一秒のノイズと真紅の薔薇

クロノヒョウ

第1話




 地球を偵察しようとやってきて、とある夫婦の産まれたばかりの赤ん坊に寄生した宇宙生物。

 人間の生活を調査する目的だった。

 だが彼は困っていた。

 寄生したはいいものの偵察どころではなかったのだ。

 この一家の父親はろくでもない男だった。

 働いている様子はなく毎日母親の財布から金をむしりとりギャンブルに出かけていたのだ。

 おまけに酒に酔いつぶれて帰ってきては母親に罵声を浴びせ殴る蹴るは日常茶飯事。

 さすがに赤ん坊にまでは手を出さないまでも、こうも毎日泣いてばかりの母親を見るのは宇宙生物にも限界があった。

「ごめんねまぁくん。パパは本当はとっても優しい人なの」

 なのに父親を悪く言わない母親。

 宇宙生物にはわけがわからなかった。

 あの父親のどこが優しいというのだろうか。

「付き合っていた頃のパパはね、本当に真面目で仕事熱心でそれはそれは素敵な人だったのよ。でもね、結婚してすぐだったかしら。パパは一緒に会社を立ち上げた親友に裏切られてしまったの。何もかも奪われて逃げられてしまったのよ」

 宇宙生物を、そうとは知らずに赤ん坊を抱きながら話す母親。

「ひどく落ち込んでね。パパは人が変わったようにふさぎこんでいたわ。ちょうどその頃、まぁくんがママのお腹の中に来てくれたの。ママはとっても嬉しかったのだけど、パパはその状況で子どもをつくることが不安だったのでしょうね」

 宇宙生物は母親の話を聴きながら考えていた。

 あらかじめ学習しておいた人間の思考。

 あまりにもショックなことが起こると脳が狂ってしまう。

 人間の心は弱いのだ。

「でもね、見てよまぁくん。パパは優しいから、こうやって今でもよくママに薔薇の花を買ってきてくれるのよ」

 この家には至るところに薔薇の花が飾られていた。

「昔ママがね、薔薇の花が好きだって言ったらパパ、デートの度にこうやって薔薇の花を買ってきてくれてたの。綺麗でしょう。この真紅の薔薇」

 母親はそう言いながら嬉しそうに笑っていた。

 だが宇宙生物にとっては何もかも全てどうでもよかった。

 ただ人間の普通の生活が知りたかっただけなのだから。

「あらやだ、もうお昼だわ。パートに行かなくちゃ」

 母親は思い出したように時計を見ると宇宙生物をベビーベッドに寝かせバスルームへと急いだ。

 それと同時に玄関のドアが開けられた。

 有り金をはたいてしまったのか父親が帰ってきたのだ。

 宇宙生物は考えていた。

 この男さえいなければ普通に暮らしていけるのではないだろうか。

 母親ももっと幸せになるのではないだろうか。

 そうだ、この男さえいなければ。

「うぁっ」

 部屋に入ってきた父親が両手で頭を押さえた。

 赤ん坊がカッと目を開くと父親の頭の中に飛び込んできた一秒のノイズ。

 その瞬間、父親の頭が粉々に破裂した。

 静まりかえる部屋の中。

 声を出して笑う赤ん坊。

 宇宙生物は喜んでいた。

 これで心置きなく調査ができる。

 きっと母親も喜んでくれるに違いない。

 だって今、この部屋の全ては母親が大好きな真紅の薔薇色一色に染められたのだから。



           完




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