ』をしよう」


「・・・は?」


 思わぬ提案に女子生徒は怪訝な顔。しかし男子生徒は気にせず言う。


「あれ、知らないのか? 『あっち向いてホイ』っていうのは───」


「いやいや、そうじゃなくて。どうしてそんなこと、しなくちゃいけないの?」


 ・・・それを言い出したら、『なぞなぞ』だってそうだろ。


 男子生徒もまた、怪訝な面持ちとなった。


「では第三問───」


「ちょっと待て。だから『なぞなぞ』はもう───」


うるさい、煩い! イイから第三問!」


「・・・・・・・」


 ヒステリックに叫んだ女子生徒の様子に、男子生徒は押し黙った。彼女は少しばかり我儘わがままだ。しかしそれは、彼に対してだけである。学校において、女子生徒は少し浮いている。よって他の生徒たちと深く関わることはなく、我儘わがままを言える相手はいま傍にいる相手のみなのだ。


 そのことを男子生徒は知っている。しかし、やはり『なぞなぞ』を続けることには不満がある。そんな気持ちが顔に表れた。への字に結んだ口とジト目、中々の不満顔だ。よって女子生徒は少しばかり気を使う。


「・・・そういうのは、また今度にしようよ。『こっち脱いでヨイ』でも『そっち抜いてピョイ』でもイイからさ」


 なにそれ? 脱いでヨイ? 抜いてピョイ? い、一体どんな遊びなんだ・・・? 脱いで、抜く? おいおい、それって・・・。


 聞き慣れない言葉を耳にした男子生徒は良からぬ妄想をしてしまった。


「じゃあ、第三問。触りたくても触れないのは?」


 おっぱい。


 男子生徒の頭の中には、それしか浮かばなかった。そう、良からぬ妄想をしていたためだ。しかし、そんなことを口に出せるワケがない。よって彼は別の答えをしぼり出そうとする。


 お尻・・・、太股・・・、唇・・・。


 女子生徒の顔を見つめつつ、発表できない答えを次々と生んでは消していく男子生徒。なんとか答えを用意しないと、またしても見下される。そんな焦りと戦いながら必死に考え、十秒ほどが過ぎた。すると彼の苦悩を知るよしもない女子生徒はニヤリと笑う。


「どうしたの? また答えられないの?」


 股!? たしかに触りたいけど・・・。


 男子生徒は目を見開き、妄想をはかどらせる。そんな顔を見た女子生徒は首を傾げる。


「なに? なにか思いついたの?」


「いや・・・、別に・・・」


 男子生徒は視線を泳がせ、窓の外を見た。するとそこに、答えを見いだす。


「・・・空」


「なるほど。たしかにさわれないわね」


 顎に手をやり、納得した女子生徒。そんな彼女に男子生徒は視線を戻す。


「あれ? じゃあ、正解?」


「いいえ、別に触りたくないし」


「ん? オマエが触りたいモノを答えるのか?」


「えぇ、そうよ」


「そんなの分かるワケがないだろ」


「そうかしら? 分かると思うけど?」


「ムリムリ。オマエの好きなモノとか知らないし」


「それはウソね。知ってる筈よ」


 今度は女子生徒が窓の外を見て、呟く。


「答えは、キミ」


「・・・きみ? 卵の?」


「そんなのさわれるわよ! っていうか、別に触りたくないわよ!」


「え? でも、さっき───」


「キミ! キミのこと!」


 女子生徒は男子生徒の顔に向け、ビシリと指を差した。


「あ・・・、あー・・・」


 男子生徒はなんともほうけた顔をしている。しかし程なくすると顔を引き締め、教室の時計をチラリと見た。


「そ、そろそろ帰ろうか?」


 頬を些か赤らめつつ、提案した男子生徒。時刻は午後五時前。部活を終了するには少し早い。しかし部員は二人だけなので、女子生徒の合意があれば帰路に着くことができる。


「そうね・・・。ファミレスにでも、寄ってく?」


 席を立った女子生徒。すると男子生徒も席を立つ。


「そうだな・・・」


 そう言って、男子生徒はドアの方へと歩き出した。その後ろを追う女子生徒。そうして彼女は目の前にあるブレザーの裾を右手で掴む。そんな縦並びのまま、廊下を歩いていく二人。




 およそ一ヶ月前、女子生徒は男子生徒に愛の告白をした。そうして二人は付き合うことになった。そのうちに女子生徒は手を繋ぎたいと思ったが、なかなか勇気が出ない。


 手を繋いでいるところを他人に見られるのは別に構わない。女子生徒は他人の目など気にしない。しかし恋人の目は気になる。普段は強気に振る舞っている自分の照れた顔を見られるのは恥ずかしい。よって昨日から彼女は男子生徒の背後に回り、ブレザーの裾を掴むことにした。そうやって下校することにした。




 男子生徒のすぐ後ろで顔を真っ赤にしている女子生徒。その顔は恋人からは見えない。しかし、それでも彼女は俯き加減。とにかく恥ずかしいため、自然と顔が下がってしまう。そんな女子生徒の視界には、ゆらゆらと動く恋人の手。


 あぁ・・・。いつか、手を繋げる日が来るのかな。


 そんなことを思いつつ、女子生徒は高鳴る胸に左手を添えた。



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