真夏のホスピス

かやの

 母の終わりの夏は暑かった。


 俺は太陽と照り返すアスファルトの日差しに責められながら、買ってたばかりのアイスが溶けてしまわないかと、そればかりを心配していた。


 目的地のホスピスまではほんの十分ほど。着いたら兄が待っているはずだ。俺と違い優秀な兄は、大学で見つけた美しい嫁さんとともに毎日母を見舞っていた。おかあさん、お体にさわりますよ、おかあさん、大丈夫、もうすぐ退院できますって先生が。


 吐き気がする。視界がぐらりと揺れたのは暑さゆえか。


 嘘だ。兄も義姉さんも嘘をついて優しく笑っている。自慢の息子に構ってもらえて嬉しいのだろう、母はありがとうね、本当にね、よくできたお嫁さんで。そればかりを繰り返す。


――もうすぐ死ぬ人間に嘘をついている。


 おそらくそれを、母もわかっている。


 うまくできた壊れもののような美しき世界。それが家族愛と言うのなら、おそらく俺には愛とやらが欠けているのだろう。


「お前は本当に人の心がわからないな」

 兄の低い声が聞こえた気がした。

 

  

 

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真夏のホスピス かやの @kayano202412

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